運命 ② 落下
「お金、ありますか?」
と先頭に立つ金髪のマスクサングラス男が言った。
「へぇ?」
そこでやっとその男達に気づいたのか、羽峰さんはケータイから顔を上げると、不思議そうな顔で、男達を見る。
マジで強盗?
その第一声で事態を悟ると、あたしはため息をついた。強盗に来るのなら銀行やコンビニへ行けよ。なんでこんな人が来ない(決まった人は来る)店に強盗を? と思ったところで、人の来ないような場所だから、こいつ等は来たのか。
「何、あんた達?」
でも、そんな緊急事態にもかかわらず、羽峰さんは喧嘩を吹っかける不良のように唸った。この会社を守るために啖呵を切った、というよりは、いきなり偉そうな素振りを見せてきた男達に怒りを感じたから、だと思う。
「お金、ありますか?」
金髪の強盗は、もう一度そう問う。すると、後ろに居る残りがせせら笑う。
「笑うなよ」照れるように金髪は言った。「今真剣にやってんだから」
「もう終わりだよ。お店閉めるから、出てって」
まだこの状況を出来ないのか、羽峰さんはそう言って、腕をしっしと動かす。
「オバサン」
「オバサンじゃない」
いや、オバサンだろ。「俺達はなぁ、強盗なんだよ。それくらい見ればわかるだろ」
「……わかるわよ。強盗が何よ」
「だから、さっきから言ってるだろ、金出せって。そこにあるレジから、札だけでいいよ、全部よこせ」
羽峰さんはレジを一瞥し、強盗を見ると、「お金なんか出せるわけ無いでしょ」と、先ほどよりは声を低めていった。
途端に、金髪は右腕を伸ばす。
その先には……黒色の銃? のようなモノを握っている。
「早く金を出せよ。もたもたしてると、この銃でオバサンの頭、吹っ飛ばすぞ」
金髪は、凄みながら近づいていく。
が、羽峰さんは慌てずに、苦笑する余裕すら見せた。「どうせそれはおもちゃでしょ。脅されたって、あんた達みたいなチンピラに、お金なんか渡さないわ」
すると、金髪は、銃を両手で掴むと、そのまま水平に持ち上げる。
右へ体を開く。その先には、あたしが入社した時から飾られている(売れ残っている)額縁に飾られたよくわからない絵があって、それがいきなり破裂した。
――瞬間に、鋭い轟音が響きわたる。
「きゃッ」
と、思わず声が漏れてしまった。私は必死に身を隠して、また様子を伺うけど、大丈夫、.あたしの存在に、奴等は気づいてはいないらしい。
それよりも、あの銃が本物だったことに驚いた。この国は一応銃の所有から禁止のはずでしょ? なんであんな不良集団みたいな奴等がもってんだよ。働け、警察、公僕だろう。
「おばさん、これで、ホンモノだとわかったろ」
「は……はい」
先ほどまでとは打って変わって、羽峰さんは完全にビビリ、今にも失禁しそうな勢いで頷く。
「わかったなら、早く金をもってこいッ!」
銃を、羽峰さんの頭の位置へ向ける。このまま、ベソをかきながらレジを開けてお金を差し出すのかな、と楽観的に見ていたら、突然こっちを振り向いてきて、口を開けた。
「渦原さぁああああああんッ! 戻ってきてぇえええええッ!」と叫ぶ。
……え、え、えええ!?
瞬間、あたしは壁際に体を寄せて、頭を隠した。
羽峰さんは、あたしに向かって助けを求めた。と、普通の人ならそう思うかもしれないけど、あの糞ババアのことだ、一人でこんな災難に出会っていることが納得いかなく、あたしを引き込もうという魂胆だろう。
いやだよ、巻き込まれたくなんかないよ。と、あたしはそのもの影に隠れてやりすごそうとする。
が、
「そこにいるのはわかっているんだからねぇええええッ! 声が聞こえたんだから。早くきてぇえええ」
糞、最悪、悲鳴を聞かれていた。
「おい、誰かあそこにいるのか?」
不安そうに、金髪の男が問う。
「はいもちろん。私はこの職場ではパートで雇われているからその電源を切って閉まったレジは自力では開けられません。でも、あのエレベータのところで隠れている彼女なら、正社員なので鍵を持っていて、開けられるはずです」
な、何言ってんの。鍵なんか持って無いし、パートでも閉まったレジは、レジの上についている鍵を横に回せば、簡単に開けられるだろう。
頼むから、そんな嘘に気づいてレジをぶっ壊してでも開けて早く逃げて! という願いはむなしく「見て来い」と金髪の声が聞こえてきた。
カツカツと数人の足音が近づいてくる。
その瞬間、エレベータの扉から、金属が擦れるような音が聞こえた。よし、到着した。
あたしは意を決すると、扉へ駆け寄り、力ずくで扉を開いた。「おい、エレベータの中に入るぞッ」
背後から怒声が聞こえる。途端に駆け足になる。
そんなに気にせずに、震える扉を強引に開けると、その間をすり抜けるかのようにあたしは中に飛び込んだ。と、同時にケータイを取り出す。
中に入って、警察に電話をかける。それを悟れば、強盗達も逃げていくはずだろう、いや、行く。そうしなきゃ、あたしがヤバい。あたしのケータイでお店がヤバイ。あそこに一人残された羽峰さんは、何か八つ当たりを受けるかもしれないけど、あっはっは、それは仕方ないよね~。
そんな感じで、一人心の中で高笑いをしていると、まだ足が床にたどり着かないことに気づいた。
浮遊感が、やんわりとあたしを包む。
その中で、振り返った。
あの糞ババア、胸糞悪いって表情で、あたしのことを睨んでいるよ。
その先に、数人の男が駆けてくる。
でも、扉が閉まるほうが早い。え、でもまだボタンは押していないはずなのに……。
ゆっくりと扉が閉まる。男達が走り、羽峰さんの顔が見える。その映像が、これまたゆっくりと、上昇していく?
足が、まだ地にくっつかない。
探せば探すほど、あたしは落ちていく。
真横へ傾く。
なんで、どうして、と思った瞬間、視線を真上へ向けると、映るのは迫り来るエレベータらしきもの。
まだ、来てなかったのか。
と悟った瞬間に、鈍い衝撃が背中から発生して、痛いと思うより先に、意識を失った。