王
「くそっ!」
天井が高く広い、そんな薄暗い城内の廊下で俺は力いっぱい壁を殴りつけた。
三週間前はサイクロプス、ニ週間前に大蛇、先週はイビルロブスター、一昨日はミノタウロス。
もう、うんざりだ。
俺一人で戦うなら、それでいい、だが、そうじゃない。率いる騎士団全員が疲弊している。
これでは、いずれ……。
歯を噛み締め、ラズヴェルは思考を巡らせる。そして、一つの答えにたどり着いた。
「王に、会わねば」
顔を上げると、ラズヴェルは姿勢を正して歩きだした。
薄暗いが整備された廊下、敷き詰められた石畳をブーツで叩きながらラズヴェルは王の間を目指す。
しばらく歩くと眼前に大きな扉と二人の門番が現れた。
「どうしました、ラズヴェル様?」
「王に謁見したい」
「王はこの後予定が……」
「すぐに済む」
「しかし」
「どけ!」
煮え切らぬ門番の対応にラズヴェルは苛立ちを吐き出し、扉を蹴り開けた。
「王よ! 英雄ラズヴェル・ロッド! 謁見の許しを得たい!」
ラズヴェルはそう叫びながら強歩で玉座に歩み寄る。
玉座には一人の男が座っていた。
髪は金、肌は白、目は青。細身で優男風のその男は薄く笑いを浮かべたままラズヴェルを見下ろしている。
「どうした? ラズヴェル」
「王よ、私の話を聞いていただきたい」
ラズヴェルはそう切り出し、現状を全て話した。兵が疲弊していること、魔物狩りに対する疑問、そして、この国が振るう正義に対する陰り。王はその話に静かに聞き入り、静かに口を開いた。
「そうか、それは悪いことをした。私は焦りすぎていたようだ」
「?」
ラズヴェルの視線に応えるように王は静かに語り出した。
「私は平和が欲しいんだよ、ラズヴェル。父上が志半ばで倒れてしまった今、それを手に入れるのが私の仕事だと思っている。だからまず、脅かす芽を事前に摘む。それにばかり固執していたようだ、まったく。兵の疲弊にも気づかぬとは王失格だな」
「リシド王」
「ラズヴェル、兵をゆっくり休ませてくれ。一人でも欠ければ、国ではないからな」
「はっ!」
「それと……この国は変わっちゃいない。今も父上の正義によって動いている。誰もが幸せになれる。それがこの国の正義だ、陰ってはいない」
王はそう言って悲しげに微笑んだ。
王の言葉を胸に、ラズヴェルは退出する。それと入れ違うように一人の女性が王の間に入って来た。
白い髪、黒い肌、刻まれた無数の刺青、民族衣装に身を包んだ赤い目の女性。
女性と向かい合ったとき、王の気配が変わった。
「王ヨ、魔物狩りをやめてくだサイ。不吉な影が見えマス」
「それはできんな」
「何故デス!」
「それはな、奴らは爪も牙も持っているからだ」
「彼ラも私たちと同じ命デス」
「違う、奴らは魔物だ。人間じゃない」
「私タチは自然ヲ!」
「下がれ!」
王は女性を一喝する。
「お前と話すのは時間の無駄だ」
「……このままデハ自然の怒りヲ」
「下がれ」
再度、王が命令すると、女性は頭を下げ、王の間を後にした。
王はため息をつき、呟く。
「平和はすぐそこまで来ている。必要なのは、掃除だ」