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運命グラフ  作者: 八澤
運命
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運命 ① 一瞬

 いや、いやいやいや、自分で行けよボケッッッ!

 と、喉元まで競り上がってきた言葉を、あたしはなんとか飲み込んで、「はい、わかりました!」と自分でも引くほど元気良く返事をする。

「悪いわねぇ、もう渦原(うずはら)さんは帰るのに……」

「いえ、あたしも上に忘れ物をしたので、ちょうど良かったです。ついでに取りにいくから、大丈夫ですよ」んなわけねーっつの。と自分にツッコミを入れて、あたしは愛想笑いを作る。それに便乗するように、羽峰(わみね)さんも笑ってきた。笑うなボケ。

 羽峰というババアは、あたしが働く雑貨屋のパートで、今日はシフトが重なっている。五十を超えた独身で、更年期障害で頭がイカれているのか、ちょっとしたことで突然機嫌が悪くなる。ヒステリックに爆発するんだ。しかも、それがその日終われば終了、とはいかなく、明日明後日明々後日と続くからやってられない。

 今もこの糞ババアはあたしに対してあからさまな嫌がらせ仕掛けてきやがった。定時を過ぎて、お店を閉めて、さぁ帰ろうかなとした瞬間に、「あぁ、どうしよう!」と小さく、だけど近くにいるあたしにはっきりと聞こえる音量で騒ぎ始めたんだ。無視して逃げると、確実にキモイ噂を同僚に流されるのは経験で知っているので、あたしは反応するしかなかった。

 頼む自分の舌を噛んで痛くて声をあげてしまったんだ、と願いつつ「羽峰さん、どうしたんですか?」と、問う。

「あ、渦原さん。あのねー」五十のババアが、何が〝あのね〟だ気味悪い。鳥肌が立つ。「あの人に言われていた伝票、三階に置いてきちゃったの」

 と、悲しそうな声で言う。上目使いで、糞、これだけであたしに何かめんどうなことを頼もうとしていることが見え見えだ……。

 ちなみに、あの人とはこの店の店長の片山(かたやま)さん。それを羽峰さんが狙っているから恐ろしい。片山さんは少し前に奥さんを亡くしたらしく、子供はいない。道楽でこの雑貨店を開いて、今は独身貴族を満喫していた。そんな片山さん目掛けて、羽峰さんは毎日のようにアタックをしていた。これがまだ可愛らしい女子高生などだったら微笑ましいんだけどさ、おばさんがやったらグロテスク一直線だって。他の同僚はその光景に見慣れているのか何も言及はしてこないけど、最近入ったばかりのあたしにはキツイやばい恐い。あれだ、夜中起きてしまって、両親の営みを見てしまったような、そんな不快感を得る。

 で、羽峰さんは、帰る気全開だったあたしを呼び止めて、このビルの三階まで戻れ、と宣言してきたんだよね。置いてきちゃったのよ、しか言ってこないけれど、それ以上は語らないでもわかります。取りに行けってことですね? 刹那それを理解したあたしは、元気良く返事をしたってわけ。

「ごめんねぇ」

 謝るくらいなら、頼むなよ。

 イライラする理由は他にもあった。

 この小さな雑貨店は、ビルの一階にある。ビルと言ってもとても小さいアパートのようなもので、店長が安く買い取ったらしい。一階が雑貨店、二階が店長の家、三階が物置となっている。その三階はお店にはもうおけないガラクタのような物体が散乱している場所で、普通はそんなところに伝票を置きには行くわけがない。どうせ片山さんを呼び出して、必死にアピールでもしていたんだろう。と、変なことを想像するのを、頭を振って辞める。イラつきが膨れ上がって頭パンクしそうだ。ちなみに、片山さんは羽峰さんのことを軽くあしらっている。

「多分ダンボールの上に、置いてあるからー!」

 小走りでエレベータまで向かう途中に、羽峰さんが叫ぶ。ってか三階はダンボールで埋め立てられていますから。そういう無駄なアドバイスはいらねーよ。

 羽峰さんが、あたしにこういうくだらない嫌がらせをしてくるのは、まぁ理由がある。それはあたしが若い女性で可愛くて、店長とも仲がそれなりに良いからだ。羽峰さんは、そのことを陰からとても妬んでいるみたいだった。

 あたしはアルバイトとして、ここで働いている。学校はもう終わってる。いわゆるフリーターという奴だ。

 本当は、美大に入って勉強をしていたかった。幼少の頃から絵を描くのが大好きで、中学高校と進むたびに、将来は美人イラストレータか美人漫画家になって、一儲けしたいともくろんでいたんだ。

 けれど現実はそんなに甘くない。あたしは一浪してお目当ての美大に入れなくて、そこで何かに躓いてしまった。親には一浪まではお金のこと面倒を見てあげるから、と宣言され、それをプレッシャーにして頑張ってきたのに、次の年、かすりもしなかった。

 二浪してまで、あたしに勉強する勇気は無かった。もしこれで受からなかったら、と将来を予想してしまうと、夜も眠れない状態が続いた。よく吐いた。だから、もう浪人するのは辞めて、今更普通の学校も目指すもの嫌で、家の中で一人ずっと豚のようにゴロゴロしていた。時々ネットで絵を描いて、自分よりも下手糞な雑魚に上から目線でアドバイスをしていたけど、ある日某巨大掲示板であたしの絵が晒されてぼろくそに扱き下ろされてしまい、それで絵を描くのが、怖くなった。震えていたくらいに。

 その時になって、あたしが今まで必死にしがみついていたモノが、ただの汚い石だったと初めて気づいた。そのショックに合わさって、更にちょっと嫌なこと重なり、精神的にキツくなる。

 ヤバイ。マジで、生きている意味、無いよ。

 そんなオーラを漂わせている娘を放っておけなかったから、両親はどこからか知り合いのツテで今のバイト先を見つけると、無理やりアパートへあたしを放り込み、働かせることにした。

 で、最初の頃は、時給は良いし、足りない家賃は仕送りしてくれるしで、両親に感謝していたんだけど……あんな糞ババアと同じ職場だなんて聞いてないって。あたしが普通に店長と話しているだけで、羽峰さんは鼻息荒くあたしに声をかけてくる。最近はもう女特有のねちねちとしたつまらないくだらない糞ないやがらせのオンパレード。そのことに他の社員は気づいているんだけど、自分が絡まれたら嫌だと、口を出してくれる人はいない。

 嫌がらせのほかにも、羽峰さんは雑用から自分のミスを平気であたしに擦り付ける。シフトを変えてもらいたかったけど、人のあまり居ないこの職場だと、自然と重なってしまった。おかげで、社内であたしの場所は無く、評価もあまり良くない。というより、羽峰さんにとりつかれているから、近づきたくないって感覚だった。

 プクプクと泡のように膨れ上がった苛立ちが、表に出てくる。指でコンコンとエレベータのボタンを押し捲る。定時にはあがって、このまま帰ってフリーターが主役のドラマでも見ようと思ってたのに、計画がズレた。一階で、あたしと羽峰さんの二人きりになってしまったことが、何よりの失敗だと思ったけど、今更遅い。


 ――だからか、そんな一瞬を狙ってだと思うんだけど、彼らは入り込んできた。

 一階のお店は、店長が最後に扉を閉めるので、シャッターは半分までしか閉まらない。その間から、するすると数人の男が、入り込んでくる。ちょうど何気なく振り向いたあたしの視界に、その様子が鮮明に映りこんで、来る。

 その男達は、お客のはずがなかった。いやだって、全員白くて大きなマスクをつけて、サングラスをしているんだもの、怪しすぎる。あたしはエレベータ付近の壁に寄ると、そこに身を寄せながら様子を覗うことにした。


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