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運命グラフ  作者: 八澤
運命
3/12

運命 ③ 暗闇


 幼少の頃、

 エレベータは地下の奥深くまで続いていて、隠しボタンを押せば、一番下まで降りることが出来る。そこには地上とは違う地下の世界が広がっているんだ、と信じていた。

 けれど、なんてことない。そんな世界は当たり前だけどありえなかった。

 モーター音が、頭上で響き渡る。

 それを、もう何度目か覚えていないけど、とにかく見上げた。

 現在、あたしはエレベータの底にある隙間に居た。広さはエレベータを一回り大きくしたような感じで、夜の田舎のように暗い。高さはあたしの身長よりは少し低いくらいで、座っていれば頭をぶつけることも、……潰される心配も無かった。

 あの強盗から逃げるためにエレベータの扉を無理やり開いて入ったはずなのに、まだエレベータは到着していなくて、そのまま落ちてしまったんだ。

 この暗闇の中に居る経路思い出したあたしは、すぐさまケータイを取り出して連絡を試みようとしたけど、ポケットの中に無い。そうだ、落ちる時に取り出して、そのままここに落としたのか、と思って、あたりを手探りで探すと、何かある。拾うと、それは多分あたしのケータイだろう。二つ、あった。どうやら落ちた拍子に、あたしが潰したのか、真っ二つに折れていた。もちろん電源は入らない。嘘でしょ!?

 光は無く、時間もわからなくて、唯一感じられるのは、真上で規則的に動くエレベータの音だけだ。

 さらに困ったことに、落ちた時に足を挫いたらしくて、足首に熱い鉄の棒を差し込まれたかのように痛い。動けたとしても脱出は不可能だろうけど、足からの痛みが、あたしの気持ちを萎えさせる。

 今何時、ってか今何日? 多分そんなに時間は経過していないと思うから、もしかしたらあたしはまだ行方不明者として見なされてはいないかも。あの糞ババアがあたしを巻き込もうとしたおかげで、こんなことになるなんて……。一人暮らしのあたしがいなくなっても気づく人はいない。あ、家の近くにポツンとある、帰りにほぼ毎日通うコンビニの店員が、あれ、今日はあの可愛い人こないな、と思っているくらいだろう。……どうでもいい。

 一瞬、羽峰さんが、あたしがエレベータに逃げて、いなくなってしまったことを、誰かに話しているかも、と思ったけど、それは無いな。どうせ、あの人は強盗に巻き込まれた事件を意気揚々と語っているだろう。あたしのことなんか微塵も忘れて、自分の対応を極限まで良い方向へ誇張して話している気がする。

 いや、もしかしたら、あの後に強盗に襲われて、重体になっているかもしれない。腹いせに撃たれて、意識不明と思うと、不謹慎ながらも、あたしは大笑いした。

 その笑い声が、この狭い空間では異様に響いて、あたしは我に帰る。

 そして、お腹の底から、にゅるにゅるとした恐怖が湧き出してくるのを、感じた。

「助けてーーッ!」

 と、もう何回目か忘れた叫び声を、頭上に迫るエレベータに向かって放つ。ドアが開く瞬間を狙って声を出しているんけど、一向にあたしに気づく気配は無い。エレベータが動くことから、人は居ると思うんだけど、誰も気づいてくれない。店長は確か上にいるはずなんだけど、なんで出てこないの?

 そういう恐い想いをかき消すように、「誰か! 助けてくださあぁあいッ!」と叫ぶ。

 けれど返事は無い。

 あたしの声が木霊して、それをエレベータのモーター音が潰していく。あまりに孤独で、涙が零れそうになった。眼を、手で押えようとすると、異臭がする。カビの匂いだ。ふわふわとした綿のような――埃が、指に絡み付いている。指からそれらが落ちてきて、口の中に入る。じゃりじゃりと、砂が歯の間で蠢く。うわぁ。

 幸い、『ゴキげんよう ひさしブリ』のようなキモ虫はいなかったけど、むしろ今は生物が近くいたほうが、落ち着くかもしれない。

 孤独の恐怖。

 それに混じって、ある感覚が、ぶるっと駆け上がってくる。

 最初は、考えないようにしていた。お腹減った、喉が渇いたなどは、意識しても、極限まで行かなければ、それなりに耐えられる気がしていた。だけど、この感覚、この体中から脈打つようなこの思考だけは、やめといたほうがいいと思っていた。

 だけど、一瞬だけでも、あたしは思ってしまったんだ……。

 うん、トイレに行きたくなったらどうしよう、と。

 それが駄目だった。途端にお腹の中で胎児が暴れるように(経験は無い)痛くなってくる。慌てて別のことを考えようにも、一秒毎に、あたしの中で、それは溜まっていくのを、感じる。

「エレベータの下に、人がいまぁあああああああすううう!」

 ヤバイ。これ以上は確実に危ない。自分の中で、もう人はこのビルの中にいないよ、と諦めているけど、その想いを必死に握りつぶす。

 どうしよう。足が痛くて這うようにしか動けないし、最悪の場合、この場所の隅まで行って、済ますしかない。

 このままここで一人寂しく死ぬかもしれない、という恐怖より、この歳になってここで我慢出来なくなってしまうかもしれない、という恐怖のほうが、今のあたしの中では強かった。

「お願いしまぁあああああああすッ! 助けてぇぇぇえええええッ! はみねぇええええええええええ、くたばれぇええええッ! トイレを、くださぁぁぁあああああああいッッ」

 と、渾身の力を使って、叫んだ、時だった。

 迫り来るはずの、エレベータが途中で止まった。感覚的に、二階で止まっている。しかも、扉がすぐに閉じる気配が無い。

「助けてぇぇぇぇぇぇぇええええええええ!」

 絶叫する。

 頼む、今そこに居る誰か、気づいてくれと、全力で祈りながら……。

 だけど、エレベータは一階まで降りてくると、また一番上まで上がって行ってしまった。

 完全な暗闇と無音の世界。

 気が狂いそうになるのを、限界を超えようとする尿意が、押さえ込んでいる。

 でも、それは、どちらも限界だった。

 実感のある絶望が、あたしの体に降りかかってくる。

 眼を瞑ると、走馬灯が流れ出した。両親や学校生活での想いで、あぁ儚く我が人生。今年はお金を貯めてアイツと海外にでも旅行に行くはずだったのに、それは敵わなくなって、わけがわからなくなって、本当は結婚する予定だったのに、それを願っていたのに、なんであたしはこんなに惨めに生きているの?

 あー、もう限界、色々と。

「トイレに行きたいな」

 と、最後の断末魔を上げて、あたしは全身の力を抜こうと、した。


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