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鬼と偽りの花  作者: 香奈
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会いたくて

挿絵(By みてみん)


あれから翌月、五月は朱雀王子家に呼び出される。

「こちらへどうぞ‥」

侍女に案内されたのは何時もの離れや控の間では無く明希の居室だった。

「わざわざ呼び出して悪ぃな‥まぁ、座ってくれ」

「失礼します」

襖を開けて侍女に中へ促されると明希が子供をあやしながらそう言ったので五月は少し戸惑いながら中へ入って腰を下ろす。

「あ‥もしかしてこの間お生まれになったお子様ですか?」

「ああ、悪いが智裕の所まで連れて行ってやってくれ‥そろそろ飯の時間だからな‥」

五月が聞くと明希は答えてから侍女に赤ん坊を引き渡した。

「子煩悩だとお聞きしてましたけど本当に子守もされるんですね」

「そうでもないさ‥殆ど屋敷には居ねぇからな‥

父親らしい事なんてこれっぽっちも出来てねぇよ」

五月は侍女が去って行くのを見ながら言うと明希も腰を下ろし返す。

「それよりちょっとやってみたい事があって内々に来て貰ったんだ

少しだけお前の中身を見せて貰っても構わねえか?」

明希が続けると五月は驚いてから困惑したように少しモジモジし始めた。

「何を想像してるか分かったがそういう事じゃねぇぞ」

明希はそれを見ると呆れて溜息を吐く。

「え?違うんですか?」

「中身って身体じゃなくて精神って意味だよ

征嗣にも以前、協力して貰ったんだがあいつの中にそれらしい情報は無かったんでな‥もしお前とあいつの中に繋がりが有るならお前の方に何かそういう情報が有るんじゃねぇかって思ったんだよ」

少しホッとしたように五月が聞くと明希は苦笑いで呆れながら説明した。

「それは‥構いませんけど‥

そんな事が出来るんですか?」

「うちに居る鬼子がそういう類の事が出来るんでな‥詳しく見れるって訳じゃねぇがその片鱗でも見る事が出来りゃぁ何か糸口も見つかるかもしれねぇ」

五月が聞くと明希は答えて微笑む。

「それでその‥僕は具体的にどうすれば良いんですか?」

「ああ、そいつが来てから話す‥今こっちに向かってる筈だからもう少し待っててくれ

それより二本目の刀も折ったんだって?」

「ええ‥本当に申し訳なくて三本目はお断りしました

まさか数億もする刀だったなんて思いもしなかったので‥今、絶賛「黄泉媛」慣らし中なんで仕事の間隔を少しあけてるんです」

「なら俺の使ってる「一颯いぶき」を貸してやる

少し癖はあるがちょっとやそっとじゃ折れねぇからな」

「それはダメですって!?」

「構わねぇよ

最近は「酒々しすい」で事足りるからな‥まぁ、「一颯」が折れるまでに「黄泉媛の太刀」を使いこなせるようになりゃ良いさ

ちょっと待ってろよ」

そう言うと明希は立ち上がり部屋から出て行く。五月は何だか困惑しながら断る口実を探した。自分が不甲斐無いせいで申し訳なさ過ぎる。何より一本目の「千寿丸」を始め、二本目の「七赤しちせき」も唯一無二の龍王院家に収蔵されていた宝刀だ。五月のような新人が持つには過ぎた代物である事をつい最近、唯天から教えられて知ったのである。きっと明希の持って来る刀も同じような代物である事は間違いない。そう考えると五月はとても気が重かった。

「待たせたな‥」

そう言うと明希は刀を携え戻って来る。

「あの‥やっぱり僕‥」

「ちょっと庭へ出ようぜ」

やっぱり断ろうかと言いかけたが明希は構わず部屋の奥のテラスの方へ行ってしまい仕方なく五月は後に続いた。庭に出ると明希は刀を五月の方へ差し出し握ってみるよう促す。五月はそれを受け取ると鞘から刀を少し抜いてみた。

「これ‥刀身が‥」

五月は刃の無い刀身を見て驚く。正確には刃に当たる部分の研ぎが一切されていなくて全く切れる気がしない。

「これは物理的な力だけじゃ切れない代物でな‥」

明希はそう言うと刀を貸すように五月に手を出した。五月はもう一度、鞘に納めると刀を明希に渡す。明希はそれを抜いて片手で刀を振って傍にあった木の枝を掃った。すると枝は鋭利な刃物で切ったようにスパッと切れる。五月は落ちてきたその枝を拾い上げて見てみるがどう贔屓目に見ても先程の刀で切ったとは思えないほどの切れ味だ。しかも刀身と枝の距離を考えても触れたようには見えなかった。

「これは一体どういう事なんです?」

「これを使うにはそこそこの霊力がいる

しかも刀身に研ぎ澄ませた霊力を乗せなきゃ切れん

まぁ、お前なら小一時間も練習すりゃこれくらいは切れるようになる

ちょっとやってみな」

五月が驚きながら聞くと明希は微笑んで返し、また五月に刀を渡す。五月はそう言われもう一度、刀を受け取ると鞘から抜いて同じようにやってみた。しかし枝は切れるどころかなびきもしない。

「あれ?」

「はは、そんなぼんやり霊力を乗せても切れねぇぜ‥もっと鋭く‥そうだな‥

簡単に言うと刃先をイメージして其処を霊力で補強する感じだ」

余りに手応えが無さ過ぎて五月が困惑すると明希は笑いながら説明する。五月はもう一度、集中しながら今度は鞘を置いて両手で刀を振ってみた。すると引き千切れたような葉っぱが数舞い落ちて来る。

「まだまだ荒いな‥どら‥」

明希は苦笑しながら言うと五月の後ろに回り込んで後ろから刀を握る五月の手に己の手を添えた。

「少し力抜いて俺の霊力に感覚を合わせろ」

五月は少しドキッとしたがそう言われて明希の霊力を感じとろうと集中する。そして明希が軽く五月の腕ごと刀を振るとさっきと同じように枝はスパッと切れた。余りのその鋭さに五月は驚きながら手を離した明希を振り返る。

「凄いです!」

「何となくでも分かったか?」

「はい!」

五月が感動して言うと明希は微笑んで返し、五月はもう一度、向き直って集中する。先程の明希が行った感覚に出来るだけ近付けてから刀を振ってみた。すると枝は切れたがやはり綺麗な切り口では無く切ったというより叩き折ったような感じだ。五月はそれを見て少ししょんぼり落ち込む。

「はは‥まぁ、始めはそんなもんだ

慣れりゃそこら辺の名刀より綺麗に切れるし早々、折れる心配もねぇからな

帰ったら早く扱えるようにあいつとしっかり鍛錬するんだな」

明希はそう言うとまた部屋へ戻った。五月は慌てて鞘を拾い、刀を収めると明希に続く。結局、断り切れずに借りる羽目になってしまったが明希の言うようにこれほど癖の強い刀なら大丈夫かもと少し希望も持てた。部屋に戻ってまた談笑していると侍女がお茶と茶菓子を持って来てくれる。

「それから東條様から少し遅れると連絡が有りました」

簡単に連絡事項の報告をした後にそう付け足して侍女は去って行った。

「悪ぃな‥いろいろと用事を頼んでるんで遅くなってるようだ

今日はこのまま泊まって行きゃ良いからもう少し待っててくれ」

「時間なら大丈夫ですよ

今日は一人で来たので‥それに明日も休む予定にしてたので急いで帰る必要もありませんから‥」

頭を掻きながら明希が言うと五月は苦笑しながらお茶を頂く。談笑しながら待っていると程無く一人の青年が声をかけて入って来た。

「急に悪かったな」

「いいえ、それより遅くなってすみませんでしたね」

明希が言うと青年は返しながら勝手知ったる感じで入って来て二人の前に腰を下ろす。

「こいつはさっき話した東條といって朱雀王子家管理下に居る鬼子の一人だ

こっちが例の鬼狩の天宮五月だ」

明希はそう言って二人を紹介した。

「お噂は伺ってますよ‥それにしても本当に女性のような方ですね」

「宜しくお願いします」

東條が少し微笑んで挨拶すると五月は苦笑しながら返す。もうこの手の挨拶には慣れっこだった。しかし五月は鬼人の鬼子と聞いていたのにこの穏やかさは何だろうかと少し疑問に感じる。鬼人の気配どころか鬼の気配も一切無い。寧ろ人の気配しかしなかった。

「じゃぁ、早速で悪いが頼んでも良いか?」

「構いませんよ」

明希がそう言うと東條は手にした風呂敷包みを解いて中から鏡を出すとその鏡面に手を入れて小さな包みを出す。その途端、五月は余りの威圧感に固まって脂汗をかいた。

「流石は鬼狩だけありますね‥ちゃんと封印をしてあるのですが気配を読み取ってしまいましたか

大丈夫ですからリラックスして下さい」

それに気付いて東條は苦笑しながら言うが身体が勝手に緊張してしまう。

「何だ?俺は何にも感じねぇが?」

「貴方は慣れてますからね‥それに他の術者なら余り過敏には感じ取れないものですよ」

明希が平然と言うと困ったように微笑んで東條は返し、包みを解いた。するとより大きな気配に五月はもう一段固まる。

「本当に敏感な方ですね‥まだ抜け殻の状態だというのに此処まで影響を受けるなんて‥」

東條は困ったように言いながら五月を見た。包みの中身は小さな鬼のミイラで五月はもう声も出せない状態だ。すると東條は構わずそのミイラに手を翳し、目を閉じるとその場に倒れる。同時にミイラは煙に巻かれ美しい鬼が姿を現した。今度は現れた鬼の美しさとその強大な威圧感に五月は心臓が止まりそうになる。

「まぁ、そんなに驚くな‥」

余りにも石化してしまった五月に明希が渇いた笑みで言うが五月はもう緊張と精神的負荷で頭が真っ白だった。東條もそれにはひたすら苦笑するしかない。

暫く五月は固まっていたが東條に背中を優しく叩かれようやく正気に戻った。

「だいぶ気配は消しましたが大丈夫そうですか?」

「はい‥すみません‥」

五月がようやく我に返ると東條はそう聞いたがまだ鼓動は早鐘を打っている。

「まさかこんなに過剰反応するとは思ってもみなかったな‥唯天はすぐ慣れてたんだが‥」

「彼は鬼人と対峙した事もあると言ってましたからね

それに過剰に反応出来る資質が有るからこそ鬼狩も務まるのですよ」

宙を見上げながら明希が溜息を吐くと東條は微笑んで答え、五月を見た。

「それより余り時間が無いので早速かからせて頂きます

今から貴方の中に入って他者と繋がっている痕跡が無いか探らせて頂きますね」

「はい、宜しくお願いします」

「ではそちらに横になって出来るだけ楽にしていて下さい」

東條は立ち上がり少し広い場所に横になるように指示する。

「横になるなら俺のベッド使えば良いだろ?」

「そうさせて頂けるならそれで構いません」

明希が奥のベッドを指して言うと東條は返した。

「え‥でも‥」

「良いからそっち行こうぜ‥」

五月が躊躇うと明希はベッドの方へ二人を連れて行き五月に横になるように促す。五月は戸惑いながらもそれに従い明希のベッドに横になった。すると東條は五月の目の前に手を翳し、そのまま目元を隠すように手を添える。するとまるで眠りに落ちるように五月の意識はストンと途絶えた。


五月が目覚めると二人は傍に居らず、また座卓の方へ戻っていて何か話し合っている。

「目が覚めましたか?」

五月は起き上がってそちらへ行くと東條が先に気付いてそう声をかけてきた。

「はい、あの‥もう終わったんでしょうか?」

「ああ、一応な‥」

戸惑いながら聞く五月に明希は返しながら座るように促す。そして次に東條に状況について説明するように目で合図した。

「結論から言いますと術式による連結や魂の共鳴反応に至るような要素を持つ刻印は貴方の中に一切ありません

ですから征嗣がどうやって「さつき」を感知して眠りに就いたり目覚めるのか正直、よく分かりませんでした」

「そうですか‥」

それを聞くと五月は肩を落として返す。

「ただ‥」

「何か気になる事でもあるのか?」

東條が言いかけて口籠ると明希は先を促した。

「はっきりと言い切れる訳では無いのですが征嗣の中に在った刻印が「さつき」という存在に影響を与えている可能性が出てきました

初めは「さつき」在りきの征嗣であると考えてきましたが逆では無いかという事です」

「逆とは?」

「主従が逆転しているとでもいうのでしょうか‥力の作用が逆に働いているような印象を受けたんですよ

五月が成長するにつれて何かしら制限が大きくなる感じなんです

恐らく寿命を決定付けているモノもその影響でしょう

でもそんな縛りを持つ術式は五月の中には有りませんし勿論、征嗣の中にも有りません

考えられるのは征嗣の中にある刻印ですがこの刻印は四神四家が扱う物には似ていますが全く同一の物では有りませんでした

この刻印を施した何者かのオリジナルの刻印です

通常、刻印を施すには決まった手順や作法が有り、その展開の仕方も解除方法も開発した術者にしか分かりません

ですから大切な刻印ほど外部に漏らさず直系筋にだけその種を伝えて守って行くんです

それを踏まえると征嗣の中にある刻印は龍王院家以外の者が施した刻印という事になりますが栢斗鬼媛のオリジナルの刻印なのか他の術者が施したモノなのか最早、確認する術は有りません

当時を知る者はもう生きてはおりませんし征嗣が封印された後の事ですからね」

東條が己の考えを加味しながら説明する。

「何とかその刻印を探る方法は無いのか?」

「私は朱雀王子家に縛られた鬼子なのでこれ以上、刻印について調べる事は叶いません

そういった力は私の中の刻印を暴かぬ為に制限されておりますので‥ですが何かしらのヒントを導く事は出来ます

ただ、これは五月にとって少々、負荷が大きい作業にはなりますが‥」

明希が続けて質問すると東條は答えて溜息を吐いた。

「大丈夫です、その謎が解けるなら何でもやってみて下さい!」

五月は前のめりにそう申し出る。

「分かりました‥では今から貴方に征嗣から与えられる影響を可視化出来る術をかけます

その中に刻印に関する何かのヒントがある筈ですからそれを元に一緒に考えて行きましょう」

少し戸惑うように一泊置いてから東條が微笑んで答えた。そして東條は五月の傍まで行くと両手を五月の頭に軽く添え、何かの術を施す。

「これから先、貴方の中に征嗣の潜在意識化にある記憶の一部が流れてきます

少しフィルターをかけて刻印に起因する部分だけを夢に見るようにしましたから不可解と思う夢は我々の方に報告して下さい

それで少なくとも刻印を付けた主は見つかるかと思います」

「分かりました」

微笑んで東條が言うと五月は少し気追うように返事をした。

「それはすぐに夢の中に出て来るのか?」

「それは分かりません

少なくとも征嗣の刻印から影響を受けている時しか可視化する事は出来ませんからね

何時どのようなタイミングでその力が働くのかさえ分かりませんから暫く様子を見る以外、此方の手立ては有りません

ぶっちゃけると今はこれ以外の方法が無いというのが正直な所なんですよ」

明希の質問に東條は苦笑しながら答える。

「じゃぁ、後は琴吹の奴が栢斗鬼媛‥いや、柏姫の手記の中から何かそれに繋がる話を見つけ出せりゃそれで謎は解けるって事か‥」

「そういう事ですね

そうすれば征嗣が「さつき」の発生と共に目覚めるシステムや何故「さつき」の寿命が決定しているのかも分かるかもしれません」

明希と東條が話すのを聞いて五月は何だか少し光が大きくなったような気がして胸が熱くなった。

「お二人共‥本当にありがとうございます‥」

五月は目に涙を浮かべるとそう言って二人に頭を下げる。

「まだ礼を言うのは早ぇよ」

「そうですよ、まだこれからですからね」

明希が言うと東條も続けて微笑んだ。五月は顔を上げるとハイと返事してそれに微笑み返した。

「では私はもうお暇しますね

まだお山での用事が残っておりますので‥」

「ああ‥ってかそのまま帰るのか?」

「まさか、ちゃんと戻りますよ」

東條が言うと明希は聞いたがすぐに返して東條は白煙と共にまた元の状態に戻る。それと同時にまたミイラからかなりのプレッシャーが発せられて五月は冷や汗をかいた。人の姿に戻った東條がまたミイラを封印用の包み紙で包み、鏡の中へそれを仕舞うとようやく五月はほっと溜息を吐く。

「まぁ、あんまり鬼の姿で会う事は無いだろうが少しはこういうのも慣れろよ」

「努力します‥」

その様子に明希が苦笑すると乾いた笑みで五月は返した。

「さて、私はこれで失礼しますが何かあれば何時でも連絡を下さいね」

「ああ、宜しく頼む」

東條はそう言って微笑むと去って行き、明希と五月はそれを見送る。

「それにしても僕の方が先生から影響を受けてたなんてちょっとびっくりです」

「俺も予想外だったよ

まー、でも、これで少し前進っちゃぁ前進かもな‥今までは全く何も掴めなかったんだ

そう考えるとちっとは手掛かりになりそうなモンが見つかったんだし‥」

「でもどうして先生を調べた時にそれに気付かなかったんでしょう?」

「それはお前が寝てる間に俺もあいつに聞いたんだが征嗣単体を調べた時にあの刻印の形状から四神四家が使うただの固縛印だと決めつけてしまったんじゃねぇかって事だ

例えば自分の部屋に置いてある家具の位置がある日突然、1cmづつズレていてもすぐには気付けねぇだろ?

それと同じで人っていうのは見慣れたモノをそうと決めつける所が有るんだよ

だが東條は琴吹や智裕のように詳しくないもんだから入念に観察してたんだ

だからお前の中へ入った時にそれに気付けたんだって話してたよ

勿論、正嗣とお前をセットで見る事が出来たから見つけられたとも言ってたがな‥」

「父上?」

五月と明希が話していると小さくそう言って幼児が出入口から覗いた。

「何だ?どうかしたのかあきら?」

「あの‥今日は一緒にお夕食取れますか?」

明希が微笑んで聞くと暁は少しモジモジしながら聞く。まだ三歳になるかならないかの幼児が大人びた言葉遣いでそう言ったのには五月も度肝を抜かれた。

「ん?ああ‥もうそんな時間か‥

良いぜ、一緒に飯にしよう」

明希が少し表に視線を向けてから返すと暁は嬉しそうに微笑んでまた去って行く。

「悪いが晩飯はうちのチビ達と一緒で良いか?」

「ええ‥それは構いませんけど‥

って言うかあの子ってもしかして三上様のお子様ですか?」

「ああ、二番目だ‥」

立ち上がりながら明希がそう言うので五月はそれに続き思わず返したが二番目と聞いて中腰で一瞬、固まった。しかし構わず明希がスタスタ部屋から出て行こうとしたので五月はそれに慌てて付いて行く。

「えっと‥あの、初めにお会いしたのは何番目のお子さんです?」

「三番目‥さっきのが二番目で一番上はもう四歳になるな‥」

夫婦仲が良いとは思っていたがもう既に三人も子供が居たとは思ってもみなかった。

「今の僕と同じ年の頃にはもうご結婚されてたんですね‥」

「まぁ、半分はあいつらに嵌められて結婚したんだよ‥俺としては正式にあいつの亭主になる気は無かったんだがな‥」

明希は少し溜息交じりに話しつつ廊下を行くとある部屋の前まで来て襖を開け、通路の様な小部屋を抜け更に奥の部屋へ入った。

「父上!」

部屋に入るなりさっきの子供が明希の足に抱き付いてくる。

「暁、お客様の前でお行儀が悪いですよ」

すると席に着いている明希と同じような金髪の幼児が少し困ったように微笑んでそう言った。

「こいつは五月兄ちゃんだ、挨拶しろ」

「初めまして、朱雀王子晄です!」

明希がそう言うと暁は明希にしがみ付いたまま五月に視線を向けて挨拶する。

「初めまして、天宮五月です」

五月は少し屈んで視線を合わせると微笑んで自己紹介した。すると暁は同じく微笑んで明希から離れて席に着く。そして明希は五月に席に着くように促しつつ自分も腰を下ろした。

「こっちが一番上の智明ともあきだ」

「初めまして、朱雀王子智明です」

「初めまして、天宮五月です」

明希が智明を紹介すると智明と五月もお互い微笑みながら挨拶する。

「それにしても小さいのにしっかりしているんですね

僕がこんな頃はまともに日本語も喋れませんでしたよ」

五月は苦笑しながら明希に言った。

「それが普通なんだよ

こいつらはゴリゴリの陰陽師だからそういう風に教育されてんだ

琴音だってまだ言葉も話せねぇのに乳母が付いてもういろいろ教えてんだぜ?

俺としちゃぁ、もう少し子供らしく居させてやりてぇんだがな‥」

そう言った明希の顔は父親のそれだ。五月は何だか明希の違う側面が見れた気がして少しホッとする。それから順番に侍女が料理を持って来ると皆で談笑しながら夕食を取った。

「ではこれから授業があるので我々はこれにて失礼します父上」

「ああ、頑張れよ」

食事を終えて一息吐くと智明はそう言って暁に席を立つように促し、明希は返しながら二人を見送る。暁は名残惜しそうに明希の方を何度か振り返りながら智明について部屋を出て行った。

「本当にお二人とも聡明なお子様ですね」

「ああ、どっちもあいつに似たんだと思うぜ

でも手がかからなさ過ぎてちょっと心配にはなるがな‥」

「見た目、智明様は三上様に似てますし性格的には暁様もよく似てらっしゃると思いますけど?」

「まぁ、見た目、智明が俺に似てるのは認めるが暁は智裕に似てると思うんだがな‥」

二人で話しながら酒を酌み交わす。そうやって談笑した後、五月は離れに通され風呂を頂いてのんびりしていたが明希が酒を片手に離れを訪ねてきた。

「もう少しやらねぇか?」

「良いですね」

明希がそう言って一升瓶を掲げると五月は返して庭を眺めながらまた酒を酌み交わす。

「そういや久世んとこの妹と見合いしたんだって?」

「ええ、とても素敵な方でした

でも、何と言うか‥上手く嚙み合わない感じだったので今日、此処へ伺った時に久世さんにお断りしてきました」

「はは、確かにちょっとお前とは合わないかもな‥で、次の見合い予定はどうするんだ?」

「それなんですがその‥前にマッサージの後に相手をして下さった方をご紹介頂いても構わないですか?」

話はやはり先日の見合いの話になり五月がそう言うと明希は少し考えて思い出した。そういえば智裕に言われて聖月の妹を五月に宛がった事を思い出したのである。

「涼音か‥あいつは出戻りだし子も孕み損ねてるだろ?

もし責任感じて娶ろうとか思ってんならそんな気遣いはいらねぇぜ」

「どんな過去を持っていても構いません

例え命じられたのだとしても僕の子供を産んでも良いと言ってくれた方なので‥あ、でも涼音さんに好きな方が居るなら別に構わないんですけど!」

少し溜息交じりに明希が言うと五月は食い気味にそう答えた。

「何だ?抱いて好きになったのか?」

「あ、いえ‥そう言う訳では無くて‥あの‥初めてのようだったので‥」

少し意地悪い笑みで明希が聞くと五月は少しモジモジしながら答える。

「だから責任は感じなくて良いんだぜ?

俺達だって無理やりやらせてる訳じゃねぇしちゃんと何度も確認してお前に宛がってるんだ‥その辺りは安心してくれよ」

「あの‥でも、やっぱり男としては責任を感じてしまいますから‥」

「分かったよ‥明日、聖月に聞いといてやる」

「宜しくお願いします」

とりあえず話が決まると明希は見合いの手配を約束してくれた。そして酒が無くなると就寝の挨拶をして明希は離れを去って行く。五月は酒のお陰で緊張も解れ、ゆっくり休む事が出来た。


翌朝、朝食の席で明希に何か夢は見たかと尋ねられるが五月は熟睡してしまって何も見なかったと返す。

「ただ‥目覚めた時にやたらと誰かに会いたい気分でした」

「何だそりゃ‥」

「自分でもそう思いましたよ

でも‥何て言うか不思議なんですけど特定の人物なのは分かるんですよね

誰だか分からないんですけど‥」

五月の言葉に明希が突っ込むと五月は困ったように微笑みながら更に続けた。

「でもまぁ、そういうのもひっくるめて何かの啓示ではあるのかもしれん

とりあえずあいつにも話しておくがまたそういう感じが有ったり夢を見た時は聞かせてくれ」

「分かりました」

そんな話をしながら朝食を終えると五月は朱雀王子家を後にする。そして神社に帰る前に悠の所へ寄り道した。

悠は今年、大学を卒業してはいるがそのまま学校に残って教授の助手として働いている。五月は悠の勤める大学へ赴くと学食へ行き、来た事を連絡すると暫くして悠がやって来た。

「ごめんね、待たせちゃった?」

「大丈夫‥ちょっと仕事してたから‥」

悠がそう言いながら腰を下ろすと五月はノートパソコンを閉じる。

「それより忙しいのに無理言ってゴメン‥教授がどうしても話を聞きたいって言うからさ‥」

「別にそれは良いんだけど話せない事も有るけど本当に良いの?」

「うん、それは納得して貰ってるから大丈夫

今日はまだ午後の授業が有るから少し待たせる事になっちゃうけどその間に構内でも案内してあげると良いからって教授から言われてるんだ」

「あ、それはちょっと面白そうかも‥」

悠がそう言うと五月は返し、二人で昼食を取ってから大学内をあれこれ話しながら散策して周った。そして時間になると二人で教授の研究室に向かう。

「教授‥五月君を連れてきましたよ?」

ノックして悠がドアを開けて入ると五月はその散らかりように少し驚きながら悠に続いて部屋に入った。

「ああ、ちょっとそっちで待ってて‥」

堆く積まれた本の隙間から顔を出して中年男性がそう言うと悠は手前にあるソファに積まれた本の入った段ボールを避けて座る場所を作った。

「凄い本の数‥」

「こういった研究はどうしても資料が多くなるから片付かなくてさ‥適当に座って‥」

五月が感心しながらあちこちに積まれた本を見て言うと悠は苦笑する。五月は戸惑いながらも空いた場所に腰を下ろした。悠はとりあえずソファやテーブルの上の物を避けると入り口近くに置いてある棚からカップとインスタントコーヒーを出す。そして三人分のコーヒーを淹れて戻って来て一つを五月の前に置いた。

「教授、コーヒー淹れましたよ」

「ああ、今行く‥」

悠はもう一度、声をかけると男性はそう返してようやく重い腰を上げる。しかし視線は手にした本に置いたままで何かを熱心に見ていた。立ち上がっても暫くそれを見ていたがようやく本を持ったまま此方へとやって来る。そのままソファの傍まで本を見ながら歩いて来るとようやく本から視線を離して二人を見た。

「あれ?友達って言うから男の子だと思ってたけど‥金沢君の彼女だったっけ?」

「五月君は男ですってば‥前に話したじゃないですか‥」

男性が五月を見ながら言うと悠は困ったような顔で説明する。

「いや、これは失礼‥どうも研究以外の事は頭に入らなくて‥

私は此処で民俗学に関する事を教えてます真鍋雄二まなべゆうじと言います」

「悠さんの友人の天宮五月です、宜しくお願いします」

真鍋が苦笑しながら自己紹介すると五月もそれに返す。

「早速だけど神社の生まれだと金沢君から聞いていろいろ教えて欲しいと思ってるんだけど構わないかな?」

「はい、お答え出来る事なら‥」

真鍋はそう言うと手にしていた本を脇に置いて五月に聞いてくる。内心、五月はいきなりだなと思いながらチラッと悠を見ると悠は苦笑しながら「ごめん」という空気を醸し出していた。五月は悠から聞いていた通りの人物像だなと思いつつ乾いた笑みで返す。

「今、調べている伝承の中に‥」

そして真鍋が質問を始めると五月は言える範囲と分かる範囲で答えて行った。

それから教授の質問は二時間ほど続き、学生が何度か部屋を訪ねてきたりもしたが殆ど悠が対応していて五月は意外と悠が大変な状況だという事を思い知る。ようやく真鍋から解放されたのは日が落ちかけた頃だった。

「なるほど‥やはりちゃんと話は当事者から聞かないといけないモノだね

今まで神職関係の方に取材はしたけれどここまで突っ込んだ話は聞けた事が無かったから凄く参考になったよ

長く引き留めて申し訳なかったね」

ようやく長時間拘束してしまった事を自覚すると真鍋はそう言うが表情は何方かというと申し訳ないというより満足気である。

「いえ、お役に立てたなら良かったです」

五月は少し疲れの色を浮かべながらそう返した。流石、その道の専門家というだけあってちょっとした事に突っ込みが鋭く、幾つかギリギリのラインまで話してしまったのだ。満足した真鍋にようやく解放された二人は大学を出ると適当な店に入って夕食を共にする。

「何かごめんね‥教授って話しだすと止まんなくてさ‥」

「ちょっとびっくりしたけど結構、面白かったよ

コアな話も聞けたしこっちもいろいろ勉強になったもん」

悠が申し訳無さそうに言うと五月も少し困ったような顔で返しつつ微笑んだ。

「それにしてもかなり好きなんだね‥僕の知らない事までよく知ってたし‥

流石、専門家って言う感じかもね

それにアレだけ不可思議な現象にも遭遇してるのにオカルトに対して嫌悪も傾倒もして無い所は凄いと思う」

「其処は俺も感心する所かも‥変人だけど偏った見方はしないで柔軟に思考する所は尊敬してるんだよね

分からない事をとことん調べるっていうのは意外と出来そうで出来ない事なんだけどそれをやっちゃうんだから凄いと思うよ」

五月が続けると悠も返す。その様子を見て五月は悠が凄く楽しそうに教授と仕事をしているのだと感じた。

「それで、彼氏とはどの後どう?」

「うん、会える時間は少なくなったけどそれなりに上手くいってるよ

今度の休みも会う約束したし‥」

五月がニマニマ笑いながら聞くと悠は気恥しそうに答える。復学に際していろいろ気を遣ってくれた友人に卒業の時に告白されて付き合う事になったのだが相手が真面目過ぎてまだ肉体関係は無いらしく、なかなか進展は無いと聞いていた。この様子だとまだ関係は清いままだろう。

「でもね‥この間のデートの時にやっとキスしちゃったんだよね」

悠が思い切り照れながら頬を染めてそう言うと五月はその余りにも幸せそうな悠に何だか自分も嬉しくなってきた。

「やったじゃん!

じゃぁ、今度のデートでまた一歩があるかもね!」

「へへ‥そうだと嬉しいな‥」

五月が嬉しそうに言うと照れながらも悠は返す。そんな感じで恋バナに花が咲いた。一頻り盛り上がって食事を終えると少し呑んでから店を出る。

「今日は泊ってく?」

「残念だけど今日は帰らなきゃいけないんだよね‥明日、朝一で出なくちゃいけなくて‥」

「そっか‥残念‥」

「だから今度、泊まりに来た時はまた話聞かせてね」

「うん、でもまたメッセするから‥」

「うん、楽しみにしてる」

二人はそう言いながら駅の方まで行って別れた。

 〈悠さん、楽しそうで良かった‥〉

ほくほくした気分で五月は電車に乗り込む。前に住んでいた家と違って悠の家から神社へ帰るには更に30分長く時間がかかるようになったので五月は時間潰しにタブレットを出して明日の予定を確認し始めた。それから二回ほど乗り換えて最寄り駅に着くと征嗣が迎えに来てくれていて五月は車に乗り込んで帰宅する。道中で朱雀王子家であったあれこれを話した。

「なるほど‥確かにそれは盲点だったな‥

もし俺の中の刻印の謎が解ければもしかしたら全ての謎が解けるのかもしれんな」

「そうなんだけどそのヒントが僕の夢って言うのがね‥必要な夢を覚えてられたら良いんだけどな」

征嗣が石段を上りながら言うと五月は苦笑しながら返す。余程、印象的な夢ならともかく夢を見てもぼんやりとしか覚えていた事が無かったので少し自信が無い。

「まぁ、どっちにしても焦らずじっくり行こう」

「そうだね」

微笑んで征嗣が言うと五月も微笑んで返した。


それから数日、手掛かりになりそうな夢を見る事無く過ぎていき、相変わらず忙しい日々を過ごしていた五月は鬼狩の仕事ではなく神社の所用で三日ほど他の神社へ赴く事となる。表で登録している神社の本社へ勉強会と祭りに伴う応援だった。

「初めての出張で緊張も有ろうがせっかくだから他所の神社の事もいろいろ学んで来ると良い

向こうでの事は迫田君に頼んであるから分からない事は教えて貰えば良かろう」

「分かった‥じゃぁ、行って来るね」

咲衛門に見送られ五月は不安半分、楽しみ半分で出かける。宮司修行として自社以外の出張は少しワクワクした。勿論、表の顔として行くので鬼狩という話は一部の関係者を除き内緒である。然程、離れてはいないが三日程度であっても装束などで荷物が多い為、殆どを送って手荷物だけで神社に入る事にした。言われた最寄り駅で電車を降り、スマホを見ながら本社まで歩く。

 〈えーっと‥この先を右だっけ‥〉

少し歩いては立ち止まってスマホで位置を確認していると同じようにスマホを見ながらキョロキョロしている人が数人いた。

 〈もしかしてあの人達もそうなのかな?〉

五月は人込みに紛れてそんな人々を見ながらまた歩き出す。

「もしかして大森大社を探してたりしますか?」

そう声をかけられてそちらを見ると同じような年頃の青年が居た。

「ええ、もしかして貴方も勉強会の参加者の方ですか?」

五月は少し驚きながら青年に返すと青年は少しホッとしたような顔をする。

「良かった‥そうなんです

初めてなもんでよく道が分からなくて‥もし良かったら一緒に行って頂いても良いですか?」

「それは構わないんですけど僕も初めてなので地図を見ながらですけどね」

「一緒に行って頂けるならそれだけで凄く助かります‥僕、凄い方向音痴で地図が上手く見れないんですよ」

「じゃぁ、一緒に行きましょう」

かなり歩き回っていたようでだいぶ疲れた様子に五月は苦笑しながら同道を承諾し、二人で話しながら目的地を目指した。

「あ、そうだ‥自己紹介がまだでした!

僕は宮本斗真みやもととうまです

稲荷山神社で宮司見習い中なんです」

「天宮五月です‥僕は五月雨神社で修行中なんです」

二人は今更、気付いてそう自己紹介をしつつ微笑み合う。

「それにしてもこの勉強会って巫女さん修行の方も来られるんですね?」

「あ‥僕、これでも男なんです」

「ええ!?ご、御免なさい!

僕てっきり女性の方だと‥」

「ああ、気にしないで下さい‥よく間違われるので‥」

何時ものルーティンをしつつ五月は苦笑すると足を止め、地図に視線を落とした。

「あ、もうすぐですよ‥この先を左へ行けば見えてくると思います」

五月は地図を確認してスマホをポケットに仕舞うとそう言ってまた歩き出す。そして広い通りを曲がると辺りには神社に向かうらしい人々やグループが歩いていた。眼前には大きな鳥居と少しの石段、その先には幾つもの建物が見える。

「流石、本社だけあって大きいですね」

「本当‥何だか緊張してきちゃった」

二人でそう言いながら人の流れに従い神社へ入ると一部の人間が社務所の方へ流れていて五月達もそちらに向かった。神社を目指していた大半は参拝者のようである。社務所では祈祷用の受付の隣に勉強会の受付が臨時的に設けられていた。その列に並び順番を待っていると自分達のように若い者は半分くらいで中高年の参加者も多く、年齢層は幅広い。

「五月雨神社の天宮五月です」

「ああ、藤森さんのお孫さんね‥荷物は部屋に置いてありますよ」

受付で五月が言うと係の者はそう言って滞在用の栞と部屋の場所を記載した紙を渡してくれた。

「天宮さんは何方の部屋ですか?」

「僕は三階の奥から二番目の部屋ですね」

「じゃぁ、少し離れちゃってますね‥僕は三階の階段横です」

宮本と話しながら社務所を出ると宿舎の方へ向かう。宿舎は大小の畳敷きの部屋があり、部屋には貴重品用のロッカーと押し入れに布団、個別の荷物を置く用の棚やハンガーラックが有るだけのシンプルなものだった。五月や宮本の宛がわれた部屋は単身で来ている者同士が入る三階部分になる。二階はそこそこの神社から二人以上で来ている者達が入るグループ部屋だった。五月達は三階まで来ると別れてそれぞれの部屋に入る。襖の前から失礼しますと声だけかけて部屋に入ると既に五月より年上な感じの青年が三人ほど部屋にいた。

「宜しく‥君もこの部屋なの?」

一斉に三人は五月を見てギョッとしたようにその内の一人がそう言う。

「はい、宜しくお願いします

五月雨神社から来た天宮五月と言います」

五月はまたかと思いつつ苦笑しながら返すと三人は部屋のリストをこれまた一斉に確認した。一応、同室の者のリストは栞に記載されている。三人は名簿を確認はしてみたが性別の記載までは無いので困惑していた。

「あの‥よく間違われるので先に言っときますけど僕、男です」

皆の胸中を察して五月は先手を打つ。

「あ‥そうなんだ‥」

「良かった‥一瞬、巫女さんも同室なのかって焦ったよ」

他の二人もホッとしたようにそう返して苦笑すると五月は乾いた笑みを浮かべた。それからその三人と談笑していると後から二人やって来てやはりそれぞれ入ってすぐにギョッとした顔をしてその度に皆で苦笑しながら説明する。

「あ、そろそろ集合の時間になりますね‥用意しないと‥」

六人揃って話していると時間が来たのでそれぞれ自分の荷物を開けて袴に着替えた。装束に関して大荷物で持参している者も居れば五月のように送っていた者も居る。五月は自分宛ての荷物を開けると装束を出して着替えた。

「そうやって見ても何だか余り男の子には見えないね」

「よく言われます‥巫女装束の方がしっくりくるって‥」

やはり皆、同じ事を言うなと思いながら五月はがっくり返しつつ身支度を整える。そして皆の準備が整うと揃って一階の大広間へと向かった。一通り大広間で説明を受けた後に部屋ごとの斑割で各所の割り当てがされ、指導役の係もその時に紹介される。

 〈あ‥この班の指導員の一人が迫田さんなんだな‥〉

五月は一班に三人ずつ紹介される指導員の一人を見ながらそう思った。それから各班ごとに分かれてのミーティングが始まる。始めは自己紹介から始まり、細かい作業が説明されていった。

「うちの担当は東門近くにある各お社の管理とその周辺の掃除、祭事中は一応、警備する人も居るけど敷地内にも出店があるからいたずらやごみの放置も気を付けて下さい

朝晩のお務めは全員で行いますが基本は我々、指導員一名と各班二人の三人で行動するようにします」

リーダー指導員がそう言ってから細かい斑割、そして誰にはどの指導員が付くのか説明される。勿論、迫田が五月の担当になったがもう一人は班で最年長の堀内という中年男性だった。

「では、本日の夜のお務めから始めますので閉門になる6時までは敷地内を案内します」最後にリーダーが言って閉め括ると皆は席を立って大広間を出て行く。他の班もそれぞれ散って行ったりその場でまだ話していたりと様々だ。神社の各所を案内して貰いながら説明を受けたり質問してみたりと皆は半分観光気分だった。

「‥という感じで‥っと、そろそろ時間か‥

だいたい主要な場所や役割の説明は出来たと思うので残りの分からない所はその都度聞いて下さい」

あと数か所を残したところで時間切れになってしまい全ての説明を受ける事は出来なかったが滞在中に支障が出そうなものが無かったので話を切り上げて担当の場所に向かう。閉門の合図を受けて付近に残った人が居ないか確認してから分担して各お社でのお務めをして業務を終えると皆でまた宿舎の方へ戻った。

「明日からそれぞれ祝詞を詠んで頂きますから今日はこれを予習しておいて下さいね」

指導員はそう言うと神社固有の祝詞が書かれた冊子を皆に配った。

「それと明日と明後日はお祭り本番なので閉門が夜の11時となります

その為、夜のお務めは簡略式としますが代わりに社務所の売店の応援があるので宜しくお願いします」

そう説明すると指導員は去って行き、皆は一旦、部屋に戻って着替えを済ませる。

「晩御飯どうします?」

「明日と明後日はこちらで出してくれるそうだけど今日は各自でって言ってましたよね?」

「栞に近くのコンビニや飲食店は書いてありますけどちょっと味気ないですよね‥何処か呑みに行きますか?」

「良いですね、確か駅に向かっていくと呑み屋が並んでる場所がありましたよ」

皆でそんな話をしながらとりあえず部屋を出て階下へ向かった。大広間傍にはカップ麺や菓子パンなどの自販機もあるにはあるがやはり誰も見向きもしていない。他のグループも戻って来てはそんな感じで揃って出かける様子が見受けられる。皆でわいわい出かけて呑み屋に入るとそれぞれ務める神社の話などをした。五月はいろんな神社の謂れや仕来りなど聞くと同時に意外と世襲では無く派遣も多いのだと知る。

「うちなんかは普通のサラリーマンでさ‥近所の祭りに参加してた縁でこっちの道を目指すようになったんだよね」

「私も似たようなものですよ

育った場所が何にもない田舎で神社が遊び場だった縁で其処の宮司さんと仲良くなってこっちの道を目指すようになりました」

「でもそういう方、多いみたいですね‥うちは元々、親が宮司なんで世襲ではありますけど逆に子供が継がないからって派遣の方を入れる所も多いそうですよ」

そんな話で盛り上がりつつ食事を終えると宿舎に戻った。

「お風呂は2グループまでくらいは入れるって言ってましたね‥今は多いかな?」

「あ‥じゃぁ、僕ちょっと見てきますよ」

玄関を入った時に一人が言うと五月は返して広間の向こうにある浴室の方へと向かう。他の面々はよろしくと言って部屋に戻って行った。それなりに人が行き交っている中を進んで突き当りまで来て中を覗くと小さめの銭湯さながらの脱衣所が在り結構、人が多い。

「あ、天宮君」

「宮本さんはもうお風呂入ったんですか?」

「うん、天宮君はこれから?」

「ええ、でも込んでそうならもう少し後にしようかと思って‥」

「それならもう少し後の方が良いかも‥今めちゃくちゃ込んでるよ」

「そうですか‥じゃぁ、そうします」

出入口で宮本とばったり会い、そんな話をしながら二人で風呂場を後にする。

「何回か来てる人がうちの班に居て風呂は込むからご飯の前に入る方が良いって教えて貰ったんだよ

お陰でゆっくり入れたけどのんびりし過ぎて出る時に大勢とカチ合っちゃって‥1時間くらいは込々らしいからちょっと寝るのは遅くなるけど10時くらいに来ると良いかもね」

「そうなんだ‥こっちはみんな初めてだって言ってたから勝手分からなくて‥」

「殆どのグループはそうみたいだからうちが運良かったんだと思う」

二人は話しながら階段を上がり、それぞれ分かれた。五月は部屋に戻ると宮本から聞いた話と今の状況を皆に話す。

「何処か近くにサウナとか銭湯でも無いもんかな‥」

それを聞いて一人がスマホで検索をかけた。

「うーん‥私は今から外に出るのは面倒かな‥明日は早朝からお務めもあるし多少、込んでても今から入りに行くよ」

最年長の堀内はそう言うと風呂の支度を始める。

「少し遠いけどタクシーで行けば10分かからない所に銭湯がありますね

私はそっちに行きますけど‥」

「じゃぁ、私も同行させて貰います」

「僕も便乗させて下さい」

「僕は宵っ張りなんで遅めに行って入りますから大丈夫です」

「私も天宮君と遅い時間に行きますよ」

皆で方向性が決まるとそれぞれ用意をして銭湯組は準備が整うと三人で出て行き、堀内は着替え片手に浴室へ向かった。部屋に残った五月ともう一人は少し話していたがふと思い立って先に布団を敷いておこうかと二人で座卓を避けて皆の分の布団を敷きはじめる。

「これ敷いたら広間の方へ行きます?

皆、早めに寝ちゃいそうですし‥」

「そうだね、他にも人が居たみたいだしその方が気兼ね無さそうだな」

二人でそんな話をしながら布団を敷き終えて風呂の準備を始め、用意が整うと二人で部屋を出た。

「あれ、もう入って来たんですか?」

「ええ、言ってたみたいにかなり人が多くて‥身体洗ってすぐに出て来ちゃいましたよ」

階段でばったり堀内と会って五月が聞くと苦笑交じりにそう返って来る。

「私達は時間まで広間に居るんで先に休まれて下さい」

「じゃぁ、お言葉に甘えさせて貰うよ」

もう一人が続けると堀内は微笑んで返し部屋に戻って行った。そして二人で広間まで降りて来ると何やら人だかりが出来ている。

「何かやってるんですか?」

「ああ、占いをやってるらしいよ

何でも結構、当たってるんだってさ」

五月の連れが近くに居た人に聞くとそう返事が返ってきて二人で面白そうだとその輪を覗く。

「あ、天宮君」

「宮本さん、もう食事は行かれたんですか?」

「うん、皆で近場の定食屋で済ませて来たんだけど同じ班の三越さんが占が得意だっていうから皆で見て貰ってたらこんな感じになっちゃってさ‥」

その輪の外側にいた宮本が五月に気付いて声をかけるとそう説明しながら三越に視線を戻した。どうやら代わる代わる見て貰っているようで少し特徴的な青年がタロットカードを見ながら結果を説明している。五月と同じように長い髪だが優しげな感じではなく少し怖そうな鋭い目つきのイケメンだ。

 〈あ‥ちょっとカッコ良いかも‥〉

五月はそう思いながら皆と同じようにその説明を聞いてみる。

「‥このままでは貴方の浮気が原因で彼女とは別れますね

もし別れたくないなら今、モーションをかけて来ているショートカットの女性には近付かない方が良いですよ

彼女の方は本気では無くゲーム感覚で近付いて来てるだけなので‥」

「うん‥分かった‥」

カードを見ながら説明する三越に占って貰っている男性は思い当たる節があるのか青くなりながら答えた。

「お、俺も占って!?」

「良いですよ」

すぐ横の青年が言うと三越はコロッと表情を変えて微笑んだ。さっきまでの鋭い目つきとは違ってその優しげな表情に五月は少しキュンとなる。それから数人占っていると風呂上がりの者も騒ぎに気付いてやって来てどんどん収拾が付かなくなってきた。

「じゃぁ、この辺でお開き‥そろそろ部屋に戻ります」

適当にそう言って切り上げると三越は宮本達といそいそと広間を去って行く。

「凄いね‥私はあんまりああいうのは信じない質だけど占われてる人の反応を見る限り、きっと当たってるんだろうね」

「そうですね‥僕もそういうのはあんまり興味が無い方なんでこういうのって不思議で仕方ないですよ」

二人はそう言いながら散って行った人々を見回した。集まっていた者達は部屋に戻ったり別席に座って談笑を始め占の結果を話している。それから五月達は適当に談笑しながら時間を潰し、空いた頃合いを見計らって風呂を終えると部屋に戻って休んだ。


翌日、早朝のお務めを追えて朝食を取ってから指導員について業務をこなしていく。流石に祭りだけあって普段よりも参拝者が多く、雑多な用事も多い。五月も自分の神社と違い、人の多さに眩暈がする思いで忙しく業務をこなした。

「おーい、交代するから食事に行ってくれ」

「了解、じゃぁ皆、食事に行こうか‥」

売店で手伝いをしていると交代要員が来たのでようやく五月達は宿舎に戻る。

「ようやく休憩出来る‥」

「やっぱりこれだけ規模が大きくなるとお祭り一つにしても大変なもんですね」

「うちなんか町内会の人が殆どして下さるから祭りと言ってもこんなに忙しくは無いですよ」

「うちも似たような感じですね」

皆は口々に言いながら宿舎に戻って来ると広間の手前に設置された臨時カウンターで食事を受け取って広間に入った。他の皆も交代で食事を取っている。

「うちは明日の朝もお務めがあって他の班より早く起きるから食事の後は風呂を済ませて休んで良いですよ」

「あ、やっぱりそうなんですね‥通りで朝食の時に人数が少ないと思った」

「うちの班は新人と言ってもそこそこ経験のある方ばかりなので神事メインになってますけれど多くの方は余り経験が無いので雑用が多いんです

祝詞が諳んじられないとお務めに差し障るので‥」

「なるほど‥普段から詠んで無いとなかなかお務めは出来ないですもんね」

指導員と一緒に夕食を取りながら話していると少し遅れて宮本達の班も戻って来た。

「朝晩のお務めに関係するのはうちとあと二班だけなんで他の方々は閉門近くまで食事以外では戻って来ないから早めに風呂を済ませると込まなくて良いですよ」

「そうなんですね」

「じゃぁ、我々も戻るんで後はゆっくりして下さい」

早々に食事を終えると指導員達は去って行く。風呂の件は昼間に込んでいて大変だったという話を聞いていた指導員からの助言だった。

「私達以外に二班って事は一斉に入るとやっぱりそれなりに混んじゃいますね」

「また昨日の銭湯に行きますか?」

「良いですね、何と言ってもサウナがあるのは良いです」

昨日、銭湯に行った三人がそんな話を始める。

「じゃぁ、私も今日はそちらに便乗させて貰おうかな」

昨日、散々だった堀内は苦笑してそう言った。

「へぇ、サウナ良いですね

僕もそっちに便乗しようかな」

「僕、銭湯は苦手なんで今日もこっちで済ませますよ」

もう一人も乗り気で言うと五月だけは苦笑しながら続ける。

「もしかして潔癖症とか?」

「そうじゃなくてその‥皆の視線が痛くて‥」

そう聞かれると五月は困ったように返しつつ宙を仰ぐと皆は察して苦笑した。そんな感じで話していると宮本達の班の一人もその話を聞いて乗って来る。話してみるとどうやら宮本達の班もお務め組の一班らしい。結局、宮本達の班も半分がそれに乗っかり銭湯へ行ってしまう。お陰で五月達はのんびり風呂を楽しめた。

「のんびり浸かり過ぎて少し逆上せちゃった」

「何か冷たいモノ食べたいな‥アイスでも買いに行こうかな?」

「まだ境内に出店もあるしちょっとかき氷でも買いに行きます?」

宮本が言うと五月と三越もそう続ける。

「良いね、確かフラッペの店があったし買いに行こうよ」

「私は先に戻って休ませて貰うよ」

五月が言うと同じく宮本班の一人はそう言って部屋に戻って行き、五月と宮本と三越だけで境内の方へ向かう。そしてこそっと三人で買って戻って来ると皆が食事を取っている広間では無く、先に戻った者に配慮して五月の部屋でそれを食べた。三人で談笑していて分かったのだが話を聞けば大人びて見えるが三越はまだ二十歳らしい。

「それにしても三越君って凄いんだね

僕、あんな風に占いをする人って初めて見たよ」

「そんな事無いっすよ

俺の姉ちゃんの元カレがこういうカードのデザインしてて興味湧いて始めただけなんで‥まぁ、お陰で神社の集客に繋がって助かってますけどね」

宮本が感心しながら言うと三越は苦笑しながら返す。ぶっちゃけて話してみると三越は本当に年相応で普通の青年のようだった。

「それでも凄いと思うよ

僕なんか何もそういうの無いから‥見た目のお陰で近所のお年寄りからは可愛がられるけどそれくらいだもん」

五月は苦笑しながら自虐的に言う。

「確かに天宮さんって可愛いっすもんね‥宮本さんに聞くまで俺もずっと女の人だと思ってました」

「僕も男だって聞くまでちょっと緊張したんだよね

初めて声かけた時もナンパだって思われたらどうしようって思ったし‥でもチラッとスマホの目的地が見えて絶対神社に行くって分かったから思い切って声かけたんだよ」

三越が言うと宮本も困ったように誤魔化し笑いで白状した。五月は予想通りの返しに乾いた笑みを浮かべる。

「まぁ、女みたいな格好してる僕も悪いんだけどさ‥でも今更、男みたいに振舞うのも抵抗あってね」

そう言って五月は女として育ってきた経緯をサラッと話す。二人は驚きはしたが何だか少し腑に落ちるという感じだった。

「あの‥笑われるかもなんですけど俺、少し霊感があってそういうの分かるんです

天宮さんってすっごい守護の力が強く見えるんですよね

だからあながちハッタリでそういう育てられ方したんじゃないと思います」

「え?三越君もそういうの分かるの?

実は僕もそうなんだよ‥こういうのってなかなか人には言えないよね

特に同業者に言うとバカにされるし‥何時もこっそりお祓いとかするんだよね」

話を聞いて三越が言うと宮本も乾いた笑みで続けた。

「へぇ、二人とも凄いね

僕、そういうの全く分かんなくて‥」

五月はそれを聞くと少しドキッとしながら誤魔化す。二人の霊力の強さは分かってはいたがまさかそうした力を自覚しているとは思っていなかったからだ。殆どの人は術者の家系でもない限り霊力が高くても全く無自覚か霊感がある程度しか認識しない人が多いのである。

「天宮さんの方が俺より全然そういうの強いと思いますよ

でも、もしかしたら無意識にそういう事が出来ちゃうのかもしれないっすね」

「そうかな?」

三越に言われ五月は誤魔化すように照れ笑いしながら内心、冷や冷やしていた。そして談笑しつつフラッペを食べ終えると二人は部屋に戻って行く。五月はようやく一息吐くと皆が戻ってくる前に布団を敷き始めた。

「ただいま‥あ、布団敷いてくれたんだ‥悪いね」

丁度、布団を敷き終えると皆が戻って来て口々に五月に礼を言う。

「いえ、僕もそろそろ横になろうかと思ってたので‥」

五月が返して微笑むと皆は持っている荷物を片付けて昨日と同じ位置にそれぞれ腰を下ろす。そして少しそのまま談笑してから揃って眠りに就いた。


翌日も前日と同じようにお務めをしてから朝食を取って業務に入る。少し持ち場は変わったが慣れて来たのか連携を取って皆で滞りなく進める事が出来た。特に堀内は年の功なのか段取りが良い。お陰で皆の動きにもゆとりが出てきた。

「堀内さんのお陰でいろいろ勉強になりました

あれはああやって取り廻すと早いんですね」

「元々、企画系の会社に勤めてたのでああいうのが得意なだけですよ」

「堀内さんって元々サラリーマンなんですか?」

「ええ‥会社勤めしてたんですけど父親が身体悪くしましてね‥それで神道系の学校に通い直して勉強して宮司になったんですよ

だから皆さんよりスタートが遅くて‥この年でまだ見習いなんです」

一日の作業を終え、そんな話をしながら夕食を取りにまた宿舎に戻る。今度は宮本達の班の方が先に広間で食事をしていて五月達も自然と傍へ行き、一緒に食事をしながら談笑を始めた。話の流れでまた昨日のメンバーで銭湯へ行くと五月達も風呂へ向かう。そして風呂から上がると今日は全員で買い物に出てかき氷を宮本達の部屋で食べた。

「もう明日で終わりかぁ」

「何だか三日間って言ってもあっと言う間だね」

「修学旅行みたいで楽しかったっす」

「確かに‥神社に居るとこういう機会あんまり無いですもんね」

四人で名残惜しそうにそんな話をする。あれこれ話していると三越に占って貰ったと宮本が話し始めた。

「僕も昨日、初めて占って貰ったんだけどいろいろ当たっててびっくりしたよ」

「私は初日に占って貰ったけど本当に的中してて驚いた」

宮本ともう一人が感心しながら口々に言うと五月は少し興味が出てくる。

「あ、せっかくだから天宮さんも占いましょうか?」

「じゃぁ、お願いしようかな」

そう言うと三越はカバンからタロットを出して来てテーブルに並べ始め、五月はあれこれ指示されるままにそれに対応しながらカードを眺めた。

「過去はと‥呪い除けで女性として育てられたって言うのが出てますね

そして真実を知ってからの学びがあって現在は‥何だろう?

支配者を暗示するカードがありますね‥神社の跡継ぎだからかな?

とにかく今は人の上に起ってリーダー的な事をしてる感じですね」

三越が説明すると五月は余りに的確過ぎて冷や汗が出そうになる。

「へぇ、そうなんだ‥でも僕まだ全然頼りないってお爺ちゃんから言われてるんだけどな‥早くそんなリーダーチックな宮司さんになれると良いな」

誤魔化すように笑いながら五月は頭を掻いた。

「そんな事無いと思いますよ

天宮さんって芯が強くてしっかりしてるってちゃんと出てます

えーっと‥それから未来は‥」

カードを捲りながら三越は最後に言葉を止める。

「何?何か悪い事でも出てるの?」

沈黙に耐え切れず宮本が不安げに口を挟むと五月はドキッとしながら三越を眺めた。

「最愛の人との永遠の別れって出てます」

少し言い難そうにカードを睨みながら三越がそう言うと五月はやはり自分の寿命は伸びないのかもしれないと少し覚悟する。

「まぁ、所詮は占だしまだ未来の事は分からないよな」

「そうっすね、未来なんて自分の努力で変えられるもんですよ

ハニートラップに引っ掛からないようにするとかね」

もう一人が空気を変えようと勤めて明るく言うと三越も冗談を挟みそう続けた。

「まぁ、それもそうだよね」

五月もその心遣いを察して苦笑しながら答える。そして宮本が話の流れを変えるとまた違う話で盛り上がった。そして銭湯組が戻って来ると五月は部屋に戻り、皆と一緒に眠りに就く。


翌日、朝のお務めで五月は祝詞を詠んでいたが少しぼうっとしていたせいで言葉に詰まった。

「諸々の心を持ちて‥」

「諸々の心を持ちて我が真心とし‥」

後ろからこっそり堀内が助け船を出すと五月はハッとしてまた読み上げて行く。それで何とか無事に終わって朝食を取りに皆で宿舎に戻った。

「天宮君が詰まるなんて珍しい事もあるもんだね」

「はは、ちょっとぼうっとしちゃって‥凄く助かりました」

堀内に返すと五月は誤魔化し笑いを浮かべる。たかが占いではあるがやはり昨日の三越の言葉が気になっていた。朝食を終えて昨日の祭りの片付けを手伝い、次の祭事の準備を整えていく。小さな神社と違ってこういう所では月に大小関わらず幾つもの祭事があるのだ。それに伴い祭壇の作り方や作法をそれぞれ学ぶのである。

そして昼食後、引き続き業務を終えると研修は終わりを迎えた。研修組は業務が済んだ順に宿舎に戻ると着替えを済ませまた荷物を纏めて各々、発送作業に移る。五月達も4時過ぎには宿舎に戻って皆で談笑しながら着替えを始めた。

「身の回りの荷物を送る方は5時までに発送手続きを済ませて下さいね

それ以降は明日になってしまいますので‥」

4時半になると指導員がそう言いながら各部屋を周って行く。

「いけない、喋ってる場合じゃなくてさっさと荷物を纏めなくちゃ‥」

「私もだ‥」

五月はそう言うと慌てて脱いだ装束をたとう紙に収めた。五月と同じように荷物を送る者達は慌てて片付けて行く。

「戸田さん達は来た時と同じように手荷物で帰るんですか?」

「私も送ってしまいたいけど明日の朝一でお宮参りが有るから持って帰らないといけないんですよ」

「私も明日の朝から業務があるので‥」

「それはそれで大変ですね」

手荷物組の大量の荷物を見ながら一人が聞くと苦笑しながら二人は返して大きなキャリーケースに装束を仕舞った。そして荷物が纏まると発送組は先に段ボールを一階に運んでそれぞれに発送手続きを済ませる。発送作業が済むと部屋に戻り、室内を綺麗に片付けてから皆で揃って部屋を出た。

「皆さん駅まで行かれます?」

「私はタクシーで帰りますよ

此処から山の手方向へ行って30分程なんで‥」

「あ、それなら私も便乗出せて下さい

途中までは同方向なんで途中で降ろしますから‥」

「私は違う沿線なんでそっちの駅までバスですね」

「僕はちょっと迫田さんにご挨拶してから帰るんで皆さん先に行って下さい」

階段を下りながら皆で話して一階まで降りると挨拶をしてそれぞれ分かれる。五月は宿舎を出ると社務所の方へ行き、迫田に挨拶をしてから皆より一足遅れて神社を出た。

「あ、宮本さん達も今帰りですか?」

「ええ、これから駅まで歩くんですよ

僕は方向音痴なんで三越君に連れて行って貰おうかと思って‥

天宮君も今から駅まで?」

「ええ、僕も駅まで歩きです」

「じゃぁ、一緒に行きましょう」

五月は前を行く宮本と三越に気付き駆け寄って声をかけると二人はそう返し一緒に駅へ行く事になった。三人であれこれ話していると三人とも務める神社が近いと判明する。

「三越さんの神社ってうちから山一つ越えた所だから車で30分くらいですね

宮本さんの所もうちからなら1時間かからないくらいだ」

「本当だ‥天宮さんちがだいたい俺のとこと宮本さんとこの間くらいっすね」

「これなら偶には行き来も出来そうだよね

って言っても僕は原付の免許くらいしか無いんだけど‥」

「俺、車も大型バイクの免許も有るんですけど車は持って無いんっすよね‥バイクラブなんで‥

一応、親父の軽トラは家にあるんですけどね」

「僕は車があるって言ってもお爺ちゃんが乗れないから運転手なんだよね

原付も持ってるけどだいたいは車で出かけるよ」

それぞれの神社の位置をスマホで検索しながらそんな話で盛り上がり駅に到着した。

「ターミナル駅までは一緒っすよね?

どっかで晩飯、一緒に食いません?」

「良いね、どうせ食べて帰るつもりだったし付き合うよ」

「賛成、じゃぁ一旦、ターミナル駅で降りて何処かへ入ろうか?」

切符売り場で三越が提案すると宮本と五月もそれに乗る。あれこれ話しながら移動して夕食を共に取りながらそこそこ深い話もした。

「実は此処だけの話なんっすけどうちの神社ってかなり曰く付きなんですよね‥表向きは大森と同じ神様祀ってるんですけど奥宮に獣祀ってる社が在るんっす

普通にお務めはしてるんですけどもし自分に何か有ったら迷わず大森に相談に行けって親父に言われてて‥そんで顔繋ぎにもなるからって今回の研修に参加したんっすよ」

食事をしながら三越はそう言って溜息を吐く。

「それはまたヘビーだね‥でもうちもちょっと似たような所があるよ

うちの神社はそういうのは無いんだけどいろいろ曰く付きの物が持ち込まれるからもし手に追えない時は大森大社に行くように言われてるよ」

宮本は困ったように微笑むと同じく続けた。

「やっぱり何処でもそういうのって有るんだね

僕も困った時は唯天さんに聞いてるもんなぁ」

五月は二人の話を聞いてポロリと言ってしまう。

「え?天宮君は困った時に頼れる能力者の知り合いが居るの?」

それを聞いて宮本が食い付いてきて五月は少し焦った。

「あ‥いや、そういうのじゃ無くって‥まだ修行中だから先輩にいろいろ聞いてるって意味だよ

僕、自分の神社に入る前に他の人に付いていろいろ修行してたからさ」

「そうなんっすね

俺なんかはずっと家で修行したんで他所へ行かなかったから今回は凄い勉強になったしこうして外部の繋がり出来て心強かったですよ」

「僕は知り合いの所で一年ほど修業はさせて貰ったけど身内みたいなものだったから同じようなものかな‥天宮君はその人の神社へ見習いで入ったの?」

五月の答えに三越と宮本が口々に言うと五月はどう誤魔化そうかと考えを巡らせる。

「その‥いろいろ教えてくれたのは宮司じゃ無くってちょっと特殊な仕事の人で‥でも知識が豊富だから爺ちゃんがその人に教えて貰えって預けられたんだよね」

五月は上手い言い訳が見つからず当たり障りなく答えて乾いた笑みを浮かべた。いろいろ端折ってはいるが嘘では無い。

「特殊な仕事ってもしかして霊能者とかそういうの?」

「まさか‥そういうのじゃ無いよ

でもお爺ちゃんと親しいから神社関係の仕事してるとは思うんだけど僕も詳しくは知らないんだ」

宮本の突込みに対して五月は視線を泳がせながらしどろもどろで返す。

「ああ、うちにも神具関係で出入りして詳しい人居ますよ

ああいう人ってあちこちの神社と付き合いがあるからか宮司よりも神社の事に詳しいっすよね」

「そう、そうそう!

多分その人もそんな感じの仕事だと思うよ」

三越が言うと五月はそれに乗っかるように同意した。少し無理があったかもとは思ったが今のところ他の手立てが無い。

「それより三越君の占いってやっぱりそういう霊感とかで占ってるの?」

五月は苦し紛れに話の矛先を変えようと話を振った。

「いえ、俺の占いはシンプルに出たカードを見てるだけっす

多少は占う人の雰囲気を折り込んだりしますけどね

霊視は普段はしませんよ‥疲れるし‥」

「え?そうなの?

僕はてっきり霊視で背後霊から助言を得てるんだと思ってたよ」

三越が苦笑しながら答えるとやはり宮本は興味津々で食い付く。其処から話題は占の話に移り五月は少しホッとした。そんな感じで食事を終えると店を出てそれぞれ帰路に着く。

 〈どうもうっかりすると余計な事まで喋っちゃうな‥気を付けないと‥〉

五月は流れゆく夜景を見ながら溜息を吐いた。

帰宅すると咲衛門や征嗣にチラッと勉強会での話をするだけにしてすぐに風呂に入って部屋に戻る。全くの一般人と違い神社関係者というのはなまじいろいろ知っているだけあってやはり気を遣う事が多く、帰宅して安心すると一気に疲れが押し寄せてきた。布団に入ると五月はストンと眠りに落ちる。

「会いたい」

寝入り端、すぐ傍でそう聞こえた気がして五月は覚醒し、ガバッと身体を起こした。

 〈夢!?〉

辺りを見回し誰も居ない事を確認しながらそう思うと深く溜息を吐き、もう一度、身体を横たえる。何だか一気に目が覚めてしまい眠気が飛んでしまった。

 〈会いたいって‥誰が誰に会いたいんだよ〉

複雑な気分でそう考えながらゴロゴロしているとようやくまたウトウトし始める。全身の力が抜け、意識が途切れそうな感覚に心地良さを感じた。

 〈あ‥もう寝そう‥〉

丁度、夢と現の狭間で微睡みながら五月はそう思う。

気が付けば穏やかな日差しの中に居た。誰かに寄り掛かりながら転寝をしているようだが誰に寄り掛かっているのか確認しようにも身体が動かない。此処はどうやら夢の中。

 〈此処は‥何処だろう‥〉

うっすら目を開けてはみたが余りにも瞼が重く感じ、一度閉じるともう目を開ける事は出来なかった。ただ、穏やかな木漏れ日が差し込む感覚だけが伝わる。

「お願い‥彼を取らないで‥」

薄れゆく意識の中でその言葉だけが耳に残った。


翌日、何だか全く疲れが取れていない感じで目覚めた五月は身体を起こしたまま暫く動く事が出来ないでいた。

 〈何だかよく分からない夢だったな‥〉

五月はそう思うと気合を入れて立ち上がり、朝のお務め準備に入る。身支度を整えて一階に降りると咲衛門は既に準備を整えてもう本殿へ向かう所だった。

「おはよう」

「ああ、おはよう‥今日は儂一人で大丈夫だからゆっくりすると良い」

「大丈夫だって‥ちゃんと僕も一緒にやるから‥」

五月はそう言うと咲衛門に付いて行く。そして二人で朝のお務めを終えると朝食を取りに自宅へ戻った。居間へ行くと祖母が朝食の準備を整えて征嗣と一緒に二人を待っていた。何時もの朝の風景である。

「今日は近藤さん達が来て茅の輪を編んでくれるそうだからお前は夏越の大祓の準備を榊君と進めてくれんか?」

「うん、分かった‥じゃぁ、要る物を榊さんと拾い出しして三田山さんの所へ行って注文して来るよ

あ、先生、お醤油取って‥」

朝食を取りながら打ち合わせると五月はまた日々の業務を再開していった。この時期は鬼狩の仕事も多く、五月は昼寝を取りながら夜も現場へ出かける。目が回るほどの忙しさだった。


無事に夏越の大祓も済んで数日した頃、明希がふらりと神社を訪ねてくる。

「あれから何かそれらしい夢は見たか?」

「それがずっと忙しくて全く‥短時間で熟睡しちゃってなかなか夢を見る余裕が無いです」

明希に聞かれ五月は苦笑しながらお茶を出した。

「そうか‥で、今日来たのは見合いの件でな‥一応、聖月と相談して涼音とも話したんだがやはり一度は他所に嫁いだ手前、申し訳ないと渋ってるんだがな‥」

「それは前にも言いましたけど気にしてません

寧ろ僕みたいな下位の者が恐れ多いくらいなんですから‥でも、せっかくのご縁だしって思うんです」

「そうか‥そういう事なら来週の大安吉日に見合いの席を設けるそうだ

今はあいつも忙しいんでこっちに来て貰う事になるが構わねぇか?」

「はい、伺います!

宜しくお願いしますと聖月さんと涼音さんにお伝え下さい!」

話が決まると明希はその返事を持って神社を後にする。五月は駐車場まで明希を見送りに出た。

「あ、そう言えば‥」

五月が思い出したように言うと明希は振り返る。

「僕、先月に表の仕事で他所の神社へ数日、出張に行ったんですけど帰って来た日に変な夢って言うか‥ただの気のせいなのかもしれないんですけど眠りに落ちる間際に「会いたい」って言う声を聴いたような気がして覚醒したんですよね

その後も何か夢を見たんですけど今ちょっと思い出せなくて‥忙しくてすっかり忘れてたんですけどね」

五月は苦笑しながらそう言った。

「一応、その話は東條の奴にもしておくよ

また何か思い出したら見合いに来た時にでも教えてくれ」

明希は微笑んで言うと車に乗り込んで去って行く。五月はやれやれと溜息を吐くとまた神社へと戻って行った。


翌週の大安吉日、五月は早朝からめかし込んで緊張した面持ちで朱雀王子家に向けて出発する。見合い自体は昼からではあるが緊張でジッとしていられないのだ。征嗣にも呆れられながら駅まで送って貰い電車に乗り込む。京都駅に到着すると時間を確認したがまだ10時にもなっていなかった。五月は仕方なく近くの店で時間を潰す事にしてとりあえず水分補給をしに目についたカフェに入る。

「あれ?天宮君?」

店に入ると先に入って行ったグループの一人にそう声をかけられてそちらを見ると勉強会で同班だった堀内が居た。

「あれ?堀内さん?

どうしてこんな所に?」

「ちょっと友人の結婚式に出席する為にね」

驚きながら五月も返すと堀内はそう言って苦笑しながら同じグループの人に先に行くように合図をする。そしてカウンターへ行き二人で注文をしてとりあえず席に着いた。

「良いんですかご友人をほっといて?」

「ああ、まだだいぶ早いんで時間潰しに皆で来ただけだから‥」

「友人の結婚式って神社関係ですか?」

「いや、前に勤めてた会社の同期なんだ

私は元々こっちの会社に勤めてたもんだから‥結婚していく自分達と違って独身貴族を謳歌してたような奴なんだけどどういう心境の変化か電撃結婚する事になってね

それで他の同期から茶化してやろうって連絡が来たんでこうして駆け付けたんだよ」

「仲が良いんですね」

「うん、私達の代はいろいろ大変だったから特に仲が良くて私が辞めた後でもちょいちょい仲間が連絡をくれてたんだ

辞めて暫くは偶に神社の仕事をほっぽって会社の手伝いもしてたくらい‥本当は辞めたくなかったんだけどこればっかりは仕方ないからね」

少し離れた席に居る元・同僚達を眺めながら堀内が寂しげに言う。

「そんなに好きなのによく辞める決断が出来ましたね?」

「いや、そうでも無いよ

まだ未練たらたら‥でも最近はこの仕事も悪くないって思えるんだよね

住めば都って言うだろ?

そういう感じなのかもしれないな‥結局は何を選ぼうがその気になれば何でも楽しめるものだよ」

「それ、何となく分かります」

「それより天宮君こそめかし込んでるみたいだけど結婚式か何かに行くのかい?」

「あ‥いや‥これはその‥これからちょっとお見合いがあって‥」

「そうなんだ‥お見合いなんて今の若い子はしないと思ってたよ

だいたいは合コンとか出会い系だって聞いてたから‥もしかして天宮君って良い所の子なの?」

「そう言う訳じゃ無いんですけどお爺ちゃんの知り合いがそう言う話を持って来てくれるので‥」

「そういう話が来るって言うのはやっぱり育ちが良い証拠だと思うけど?

まぁ、こういうのは縁も有るから‥とりあえず頑張ってね」

「はい、あ‥お友達が呼んでますよ?」

「ああ、じゃぁまた‥」

少しそんな話をすると堀内は飲み物を持って席を外した。五月は意外な再会に少し動揺したが小さく息を吐いて落ち着きを取り戻す。

 〈結婚式かぁ‥僕の場合ってどうやって結婚式とかするんだろう?

やっぱり普通にする訳じゃ無いんだろうなぁ‥〉

そう言えば周りで結婚式をした術者の話を聞いた事が無かったと今更、五月は思い出した。婚姻の話は今までに聞いた事はあるが式に呼ばれた事も無ければ式を挙げた話も聞いた事は無い。五月は何だかいろいろと知らない事が多過ぎる事に改めて気付いた。

 〈家の事や術の事しか聞いてこなかったもんなぁ‥よく考えたら何処まで普通の生活して良いのかも分かんないや‥〉

成人してからというもの、目の前の事に必死過ぎて余りそういった境界線が分からなくなっている節があり、偶にこうやって一般人に交じると違和感しかない。元々は一般人として生活してきたはずなのに今ではその頃の事をよく思い出せなくなっていた。今の自分からすれば当時の自分の葛藤や悩みなど全て些細な事にさえ思えてくる。

 〈お爺ちゃんもこういう想いをしてきたのかなぁ‥〉

五月はそう思いながら行き交う人を眺めた。


あれこれ時間を潰してから予定より早めに朱雀王子家に入ると五月はまず聖月に挨拶する為に取り次いで貰い、今回の見合いの件を承諾して貰った礼と時間潰しに買って来た手土産を渡す。それから待機所で時間まで待ってから貴賓用の離れに通された。庭園を望む座敷に明希と着物姿の涼音が待っていて五月は侍女に促されるまま緊張しながら涼音の前に腰を下ろす。あの時見た姿と違って五月と同じくめかし込んだ涼音は息を呑むほど美しいと思った。

「まぁ、お互い知った仲だし自己紹介や堅苦しい話は無しで良いな‥とりあえず俺は席を外すから二人でよく話し合ってみてくれ」

侍女がお茶と茶菓子を持って来ると明希はそう言って早々に席を立つ。五月は何か会話のとっかかりを明希が作ってくれるものと期待していたので少し絶望にも似た気分でその背中を見送った。二人でお茶を飲みながら沈黙すること暫し。

「「あの‥」」

二人同時に口を開いて思わず見合ったまま固まった。

「あ‥すみません、何でしょうか?」

「いえ、こちらこそ‥お先にどうぞ」

少し二人で吹き出しそう言って譲り合う。

「あの、とりあえず今回のお話を受けて頂いてありがとうございました

ご迷惑かもとは思ったんですけど全く知らない方とお見合いするよりも少しでも知った方とお話がしたくて‥お時間を頂けて本当に感謝してます」

五月は少し照れながら微笑んで切り出した。

「出戻りな上に大切なお役目も果たせずこのようなお話をお受けしても良かったのかと私も戸惑っておりました

五月様ならば他にも良いご縁がありますでしょうに‥私のような立場の者をわざわざお選びになる必要は無いのですよ?」

申し訳無さそうに涼音が返す。

「僕は難しい上位の仕組みは察する程度しか出来ませんし皆さんがどれほどの想いを抱えてお役目に望んでいるのかもよく分かりません

例えこの間の一件がお役目の一環だとしても僕の子供を産んでも良いと言って下さった涼音さんの気持ちはとても嬉しく思ったんです

こういった世界で自由恋愛が難しい事も散々聞いてきました

家を存続させる為や有利に立ち回る為に婚姻が組まれる事も承知しています

でも、それでもやっぱり大切に想える方と僕は結婚したいと思ったんです

ですからもし涼音さんがお嫌で無ければ僕との結婚を前提にお付き合いを考えては頂けないでしょうか?

勿論、合わないと思われた時点で白紙に戻して頂ければ構わないので‥」

五月は少し緊張しながらも涼音をまっすぐ見て素直な気持ちを訴える。それを聞いて涼音は少し躊躇うような表情で返事に困った。これまで婚姻した相手も含めて皆、見合いで少し話して結婚を承諾するか否かだけの単純なやり取りしか無かったせいで付き合うという発想そのものが欠如していたのである。

「あの‥私はその‥そう言ったお付き合いをした事が無くてどうすれば良いのか分かりません」

「僕も女性とお付き合いした事が無いので偉そうな事は言えないんですけれどお互いがある程度、分かるまで会って話せば良いと思うんです

そうすれば結果がどうあれ納得出来そうな気がするので‥どうでしょうか?」

困惑気味に涼音が言うと五月も困ったような笑顔で返した。それを聞いて涼音は少し考える。

「それはお返事を保留して幾度かこうして面談するという解釈で良いのでしょうか?」

「そうですね‥ただ、もう少しラフな感じで良いと思います

許されるならあちこちデートしながら話しませんか?」

「あの‥無知で申し訳ないのですがその‥デートと言う言葉は存じていますが内容がよく分からなくて‥」

「うーん‥改めて聞かれると説明が難しいんですが二人で遊園地に行ったり映画を見たり出かける事なんですけど‥場所は何処でも良くてとにかく二人で楽しめるような場所へ行くんです」

「何だか余りピンと来ないのですが旅行に行くという解釈で構いませんか?」

「旅行という程の事も無いような‥買い物でも何でも良いんですけどとにかく二人で出かける事だと思って頂けると良いと思います」

五月は涼音の質問に困惑しながら答えて行くが此処まで世間と隔離されているとは正直、思っていなかった。流石、朱雀王子家・四天王の家だけあって四神四家と同様に涼音もまた深層の姫君なのである。

「分かりました、私はよく分かりませんので五月様がご指導して下さるならばお付き合いの件はお受けさせて頂きます」

「ありがとうございます

では次にお時間を頂ける日取りを窺っても宜しいですか?」

躊躇いながらも涼音が微笑んでそう言うと五月は早速、デートの日取りを決める事にした。一般人と違ってこういう高位の人物の予定は先々まで決まっている事が多いのである。涼音は少し席を外すと侍女を呼んで日程を確認した。そして再来週に予定を決めると五月は見合いを終えて貴賓室を後にする。そして待機所に戻ると次は報告の為、明希に取次ぎを依頼した。

「どうだった?」

「はい、とりあえずお付き合いさせて頂く事になりました

やはりお見合いだけで結婚っていうのは抵抗があって‥」

「そりゃそうだよな‥俺もその気持ちは分かるぜ」

明希はふらりと待機所に現れて軽くそんな話をしながら二人で明希の部屋へ向かう。明希の部屋まで来ると其処には東條が待っていた。

「念の為にこの間の件をもう一回話してくれるか?」

明希は腰を下ろすとすぐにそう切り出す。それに応えるように五月はあの日に聞いた声についてもう少し状況を細かく説明した。話している内にそのあと見た夢の事も何となく思い出したので捕捉する。

「彼を取らないで、か‥彼って言うのは誰の事か分かってんのか?」

「いえ、どういうシュチュエーションだったのかまでは分からなかったので‥ただ、会いたいと言った声と同じ声だったように思います」

「恐らくその声の主が刻印を付けた人物なのでしょう

声に関して男女の差は分かりましたか?」

「微妙な感じではありましたが多分、男性の声だと思います‥少年のような高い声というよりも中性的な感じがしました」

「声の情報だけじゃ人物像までは分からねぇな‥せめて容姿の情報でも有れば準えて文献で探す事も可能なんだが‥」

「そうですね、他には何か覚えている夢は有りませんか?」

「いえ、可笑しな夢を見たのはその日だけで後は忙しかったので夢を見る余裕が無かった感じです」

「ではその夢を見る前に変わった事が有りませんでしたか?

他所の神社に赴いていた間に特殊な人物や物に接触したような‥」

「これと言って思い当たるような事は‥あ、関係は無いかもしれませんが其処で知り合った方に占いはして貰いました

一般人ではありますけど少し霊感があってお祓いやなんかも出来ると言ってましたね

占の結果もよく当たっていて驚きましたけどそういった力を使わずに占っていると言ってました」

「へぇ、よく当たる占い師か‥確かに偶に居るが結局、決め手になる事を避けてるから当たっているような感じがするんだよな‥」

「まぁ、一般の占い師の殆どは統計や話術で結果を出しますから本当に見える術者や能力者の様に断言はしませんからね

でも極稀にトランス状態に入って無意識に対象者の魂を覗いて言い当てる方が居るのも事実なんです

もしそういうタイプの方なら五月の魂を刺激してその夢を見せた可能性がありますね」

「でもそういう事ならお前がこいつの中に入った時の方が刺激は大きかった筈だろ?

だったら何でその後にこいつの夢に何も出て来なかったんだ?」

「それは刺激の質が違うんです

私の場合は覗いたと言っても魂を読んだだけで触れるような刺激はしていませんから‥でも無意識に他人に入り込むとその辺のコントロールが利かないので余計な刺激を与えてしまう事が多いんですよ」

「俺にゃぁ、よく分からん世界だな‥」

「僕も高度過ぎて理解出来ません」

そんな感じで三人であれこれ話し合ってはみたが結局、何の解決策も無いまま引き続き夢待ちとなった。

「今日も泊って行くか?」

「いえ、この後、仕事が有って先生と現場近くで待ち合わせているので失礼します」

「へぇ、何処で仕事なんだ?」

「滋賀です、龍王院家からの依頼なので祭礼絡みだと送迎して貰うのが心苦しいですし荷物もあるので先生には車で向かって貰うようにお願いしてるんです」

「じゃぁ、俺が送ってやるよ

俺もちょっとあいつんとこには用事があるんでな‥」

話が決まると明希は立ち上がる。

「でも琴吹様が来られるかは分かりませんよ?」

「構わねぇよ、あいつ個人って言うより龍王院家自体に関わる話なんでな‥悪いが東條は暫くこっちに残っててくれ

滅多な事は無いと思うが念には念をだ」

「分かりました」

五月も立ち上がりながら返すと明希は東條に言い置いて部屋を出て行き五月もそれに付いて行った。五月は歩きながら征嗣に送って貰うので最寄り駅ではなく現地集合になるとメッセージを入れておく。そして車庫まで来ると明希は何時も使用している車を通り過ぎた。

「あれ、この車じゃ無いんですか?」

「ん?ああ、そっちは人が多い時だけ使うんだ

一人、二人で動く時は小回りの利くこっちを使ってるんだよ」

「そうなんですね」

五月が聞くと明希は返してその隣に在る車に乗り込んでエンジンをかける。別に車に興味は無かったが五月はスポーティなそのフォルムを間近で見てちょっとカッコ良いなと思いつつ助手席に乗り込んだ。この時はあんな恐い思いをするとは想像もしていなかった。


征嗣が現着して駐車場へ車を入れ、荷物を降ろしていると程無く一台のGTRが後から入って来てその隣りに停車する。

「よぉ、待たせたか?」

「いえ‥今、来た所です

思いの外、早かったですね」

車から明希が降りて聞くと征嗣は返しながら放心状態で助手席に座っている五月を見た。征嗣がコンコンと窓を軽く叩くと五月はようやくハッとしてグッタリしたように車から降りてくる。

「どうかしたのか?」

「まぁ‥ちょっとね‥」

征嗣が訝しげに聞くと五月は苦笑しながら返し長い溜息を吐いた。それから三人は待ち合わせている神社の方へ向かい行き交う龍王院家の眷属の一人に到着した旨を告げる。

「お話は伺ってます、こちらへどうぞ‥」

そう言って社務所の応接室に三人は通された。

「渋滞で予定より本隊の到着が遅れておりますのでもう少々お待ち下さい」

「今回は誰が来るんだ?」

「今回は琴吹様の祭礼になります」

「そりゃ丁度良かった‥じゃぁ、真十郎も来るんだな?」

「はい、本隊に同道される予定です」

お茶を出しながら侍女が説明すると明希はあれこれ聞く。五月は出されたお茶を無言で飲むとまた安心したように溜息を吐いた。

「そう言えば京都方面からこちらに向かうのに渋滞は無かったんですか?」

「ああ、渋滞してたから下道で来たんだよ

少し大周りにはなったがお陰でスムーズに来れた」

余りにもホッとしている五月の様子に征嗣は疑問を感じて明希に聞くとそう返ってきたので全てを察する。皆から曲芸運転と言われる明希の運転にきっと何時も以上に生きた心地がしなかったのだろう、到着時間がそれを顕著に表している。それから30分ほどして本隊が到着すると琴吹が部屋に飛び込んできた。

「明希ちゃん久しぶり!」

「いきなり抱き付いてくんなって‥」

琴吹は明希に抱き付きながらそう言って微笑むとそれを引き離しながら明希は返す。

「良いじゃん久しぶりなんだし‥あ、五月君も久しぶり!」

「ご無沙汰してます」

琴吹が五月に気付いて微笑むと五月も嬉しそうに微笑んだ。

「皆様お待たせして申し訳ありません

遅くなりましたがとりあえず食事の準備をさせて頂いておりますのでこちらへどうぞ‥」

琴吹の後から入って来た真十郎がそう言って座敷の方へ皆を誘う。どうやらこちらへ向かっている道中に指示を出し準備をさせていたようで座敷に入るとすぐに出来立ての料理が運ばれてきた。四人はそれを頂きながら話を始める。

「それにしてもどうして明希ちゃんが此処に居るのさ?」

「あの、今日は朱雀王子家で僕のお見合いが有ったので三上様にこちらまで送って頂いたんです」

「通りでめかし込んでると思った‥凄く似合ってるよ」

「ありがとうございます

でもこの格好じゃ仕事にならないので後で着替えさせて頂いても良いですか?」

「良いよ、適当な部屋を使って‥仕事の詳細は聞いてる?」

「担当の方からだいたいは聞いてますけど細かい打ち合わせはこちらでという事になってます」

琴吹と五月が話すのを聞きながら明希と征嗣は黙々と食事をしている。相変わらず五月は琴吹に会えるとそれだけで機嫌が良かった。

そして食事を終えると五月は仕事の準備をする為、名残惜しそうに退室していく。

「で?ただ送って来た訳じゃ無いんでしょ?」

「ああ、ちょっと面倒事なんだがお前等の耳にも入れておこうと思ってな‥」

襖を閉めると二人のそんな会話が耳に入って五月は少し立ち止まる。

「どうした?」

「ううん‥何でも無い」

前を行く征嗣がそれに気付き振り返ると五月はまた歩き出した。

どの道、泊まりになるからと担当眷属はちゃんと五月用の部屋も用意していたので其処で着替えを済ませて打合せを終えると五月と征嗣は神社近くに在る塚に案内される。

「元々は道祖神として創られた物に何者かによって鬼が封じられていましてこの辺りの気を乱しているんです

この塚の位置を踏まえると道祖神としての役割は残したいので封じられている鬼だけ処分願いますか?」

「承知しました‥では指定領域を張って外に出ていて下さい」

担当眷属に言われて五月は返して刀を抜くと臨戦態勢に入った。


それから一時間ほどで鬼を狩って後始末まで終えるとまた眷属と共に神社の方へ戻る。以前と違い鬼を狩った後の始末も陰陽師に頼らなくても出来るようになって五月はもう一人前の鬼狩だった。神社に戻り社務所へ入るとまだ眷属達はちらほら明日行われる祭礼の準備をしている。

「明日の祭礼は早朝からなんですか?」

「ええ、夜明け前からの祭礼となります」

「では我々は適当に引き上げるのでお気遣い無用でお願いします」

「承知しました、では朝食の方だけご準備させて頂きますので召し上がってからお帰り下さい」

「何時もありがとうございます‥では適当に休ませて頂きますね」

少しそんな話をしてから五月達は皆の邪魔にならないよう宛がわれた部屋に向かった。途中で広間の前を通ると眷属が出入りしていて開け放たれた襖の向こうに琴吹が見え、五月達と目が合う。

「お疲れ‥早かったね

少し会わない間にだいぶ成長したみたいだね」

「お疲れ様です!

まだまだ唯天さんには届きませんけどね‥それより早朝から祭礼だと伺ってるんですけどまだ起きてて大丈夫なんですか?」

微笑んで琴吹が声をかけて来たので五月は嬉しそうに広間へ顔を出しながら返す。仕事時間ももう唯天と遜色無いくらい早く済ませる事が出来るようになった五月の成長を琴吹はまた実感した。独り立ちした当初は何処か頼りない感じだった表情も今では余裕があるように見えて頼もしくさえ感じる。

「ちょっといろいろあってね‥もう寝るよ」

「三上様はもう戻られたんですか?」

「明希ちゃんはちょっと俺のお遣いに行ってるんだよ

また戻って来るけど明希ちゃんに用事?」

「いえ、送ってもらったお礼をまだ言って無かったと思って‥」

「明希ちゃんはそういうの気にしないから大丈夫だよ

それよりあの車で来たんなら道中、生きた心地しなかったでしょ?」

「はは‥かなり刺激的でした‥」

「明日の祭礼は見学してく?」

「そうしたいのは山々なんですけど神社での仕事が有って朝にはこちらを出ないといけないんです

次の機会は是非、見学させて下さい!」

「見学は何時でも歓迎するから余裕がある時に見に来ると良いよ」

「はい、では失礼して僕も休ませて頂きますので琴吹様もご無理の無いようなさって下さいね」

「ありがとう、じゃぁ、おやすみ」

「おやすみなさい」

まさかまた琴吹と話が出来るとは思っていなかった五月は機嫌良さそうに広間を出ると待っていた征嗣と共に用意された部屋に入り、早々に就寝した。


翌日、あわよくば祭礼前の琴吹に挨拶をしてから帰ろうと早起きをしてみたが既に琴吹は祭礼に入った後だった。仕方なく五月は遠目で少しだけ祭礼を見学し、もう一度、部屋に戻って目を覚ました征嗣と帰り支度を始める。荷物を纏めて朝食を取りに広間へ行くと明希が眠そうな顔でもそもそ食事をしていた。

「よぉ、仕事は無事に終わったようだな」

「おはようございます

ええ、滞り無く済みました‥それから言い遅れましたが昨日は送って下さって本当にありがとうございました」

明希が手を止めて言うと五月は傍に腰を下ろしながら返す。すると侍女が五月と征嗣の分の朝食を持って入って来て前に置いた。

「ありがとうございます、頂きます」

五月が微笑んで礼を言うと侍女も微笑み返し去って行く。明希はその様子を何となく眺めて侍女を目で追った。

「相変わらずモテてるみてぇだな?」

「え?そんな事無いですよ!」

明希はそう言ってまた食事を続けると五月は少し驚きながら慌てて答えた。

「相変わらず自覚がねぇみたいだな‥うちもそうだがお前が来ると何処と無く年頃の侍女が色めき立つんだぜ?」

「まさか‥きっと性別不詳で物珍しがってるだけですよ

僕、今まで一度も女性から告白された事無いですからね」

明希がそう言うと苦笑して答え五月も食事を始める。

「そりゃぁ、お前がそう言う事に鈍感なだけだ

別に良い気になる必要はねぇがある程度気を付けねぇと火傷するから気を付けろよ

ハニートラップにかかった日にゃ目も当てられねぇからな」

「ハニートラップって‥僕そんな事されるほど大した人間じゃないですってば‥」

「そう思ってるのはお前だけだぜ?

希少な鬼狩の‥しかも歴代「さつき」の血となりゃ是が非でも欲しいって輩は結構居るからな‥

だからこそ俺や智裕、琴吹も自分達の眷属をお前にって推してんだ

訳の分からん奴に子種はやるなよ‥それこそ厄介事のタネになっちまうからな」

初めは何時も通りの表情で言っていたが最後は五月をまっすぐ見て締め括った。その迫力に思わず五月の手が止まる。

「心配しなくてもこいつは誰かさんと違って浮ついた感情は持ってませんよ」

空かさず征嗣がそう割って入って来た。

「そりゃぁ‥悪かったな‥」

明希は痛い所を突かれたと溜息交じりに返し食事を続ける。

「それより琴吹様の遣いで出かけられたって聞いてたんですけど何時戻って来られたんです?」

五月は重くなった空気を換えようと話を振った。

「今さっきな‥これ食ったらあいつの仕事が済むまで寝かせて貰おうと思ってる

お前等はもう帰るのか?」

「はい、今日は戻って表の仕事が有るので‥時間があれば祭礼も見学させて頂きたかったんですが残念です」

「そうか‥気を付けて帰れよ」

「はい、聖月さんや涼音さんにもよろしくお伝え下さい」

「ああ、じゃぁな‥」

「おやすみなさい」

会話を続けながら明希が食事を終えて立ち上がると五月は微笑んで去って行く明希を見送る。そして五月達も食事を終えると神社を後にした。

「先生、帰りも運転頼んで良い?

僕、何だか凄く眠くてさ‥」

「構わんよ‥琴吹様に併せて早起きしてたんだろ?

今日は夜も仕事が有るから神社に着くまでゆっくり寝ると良い」

「ありがとう」

五月が欠伸交じりに言うと征嗣は返して運転席に乗り込み五月は後部座席へ乗るとすぐに身体を横たえる。征嗣がエンジンをかけて発進する頃にはすっかり眠りに落ちていた。

どれくらい眠っていたのか目を開けると其処には着物姿の征嗣が立っていた。どうやら此処は自宅の傍にある藤森家の墓所のようで何時も見ていた仰々しく建てられた墓標は無く、かなり簡素な物が一つあるだけだ。

 〈昔の藤森家のお墓なのかな?〉

五月に夢という意識は無く、何の疑問も抱かずに墓石に向かいあう征嗣に歩み寄る。征嗣は墓石を見ながら寂しげにただ佇んでいるだけだ。五月は余りにも征嗣が寂しげで思わずその背中に寄り添う。

 〈こんなに傍に居るのにどうして僕を見てくれないの?〉

五月の心の中にそんな感情が湧いてきた。

「貴方に会いたい‥」

無意識にそう呟いて流した涙に五月はハッとする。己のものではない誰かの感情に流されている事に気付いて五月は驚きながら征嗣から身を離した。その途端、車のシートから転げ落ちて目を覚ます。

「あれ?」

「一体、何を暴れてるんだ?」

五月が目を開けて放心していると征嗣が呆れながらそう声をかけて来た。まだ帰りの道中のようだ。

「何か変な夢見ちゃって‥」

五月は体勢を立て直しながら誤魔化し笑いを浮かべる。

「丁度良かった‥休憩を取ろうと思っていた所だ」

そう言いながら征嗣はパーキングエリアに入った。

「もしかして渋滞してた?」

「少しな‥だが此処までくればもう大丈夫だろう」

五月はまだこんな所かと思いながら聞くと征嗣は返す。二人は車を降りると売店へ向かった。

「あ‥ソフトクリーム食べたいな

先生も食べる?」

「いや、俺は飲み物だけで良い」

五月が聞くと征嗣は答えて自販機の方へ行ってしまう。五月は売店でソフトクリームとカフェラテを買って征嗣と飲食エリアへ行って腰を下ろしそれを飲み食いした。

「やっぱり暑くなってくると平日でも人出が多くなってくるね」

「そうだな‥特に水場の近くは自然と渋滞が多くなる」

ぼんやり行き交う車を見ながら五月が言うと征嗣は返す。

「で、どんな夢を見たんだ?

例の件絡みの夢か?」

「え?いや、そういう感じじゃ無かったよ?

よく覚えて無いけど多分、関係無いんじゃないかな?」

五月に視線を移し征嗣が少し心配げに聞くと咄嗟に五月は誤魔化してしまった。

「そうか‥」

溜息交じりに征嗣は返して視線を戻す。何だかあんな寂しげな姿を思い出すととても説明する気にはなれなかったのもあるが自分の気持ちを悟られそうで怖かった。恋焦がれている分だけ征嗣が歩む未来を考えると己の気持ちは明かせない。

 〈誰かは分からないけどあの人も先生の事好きだったのかな‥〉

自分にシンクロしたであろう人物の想いに五月は切なさを感じてまたぼんやり外を眺めた。


それからタバタしたまま涼音との約束の日が来てしまい、五月は時間に遅れないように前乗りする事にして神社での仕事を早々に終えて京都へ向かって車を走らせる。デートプランなど今まで考えた事も無かったので事前に悠に相談して決めた。今の時期、観光地は何処も人で一杯だろうという見解は二人とも同じだったので五月は幼い頃に両親に連れて行って貰った牧場へ行く事にする。其処なら動物と触れ合えるしチーズ作りの体験などが出来た記憶があったからだ。何より京都から然程離れていない。五月は京都まで来ると予約していたホテルに入り、牧場までのルートを検索した。

 〈前に行った時と何だか雰囲気が違うなぁ‥そりゃ10年も経ったら雰囲気も変わるか‥〉

そう思いながらルート検索のついでに牧場のサイトを眺める。

 〈へぇ、今はバーベキューとかも出来るようになってるんだ‥〉

昔、行った時はもっと小さい牧場だったのにあれこれ出来るようになっているという事はかなり規模も大きくなったようである。両親と行った時は駐車場が無かったので最寄駅から送迎バスだったが今は駐車場も完備されていた。

 〈これなら他の所へ行かなくても一日遊べそうだな‥〉

五月は牧場の他にも少しプランを考えてはいたが其処で一日過ごす事にする。


翌日、五月は朝食を終えるとすぐにチェックアウトして朱雀王子家ではなく鳳凰院家の本屋敷へと赴いた。朱雀王子家内にも鳳凰院家の屋敷は有るのだが涼音はこちらに居るのである。初めて来るがやはりかなり大きな屋敷で五月は少し緊張しながら車を進めた。

 〈えっと‥確か正門を通り過ぎて100mほど行くと車用のゲートがあるって言ってたっけ‥〉

徐行しながら付近まで来ると入り口が見えたのでそちらへハンドルを切るとゲートが開いた。そして通路に沿って車を進めると建物の前に自然に付ける事が出来、誘導の者に従って車を停めると沢山の使用人が頭を下げながら五月を出迎える。

「いらっしゃいませ天宮様

もうすぐお嬢様がお見えになりますのでそのままお待ち下さいませ」

「あ‥はい」

ドア越しに使用人がそう言って微笑むと五月は緊張しながら返した。すると殆ど待つ事無く涼音が現れ、使用人が五月の車の助手席を開けると涼音が挨拶をして乗り込んでくる。

「おはようございます五月様、本日は宜しくお願いしますね」

「こちらこそ宜しくお願いします」

五月も挨拶を返し微笑むと車を出した。

「今は時期的に何処も混雑していると思うので昔、行った事がある牧場に行こうと思うんです

水場や観光地よりはのんびり出来ると思うので‥」

そんな感じで五月はこれから行く場所の事を話し、涼音はそれを聞いて嬉しそうにあれこれ五月に質問をする。出来るだけ渋滞していそうな道を避けて山に入ると目的地である牧場管理の駐車場に入った。しかし思いの外、車が一杯で入場しなくても込んでいる事が分かる。

「結構、車が多いな‥もしかして込んでるかもしれないですね」

駐車スペースの空きを探しながら駐車場をぐるりと回って行った。奥に数台の空きがあるのを見つけて其処へ車を入れると車を降りて牧場の方へ向かう。牧場のゲートを入って行くと遊園地のような入園ゲートがあり、完全にアトラクション化していた。

「昔はこんなに綺麗な感じじゃ無かったんですけどね‥もっと普通の牧場だったんですけど‥」

五月は苦笑しながらも二人分のチケットを買うと中へと入る。中へ入ると案内板があって二人は立ち止まってそれを見た。

「何かやってみたい事とかありますか?」

乳しぼり体験やチーズ作りなどそれぞれ何が出来る場所か詳しく表示されていて分かり易くなっている。

「このふれあい広場って言うのはどういう事が出来るんですか?」

「ああ、飼育してる動物が近くで見れたり触れたりするんだと思います

昔、来た時は入ってすぐに牛なんかが近くに居てびっくりしたんですけどね

行ってみましょうか?」

「はい」

二人はそう言うととりあえずふれあい広場まで行ってみた。其処では牛やヤギだけでなく猫やモルモットなども居て餌やりも出来るようになっている。辺りを見回しても人はそれなりに居るが平日のせいか然程、混雑感は見受けられない。

「私、こんなに動物を近くで見るの初めてです」

涼音はそう言うと好奇心はあるが少し恐れるような感じで柵の向こうに居る牛に近付いた。五月はまるで昔の自分のようだなと思いながらその様子を微笑み眺める。

「あ、牛にエサもあげられるみたいですね‥ちょっと買ってきます」

五月は辺りを見回し、餌を売っているのを見つけるとそれを買って来て半分を涼音に渡した。そしてまず自分でやって見せると同じように涼音はそれを真似る。涼音は初めての体験に感動しながら目を輝かせて喜んだ。

そんな感じであちこちいろんな体験を二人でして周る内にお互い堅苦しさが無くなっていく。休憩がてらに昼食を取り、またあちこちを周って二人は思い切りデートを楽しんだ。

「五月さんは甘い物がお好きなんですね」

「甘い物だけじゃなくてお菓子は何でも好きで‥スナック菓子なんかもよく食べます

何時も先生やお爺ちゃんにご飯が食べられなくなるって怒られちゃうんですよね」

疲れるとまた休憩を取りに牧場に併設されているカフェに入ってスイーツを食べながら笑いあった。いろいろ話してみると涼音がどれほど厳格な世界で育って来たのかを実感する。一般的な生活の事は資料や口伝えでは知識として持ってはいるが全く体験した事が無いのだ。だから実際に見て体験する事がとても新鮮なようで一つ一つの些細な事にでも凄く感動していた。あれこれ話しながらのんびり休憩を取ってカフェを出る。

「少し早いですけど渋滞に巻き込まれて遅くなるといけないのでそろそろ帰りましょうか」

「もうそんな時間なのですね‥楽しいと時間が経つのはあっという間ですね」

五月がそう言うと少し名残惜しそうに涼音は微笑んだ。そして駐車場に戻って二人で車に乗り込むと帰路に着く。

「次に行ってみたい場所やしてみたい事って何かありますか?」

「実際にこうして体験出来るなら何でもしてみたいです

今までは見聞きするしか無かった事ばかりなので‥ですからまた何処へでも連れて行って下さい」

車を走らせながら五月が聞くと涼音は嬉しそうにそう答えた。それからまた互いの事を話をしながら道中を行く。

「じゃぁ、また何かいろいろ考えておきますね‥あ、でも今度はもう少し服装の事も考えます」

五月がそう苦笑したのは涼音がワンピースで来ていた為に出来ない事が有ったり少し服が汚れてしまったからだった。

「いえ、私こそどんな服装で来れば良いか分からずこんな格好で来てしまったので‥今度はもう少し動き易い服装で参ります」

「じゃぁ、プランが出来たらご連絡します

そうすればもっと思い切り楽しめると思うので‥」

「はい、次も楽しみにしております」

少し日が落ちて薄暗くなり始めた頃に屋敷に到着するとそう言って二人は別れる。五月は涼音が凄く喜んでくれたので気分良く神社へ戻って行った。

途中で夕食を取り、深夜近くに帰宅すると征嗣が一人、居間で一杯やっていた。

「ただいま‥まだ起きてたの先生」

「お帰り‥もう休むよ」

五月が聞きながら冷蔵庫から炭酸飲料を出すと征嗣は返して立ち上がる。

「もしかして気にしてくれてたりする?」

「何をだ?」

「別に‥僕ちょっとお土産、摘まんでから寝るしついでに片付けておくから先生は休んでよ」

「そうか‥お前も早く寝ろよ?」

「うん、分かってるよ‥おやすみ」

五月はもしかしたら征嗣が涼音との事を気にして待っていたのかと淡い望みを込めて聞いたが素っ気無い返事が返ってきたので少し拗ねるように返して征嗣を見送る。

 〈もう少し気にしてくれても良いじゃん〉

心の中で愚痴るように思うと土産に買ったクッキーを開けてぼりぼりと食べ始めた。そしてナッツ入りのクッキーを二つ三つ摘まんで溜息を吐くと片付けを済ませ軽くシャワーを浴びてから部屋に戻る。

「傍に居るのに見て貰えないのは僕も同じなんだよなぁ‥」

五月はそう呟くと脱力するようにベッドに横になった。ぼんやり天井を眺めながらあの夢に出てきた誰だか分からない人物に同調する。

「傍に居ても好きな人に会えないっていうのは切ないよね‥」

誰に言うでも無く呟くと五月はそっと目を閉じた。






                 おわり



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