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ある日、妻が出て行きました。

作者: 紅梅

 それは、ある日の出来事だった。

 珍しく、早くに帰宅した藍琇蓮(らんしゅうれん)は半年前に紅黎凜(こうれいりん)と結婚したばかりだ。二人は、軍に所属しておりそこで出会ったのだ。


「黎凜、帰ってないのか?」

 部屋に戻ってみると、誰もいないことが分かる。まだ、帰ってきていないのかと思いそのうち帰ってくるだろうと気楽に考えていた。琇蓮が所属しているのは黒誠秦(こくせいしん)が大将軍を務めている黒軍だ。誠秦は、寡黙な人で滅多に暴れたりはしない。琇蓮は、そこで将軍を務めているが大将軍が問題を起こさないのでそれほど忙しくはない。しかし、琇蓮はこの星国(せいこく)の国王である陸耀燕(りくようえん)の護衛も務めているので全く暇というわけにはいかないが。

 反対に、黎凜が所属しているのは白勾閃(はくこうせん)が大将軍を務めている白軍だった。勾閃は、とにかく暴れるのが大好きな人間なのだ。そして、そんな大将軍に似てそこの軍人達も、騒ぐの大好き。暴れるの大好き。という迷惑この上ない人間が集まっていた。それでも、実力は確かな人間達ばかりだ。黎凜は、そんな軍の将軍を務めているので、暴れ回られた尻ぬぐいと勾閃達に雷を落とすのが日課になっているので、帰宅が遅いと言うことは多々あるらしい。それに加え、耀燕の唯一の妃である柳珠華(りゅうしゅか)の護衛役も務めているので琇蓮以上に忙しい。けれど、どんなに、忙しくても遅くなる場合は必ず家の方に連絡が行く。

 それが分かっており、連絡がないので帰ってくるだろうと思い帰宅を待っていたが、どんなに時間が経っても黎凜は帰ってこなかった。翌朝、使用人達に黎凜のことを聞いたが、首を振られるだけだった。仕方なく、出仕したがそこでも黎凜の姿を見つけることはできなかった。落胆したまま、耀燕の執務室に向かっていったので誠秦が、何か言いたげな目で琇蓮の事を見ていることに、そして白軍の人間が恨みがこもったような目で見ていることに気がつかなかった。

 執務室に入って開口一番、

「藍琇蓮。全く君は、やってくれたな」

 と耀燕に責められた。意味が分からず、耀燕の傍に立っている側近の李柚瑛(りゆうえい)に問いただすような視線を向けるが分からないとでもいうように目を伏せられた。

「主上、何のお話でしょうか?」

「まだ、気づいてなかったのか。これを、見てみろ」

 そう言って、耀燕が出したのは彼が黎凜に下賜した剣、紅彩(こうさい)だった。これは、黎凜が将軍の地位に任命された時に、名字と同じ名が付くからと下賜された物だ。

「これは! 何故ですか!? 何故、黎凜の剣がここに!!」

「昨夜、将軍の地位と共に返上された」

「・・・・・どういうことですか? 私は、何も聞いていませんが」

 淡々とした物言いに、琇蓮は青ざめていく。

 何故、自分には何も言っていないのかなど、疑問は、どんどん膨らんでいくばかりだ。



「それは、彼女が君に伝えることを良しとしなかったからだ。そして何故か君への、離縁状も一緒に渡されたよ」

 耀燕が、取り出したのは確かにこの世界で離縁状と言われている物だ。

「もう一度聞く。私の大切な幼馴染みに何をした?」

 そう。耀燕と黎凜は、幼馴染みだった。文官としても武官としても名門紅家の長姫である黎凜は、幼い頃から耀燕の遊び相手として城によく訪れていた。耀燕が剣を習い始めた頃、「耀にできて、私にできないはずはない!」と言って一緒に剣を習い始めた。普通は、貴族でも貴族でなくても女性で剣を習う者は少ない。

 しかし、さすが武官も世に多く送り出しているだけあって紅家の人間は、黎凜が剣を習うことを許可をした。

 そして、力をどんどん付けていき軍にも入った。もともと、黎凜には武の才能があったらしく今から二年前の一八歳の時、将軍位にいた者が退役するということで抜擢された。この時、既に白軍の中で黎凜に勝てるのは勾閃しかいなくなっていたので反対もなかったのだった。


「申し訳ございません、主上。私には、心当たりがありません」

「そうか。私は、黎凜から大まかな理由を聞いたが?」

「本当ですか!? 教えてください!!」

「黎凜が処女であったかなかったか。根本的な思いの違い。そして、君が花街に足を運ぶこと。全ての事を考えるのに、そして君の妻でいることに疲れたそうだ」

 耀燕の話しに、琇蓮は言葉を失った。黎凜が、そんなことを考えてるとは思いもしなかったからだ。

「君は、私の添い臥しを務めたのが誰であったか知っているか?」

「いいえ。それが、どうかしましたか?」

 今の話と、耀燕の添い臥しの相手が誰であるかが関係あるのかが琇蓮には理解できなかったが、次の言葉でそれは繋がった。



「黎凜だよ」



 星国には、世継ぎの王子は一六歳の成人を迎えたら、貴族の中から選ばれた娘と添い臥しをするという決まりがある。耀燕の相手には、ちょうど同じ年頃で幼馴染みということで黎凜が選ばれた。しかし、既に耀燕は珠華に一目惚れをしており、珠華以外を抱くなんて考えてなかった。

 そのことを黎凜に言うと、『耀が慣れてなくて下手だったら、珠華が痛がって次からはしたくないって言うかもよ?』という言葉を投げかけられ、珠華に拒絶されたくない一心で耀燕は黎凜を抱くことを決めた。別段と、黎凜はそれを拒みもしなかった。まぁ、相手は耀だから良いかと気楽に考えていたのである。そして、定期的に抱くことで耀燕の閨の技術は上がり、だんだんと黎凜の体は開発されていった。


「だから、謝っておこうか。すまないな。君が味わうはずだった瞬間を奪ってしまって。あの体は、四年くらい随分好きにさせてもらったからな。全て、私が仕込んだ。しかし、私が黎に仕込んだ半分も、珠華にはできていない」

 残念だと言わんばかりの顔で言う耀燕だが、琇蓮と柚瑛は顔を引きつらせていた。さすがに、結婚して一年も経っていないのに全て仕込んだと言われた方が驚きだ。

「いえ、それは知らなかったとは言え少なからず黎凜を責めてしまった、私に咎がありますから。それで、他の理由は・・・・・・」

「ちゃんと君は、黎を愛しているのか?」

「当たり前でしょう。私は、愛してもいない女を妻にはしたくありませんからね」

「では、それを黎に伝えたことはあるのか? 黎を愛していると言いながら、何故今現在も花街に通っている?」

 琇蓮は、何とも言い難い衝撃を受けた。耀燕に言われて、初めて気づいたのだ。自分が、黎凜に“愛してる”という言葉やそれに関連する言葉を伝えたことがないことに。はっきりと言ってしまえば、結婚を申し込んだ時だって「黎凜、私と結婚しようか」と言っただけだった。

「・・・・・一度も、ありません。ですが、花街に通っているのは情報収集のためで、そのことを黎凜も理解してくれていると思いましたが?」

「では黎が、花街で帳簿付けをしたり用心棒をやったりしているのを知っているか?」

「彼女が、花街に? 何かの間違いでは? いつも、帰ってくるのが遅い・・・・・・・・まさか、仕事で遅くなってるのではなく花街にいるから帰りが遅いと?」

「間違いではないよ。そう。黎は、仕事で帰るのが遅くなる日が半分で、花街で仕事をしているから遅くなるのが半分だ」

「いつから、そんなことを・・・」

「確か、社会の現実というものを学べと家に言われて、七歳前後で花街に放り込まれたらしいな。

 そこで、仕事をもらっていくうちに伎女達には妹もしくは娘のように可愛がられ、既にその時には私と共に剣を習っていたから、そこの用心棒の人間にも可愛がられ鍛えられ、今の黎凜がいる。あそこの者達は、黎が可愛くて可愛くて仕方がないらしい。軍に入っても、手放したくないと言われていたからな。

 黎自身も、花街にとても親しんでいたよ。紅家の者達も、そこまで黎が馴染むと思っていなかったみたいだが楽しそうに傍観していた。

 実際、黎は君よりも花街に詳しいと思うし、黎が働いてるところも見たことあると思うが? 花街で帳簿付けをしてたりする時は、伎女達が嬉々として飾り立てるそうだよ」

 耀燕の言葉で、思い出したことがあった。琇蓮は、美しく着飾った女が、帳簿を付けていたのを見たことがあるのだ。どことなく黎凜に似ており、後から聞いてみたら「あの子は、私達の可愛い娘だよ」と返されたのを思い出す。愛してる女の姿も分からないなんて、琇蓮は大打撃を受けた。


「だから、彼女は君が花街に楽しそうに通っているのを知っていた。本当に、仕事なのかと疑ったこともあるそうだよ。夫を疑う妻なんて失格だと離縁を決意した。そして、君はこれを聞いてどうする?」

「どう・・・とは?」

「黎凜殿を追いかけて離縁を撤回してもらうのか、このまま本当に離縁するのか。決めた方が良いですよ。既に、黎凜殿が将軍の地位を返上して王都から出て行ったことは紅家に知られています。今の紅家には、黎凜殿至上主義が多いですからね。

 離縁を撤回してもらおうとするなら、彼らよりも先に探し出さなければそれは叶わないでしょうね。先に保護されてしまえば、貴方が認めようが認めまいが、離縁は成立させられるでしょうね。彼らは、影を自分達の護衛に本当に僅かだけを残し、それ以外は全て情報収集に放って動いていますよ。その勢いは、こちらが驚くほどに凄まじい」

 今まで、聞き役に徹していた柚瑛が、口を挟んだ。柚瑛が言う可能性は、現実に起こりうる事だった。確かに、今の紅家にいる人間には当主を筆頭に黎凜至上主義と言ってはばからない者が大勢いる。その者達が、先に黎凜を見つけたとしたなら確実にもう二度と黎凜と会わせてもらえなくなる。琇蓮には、それは耐えられなかった。結婚を告げた時、本気で琇蓮は死にかけそうになった。それでも、耐えたのは黎凜と結婚したかったからだ。今思えば、この半年もの間紅家が何も動いていなかった方がおかしいのだ。きっと、黎凜が止めていたのだろう。そんな黎凜を、今までどれほど傷つけていたのかと思うと胸が苦しくなる一方だ。



「行きます。いいえ、行かせてください。私には、黎凜が必要なんです」

「良いだろう。しかし、君に探せるかな? 君も知っているだろう? 黎の愛馬は、この国一・・・・いやどこの国の馬よりも速いと言われる赤兎馬だぞ?」

「それでも、探し出して見せますよ」

「そう言うと思ったよ。こちらとしても、黎は必要なんだ。珠華の護衛の件はもちろんのこと、勾閃の手綱を上手く取れるは奥方を除いて黎だけだからな。いなくなられると、困るんだ。私個人の気持ちとしても、いなくなられるのは哀しいし、寂しいしな。だから、君に協力しよう。

 ちゃんと、黎の後を付けさせている。というか、黎が出て行ったことをうちの影達に知られてね。結構な人数が、自ら志願して黎を追跡してる。ほら、君も知っているだろう? うちの影達が主人である私よりも黎に懐いていたかもしれないということを。そいつらから、逐一情報が上がってきているんだ。これから、情報は全て君のところへ行くようにしよう。

 それに、君は休暇が溜まっているみたいだからこれを休暇分に振り分けておこうか」

「ありがとうございます。それでは、行って参ります」

 一礼して、琇蓮は部屋から出て行った。これから、急いで支度をして黎凜を探しに行くのだろう。

『これはね、耀。一種の賭けなのよ』

『賭け?』

『そう。耀が渡してくれる、この離縁状を見て琇蓮様はどうするか。もし、私を愛していてくれて追いかけてくれるのなら勝ち。逆に、すんなりと離縁をするようだったら負け』

『黎は、そんなことして平気なのか?』

『さぁね。でも、人生で最初で最後の大きな賭けよ。これくらいしなきゃ、あの方は私の方を見てくれないし、私が何を考えているのか分かろうともしてくれないだろうしね』

 そう言って、寂しそうに笑った黎凜の顔が思い出される。だからか、無意識的にため息が出る。

「私がしてあげられるのは、ここまでだよ、黎」

 耀燕のつぶやきを、返事は必要ないと判断した李柚は何も言わなかった。




 愛馬に跨り、琇蓮は最新の情報を元に黎凜を捜しに王都を出発した。

「黎凜、伝えたい言葉を伝えに君がいるところまで行くよ。例え、君が望んでいなくても、ね」

書いた後に、気づきました。

黎凜が、ほぼ名前でしか登場していない。

これは、続編を書くべきか。それとも、黎凜視点を書くべきか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでて何故か彩雲国物語を思いだしました…。 (紅家の姫なのに貧乏人で損な役回りばっかりだけど…頑張り屋な主人公には強く頼れる「姫さん」と呼ぶ棍棒操る人とくっつくよう願掛けしてたのに……
[一言] 彩雲国物語、お好きなんですか?
[一言] こんばんは、安芸です。  これは面白い! びっくりしました。失礼ながら、紅梅様じゃないみたいな筆致。いや、驚きました。  続編? そんなケチ←? くさいこと言わないで、連載にしましょう…
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