平和
自宅に帰るのは何時ぶりか。
そんなことを考えながらラズヴェルは帰路を急いだ。
この国『リーダ』には二つの人種が共存している。街を造った白人の種『リーダ人』と神を崇高する黒人の種『アストア人』、かつて対立してきた両種族だが前王が交渉に次ぐ交渉を経て、和解。信頼の証として同じ国で住むようになった。
「ア、ラズヴェル様!」
呼び止められ、後ろを向くとつば付き帽子をかぶった軍隊服の男が笑顔で佇んでいた。
「おぉ、理新、ただいま。何事もなかったか?」
「おかえりなさいマセ。今日も異常はありまセン」
「そうか、お前がいるおかげだな」
そう言ってラズヴェルは理新の頭を撫でた。
「子供扱いはやめてくだサイ! あと二年で騎士団に入れマス! 」
「もう、十四か。じゃあ、それまでは街のみんなを頼むぞ」
「ハイ!」
敬礼をする理新に右手で別れを告げ、ラズヴェルは自宅に向かって歩く。
理新はアストア人だ。リーダ生まれのアストア人、新しい時代の子供ってやつだ。彼はこの街を愛し、この街に誇りを持ち、守りたいと思っている。前王が夢見た世界が近づいているのを感じさせてくれる。
ラズヴェルは笑顔を浮かべながら家の前に立ち、扉を開け放った。
「ただいま!」
そう言うと、家の奥からけたたましい音と共に女性が駆け出してきた。
「おかえリー!」
飛びついてきた女性の名は『白姫』、アストア人にしてラズヴェルの妻である。真っ白い長髪に赤く大きな目、黒い肌に儀式用の刺青がほってある。
白姫はラズヴェルに甘えながら囁く。
「おフロ?ごハン?そ・れ・と・も……」
「飯かな」
ラズヴェルがそう即答すると白姫はつまらなそうな顔で口を尖らせる。そんな白姫の頭を撫で、耳元で囁いた。
「もちろん、白姫も美味しくいただくぞ」
その囁きに白姫は真っ赤になって照れ、家の奥に走っていった。その姿を見送りながらラズヴェルは笑い、この時をずっと守らなければと心に誓った。
その夜。
情事が終わり、ラズヴェルと白姫は寄り添い同じ床についている。
「ラズヴェル……貴方はとても熱いヒト」
「はぁ、そうか? お前の方が熱かったぞ? それに……」
ラズヴェルは白姫の下腹部に手を伸ばす。
「もぅ、そういうのじゃなクテ」
白姫は手をよけるとラズヴェルに跨り、ラズヴェルの胸板に頬を寄せた。
「とても情熱的デ、熱血デ、エキサイティングなヒト」
「そうか……」
「デモ、とても冷たい人……まるで、岩みたイ」
◆
どんなに平和を望んでも、戦争は起きる。
そう、この時もそうだ。
魔物狩りを済ませた帰り道、山岳の小さな村から煙が上がっていることを確認し、我ら騎士団は急いで山を降りた。
熱と炎と煙がひしめき合う地獄絵図の中に奴がいた。
黒い肌に刻まれた刺青、赤い目、白い髪、顔を仮面で隠し、炎をまとった聖剣を手にする英雄。
「返して貰ウゾ。我、誇りヲ!」
そう、俺はこの男を知っている。
「やめろ!」
俺は聖剣を抜き、地面に突き立てる。
男も聖剣から炎を振り払い、地面に突き立てた。
「火炎波!」
男の聖剣から炎が湧きだし、波のようにラズヴェルに襲いかかる。
「ウォール!」
ラズヴェルの聖剣が鈍く光り、目の前に土の壁を形成した。炎はその壁に遮られ、周囲を焼き払う。
「灼熱槍!」
その言葉と共に炎の槍が三本、土の壁に突き刺さる。
「くっ! アース!」
ラズヴェルはそう叫ぶと拳を大地に突き立てた。その瞬間、男の足元は隆起し、男を聖剣ごと宙に放り出した。
「失せろ、平和のために!」
ラズヴェルは右腕に土を集め、巨大な腕を形成する。そして、その腕で宙を舞う男を殴り飛ばした。
「なぜだ、なぜ!」
剣を鞘に挿し、ラズヴェルは頭を抑える。平和のためなのに、なぜ争いが起こる、なぜ、なぜ。
燃える村。生存者を探す団員の足取りは重く、煙は雨雲を呼び、冷たい雨が地面を叩き始めた。
「なぜ……ですか……」
振り絞るような声にラズヴェルは目を向けた。そこには新兵ミラドが焼けた子供の前で塞ぎ込んでいた。
「なぜですか、ラズヴェル様。なぜこんなことが起こるんですか!」
「…………」
「正義を行なっているんじゃないんですか? 平和になるんじゃないんですか? なのになんでこの子がこんな目に合わなければいけないんですか?」
「ミラド……」
「間違ってます」
そう言うとミラドは立ち上がる。
「正義が間違ってます! 平和が間違ってます! 王が間違ってます! 国が! 」
「ミラド! 」
「そう思わないと、つらいんです。助けられなかったから、辛いんです」
天を仰ぎ、涙を流すミラドにラズヴェルは静かに言った。
「王も国も間違っちゃいない。だが、遅過ぎる。俺がもっと早くする。だから、こんな光景は今日で最後だ」
もっと、もっと多くの敵を倒さないと。
もっと、もっと、もっと、もっと。