儚い ② 音
儚いグラフ
俺は、自分がよくわからない。
ここ数日も、学校をサボっては闇雲に街を歩いていた。
ほとんど無意識で、気がつけば真夜中の森を歩いていることも、多々あった。
何かを探しているのか、それとも逃げているのか、そのどちらでも無いようで、有るような気もした。
その日も、俺は一人でもくもくと街を歩いている。
あの日から、音が緻密に聞こえるようになってしまったので、外の音を遮断するように、デカいヘッドホンをつけながら。
ひとしきり歩いたところで、ぶわっと視界が開けて、小さい公園に出た。なんどもここに来たことがあるような気がしたけど、よく思い出せない。
ベンチが一つだけ寂しげに置いてある。
俺はそこに座ると、ため息をついた。
たった一人、自分の彼女を他人に寝取られたくらいでウダウダするなよ、と思う奴もいるかもしれないけど、そう一番思っているのは俺だ。
ここまで、自分が崩れるとは思いもしなかった。
だから、彼女のことを全て忘れたいのに、記憶だけは決して消えなかった。日々の出来事が嫌でも彼女との生活とリンクし、そのたびに脳裏に映像が流れ出す。
そんな自分が情けなかった。
死のうかと思ったけど、そういう行為をする勇気も無い。
自分という人間がわからなくて、ただ俺は一本の棒のように立っているだけだった。誰かに軽く押されさえすれば、簡単にその方向へと、傾いてしまうほど。
――だから、俺はあの女の声に耳をすませてしまったのかもしれない。
「復讐とか、興味ありますよねぇ?」
真横から声がして、いつの間にか、俺の隣に誰かが座っていた。女だ。
「え?」
と声を出してしまう。
突然話しかけられ、横に座る女の言葉が意味不明だからではない。
何故なら、この女は、白いコートを着ていたからだ。顔は、楓とは全く違い、背だって髪型だって、何もかも違うはずなのに、その姿は、楓と瓜二つに見えてしまった。
「そんなに驚かないでくださいよー」
女は俺の反応を見て、楽しそうに言った。
「いや、あの、すいません。いきなり話しかけられたから……」
どもりながら言うと、女は顔を近づけてきた。「エボシ、とかに復讐してみたいですよね?」
エボシ? ……烏帽子!?
あのアパートの表札が、脳裏に浮かび上がる。
――瞬間、心臓が胸を強打する。
「え? え?」
「本当は彼女にも、何かしてやりたいんですよね。でも出来ないー。昔の思い出がちらつくんでしたっけ? 楓が他の男にあんあん声を上げながら抱かれていたとしても、幸せならそれでいい。って、うわ、なんか凄いですね」
〝凄いですね〟
という声には、嘲笑が込められている。だけど、笑ってはいない。真剣なまなざしで、俺のことを睨みつけながら、更に口を動かす。
「なんで?」
「……俺のことを知っているかって? いやだって、これから見汐さんが話してくれるからじゃないですかぁ?」
意味がわからない。
咄嗟に逃げようとしたけど、体がそれを無意識のうちに拒んだ。
この女は何一つ嘘をついていない。
それを、俺の耳が認めている。だからか、俺は無意識のうちに、この女を信じていた。
動けない俺を見て、この女は安心したのか、ゆっくりと口を開く。
「自分のことは、ケイって言ってください」
声は笑っているのに、ケイは一ミリとして表情を動かすことはなかった。
艶のある、黒髪が風に靡く。
その眼には、黒い渦のようなモノが、不気味に渦巻いているように、見えた。