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Detective -刑事ー

 二時間後、ザックと洋子は警察署の小部屋の中にいた。ザックは部屋の中央に置かれたテーブルの前のパイプ椅子に座り、壁際の机の前には小林という刑事が腕を組んで座っている。洋子はザックの隣に立ち、困った顔で小林に抗議した。

「あの……いつまで私達、ここにいなくちゃいけないんですか?」

小林はうんざりして顔で洋子を一瞥した。

「何言ってるんだ、あんな大騒ぎ起こして」

「でも、悪い事は何もしてないのに……」

小林は組んでいた腕をほどくと、洋子の主張などてんで話しにならないとばかりに手を振った。

「三人とも今病院なんだ。話が聞けないんだから仕方ないでしょう」

「だって……一人で三人相手にしたんですよ。一人は私に襲い掛かってきたんです。他にどうすれば良かったんですか?」

必死に説明しながら洋子はザックを見遣った。ふてぶてしく椅子に脚を広げて座り、腕を組み盛り上がった二の腕にはTシャツの袖から刺青が覗いている。不機嫌そうに小林を睨みつけている姿は、確かに凶悪犯に見えなくも無い。しかも店での暴れっぷりは、一年前に重傷を負ってつい最近までリハビリをしていた人間とは思えない。

 小林がザックをジロジロと眺めながら独り言のように呟いた。

「しかも日本語が分からないときた……」

「だから、私が……」

「ちょっと待ってて下さいよ! 今言葉の分かる人来ますから」

「どうも~」

ドアが開き、背広を着た小柄な中年の男がにこやかに入ってきた。

「いや~何かすごかったみたいですね~」

この険悪な雰囲気が読めないのか、それとも敢えて読まないのか、笑顔を崩さずに小林の向かいに座った。

「あ、私は堀井と申します。普段は窃盗事件なんかを扱ってましてね……」

流暢な英語で話し出し、垂れ気味の目を細めてザックに笑いかけた。ザックは無表情で堀井に顔を向ける。堀井は小林からザックのパスポートを受け取った。にこやかな表情は崩さぬまま、パスポートの表紙をザックに向けて中を開いた。

「アメリカの方ですか……今はどちらにご滞在ですか?」

ザックは黙って横にいる洋子を親指で示した。堀井は洋子に顔を向けると日本語で尋ねてきた。

「失礼ですが?」

「あの……婚約者です……」

「ほう……」

堀井は頷きながらパスポートを捲る。

「入国は三日前ですよね。ずいぶん……その、スピード婚というか……」

「フン、ナンパでもされて騙されてるんじゃないのか? 家に転がり込むために……」

小林がペンを回しながら冷笑すると、カチンときた洋子は猛然と否定した。

「違います! 知り合ったのは一年前です。私がアメリカに行った時に……」

「そうですか。あなたはアメリカに留学か何かで?」

気分を害した洋子にまるで世間話でもするような口調で堀井は応える。その気安さに洋子の勢いはどこかへ行ってしまった。堀井の質問に小さく首を振る。

「いえ、旅行で……」

「旅行中に知り合って、それから一年間遠距離恋愛を?」

「え、ええ……」

洋子はそういうことにしておいた。

 堀井が見ていたパスポートから折り畳んだ紙がぱらりと落ちた。「しまった」という感じでザックは一瞬だけ眉根を寄せ溜息をつく。堀井がその紙を広げた。洋子の運転免許証のコピーだった。相変わらず表情を変えぬまま、堀井がザックと洋子を見遣る。

 洋子もそれが自分の免許証のコピーだと気が付いた。これで何故ザックが自分の住所を知っていたかが分かった。ザックがいきなり訪ねて来た時「ビルが教えてくれた」と言っていたのだ。きっと一年前、自分に内緒でビルがコピーを取ったのに違いない。洋子がザックを睨んだ。ザックは相変わらず不機嫌そうな顔で洋子と目を合わせ、そしてすぐに逸らした。

 堀井はその運転免許証のコピーを眺めた。既に有効期限が今年の春で切れている。堀井は紙を畳み、パスポートの間に挟むと洋子に尋ねた。

「あなたはこの近くにお住まいなんですね。どれぐらいになりますか?」

「七年になります……」

「結婚したら、彼と日本に住むんですか?」

「いえ、私がアメリカに行くんです」

「そうですか……ご両親は寂しがるでしょうね……」

堀井が頷きながら芝居がかった口調で情感たっぷりに言うと、洋子は慌てて否定した。

「いえ。あ、あの……両親はいないので……」

「そうなんですか?」

きょとんとした堀井に洋子は急いで説明する。

「はい、八年前に交通事故で……」

「そうですか、それはお気の毒です……すみません」

堀井は眉を寄せ申し訳無さそうに頭を下げると、気遣いに満ちた目で洋子を覗き込んだ。

「いえ、昔の事ですから……」

洋子は首を振った。この堀井という刑事の素直すぎる反応に、つい余計な事まで喋ってしまいそうになる。何となく、自分がこの刑事のペースに乗せられているような気がして落ち着かない。

 急に堀井がザックの方を向いた。

「お国では何をされているんですか?」

「先住民の居留区で観光客のガイドをしたり、土産物を売ったりしてる」

堀井はザックの顔を眺め、そしておそらく入って来た時すぐに気付いていたのだろうが、腕の刺青をしげしげと見て声を上げた。

「ああ! ネイティブアメリカンの方なんですね。てっきり日系の方だと思ってました」

ザックはこの堀井という刑事に対して警戒心を抱き始めていた。堀井は笑顔で頷きながら尋ねる。

「何か武道の心得が?」

「……別に」

肩をすくめたザックに笑顔のまま堀井が質問を重ねる。

「逮捕術をどこで?」

黙り込んだザックを見て洋子が溜息をつき、堀井に顔を向けた。

「あの、この人は……」

「ヨーコ」

ザックがうんざりした声で遮った。そのやり取りを楽しむように堀井はザックと洋子を交互に見遣る。

「別に悪いことなんかしてないんだ。余計なことは言わなくていいんだよ」

腕を組んだまま目線だけを洋子に向け咎めるように言い捨てた。洋子も負けじと言い返す。

「私お腹が空いてるの。お昼の交代が早かったから。早くここを出て何か食べたいのよ!」

「俺だって同じだよ。朝飯食ったきりだ」

洋子は眉をひそめてザックに詰め寄った。

「それどういうこと? 何でお昼食べなかったのよ? 昨日中華街で買った肉まんがあったでしょ? 電子レンジのボタンにも英語でメモ張ってあげたじゃない!」

「……出掛けてた……」

「どこへ?」

洋子が腕を組んで追求すると、顔を向けたザックは喧嘩腰で質問を返す。

「いちいち言わなきゃいけないのか?」

「何よ! あなたがお腹空いたなんて言うからじゃない! 山の中でも入ってたの? 出掛けてたって食べる所なんていくらでもあるでしょう?」

「腹が減ったって、お前が先に言ったんだろ!」

「あの……」

堀井が控えめに口を挟んだ。

「あ、すみません……」

洋子は慌てて堀井に顔を向け、それからザックをじろっと睨んだ。「勝手にしろ!」そう言いたげにザックはそっぽを向いた。

 洋子は口をへの字にして溜息をつくと堀井に向き直った。

「この人は、先月までFBIの捜査官だったんです」

小林が短く笑い声を上げた。「この男が?」そう言いたげに首を振っている。まるで信じていないようだ。一方の堀井は眉を少し動かしただけだ。

「ほう、なるほどね……ちょっと確認してみてもいいですかね?」

洋子はムキになった。

「あの、嘘じゃありません!」

堀井は笑顔で洋子をなだめる。

「いえいえ、疑ってる訳じゃありません。ただね、これだけの腕っぷしの方がこの町に滞在されている訳ですから、こちらとしても安心したいんです。ご理解頂けるとありがたいんですが……」

 堀井は部屋のドアを開けて制服の女性警官にメモを渡すと椅子に戻った。拝むように合わせた手を口元にあて、時計を見ながら楽しそうに呟く。

「向こうは早朝かな? まぁ、誰かいるでしょう」

 すぐに堀井の目の前の内線が鳴った。堀井が受話器を取り、電話の相手と話し出す。

 「ミスター・ワトソン」という言葉が聞こえると、ザックはこれ見よがしの大きな溜息をつき「お前のせいだ」と言いたげに洋子を睨んだ。「元はといえば、あなたのせいでしょ?」と言いたげに、洋子もザックを睨み返した。


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