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19  :会議はおわった

会議が終わったわけではなかった。

ただ、形が変わっただけだった。


厚生省の会議室を出る頃には、外はもう暗くなっていた。

廊下の蛍光灯が、白く、疲れた光を落としている。

誰もが資料を抱えたまま、無言で歩いていた。


涼子は、背後で扉が閉まる音を聞いた瞬間、胸の奥が冷えるのを感じた。

これは省内の話では終わらない。


その予感は、すぐに現実になった。


官房長の内線が鳴ったのは、会議終了から三十分も経っていない頃だった。

受話器を置いた彼の顔が、わずかに引き締まる。


「……官邸からだ」


その一言で、室内の空気が変わった。


電話は、丁寧だった。

声も穏やかで、言葉遣いも非の打ちどころがない。

だが、要点だけは外していなかった。


「総理は、本件について“把握していない状態”を問題視されています」


把握。

その言葉が、針のように刺さる。


「現時点で、

国民に影響を及ぼす事案なのかどうか

明確な説明を求めたい」


説明。

まだ名前もない病気に対して。


官房長は、慎重に答えた。


「現段階では、限定的な事例です。

 原因も特定されておらず――」


「“限定的”という認識は、

官邸として共有できていません」


声は、変わらない。

だが、線は引かれた。


電話を切ったあと、官房長は一度、深く息を吐いた。


「……官邸は、

 “政治日程に影響が出るか”を見ている」


誰かが、苦く笑った。


「倒れた大臣が出ている以上、

 もう影響は出ているでしょう」


「だからこそだ」


医務局長が、低い声で言う。


「官邸は、“病気”より

 “扱い方”を決めに来る」


そのときだった。


石本茂が、ゆっくりと立ち上がった。

椅子の脚が、床にわずかな音を立てる。


「官邸が知りたいのは、三つです」


全員の視線が、石本に集まる。


「第一に、

 これは“新しい病気”なのか」


「第二に、

 海外との関係が表に出るのか」


「第三に、

 いつまで“隠せる”のか」


誰も否定しなかった。


石本は、淡々と続ける。


「答えは、こうです」


「新しいが、名前はない。

 海外とは繋がっているが、証拠は文書化されていない。

 そして――」


一拍、置いた。


「隠せるのは、

 “名前を付けない限り”です」


その瞬間、涼子は理解した。

これは医学の議論ではない。

政治の防疫線だ。


官房長が、慎重に尋ねる。


「……官邸には、どう返す」


石本は、即答した。


「“調査中”で統一します。

 正式名称は使わない。

 WHOの仮称も、国内では出させない」


「しかし――」


「官邸は、

 “パニックが起きない答え”を欲しがっているだけです」


石本の声は、感情を含まなかった。


「そして今、

 いちばんパニックを呼ぶのは、

 “病気に名前が付くこと”です」


沈黙。


厚生省は、この瞬間、

官邸と同じ方向を向いた。


守るものが、違うだけだ。


会議が解散したあと、

涼子は廊下で石本に呼び止められた。


「時田さん」


「はい」


「あなたは、現場を見続けなさい。

 官邸は“静脈”です。

 流れを止めることはできないが、

 どこに流すかは決められる」


涼子は、頷いた。


官邸からの介入は、

命令ではなかった。


“理解した上で黙れ”という合意だった。


そしてそれは、

長く、重い沈黙の始まりでもあった。

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