拙い ① 幽霊って、思えばいいよ
精神的グロテスク注意。主人公が変わります。
先週から期末テスト二週間前となり、今日はその三日目。私は自室で机に向かっていた。中学三年ともなると、受験も合わさって勉強により一層力をこめなくちゃいけない。……からと、自分を説き伏せながら。
英語の単語を語呂合わせで覚えて、ついでに熟語も覚える。長文を短く訳しながら全体の文を考える。わからない箇所は辞書を頼りに読み進めていく。
集中していた。
カラーイラスト満載の問題集を解くことに全神経を注いでいる。
そんな私に少し驚く。だって少し前なら、私は勉強に対して不快感を得るだけだったからだ。こんな数学や英語、将来役に立つわけ無いよ、と言い訳しながら勉強を拒んでいた。
でも、今の私は勉強に集中することで、頭の中を一杯にしていた。思考することを抑えている。必死に、必死に。
一通り終えると、机の端にある時計を眺める。時刻は既に夜中の一時半を廻っていた。それを見た途端、ぷつんと集中の糸が千切れ、急に睡魔が襲ってくる。目蓋に重みを取り付けられたような感じで、そのまま机に顔をぶつけそうになった。
このまま寝ちゃおうかなーと冷たい机の上で、ゆるい幸福感に包まれながら顔をゴロゴロと転がしていると、それをかき消す、ノイズのような音が聞こえてきた。
その音はリビングから響いてきた。
私の部屋とリビングは壁一枚しか無いので、音は丸聞こえだった。
もう一度時計を見る。
夜中、だ。
ガチャッと、玄関の扉が開く音がしてきた。靴を脱ぎ捨てて扉が閉まる。ペタペタと足音を立てて、それはリビングをうろついている。
咄嗟に体が身構えるかのように震えたけど、もう慣れたよ、と自分に言い聞かせる。
〝幽霊って、思えばいいよ〟
と、姉が言っていたことを、私は思い出した。
その幽霊は、少しの間リビングをうろつくと、ソファにもたれかかる。どっしりと沈む音が床に伝わり、コンッとテーブルの上に何かが置かれた音がする。すぐにプシュッ! と音が鳴ったことから、缶ビールでも開けているのかな。
私はそれを聞いて、まず机のライトを消した。適当にノートと教科書をまとめると、明日の時間割など関係無しにカバンに押し込んだ。
さっきとは打って変わって覚醒したけど、眠ることにした。
立ち上がると、リビングから新聞を開く音が聞こえてきた。
テレビの音は聞こえない。
そのまま、何も音が聞こえなくなる。私も動かないと、我が家から音が抜き取られたような感覚に陥った。
静寂。
――を、リビングがまた破った。今度はケータイが震える音だ。音の無い世界だと、ケータイのバイブでもよく聞こえた。ちなみに、少し前までは母がヒステリックに叫び、かき消すように怒号が反射していたんだけど、それはもう無くなった。
ベッドに乗ったところで、水を飲みたくなる。私は幼少の頃ホラー漫画を読んでから、暗闇が大嫌いだった。光の無い家にはそこら辺にお化けがいるみたいで怖い。つい最近まで、喉が渇いて夜中起きたてしまった時は、わざわざ熟睡している母を起し、一緒に台所までついてきてもらったほどだ。そのため、喉の渇きを抑えるために、寝る前には一杯の水を飲むことが私の決まりとなっていた。
でも、台所へはリビングを通る必要があるから、私は諦めた。
パチっと電気を消すと、当たり前だけど真っ暗になる。
……と思ったけど、扉の下から微かに光が漏れていた。何かが動くたびに、少し揺れる。
幽霊が、いる、か。お姉、そっちのほうが、まだマシだったと思うよ。
リビングで、我が物顔でくつろぐ幽霊のことを考えると、怒りと悲しみなどが混ざりながらそう考えた。
目を瞑ると、途端に様々な思考が強制的に広がっていく。
嫌だ、やめてと思っても、それはまるで走馬灯のように映像として組み合わさり、形を作っていく。
私は、無理やりそれを頭の隅へ押しやった。
深呼吸をする。
これから住む場所や、その後の生活、母のことを考えると、非道い頭痛が広がっていく。