第四話 華の二水戦
9月25日
この日、第二水雷戦隊の編成が変更された。
第二水雷戦隊 司令官:田中頼三少将
【軽巡洋艦】「阿賀野」(旗艦)
第十五駆逐隊【駆逐艦】「黒潮」「親潮」「早潮」
第十六駆逐隊【駆逐艦】「初風」「雪風」「天津風」「時津風」
第二十四駆逐隊【駆逐艦】「海風」「江風」「涼風」
長らく二水戦旗艦を務めていた「神通」が第二次ソロモン海戦にて損傷、これを契機に「阿賀野」は二水戦旗艦となった。ついに最新鋭軽巡たる彼女に水上戦の機会が回ってきたのだ。艦長の中川浩大佐も精鋭部隊たる二水戦として華々しい活躍ができると、内心喜んだ。
しかし、二水戦に回ってきた任務は地味なものであった。
10月13日 23時18分
「右砲戦。主砲、射撃用意」
「ヨーソロー、主砲射撃用意」
号令とともに15.2センチ連装砲が右舷へ向けられる。横には警戒を行う第十六駆逐隊が、後方には同じく主砲を右舷に向ける戦艦「金剛」の姿が見えた。砲を向ける先にあるのは暗闇と静寂に包まれた島——ガダルカナル島がある。
この日、日本海軍はガダルカナル飛行場(アメリカ側呼称、ヘンダーソン飛行場)への艦砲射撃を実行した。
第一次ソロモン海戦で大勝利を収め米海兵隊を孤立させた日本軍、しかし米軍は速やかに水雷戦隊を用いて増援部隊を輸送してきた。小型艦艇を用いた輸送作戦——「鼠輸送」と呼ばれるこの手法は日本側も用いたが、アメリカ側のそれは旧式駆逐艦改装の高速輸送艦を動員するなどより大規模かつ効率的なものだった。初回の上陸時に受け取った補給物資により耐え忍び、その後に潤沢な補給を受け取った第1海兵師団は、飛行場を復旧させた。8月下旬には護衛空母によって運ばれた航空隊が進出した。さらに10月には新たにアメリカル師団が上陸、ガ島の米軍戦力は大幅に強化された。
対する日本側は、陸海軍の対立(陸軍はニューギニア戦線を、海軍はソロモン戦線を重視すべきだと双方の主張がぶつかった)や慢性的な燃料不足によって戦力は逐次投入となり、補給線の維持にも苦心した。8月16日には川口支隊先遣隊(約900名)及び呉鎮守府第三特別陸戦隊1個中隊(約120名)がガ島に上陸したが、「ガ島の米軍兵力は1万以上」との情報が近海に遊弋する第四航空戦隊(第一次ソロモン海戦以降も同地に留まっていた)からもたらされた。これを受け、支隊を率いる川口清健少将は攻撃を控え、第二梯団(川口支隊本隊、約3,000名)の到着を待つことにした。
この頃には、ガ島の戦況について楽観的な見解を示していた大本営陸海軍部も事態の深刻さに気が付き、急ぎ増援部隊の輸送が計画され、空母機動部隊も支援のために出撃することとなった。
8月26日から27日にかけて戦われた第二次ソロモン海戦では、米空母「サラトガ」「エンタープライズ」にそれぞれ中破以上の損害を与えたものの、稼働が開始されたガ島ヘンダーソン飛行場から放たれた攻撃隊により「龍驤」が大破、空母も取り逃がしてしまう。空母戦は引き分けに終わったものの、増援の青葉支隊(第二師団歩兵第四連隊基幹)の揚陸には成功、日本は戦略的勝利を収めた。
しかし、米軍はヘンダーソン飛行場の規模をさらに拡大、ガ島の飛行場が稼働状態にあるという事実は日本陸海軍を大いに悩ませる。
9月12日に満を持して実行された第一次総攻撃は米軍部隊に大きな打撃と衝撃を与えるものの、日本側の損害も大きく飛行場の奪取はできなった。さらに、ヘンダーソン飛行場の存在は日本の輸送作戦を妨害し、ガ島の日本軍部隊は物資不足に苦しむことになった。
ミッドウェーの戦訓では、空母機動部隊で陸上の航空基地を無力化することは難しく、また空母と基地両方を相手取ることはできない。それ故に、主力空母による対地攻撃を大々的に行うことはできない。そこで、第三戦隊の金剛型戦艦による挺身攻撃が敢行された。
挺身艦隊 指揮官:栗田健男中将(第三戦隊司令官)
第三戦隊【戦艦】「金剛」「榛名」
第二水雷戦隊【軽巡洋艦】「阿賀野」(旗艦)
第十五駆逐隊【駆逐艦】「黒潮」「親潮」「早潮」
第十六駆逐隊【駆逐艦】「初風」「雪風」「天津風」「時津風」
第二十四駆逐隊【駆逐艦】「海風」「江風」「涼風」
この作戦の実行前には入念な偵察が行われ、上空直掩も用意された(偵察・直掩ともに第三航空戦隊の「飛鷹」が担当)。その結果、米海軍の巡洋艦部隊と新たに増設された滑走路を発見した。
そのため露払いのために第八艦隊隷下の第六戦隊(重巡4隻)が挺身艦隊に先行、10月11日にはサボ島沖海戦が勃発した。海戦は日本海軍の勝利に終わり、挺身艦隊は飛行場への艦砲射撃に専念することができた。
10月13日 23時33分
空がパッと明るくなり、ガ島が白い光に包まれる。水上偵察機が照明弾を投下したのだ。
沿岸部には複数の人影が見える。米兵だ。沿岸砲らしきものも見える。
「目標、沿岸の敵部隊、弾種零式通常弾」
灯火管制がなされ真っ暗な「阿賀野」艦橋、そこに中川艦長の命令が響く。
当初は三戦隊の護衛に徹する予定であった二水戦であるが、米軍部隊が予想以上に増強されていると判明してからは、旗艦「阿賀野」と直衛隊の第十五駆逐隊も地上砲撃に参加することになった。尤も、射程の問題から目標は沿岸部にとどめたが。
22時37分
巨大な砲声が轟き、静寂が破られる。
「『金剛』射撃開始!」
「こちらも始めるぞ、射撃開始」
「ヨーソロー、射撃開始!」
「金剛」「榛名」の砲撃とともに、「阿賀野」の主砲も火を噴く。実戦における初めての主砲射撃だ。
ガ島から火の手が上がる。砲声が轟き、砲弾が飛翔する音が響く。そして着弾、そのたびに炎は大きくなり、空は赤く染まっていく。時折ひときわ大きな炎が上がる。燃料や弾薬が誘爆したのだろうか。
中川はじっとガ島を見つめた。戦果は着実に挙げている。しかし、彼の心にはどこか物足りなさがあった。
この攻撃は、ガ島の情勢に大きな影響を与えた。ヘンダーソン飛行場は新たに増設した滑走路を含めて完全に破壊され、航空機や燃料弾薬の類も大半が焼失した。
一時的にガ島の制空権はアメリカの手を離れた。その隙を突いて日本陸軍の精鋭、第二師団がガ島に(多数の重装備とともに)上陸を果たした。
そして10月24日、日本軍は第二次総攻撃を敢行した。第二師団は揚陸された重砲や(少数ではあるが)戦車の支援を受け、伝統の夜襲を仕掛けた。死闘の末、ついに飛行場の確保に成功、米軍部隊はジャングルへと逃れた。
これに前後して10月26日、南太平洋海戦が勃発、日米双方の空母機動部隊が激しくぶつかった。日本海軍は多数の艦載機を失うものの、空母「ホーネット」を撃沈、「エンタープライズ」を撃破し太平洋上におけるアメリカ海軍の稼働空母は0隻となった。
しかし、日本側の損害も大きく、ガ島全域の制圧には至らなかった。日本軍は再度のガ島への艦砲射撃と増援戦力(陸軍第三十八師団)の輸送を実施することとなった。また、米海軍も大西洋より空母「レンジャー」を回航、護衛空母と新鋭戦艦も動員しガ島の奪回を狙った。
ガ島攻防戦に終止符を打ちたい日本とガ島を再度手中に収めたいアメリカ、双方の思惑が11月13日、ソロモンの海でぶつかる……




