第五話 第三次ソロモン海戦
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11月13日 1時23分
「『ヘレナ』より入電、『日本艦隊発見、距離27,000ヤード(約25キロメートル)』!」
第67任務部隊第4群旗艦「サンフランシスコ」の艦橋は騒然となった。
「来たか、砲戦用意。艦隊を左へ、丁字戦法を仕掛けるぞ」
TG67.4指揮官ダニエル・キャラハン少将は厳かに命じた。30年近くを海軍で過ごしたこの提督は、かつて日本海軍がロシア海軍バルチック艦隊を撃滅した偉大な戦法を用いて日本艦隊の撃滅を目論んだのだ。
米海軍は、夜戦においては日本海軍に勝利を収めていない。第一次ソロモン海戦では完敗し、サボ島沖海戦では駆逐艦「吹雪」を撃沈、重巡「古鷹」「青葉」を撃破するも軽巡「ボイシ」が沈没、重巡「ソルトレイクシティ」が大破している。サボ島沖での一戦は引き分けともとれるが、その後ヘンダーソン飛行場への艦砲射撃を許してしまったことを考えるとアメリカ側の敗北であった。
なお、サボ島沖では指揮官であるノーマン・スコット少将は丁字戦法によって日本艦隊を迎え撃とうと試みたが、アメリカ艦隊の存在を事前に察知していた日本艦隊の先制攻撃を受けている。奇しくも、キャラハンは再度丁字戦法によって日本艦隊を破ろうとしたのだ。
しかし、目論見は早くも崩れ去る。
「日本艦隊の様子はどうだ?」
「まだ探知できません」
幕僚の発言にレーダー員が答えた。重巡「サンフランシスコ」のレーダーはやや旧式のSCレーダーであり、最新のSGレーダーを搭載していた軽巡「ヘレナ」と異なりいまだ敵艦の探知ができていなかった。
さらに、TG67.4の陣形に混乱が生じる。一部の駆逐艦が命令を読み違えてしまったのだ。夜間、敵艦隊に突然遭遇した状態で、複雑な艦隊運動を行うことは不可能だった。さらに、それを司令部は認識できなかった。
「『ヘレナ』が射撃開始の許可を求めています!」
通信手が言った。すでに日本艦隊を探知していた「ヘレナ」にとってこの状況は先制の好機である。しかし、キャラハンは慎重だった。
「『ヘレナ』に敵艦の距離、方位を求めてくれ。まだ射撃はするな」
キャラハンは旗艦が敵艦を探知できていたい状況において、射撃を行うことは誤射の恐れがあると判断した。この判断は間違ってはいないかもしれない。しかし、先制のチャンスを逃しさらなる混乱を生じさせた。
1時40分
その後も、各艦からの射撃命令の催促を受け流していたTG67.4司令部だったが、ここにきてようやく日本艦隊の姿が見えてきた。
「敵らしき艦影、距離15,000ヤード(約14キロメートル)!」
その報告に司令部は慌てた。14キロという距離は海戦ではかなりの近距離にあたる。さらに、敵艦は真正面から切り込むようにやって来る。
「敵艦、突っ込んできます!」
レーダー員が絶叫する。キャラハンはやややけっぱちぎみに命じた。
「各艦、砲戦開始! 目標は各艦長に一任する!」
命令を各艦に通達した瞬間、夜空に閃光が走り、おどろおどろしい砲声が響いた。
1時41分
「前方に敵艦、距離130(13キロメートル)!」
電測員が叫ぶ。いつの間にか敵艦隊のすぐそばにまで接近していた。
日本海軍挺身艦隊の中で最も早く敵艦隊を発見した「阿賀野」は、僚艦に敵発見の報告を上げたのち、敵艦隊へ突撃した。
同航戦を仕掛けるという選択肢もあった。しかし、ここでの転舵は味方と衝突するリスクが高く、また夜間に距離20キロメートルでの魚雷戦は命中を期待できず、砲撃はそもそも届かない。
スラバヤ沖海戦に参加し、遠距離での水上戦の難しさを痛感していた二水戦司令官田中頼三少将は、あえて突撃を選択した。
「主砲射撃用意、目標は艦長に一任する」
「了解、砲術長、手ごろな艦を狙え!」
田中の命令に中川艦長は応える。その声はどこか生き生きとしていた。
「目標、前方の敵巡洋艦、砲撃始め!」
砲術長の命令とともに、前部の主砲2基4門が火を噴いた。
「左舷に艦影!」
「敵か!?」
電測員の報告に二水戦の幕僚の一人が問いかける。答えは見張りから帰ってきた。
「見張り員より報告、味方駆逐艦とのこと!」
突撃を敢行したのは「阿賀野」だけではなかった。陣形の乱れにより、旗艦を追い越してしまった第四水雷戦隊所属第二駆逐隊第一小隊の「夕立」「春雨」も「阿賀野」とほぼ同時に突撃していた。
さらに、後方から二水戦所属第十五駆逐隊の「黒潮」「親潮」「早潮」が追従し、四水戦の旗艦「由良」も速力を上げてくる。
第三次ソロモン海戦第一夜戦 概略図
主砲の射撃音が響く。阿賀野型軽巡の主砲は戦艦の副砲である四十一式十五糎砲を連装砲塔に収めたものである。元となった砲が旧式故、装填方法は人力であり射撃速度は毎分6発と諸外国の軽巡主砲と比べると劣っていた。
しかし、その破壊力は見劣りするようなものではなかった。3回目の射撃が敵艦を捉える。
「敵艦に命中!」
その瞬間、前方が明るくなる。そこには炎上する米巡洋艦——「アトランタ」の姿があった。
1時45分
「主砲、射撃始め!」
一方、TG67.4も反撃を開始していた。しかし、それは明らかに精彩を欠いていた。
肉薄して来た敵駆逐艦——「夕立」と「春雨」を回避するため「カッシング」以下前衛駆逐艦4隻は転舵を余儀なくされ、それはさらに陣形を乱した。さらにすれ違いざまに主砲を向けられ、前衛駆逐艦群は次々に被弾炎上する。
各艦は統制もなくバラバラに射撃を行う。旗艦「サンフランシスコ」も主砲を敵巡洋艦らしき艦に向けた。
「命中!」
見張り員が叫ぶ。「おお!」と歓声を上げるTG67.4司令部、しかしキャラハンは閃光に照らされた「敵艦」の姿に違和感を覚えた。
再び主砲が吠える。その直後、キャラハンの違和感は確信に変わった。見張り員が悲鳴のような声を上げる。
「前方の艦は敵ではありません! 『アトランタ』です!」
誤射——キャラハンが恐れていたことがあろうことか自身が乗る旗艦で起こってしまった。
「ラッキーA」と呼ばれ、昼間の空襲ではその能力を見せつけた防空巡洋艦「アトランタ」は敵味方双方からの砲撃を受け、燃え盛る。キャラハンは知らなかったが、すでに艦橋への直撃弾によりスコット少将(第64.2任務群指揮官)以下艦橋要員は全滅していた。
「今すぐ砲撃をやめさせろ! 急げ!」
キャラハンが怒鳴る。その時、視界が眩い光に覆われた。
「うぉ!?」
「何だ!?」
艦橋に詰めている者全員の目が眩む。一瞬視界が真っ白になるが、徐々に状況が見えてきた。日本艦隊のうち1隻が探照灯を照射したのだ。
キャラハンはその艦の姿を見た。小柄ながらスマートな船体、塔型艦橋、前方には2つの主砲——
その直後、敵艦の艦上に閃光が走りキャラハンの視界はオレンジ色に染まった。




