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鬼と偽りの花  作者: 香奈
1/2

椅子取りゲーム

新シリーズです^^

まだ書き始めなのでゆっくりのんびり更新で行きます( ̄▽ ̄;

挿絵(By みてみん)


人数分より一つ減らした椅子を並べてそれを取り合い一人があぶれるというゲーム。

椅子取りゲーム。

もし仮にその椅子が一つしか無く、座れる者が一人だったなら‥


もうすぐ初夏という時期に転校生が俺のクラスにやって来た。可愛い女子でクラスの男子は色めき立っていた。

「何処から来たの?」

「ねぇねぇ、家は何処?」

紹介された次の休み時間、皆は転校生の周りに集まって代わる代わる質問攻めにする。転校生はその状況に慣れていたのか順番にその質問に愛想良く答えた。

快活で人当たりも良く、成績優秀でその転校生はすぐにクラスの人気者になったが一部の女子からは妬まれたのか時折、嫌がらせを受けているようだった。勿論、彼女を慕う者達がほっておく筈も無く、程無く犯人グループは吊し上げられてクラスから総スカンを食う羽目になった。しかし転校生はそんな彼女達にも手を差し伸べてクラス全体が団結していく。そんな勇者の様な転校生ではあったがやんちゃな所も有り、女子よりは純也達のような悪ガキ軍団と遊ぶ事が増える。よく悪戯をしては教師や近所の大人に怒られた。

転校生が来てからというもの、毎日が目まぐるしい変化であの頃が一番色付いて見えていたかもしれない。しかしその鮮やかな時間は夏休み前にはその転校生の転校という形で終わってしまった。


目覚ましの音で目が覚めてぼんやり体を起こすと純也は時計を見る。

 〈何か懐かしい夢見たな‥ハガキのせいか?〉

時計からテーブルの上にある同窓会の案内ハガキに視線を移してそう思う。其処には小学校の同窓会案内が来ていて純也は出欠を迷っていた。最近まで付き合っていた彼女がその時の同級生で別れたばかり、顔を合わせたくは無かったが大学進学でずっと地元を離れていたので他の友人には会いたい。頭の中で二つの想いが戦っていて締め切りギリギリまで返信を遅らせている。

 〈いい加減に出さないとな‥〉

純也は伸びをしてから勢いを付けて立ち上がり、準備を始めながら返信用ハガキに向き合った。準備を終えて家を出る前、ペンを取ったがやはり出欠で迷うようにペン先を踊らせる。

「もう、良いや!」

純也は欠席に丸をしてハガキを手に家を出た。やはり別れたばかりの傷がちらついて懐かしい友人達に会うよりも最終的にそう決断したのである。そしてハガキを投函した後に酷く後悔をした。


その数日後、当時の同級生で親友である浩紀からの電話が鳴る。

『お前、同窓会欠席するんだって?』

第一声にそう言われ純也は彼女と別れた話を浩紀にした。あくまでも別れて凹んでいるという話では無くただ単に気不味いというニュアンスで話す。当時の友人とは高校進学以降、疎遠になっていたが浩紀とは何かとこうして電話で話していたのだ。

『ああ、その話はやっちんから聞いてるよ

別にその事は置いといても来れば良いじゃん

せっかく天宮五月あまみやさつきも来るのにさ』

呆れたように浩紀がそう言うと純也は固まりながら頬を染める。天宮というのはあの転校生の事であり、当時の純也は天宮に惚れていた。純也だけでなくクラスのほぼ半数以上は同じ想いを抱えていただろう。

「天宮が来るってホントか!?」

『ああ、何でも伊藤の所に返信ハガキが来たって‥あいつの家って転勤族だから連絡先が爺ちゃんの家に設定してあったらしくてさ

そのお陰でちゃんと天宮にも連絡付いてたみたいでちゃんと返信ハガキ来たんだと‥だから今度の同窓会は殆ど皆、参加するみたいだぜ?』

慌てて純也が聞くと浩紀は説明する。それを聞いて益々、純也は欠席に丸をしてしまった事を後悔した。

「そっか‥それは残念だな‥

俺、その日はサークルの用事があってどっちみち行けないんだよな‥」

今更、後悔しているとは言えずに強がって純也はそう返した。それから何となく当時の話をして日々を懐かしんでから電話を切る。純也は通話を終えた後も激しい後悔の表情でスマホを何時までも眺めていた。


同窓会当日、純也は何となく地元に戻って来て行けもしない会場付近でうろうろとしていた。元カノには会いたくないが友人達には会いたいし何より天宮に会いたかったので偶然を装ってでも会えないかと思っての苦し紛れの策略である。しかし誰とも会う事無く時間だけが経ち、結局は終了予定時間を遥かに過ぎてしまった。

 〈もう二次会でどっかに行っちまったろうな‥〉

純也は時計を眺めながらぼんやりそう思うと実家では無くとんぼ返りで一人暮らしの自宅へ向けて戻って行った。


そして更に数日が過ぎ、何時も通り講義の後でバイトに向かう。すると店長ほか数名、知らない人間が厨房の隅で話し込んでいた。

「おはよう、どうしたんだ?」

「ああ、おはよう‥何でもこの隣の店舗で食中毒が出たってんでビルを調べたら他の店舗でも食中毒があったらしくてさ‥ビル全体を閉鎖して消毒しようって話になってるらしいんだよ

ほら、此処って古いビルだし飲食店ばっかりだろ?

悪い噂でビル全体の売り上げが落ちると困るしさ‥」

こっそり純也が他のバイト仲間に聞くとそう返って来た。

「どうせ休み前で来週は暇だろうし一週間臨時休業しようかって話みたいだぜ」

別のバイト仲間が通りすがりに捕捉する。

「やった!遊びまくれるじゃん!」

「ばっか、その分、俺等バイトは給料減らされんだぜ?

別のとこ単発で行かねぇと来月からの休みの軍資金が足ん無くなるだろうが‥」

純也が言うと傍に居たさっき説明をしてくれた仲間は溜息を吐いた。それを言われると純也はそうだったと肩を落とす。結局、シフトの都合で翌日が休みだった純也はそのまま一週間の休みを取る事になった。

 〈明日から一週間も休みか‥〉

帰路に着きながら純也は長い溜息を吐く。彼女が居た頃はそれなりに楽しむ方法もあったが今となっては時間を持て余すのだ。大学に友人が居ない訳ではないが皆も休み前でバイトに忙しい事が分かっているので声もかけ辛い。純也もバイト仲間同様に単発のバイトも考えたが今から探すのも億劫なので何となく地元に帰ってのんびり過ごす事を考えた。何より同窓会の事を浩紀に聞きたかったのも有る。そうと決まれば早いに越した事は無いと家に帰ると帰省の準備を始め翌日には実家へ戻る事にした。


翌日早々に3時間かけて実家へ戻ると母親からたらふく嫌味を言われて逃げるように近所の喫茶店へ向かう。

「お、純ちゃん戻って来たのかい?」

「うん、さっきね‥オムライスセット頂戴」

ドアを開けると店主が純也を見てそう声をかけてきてそれに笑顔で返す。共働きだった両親が小さい頃から連れて来てくれた喫茶店で学生の頃もよく世話になっていた。休みの日は親に言われてだいたい此処で昼食を取っていたのである。

「急に帰って来ても飯なんか無いぞって言われてさぁ‥だいたいまともに家で昼飯食った事あんまり無いっての」

純也がぼやきながら慣れた様子でカウンター席に座った。

「そりゃ、仕方ないよ

あっこちゃんだって働いてるんだし‥でも本当は帰って来てくれて嬉しいんだよ」

苦笑しながら店主の妻が水を出してくれる。あっこちゃんというのは純也の母の事で店主の妻と母親は昔なじみの友人でもあった。それから他愛ない話をして食事を終え、喫茶店を出ると純也はとりあえず浩紀に連絡を取ってみる。

『おう、戻って来たのか?

それなら今晩呑み行くべ‥俺、まだバイトですぐ出れねぇから何時もの大漁で5時な』

浩紀は手短に返し早々に電話を切ってしまい純也は仕方なくもう一度、実家へ引き返した。母親は仕事に出ていて家には誰も居ない。テーブルの上には夕食の準備がされていて純也の箸や茶碗もあった。帰ってすぐにメインだけ作って出すのが母のやり方で冷蔵庫には先に作った総菜も人数分、小鉢に入った状態で納められている。それを見ると純也は申し訳なく思いながらも母に今日の晩御飯はいらないとメールを入れた。そして少し実家で時間を潰してから駅前の居酒屋へ向かう。少し早過ぎたのかまだ店が開いておらず傍の縁石に腰を下ろしてスマホを弄っていると浩紀がやって来た。

「中で待ってりゃ良かったのに‥」

「俺が来た時はまだ開いてなかったんだよ

それにどうせすぐ来ると思ってたから此処で待ってたんだ」

浩紀が溜息交じりに言うと開店してからまだ10分と経っていない店を視線で指しながら純也が返す。浩紀のバイト先から此処まで数分の距離に在り、何時も待ち合わせの時は遅れて来る事も少なかったのでだいたい店の前で落ち合う事が多かったからだ。

「とにかく入ろうぜ‥」

純也はそう言いながら二人で店に入る。席に着いて注文を終えると早速、同窓会の様子を浩紀からあれこれ聞いた。

「それなんだけどな、びっくりしたぜ‥天宮って男だったんだよ!」

「はぁ?何言ってんだよ

何処をどう見ても女の子だったろ?

もしかしてジェンダーとかそういう類の話?」

余りにも唐突にそう言う浩紀に純也は何の冗談かと訝しげな表情で返す。

「それがさ、何でも天宮んちって代々、男は短命に生まれて来るから15歳までは女として暮らすんだと‥本人もずっと女だと思い込んでたらしくて何か漫画に出て来そうな話だよな‥

学校もそれを認めてたから天宮を女として扱ってたらしいぜ」

「マジか‥」

浩紀が少し興奮気味に説明すると純也は夢が崩れ去ったかのように途方に暮れながらそう返した。勿論、同窓会の時にその場に居た皆からまたも質問攻めにあって天宮はあれこれ事の経緯を説明し、ちゃんと釈明もしたらしい。その内容を純也は事細かく浩紀から聞かされた。

「でも昔と同様に今でもめっちゃ美人だったぞ‥普通に女と間違うくらいには女だった

ってか説明されてる時より二次会で行ったカラオケのトイレで見た天宮のちんこの衝撃のが凄かったけどな‥あの顔でこんなモンが付いてんのかって正直思ったぜ」

少し引き気味に浩紀がそう言うと純也はとてつもなく欠席した事を後悔する。男だった天宮が今、どういう容姿なのか激しく気になっていた。

「そういや天宮って今はどうしてんの?」

どうにかして会いたくてそれと無く浩紀に聞いてみる。

「あいつ今は爺さんの神社継ぐ為に宮司になる勉強してるんだって言ってたよ

何でも学校とかじゃなくて専門の人の弟子に入って勉強してるらしくてさ‥こっちよりお前の居る所の方が家近いんじゃないかな?

でも今回、同窓会に来たついでに一月ほど休み貰って前に住んでた家に居るからまた誘ってくれって言ってたぜ

だから恭介達が代わる代わる連絡して遊びに誘ってるみたいだからあいつら呼んだら一緒に来るかもよ?」

「ふーん‥そう言えば恭介達にも随分会ってねぇな‥」

浩紀が純也のそんな気持ちを見透かし言うと純也は少し興味無さげにそっぽを向く。しかし内心は浩紀に早く連絡しろと強く思っていた。相変わらず素直じゃ無いなと浩紀は苦笑しながら早速、恭介に電話をかける。

「恭介、今から来るってさ‥昔の仲間内にも声かけて来れそうな奴誘って来るって言ってたぜ」

「そうか‥」

電話を切って浩紀が言うと少しドキドキしながら純也が返す。三十分ほどするとちらほら人が寄り始め懐かしさですぐに話が盛り上がり純也は天宮の事を忘れた。

「おう、お前等早かったな!」

一番最後に恭介がそう言ってとてつもない美女を連れてやって来ると純也はグラスを落としそうになる。

「誰?」

「あはは‥やっぱ分かんないよね

天宮だよ‥久しぶり!」

純也が驚きながら聞くと天宮は苦笑しながら自己紹介した。

「な、やっぱこの反応が普通なんだって‥」

恭介が昔のように親しげに天宮にそう言う。その驚きように皆もそうなるよなと笑った。

「酷いな‥僕だって別に好きで女の振りしてた訳じゃ無いのに!」

少し怒ったようにそう言った天宮の顔には当時の面影が見える。声も男にしては少し高めではあるが昔に比べれば当然低い。しかし当時と同じく伸ばしたままの髪と男か女か少し区別の付き難い服装に純也の脳内がバグっていた。

しかし驚きも始めの内だけで懐かしい話に花が咲くとすぐに違和感が無くなる。ずっと女として過ごしてきたせいか仕草や表情の作り方はまんま女だったが話の中身はクソガキ仲間だった昔と変わらない。居酒屋からボーリングやカラオケと場所を変えて当時のように悪ガキ軍団でつるんでいると時間が経つのも忘れた。

「まだこっちに居るんならまた遊ぼうぜ‥俺、こっちに一週間くらい居るからさ」

帰りがけにこっそり純也は天宮にそう言う。

「そうしたいのは山々なんだけど僕、明日お爺ちゃんちに呼ばれてるんで帰んなきゃいけないんだよ

本当は僕ももう暫くこっちに居る筈だったんだけどね」

少し残念そうに天宮が返すと純也も残念そうにそうかと返す。そして朝日を浴びながら店を出ると皆は眠い目を擦り解散した。


その二日後にまた浩紀から連絡が有り天宮を除いたあのメンバーで集まった。

「せっかくだし肝試し行こうぜ肝試し!」

昼間からファミレスに皆で集まってうだうだまた話しているとお調子者の富沢がそう言い出す。

「あ、それなら俺の先輩がめっちゃ怖いとこ知ってるって言ってたな‥聞いてみるよ」

それに乗っかるように恭介がスマホを手に早速、先輩にメッセージを送った。

「えー‥俺、ヤダよ」

怖がりの井上がか細い声でそう言う。

「相変わらずお前は怖がりだな、大丈夫だよ

また何時もみたいに何も起こんないって‥」

苦笑しながら切り込み隊長だった美濃が井上の肩を叩いた。

「女子も呼ぼうぜ‥男ばっかりで行ってもむさくるしいじゃん?」

空かさず下心満々で富沢が続ける。

「別に女子は呼ばなくて良いだろ?

面倒臭せぇよ」

「そうだよ‥この面子で行くから楽しいんじゃん?」

浩紀が溜息交じりにそれに返すと純也も同意する。此処で女子に声をかけると元カノが来る可能性もあったのでその予防線であった。

「お、返信はえー‥」

メッセージでやり取りしていた恭介がそう言いながらニヤニヤとそれを読む。

「えーっと‥山ン中の廃墟で昔は食事とかも提供してた料亭旅館だってさ‥

何でも近くの合宿所に来てた生徒が其処で肝試しして死んだって話だぜ

先輩が連れから聞いたって言ってっから何処まで本当か分からねぇけどな‥ネットでも騒がれてたらしいから一見の価値あるんじゃねぇの?」

「俺、それ知ってるかも‥何処ら辺?」

恭介がスマホを見ながら言うと美濃が聞く。

「んーっと‥あ、位置情報送られて来た

県境のキャンプ場あるじゃん?

其処へ行く道の途中だよ」

スマホを弄りながら場所を確認して恭介が返すと美濃は少し顔色を変える。

「俺、昔、其処に何回か行った事あって俺達は平気だったんだけどその後行った俺の幼馴染の先輩‥自殺したんだよな‥その時の面子も事故とか病気で死んでんだけどやっぱそれなのかな?」

視線を下げながら少し不安げに美濃がそう言った。どんな時でも怖がる素振りを見せない美濃が青い顔をしているので皆は息を呑む。

「何だよ、お前がビビるなんてらしくねぇな‥何時もなら幽霊なんかいねぇってはしゃいで行くじゃねぇかよ

それに行った事あんなら偶々だろ?

お前ピンピンしてんじゃん」

お調子者の富沢がそう言いながら誤魔化すように笑って美濃の肩を抱いた。

「とりあえず行ってみねぇ?

どうせ暇だし‥ヤバそうなら中入らなくても良いじゃん?」

冷静に恭介が言うと確かにやる事も無いし外から見るだけなら別に良いかなと皆は思い始める。

「俺、絶対無理!」

怖がりの井上が猛反対すると何だかその様子が面白くてだんだん皆は行く方向へ傾いて行った。

「別に外から見るだけなら良いじゃんよ?

それにせっかく久々に集まってんだし‥」

浩紀が説得するようにそう言いかけた時、スマホが鳴って浩紀はそれに出ると席を外す。

「俺、無理!」

浩紀が席を立っている間に井上はそう言い置いて帰って行ってしまった。

「何だあいつ帰ったのかよ‥」

すぐに浩紀が戻って来て皆に溜息交じりにそう聞く。

「本当にあいつの怖がりは折り紙付きだよな‥それよりそうと決まれば早速行くか?」

富沢がワクワクしながら皆に言った。

「悪ぃ、俺も行けなくなっちまった‥やっちんから呼び出されてさ‥

病院行くから車出せって言われて今から行かなきゃなんねぇんだよ」

申し訳無さそうに浩紀がそう言うと皆は反発せずにそれを受け入れる。

「まだ具合良くなんねぇのか?」

「ああ、この間、二回目の手術は受けたんだけどな‥流石に落ち込んでるからちょっとでも傍に居てやりてぇんだよな‥」

純也が聞くと浩紀は溜息交じりに答えた。やっちんとはこの面子の元同級生であり浩紀の今カノである。付き合って早々に病気で半身に麻痺が残ってしまいそれから健気に浩紀は彼女を支え続けていてそれを知っているから皆はやっちん絡みの事には口を挟まなかった。

「早く元気になると良いな‥俺等も応援してるって言っとけよ」

「サンキュ‥また今度あいつも一緒に誘ってくれよな」

恭介がそう言うと浩紀も返し店を出て行く。

「しゃーねーな‥四人で行くか?」

純也は少し後ろ髪引かれる思いはあったがやはり暇なので皆と同行して肝試しに行く事にした。

一番運転の上手い美濃が車を出す事になり一度、車を取りに自宅へ帰ってまたファミレスまで戻って来ると皆でわいわい騒ぎながら出発する。

「でも天宮ってマジで可愛くなってたよな‥あいつならちんこ付いてても抱けるわ~」

お調子者の富沢がそう言うと皆は同意した。

「でもやっぱ俺は舞子が良いな‥あいつめっちゃ巨乳になってたじゃん?

顔もそれなりだしさ」

「え?あいつ昔は洗濯板だったろ?」

「それがめっちゃ巨乳になってんの!

それに色気も凄かったし‥高校で何があったって感じだよな?」

恭介がそう言うと純也は驚き、富沢はまた笑いながら続けた。

「お前等、相変わらずだな‥まだ彼女も居ねぇのかよ?」

「そう言うお前はどうなんだよ?」

「勿論、居るに決まってんだろ‥現役ナースだぜナース!」

美濃が自慢気に言う。そんな感じで一頻り女の話で盛り上がる車内。純也は変わらない面々に安心と過ぎ去った懐かしさを感じていた。


途中で夕食を取りに適当な店に入って時間を潰してから例の廃墟へと向かう。流石に廃墟に近付くにつれ皆は少しづつ無口になっていった。

「そろそろの筈なんだけどな‥」

スマホで位置を確認しながら恭介が辺りを見回す。まだそれらしい建物は見えない。そのまま一本道を進んで行くとコンクリートの建物が見えてきた。

「あれか?でも電気付いてるぞ?」

「あれは例の合宿に使ってた施設だな‥って事は通り過ぎちまったかな?」

美濃が聞くと恭介はその建物を確認してからもう一度、地図を見返す。そして美濃は施設傍に車を停めて一緒に地図を覗き込んだ。

後ろにいる純也と富沢も辺りを見回したが外灯も碌に無く周りは全く分からない。

「もしかしてあれじゃねぇの?

ほら、木の向こうに何か直線っぽく黒く見えるヤツ‥あれ建物なんじゃね?」

かろうじてシルエットで人工物らしき物を確認して純也が皆にそう言った。

「位置的にそれっぽいな‥美濃、Uターンしてくれ」

恭介も後ろを振り返りつつ純也の指差す方向を見ると美濃に言って少し戻らせる。建物近くに車を寄せて止めると皆は車から降りてそちらを確認してみた。雑草だらけで分かり難いが出入口が在ってチェーンが掛けられている。

「おう、此処だよ此処!

こんな奥まってる建物だなんてもっとちゃんと言っとけよな‥」

恭介はそう言いながら雑草の向こうをスマホのライトで照らしてみた。茂みの向こう側でガラスか何かに反射してキラキラして見えたが建物自体は余りよく分からない。

「何か光が弱過ぎんのかよく分かんねぇな‥確か懐中電灯、車にあった筈‥」

美濃はそう言うと車に戻ってごそごそと探し始める。そうこうしている内に2台の車が美濃の車の後ろに止まった。

「もしかしてそっちも肝試しっすか?」

止まった車から降りてきた男女のグループが声をかけてくる。

「おう、って事はそっちもか?」

富沢がそれに返しながら笑った。そして肝試し同士で話が盛り上がって意気投合し、皆で建物内に入る事になる。

 〈外から見るだけじゃなかったのかよ‥〉

思いがけず大人数になり強気になっている面々に純也は少し腰が引けながらそれに付いて行った。建物内を持ち寄った曰く話をしつつワイワイと散策していくが対して普通の廃墟と変わらずに拍子抜けする。そして純也はある事に気が付き足を止めた。

「どうした?」

「さっきから何か聞こえねぇか?」

富沢が聞くと純也は辺りを見回しながら答えるが別に変った所も無い。

「やだーっ!」

「またまたぁ‥驚かせようとしてー‥」

向こうのグループの男女がそう言って騒ぐ。

「確かに偶に何か音楽みたいなのが聞こえる気がするけどあの施設からじゃないか?

結構近くに在ったしな‥」

「何だ‥あの建物からかよ

俺もさっきから聞こえてて気味悪いなって思ってたんだよな」

恭介が答えると相手グループの一人がホッとしたように返した。そして各々が耳を澄ませると微かに何か聞こえている。

「何だかこう‥椅子取りゲームみたいな音楽だな」

「椅子取りゲームって‥何処のお子様集団だよ」

「それより何だか疲れちゃったよ

もうそろそろ行こう?」

「そうだな‥何も無さそうだし‥」

自分だけ聞こえている訳じゃ無いと解り皆は安心してそう話して苦笑する。純也はやれやれと傍に在った椅子に腰を下ろした。その瞬間に音楽が消える。

「あれ?音が止まったね‥」

「お前よくそんなとこ座れんなぁ?

ちゃんと払ってから車乗ってくれよ?」

向こうの女子がハッとしながら言うと美濃が腰を下ろした純也の古びた椅子を見て言う。

「俺等ももう良いだろ?

帰ろうぜ‥疲れたし腹減ったよ」

それを聞くと疲れたように純也は立ち上がって尻を払い、皆は廃墟を後にした。それから車まで戻り、簡単に挨拶をして他所の肝試しグループと別れ地元へ戻る。何時もと同じように大した事が無かったと散々廃墟をこき下ろし、行きとはまた違う話で盛り上がりを見せて一行は美濃に送って貰い、日を跨ぐ前には解散した。


純也は少し遅めに起きると母親が出勤の支度をしながらテレビを見ていた。

「ねぇ、確かこれってあんたの小学校の時の友達の事じゃないの?」

ニュースをチラ見しながら母親が言うので純也はぼうっとテレビに意識を向ける。

『遺体で発見されたのは富沢直樹さん21歳で‥』

その名前を聞いて純也はすぐに覚醒し、テレビに嚙り付いた。

「今日も遅くなるんだったらちゃんと分った時点で連絡入れなさい‥じゃぁ、母さん仕事に行って来るからね」

時計を見てバタバタ用意を済ませると純也が固まっているのにも気付かずに母親はさっさと出て行ってしまう。直ぐに浩紀が電話をしてきたので純也は電話に出るなり捲し立てた。

『落ち着け!とりあえずそっち行くから‥』

浩紀がそう言って電話を切ると次に恭介が電話をしてくる。

「一体何がどうなってんだ?」

『そんなの俺が聞きたいぜ、とにかくもう一回、皆で集まろう

美濃にも連絡してるから昨日のファミレスでな‥』

純也がパニックになりながら言うと恭介も何とか気持ちを落ち着けながら返した。


純也も急いで出かける準備をし、浩紀が来ると一緒に皆が待っているであろうファミレスへ向かう。ファミレスには恭介と井上が既に来ていて席に着く間もなく何が有ったのか聞いた。

「俺も詳しい事は知らないんだけど今朝、富沢の母ちゃんから連絡が有ってさ‥うちの母ちゃんと富沢の母ちゃんって職場一緒だから‥俺等があいつを家に送ってすぐにコンビニ行ったらしくて何時までも帰って来ないと思ったら家の前で死んでたんだと‥心臓発作みたいだって言ってたけど今、警察がいろいろ調べてるらしい」

恭介が説明する中、純也と浩紀はそれを聞きながら席に着く。

「一体あいつに何が有ったんだよ?」

昨日一緒に行かなかった井上がそう言いながら顔を伏せる。富沢とは一番の仲良しだった。

「俺も井上も昨日、お前等とは一緒に行って無いしもっと詳しく聞かせてくれよ」

浩紀がそう言うと恭介と純也は一旦、落ち着いて代わる代わる昨日の事を話していく。

「別に肝試しの件が関係してそうな話はねぇな‥やっぱ急病って事になんのか?」

これと言ってオカルトな要素も無いようなので浩紀が溜息を吐いた。

「とにかくどうする?

富沢のうちへ行ってみるか?」

「そうだな‥そうでないとまだ信じられないよ」

純也が皆に聞くと井上はすぐにそう返す。

「それにしても美濃の奴遅いな‥もう一時間は経ってるぜ?」

浩紀が言うと恭介は美濃に電話をするが全く出る気配は無い。

「あいつ何やってんだよ‥とにかく先に俺等だけで行ってみようぜ」

恭介は美濃にメッセージを入れながら席を立つ。そして皆で連れ立って富沢の家に向かった。しかし誰も自宅に居ないのか留守のようで皆はもう一度ファミレスの方へ戻る事にする。その間も恭介がこまめに美濃に連絡を入れるが全く反応が無い。

「あいつ‥大丈夫なのか?」

少し心配になって来て井上がイラつく恭介にそう言った。

「あいつ今日は昼から講義だから昼まで寝るって昨日別れた時は言ってたからな‥俺が連絡した後でうっかり寝てるかも‥」

「まさか連れが死んだってのにそれは無いだろ?」

「そうだよ、流石にそれは無いって‥」

恭介が答えながらスマホを弄っていると浩紀と純也も流石にそれは無いと断言する。そしてうだうだ話して昼にかかりそのままファミレスで食事をしながら恭介がもう一度、美濃に電話を入れてみると全く知らない者が電話に出た。

「警察?」

電話口でそう大声を上げた恭介に皆は固まりながら注目する。そして神妙そうな様子に息をするのも忘れて見守った。

「・・・・・はい・・・・・はい・・・分かりました、家族の方には僕から連絡してみます

それから僕達もそちらに伺いますんで‥」

そう言うと恭介は電話を切った。

「美濃が事故ったって‥とにかく今、救急病院に居るそうだから俺達も行こう!」

恭介がそう言うと皆も慌しく食事を中断して立ち上がり、急いで店を出てタクシーを捕まえる。その間に恭介は美濃の家族に連絡を入れて事情を話した。病院に駆けつけると処置室に血塗れの美濃が処置を受けていて警察に呼び止められる。恭介が電話の主だと説明している所に美濃の母親が血相を変えてやって来た。まるで修羅場のような状態に純也達は邪魔にならないよう待合室へ移動して状況報告を待つ。

どれくらい経ったのか午後の診療に患者がちらほらやって来る頃に肩を落とした恭介が待合室へやって来た。

「あいつ‥ダメだったって‥」

一言そう言うと椅子に腰を下ろし、疲れたように手で顔を覆う。それを聞くと皆も言葉を失いながら力無く項垂れる。皆が動けないで居ると泣き腫らしたような顔で美濃の母親が皆の所へやって来た。

「恭介君‥連絡くれてありがとうね

皆も裕太と仲良くしてくれてありがとう‥遅くなるといけないからもう皆は帰ってね」

美濃の母親は少し泣きながらも皆に言って無理やり微笑んだ。皆はかける言葉も無く会釈するとその場から離れる。そして病院近くに在ったファーストフード店に入った。皆は言葉も無く注文したドリンクに口も付けず項垂れている。

「富沢んちに行ってみるか?」

小一時間ほどしてからポツリと恭介が皆に聞く。

「うん、俺は行くけど‥お前等どうする?」

井上が遠慮がちに返して皆を見た。

「行くに決まってんだろ?」

浩紀は返すと温くなったドリンクに口を付けて呑み干す。皆もようやくドリンクに口を付けるとそれを呑み干してまたタクシーで富沢の家へと向かった。

家に着くと井上がインターホンを推し反応を待つ。すると富沢の姉が玄関まで来て扉を開けた。

「あの‥」

「ごめんなさいね、まだ直樹、戻って来てないの‥またお通夜の事は連絡入れるから今はそっとしておいてくれるかな?」

どう声をかけようか井上が口籠っていると富沢の姉は疲れた様子でそう言って微笑んだ。

「はい、分かりました」

恭介が泣き出しそうな井上の代わりにそう返事をして頭を下げると他の面々も頭を下げてその場を後にした。

「これからどうする?」

「何か一人で居るのヤだな‥」

「そうだな‥」

恭介がとぼとぼ歩きながら聞くと井上も純也もそう答える。浩紀は何も言わなかったが恐らく同じ想いだったのだろう、皆を先導するようにまたあのファミレスに足が向いていた。


ファミレスに入ってもやはり皆は無言で席に座ったままぼんやりしていた。

「この中じゃ一番、運転上手いあいつが何で事故ってんだよ

お前、警察から原因聞いたんだろ?」

浩紀がポツリと恭介に聞く。

「あいつさ‥真っ直ぐな道で反対車線に飛び出して工事で停まってた無人のトラックに正面衝突したんだと‥ほら、スーパーイトウの隣、工事してんだろ?

あそこだよ

人もいっぱい居たけど他に怪我人はいなかったらしい‥でも目撃者の証言じゃまるで驚いて何かを避けるみたいに急にハンドル切ってたって話でさ‥原因がよく分かんないって言ってた」

恭介はぼんやりしながらぽつりぽつりとそう説明した。

「やっぱり肝試しなんか行くべきじゃ無かったんだよ」

井上がそう呟いてボロボロ泣き出すと皆はまた更に黙ってしまう。其処へ恭介のスマホが鳴った。

「はい、もしもし‥」

力無く恭介が電話に出ると何となく皆は恭介に注目した。

「え?マジで?」

始めは愛想無く受け答えをしていたがいきなりそう言うと必死な形相で電話の向こうと話していて皆は何事かと息を呑んだ。そして何やら待ち合わせ場所を決めたようで電話を切ると皆の方を向いて一呼吸置いた。

「昨日、一緒に肝試しした奴等覚えてるだろ?

あいつらの仲間も何人か死んでるらしい

そんで俺等にも話を聞きたいって言ってるんでこれから会う約束したんだがお前等どうする?」

「勿論、行くに決まってんだろ」

恭介が言うと純也も他人事では無いのですぐに返す。

「勿論、俺等も行くって!」

井上と浩紀も顔を見合わせてからそう言った。今度は皆で浩紀の家まで歩いて行き浩紀の車で約束の場所まで出かける。

指定された場所まで来ると連絡をくれた者ではなく、大きな家の前に昨日居た内の一人が待っていて一行を迎え入れた。広い駐車場に車が二台ほど止まっていてその横に入れるよう誘導される。

「でかい家だな‥」

恭介が車を降りるなり迎えた人物にそう言った。

「俺の婆ちゃんちなんだよ‥とにかく上がってくれ‥」

そう言うと一行を家の応接室まで案内する。

「改めて自己紹介しとくよ

俺は佐伯光弘さえきみつひろ、こっちは小田優斗おだゆうとに佐々木祐樹ささきゆうき末永真紀すえながまき足立愛璃あだちあいり一之瀬雅いちのせみやびだ」

「じゃぁ、俺達ももっかい自己紹介しとくよ

俺は太田恭介ただきょうすけ、そんでこいつが神田純也かんだじゅんや、そっちの二人は昨日は行って無かったけど俺等の仲間で新田浩紀にったひろき井上和也いのうえかずやだ」

お互いそう自己紹介をする。

「そんで昨日の事なんだけどさ、俺の婆ちゃん曰くどうもヤバい場所に関わっちまったみたいなんだよ

昨日、俺等と一緒に居た真治と秋田が立て続けに変死してさ‥初め、真治の訃報を聞いた時は偶々だと思ってたんだけど用事でこの婆ちゃんちに来た時に死相が出てるって言われて‥その後すぐに秋田が死んだって足立から連絡貰って急いで皆で此処に集まったんだ」

「あ、こいつの婆ちゃんって有名な占い師でさ‥俺等も何かと世話になってるんだよ」

佐伯が言うと小田が補足した。一行はそれを聞いて少し胡散臭さを感じる。

「それは分かったけど何がヤバいんだよ?」

「昨日は何も起こんなかっただろ?」

恭介と純也が戸惑いながらも口々に聞いた。

「それがさ‥俺等もそんなヤバいって思わ無かったから昨日、お前等と別れてすぐ解散したんだよ

でもさっき話してる内に皆、奇妙な夢を見てる事に気付いたんだよな‥」

「うん、椅子に座れない感じの夢‥そっちは見てないかな?」

電話をしてきた佐々木がそう言うと足立が続ける。それを聞くと恭介の顔色が変わった。

「いや‥俺は見て無いな‥」

純也はそう返しながら恭介を見る。

「俺‥その夢見た‥誰だか知らないけど大勢居て椅子が一つしか無くて‥俺は椅子に座れなかった」

少し視線を落とし呆然と答えると少し震えだす。

「やっぱり‥俺等も同じような夢見たんだよな‥状況とか人数は違うんだけど椅子が一つしか無くてどうやっても座れないんだ」

皆で顔を見合わせた後に佐伯が言った。

「その椅子に座る夢が今回の事と関係あんのかよ」

部外者だからと黙っていた浩紀が耐えきれずそう聞く。

「舞子が死ぬ前に私は椅子に座れなかったからもうダメかもって言ってたの

始め聞いた時は何の事か分からなかったんだけど‥今こうして皆と話しててやっと繋がった気がして‥」

足立はそう言いながら泣き出した。末永も足立の肩を抱くように泣く。

「足立と秋田、昨日別れた時に一人で居るの怖いって二人で末永んちに泊まってたんだよな?

こいつら上京してて一人暮らしだしさ‥そんで今日の昼に三人で買い物行ってる時にまるで引き寄せられるみたいに線路に秋田が落ちたって‥」

佐々木が心痛な面持ちで説明した。

「そう言えば帰りの車で寝てた富沢も降りる時に変な夢見たって言ってたな‥」

純也は昨日の事を思い出しながら眉間に皺を寄せながら呟く。

「あそこに行った皆が見てるならお前は何でその夢を見て無いんだ?」

「そんなの知らねぇよ」

浩紀が聞くと純也は困惑しながら答えた。

「本当に見て無いのか?

忘れてるんじゃなくて?」

佐伯が詰め寄るように聞くと純也はもう一度昨日からの事を思い返す。

「いや‥やっぱ見て無い

昨日、帰ってすぐ寝たけど天宮が出て来る夢しか見てねぇな‥」

昨日の夢を思い出しながら純也は小声で少し頬を染めて視線を逸らせた。その答えに佐伯達はまた顔を見合わせる。

「可笑しいな‥婆ちゃんは夢にヒントが隠されてるんじゃないかって言ってたのに‥」

考え込むように佐伯が腕を組みながら難しい顔で呟く。

「それでその夢と昨日の場所にどういう関連が在るんだよ?」

恭介が核心に迫った。

「ほら、昨日お互いが知ってるあの建物の曰くの話したろ?

その中で幾つか共通の話があったじゃないか‥いじめにあってた生徒があそこで首括ったとか自殺したとか‥

その中に罰ゲームであそこへ行かされて事故に遭った男子生徒の話あったろ?

あれ、数年前に実際にあの場所であった事件なんだって先輩が言ってたんだよ

それ決める為のゲームが椅子取りゲームだったらしいんだ

俺等が見てる夢もそれに類似する感じだろ?

だからもしかしたらその男子生徒の霊が関係あるんじゃないかって話してたんだよな」

小田がそう説明すると恭介はハッとする。

「確か美濃もそんな事言ってたな‥自分の先輩がそういう話してたって‥」

恭介が思い出しながらそう説明した。

「婆ちゃん曰くその男子生徒がこの呪いの根源ならそれを祓えば何とかなるんじゃないかって話してたんだ

もしそいつを知ってる奴が居るなら詳しく話を聞きたいんだけど‥」

佐伯が言うと恭介と純也は顔を見合わせて困惑する。

「俺等も詳しく聞いた訳じゃ無いし電話でも言ったけど美濃は今日、事故って死んじまったんだよ」

戸惑いながら恭介が肩を落として返す。

「俺、その先輩に心当たりあるかも‥確かあいつが行ってた車屋の人じゃねぇかな?

俺も一回だけオイル交換、一緒にして貰った事あるよ」

浩紀が考え込みながら心当たりを口にする。

「それよりそのお前のお婆さんって人はそういうの祓えるのか?

もう俺、これ以上友達失くすのヤだぜ?」

井上は涙目でそう聞いた。

「分かんね‥けど、俺も巻き込まれてるから最善は尽くしてくれると思う

今は仕事で出かけてて明日の朝にならねぇと戻って来ないけど此処に居れば多分、大丈夫だって‥強力な結界が張ってあるらしいからさ‥

だからお前等も婆ちゃん戻って来るまでは此処に居ろよ」

佐伯は少し躊躇いながらそう提案する。

「そうさせて貰えるならありがたいけど‥」

戸惑いながら純也達は顔を見合わせてから恭介が返す。

「雑魚寝になるけど皆で寝れる部屋は有るからさ‥こいつらも今日は泊るし婆ちゃんにもちゃんと断ってるから大丈夫だぜ」

佐伯がそう言って微笑むと純也達はそれに甘える事にした。それぞれ今日は帰らないからと家に連絡を入れると皆で客用の広間へ移る。

「俺等バタバタしてて飯まだなんだけどお前等は?」

「俺等もバタバタしてて昼も碌に食ってねぇや‥手を付け始めた所で美濃の事故で慌てて店出たし‥」

小田が時計を見ながら聞くと恭介がそう答えた。もう夜の九時を回っている。そう言われると皆は空腹に気が付いた。

「じゃぁ、俺等で何か買って来るよ

俺とこいつは部外者だから結界から出ても大丈夫だろ?」

浩紀は井上を差しながら立ち上がって皆に言う。

「行ってねぇかもしんないけど念の為に出前にしようぜ‥何かあっても今の俺等じゃ対応出来ないしさ」

佐伯は念には念を入れようとそう提案した。

「佐伯の言う通りだ

こういう時はあんまり別々に動くのは良くないと思うぜ」

恭介もそれに同意すると浩紀は少し溜息を吐いて座り直す。それから佐伯は適当に出前を取ってあれこれ話しながら皆でそれを食べた。食事を終えると皆は就寝の為に布団を並べる。女子は襖で仕切られた隣で寝る事になった。

「何かあったらすぐに起こせよ」

「うん、分かってる

佐伯、寝る前に洗面所借りるね」

佐々木が言うと一之瀬は広間の仕切りになる襖を閉める。そして電気を消したが皆はやはりなかなか眠る事が出来なかった。


翌朝、何時の間にか眠っていた純也は話声で目が覚める。目を擦りながら身体を起こすと皆も次々に目覚めて身体を起こした。

「‥だから婆ちゃん帰って来ないと分かんないってば!」

扉の向こうで佐伯が誰かと話しているようだ。皆はそれを聞きながら何事かと顔を見合わせる。暫く待っていると佐伯が不貞腐れたような表情で部屋に戻って来た。

「電話?」

「ああ、うちの親‥昨日の約束すっぽかしたから‥何時に帰って来るんだって五月蠅くてさ‥

ごめんな、起こしちまったか?」

小田が聞くとそう返し佐伯は皆を見ながら申し訳無さそうに寝ていた布団に腰を下ろす。

「そういやお前んち昨日から工事入ってるんだっけ?」

「そうなんだよ‥本当なら俺が立ち会う約束になってたんだけどあんな事が有ったからさ‥うちのお袋が仕事休んで立ち会う羽目になって鬼切れしてるんだよ」

佐々木に応えると佐伯は寝転がりながら溜息を吐いた。それを見ると皆はようやくホッと一息吐く。

「おはよう‥佐伯、また洗面所借りても良い?」

襖を開けると末永が顔を少しだけ出してそう聞いた。

「ん?ああ、おはよう‥好きに使えよ」

起き上がって佐伯が返すと末永はまたすぐに襖を閉める。

「女は大変だな‥」

佐々木は欠伸交じりにそう言うと小田と佐伯は苦笑する。純也達もそれを聞いて察すると苦笑した。暫くするとばっちりメイクをした三人が部屋に入って来る。また皆で布団を片付け、その間に佐伯と女子達でコーヒーを入れにキッチンへ向かった。

「朝飯代わりになりそうな物ガメて来た」

女子達が座卓にコーヒーを並べていくとその中央に佐伯が抱えて来た菓子パンや菓子等を置く。菓子パンもコンビニではなくパン屋の物で菓子もかなり高級そうな物ばかりだった。

「何か高そうな物ばっかりだな‥良いのか?」

「みんな貰い物で婆ちゃん一人じゃ食えないからって何時も配ってるくらいだから大丈夫だろ‥遠慮しないで好きなの食えよ」

純也が聞くと佐伯は苦笑交じりに返す。そして皆でそれを摘まみながらコーヒーを飲んだ。

「皆、昨日は何か夢見たか?」

菓子を摘まみながら佐伯が聞く。

「いや‥何か知らない間に寝ちまって気が付いたら朝だった」

「私は遊んでる夢を見たけど何時も通りって感じ?」

「俺、何か落ちる夢見たけどよく覚えて無いかな‥」

「私も見て無いや‥」

皆それぞれ答えるが大して気になる内容のモノは無い。

「やっぱ婆ちゃんの結界のお陰かもな‥俺も夢見ないで熟睡したよ」

ホッとしたように佐伯はそう言うとコーヒーを飲み干した。それからようやく落ち着いたのか佐伯達と純也達で昨日の状況を詳しく情報交換する。

「そっか‥そっちの一人目は心臓発作で二人目が事故か‥」

「そっちは時間的に二人同時に別の場所で事故って感じだったんだな‥」

小田が言うと恭介も返す。

「もしこの結界の中じゃ無かったらまた誰か死んでたかもしんねぇと思うとぞっとするな」

浩紀が少し宙を見上げて溜息を吐いた。そうして話していると微かにドアの開け閉めする音が聞こえて来て佐伯がそちらを見る。

「婆ちゃん帰って来たかな?」

佐伯がそう言って立ち上がり、広間を出ようとドアに向かって歩いているとバンとドアが先に開いた。

「婆ちゃんおかえ‥」

「心霊スポットなんか行くなってあれほど言ったろ!

結界も半分壊れてるじゃないか、どうすんだい!」

佐伯が驚きながら言いかけるとそれを遮るように初老と思しき女性がそう言って派手に佐伯の頬を引っ叩く。

「昨日も謝ったけどごめんって、婆ちゃん!

分かったから話を聞いてくれってば!」

佐伯は慣れているのか慌てて取り繕うように言い訳をすると一同は女性のその剣幕に少し引いた。女性は佐伯を睨んでからその場に居た一同を見回す。何処にでも居そうな肝っ玉母ちゃん風の女性に皆も怒られるのではないかと少しビクビクする。

「貴方と貴方‥それから貴方は大丈夫‥でも他の皆は保証出来ないわ」

女性は浩紀と井上、そして純也を指してからそう言った。

「保証出来ないってどういう事だよ?

それに神田も同じ場所へ行ってるんだぜ?」

佐伯は慌てて女性に尋ねる。すると驚いたような表情を浮かべて女性は純也の傍へ行って顔をまじまじと眺めた。純也の顔というよりその向こうを見ている感じの視線に場は凍り付いたように固まる。

「貴方、本当に光弘達と同じ場所に行ったの?」

「え?あの‥はい、行きました」

女性が難しい顔で聞くと純也は戸惑いながら答えた。すると女性は何処か視線を遠くに置きながら考え込む。

「婆ちゃん?」

沈黙したまま動かない女性に佐伯が恐々と声をかけた。

「可笑しいわね、確かに同じ気配は在るし行ってる事も間違いは無いけどこの子だけ呪いを受けて無い

貴方、その場所で何か特別な事をした?」

女性は眉間に皺を寄せたまま聞くが純也はこれと言って何もした覚えはない。

「いや‥皆と一緒に行動してましたし俺だけ変わった事をした記憶は無いです‥多分‥」

少し自信無さげにおどおどしながら答える純也に女性はまた考え込んだ。

「分からないわね、とりあえずあった事を全部、隅から隅まで話してくれない?

昨日は出がけに来たもんだから詳しい話を聞けなかったから‥」

一呼吸置くと女性はそう言って腰を下ろす。

「光弘、下に工藤が居るからお茶の用意をさせて持って来させて‥それから今日の予定を全部キャンセルさせて頂戴」

「分かった」

女性がそう言うと佐伯は慌てて部屋を出て行く。

「昨日、光弘から少し話は聞いているけれどあんまり期待しないで‥私の力が及ぶ案件じゃないかもしれないから‥

とにかくあの子も関わっている事だから出来るだけの事はするけどね

でも死んでしまっても貴方達がした事は自業自得だからそれは肝に銘じておきなさい

もし無事に祓えたとしても二度目は無いからそのつもりで今後は生きていくのよ」

先程と打って変わって冷静な口調でそう言う女性に皆は息を呑んで頷いた。

「言ってきたよ婆ちゃん」

「貴方も座んなさい」

佐伯が戻って来て言うと女性はそう返し自分の隣を指す。佐伯が大人しくそれに従うと視線で話すように女性が促した。

それから皆で細かく肝試しに行った経緯から現場の様子や帰って来てから昨日の夜に合流するまでの話をし、その後で昨日、皆で話した曰くのあれこれや見解も話す。女性は時折、質問はしたがそれ以外は口を挟まず皆の話を黙って聞いていた。

「多分、貴方が呪いを受けなかったのは聞こえていた音楽が止まると同時に椅子に座ったからね」

「え?そんな単純な理由?」

全てを聞き終えた女性が溜息交じりに言うと佐伯が呆れたように即答する。

「こういう事は意外と単純だったりするのよ

でも可笑しいのはそんなに強い感じがしないのに結界が壊されてる所ね‥別の要素が在るのかしら?

今の段階で私が分かるのは其処くらいまで‥後はもう少し詳しい情報とその心霊スポットに行ってみないと分からないわね」

女性は考え込みながら説明した。

「あの場所に行くの婆ちゃん?

危なくない?」

「勿論、危険なら建物には入らないわ

それに行かない事には分からない事が多過ぎるからね

貴方達は結界を張り直すからもう少し此処に居なさい

貴方達三人には手伝って貰うわ‥その話を知っている人に会って亡くなった子の氏名を聞いて来て頂戴、それで何とか呼び出せるかもしれないから‥」

佐伯が心配そうに聞くと女性は答えながら立ち上がる。純也達もそれに続いて立ち上がった。

「頼んだぞ」

「おう、他に話が無いかも聞いてくる」

恭介が口惜しそうに言うと純也は安心させるように微笑んだ。そして女性が純也達と一緒に部屋を出る。

「工藤、護符を三枚出して頂戴‥それから光弘から場所を聞いて其処へ連れて行って‥」

部屋を出て玄関に行くと先ほどお茶を運んできたスーツの青年にそう言った。その場で待っていると工藤は護符を持って来て女性に手渡してから広間の方へ行く。

「念の為に貴方達はこれを身に付けて行きなさい

滅多な事は無いと思うけどまだ不確定要素が多いからね

もし何もしてないのに護符が変色したり破れるようならすぐに連絡して頂戴」

「分かりました」

女性から渡された護符を受け取りながら返し、それぞれ財布の中に大切に仕舞った。


それから佐伯の家を出ると浩紀は前に美濃と行った自動車整備工場へ向かう。

「おう、裕太のダチじゃん、また車の具合悪いんか?」

店の前に車を停めると浩紀を見ていかにも悪そうな顔の青年が作業をしながら声をかけてきた。浩紀は軽く挨拶してから美濃が死んだ事を伝える。

「そっか‥あいつが事故とか信じられねぇな」

少し俯いて神妙な顔で強面の青年は一粒涙を溢した。そして純也達は笑われる事を承知で心霊スポットが関係しているかもしれないと説明する。

「やっぱあの話マジだったんだな‥お前等は大丈夫だったのか?」

「俺とこいつは行って無いんで‥でもこいつは一緒に行ったけどどういう訳か大丈夫らしいっす

それよりあの場所に関する話を先輩が詳しいって美濃から聞いてたんでその話伺っても良いっすか?」

青年が心配するように聞くと浩紀は答えた。

「まぁ、詳しいって程でもねぇんだけどな‥」

そう言うと青年はやっていた作業を他の人間に任せて三人を事務所に連れて行く。そしてコーヒーを人数分持って来ると話を始めた。

「二年前だったかな‥裕太達にその話をしたのは‥

まだ店持って間もなくて暇だったからよく後輩達が代わる代わる遊びに来て店が終わっても駄弁っててさ‥その時に俺の連れが体験した話をしたんだよ

俺は高一で中退してっから詳しくは知らねぇんだけど当時、俺と連れの居たクラスに苛められっ子って程でもねぇけどパッとしねぇ木下一郎って奴が居て連れと同じ部に入っててな‥んで、連れが三年になって何時ものように例のスポット近くに在る施設でそいつらとクラブの合宿行った時の話さ

何校か集まって親睦合宿みたいなスタイルでやる合宿でさ、何時ものメンバーだからだいたい皆仲良いんだよな

そんで恒例の肝試しも毎年同じ感じなもんだから三年にもなるとあんまり面白くねぇってんで自分達で別の所で肝試しに行こうってなったらしいんだよ

其処で既に当時から心霊スポットって騒がれてたあの場所に三年だけでこっそり行く事にしたんだと‥その時にその木下をビビらしてやろうって話になってさ

じゃんけんとかだと誰が一番になるか分からねぇから椅子取りゲームで決めようって話になって勿論、皆グルだからそいつがドベになる訳さ‥そんで皆で廃墟に行って一番奥の部屋のテラスの手前に目印の紙コップを置いて次の奴が取って来るって感じでしようってなったんだよ

勿論、何人か先に行ってそいつを驚かす準備してたんだけど、いざ始まってそいつが入ってくと皆もその後をこっそり覗きながら追いかけてそんで潜んでた奴が「わっ!」って脅かしたらそいつ叫びながら走り出してさ‥皆でゲラゲラ笑いながら待てよって追いかけたんだけどそいつパニクっててそのままテラスまで飛び出してったんだよな‥

そしたらテラスの手すりが腐ってたらしくてそいつそのまま沢まで落ちちまってさ‥皆、今度は真蒼になって大丈夫かって声かけながら沢を見たんだと‥

そんなに高さも無いし大丈夫だろうと思って声かけてもそいつ動かなくて何人か慌ててそいつの傍に降りてったり顧問呼びに行ったりしたんだけど結局、打ちどころが悪くて死んじまったんだ

もうそれから大騒ぎになって二度とその場所で合宿しなくなったって話をちょっと盛ってそいつの霊が出るとか付け足して話したんだよな

その話を聞いた後輩や裕太達が面白がってその場所に肝試しに行ったんだ

でもその時は人が死ぬとか全く無くてさ‥めちゃくちゃ怖かったって平気な顔で帰って来てた

それから何回かそいつらが別の面子で行った時もそんな話は全く聞かなかったんだよ

それが今年に入ってからかな?

後輩が真っ青な顔でうちに来て連れのダチがあの場所行って全員死んだとか話してたらしくて神妙な顔するもんだから偶々だろって言ってたんだよ

でも別の奴も同じような話持って来てやっぱりあそこはヤバいって話を此処でしてて偶々引き取りに来てた常連がそんな面白そうな所が在るなら自分が確かめて来てやるって車の調子を見るついでに行ったんだよな‥したら次の日、心臓発作で倒れてそのまま死んじまってさ‥偶々かも知んねぇけど何かヤバそうだからもう行くなよってそれと無く言ってたんだよ

裕太にも一応は言っておいたんだけどな‥そっか‥やっぱダメだったんか‥」

青年はしんみりするようにそう言ってコーヒーに口を付ける。

「あの‥美濃が始め行った時は大丈夫だったんっすよね?

何で途中から人が死ぬようになったんっすか?」

少しの沈黙の後に純也が聞いた。

「それは俺にも分かんねぇよ

俺は行った事ねぇからな‥ただ本当にこの話をして暫くは大丈夫だったんだぜ?

話した当時、結構、頻繁に其処行ってた奴等も皆、今でもうちに車やバイク持って来るし‥だから始めに後輩がその話持って来た時も話盛ってんだろうと思ったんだよ

もうその頃には俺が直接話した奴等は飽きて其処へは行かなくなっててそいつらから話聞いた奴等が行くようになってたしな‥

ただ、連れが死んだとか連れの連れがとかって話はそれから頻繁に聞くようになったかな?

まさか裕太の奴が今更行くなんて思っても無かったよ」

「あの‥こいつみたいに行ったけど生きてる奴の話って聞いた事は?」

青年が説明すると浩紀が聞く。

「ん~‥俺もだいたい後輩からの又聞きだからなぁ‥」

青年は目を閉じると心当たりが無いか思い返す。

「ああ、そう言えばエロ吉の後輩が一人だけピンピンしてるって言ってたっけか‥」

「その人から話聞けないっすか?」

ハッと思い出したように言うと浩紀は空かさず聞いた。するとちょっと待ってと言って青年はスマホを出して電話をかけながら席を外す。

「何か今話したらそいつ今月の頭に俺だけ生き残っててごめんって遺書残して自殺したんだってさ‥どうする?」

「あ、じゃぁその人でも良いです

話聞かせて貰っても良いっすか?」

事務所のドアを開けて青年がそう聞くと浩紀は返した。青年はもう一度ドアを閉めて暫くすると戻って来る。

「今は仕事中だから今日の晩なら時間作れるってよ

悪いが7時くらいにもっかい来てくれるか?

俺もこれ以上、仕事ほっとけねぇからよ」

「分かりました‥出直してきます」

「お邪魔してすいませんでした」

青年が言うと浩紀達は丁寧に礼を言ってその場を後にした。

「もうすぐ昼か‥あいつらに何か飯買ってってやらねぇとな‥」

帰りの道中でぼんやり外を眺めながら純也が呟く。浩紀も井上もそれに生返事で返しながらぼんやり何かを考えていた。

適当にスーパーに寄ってあれこれ買ってまた佐伯の祖母宅へ戻ってインターホンを鳴らす。すると佐伯ではなくあの工藤が出て来て皆を迎え入れた。

「あれ?お婆さんと一緒に現場へ行ったんじゃないんですか?」

「事態が急変したので途中で引き返してきました

先生は今、病院に行っておられます

念の為に先生が戻られるまで貴方達も広間の結界の中に居て下さい」

純也が聞くと工藤は答えながら三人を広間まで連れてくる。

「良かった‥お前達は無事だったんだな‥」

広間のドアを開けるなり恭介がホッとしたように言うと工藤は三人が入るのを見届けて自分は中に入らずドアを閉めた。室内には無数のお札が貼られている。その物々しい雰囲気に三人は一瞬、言葉を失った。

「何かあったのか?」

皆を見ると女子が二人居なくて浩紀は聞く。

「末永が心臓発作で倒れたんだ‥今、婆ちゃんと足立が病院に付き添って行ってる

張り直した結界が破られたんだ‥今は工藤さんが結界強化してくれてるけど何時まで持つか分かんねぇって‥」

佐伯が眉間に皺を寄せながら答えると三人は持っていた物を落としそうなほど驚き呆然となる。すると一之瀬はしくしく泣き出し佐々木が慰める様に無言で肩を抱いた。

「これ、昼飯まだだろ?

とりあえず飯食って元気付けようぜ‥何かあったらすぐに動けるようにさ!」

純也はそう言いながら買って来た袋を座卓の上に置く。浩紀と井上もそれぞれ手にした袋を置いて中からあれこれ出した。皆はそう言われると気持ちを切り替える様にその中から思い思いに取って食事を始める。

何となく落ち着かない様子で食事を終えると女性と足立が戻って来た。

「真紀は?」

一之瀬が足立に聞くと泣きそうな声で俯く。

「もうあの子は助からないわ‥此処も何時まで持つか分からない」

神妙な顔で女性が言うと皆は驚きながら固まった。

「それってどういう事だよ婆ちゃん?」

戸惑いながら佐伯が呟くと女性は佐伯をジッと見る。

「貴方も含めて皆の命は時間の問題だって事‥こうなって来ると私の力じゃ防ぎきれそうも無いわ

私が修行した場所まで行けば何とかなるかもしれないけれどこれだけ力が強いと其処に辿り着く前に私の命の方が尽きてしまいそうね

工藤、作り置きの護符を全部持って来て頂戴」

女性がそう言うとドアの所に居た工藤はドアを閉めて下がった。

「そんな‥」

佐伯と他の男子は呆然となり一之瀬と足立は泣き出してしまう。

「何とかなんないのかよ婆ちゃん!

本当に他に方法は無いのか?」

佐伯は詰め寄りながら聞いた。

「何処か‥力の有る神社のような神域にでも逃げ込めるなら此処よりマシかもしれない‥でも私にはその伝手が‥」

少しふら付きながら答えると女性は言葉を切って膝を折る。

「婆ちゃん!」

佐伯が駆け寄りその身体を支えた。

「もう‥私にも時間が無いのよ‥彼女の魂を一時的に引き留める為にかなり消耗してしまったから‥私がしてあげられる事はもうそんなに無いの‥ごめんなさい光弘‥」

真っ青の顔でそう言った女性に佐伯は絶望の表情を浮かべる。

「神社‥恭介、確か天宮の爺ちゃん所が神社って言ってたよな!?

天宮の奴、今はその爺ちゃんの所に帰ってる筈だ‥行っても良いか聞けないか!?」

ハッとして思い出すと純也は恭介に聞いた。それを聞くと恭介も今更思い出したように返事も忘れて急いで天宮へ連絡を入れる。

『あ、恭介、どうしたの?』

意外とすんなり天宮が電話に出たので恭介はスピーカーにして会話を始め、事の経緯をザっと説明して其処へ避難させて貰えないかと頼んでみた。

『それは良いけど今ちょっとお客さんが居るからうちの広間の方しか入れないけどそれでも良いなら大丈夫だよ

場所は分かる?』

「ああ、神社名で検索したら出て来るだろ?」

『うちの神社そんなに大きく無いからなぁ‥とりあえず位置情報送るからそれ目指して来て‥分からなかったら電話してよ

僕は詰所で待ってるから‥』

「分かった‥すぐ行くから1時間くらいで着けると思う」

そんな感じで話がつく。

「力があるかどうか分からないですけど此処よりマシならとにかく行きましょう!」

恭介が電話を切ると純也は女性にそう言った。

「そうね‥急ぎましょう

工藤、皆に均等に身代わりの護符を持たせて頂戴

それと貴方達、車の運転は出来るかしら?

呪いを受けてる子は運転しない方が良いから‥」

「俺が乗って来た車が四人乗りだけど詰めれば五人乗れる」

女性が聞くと浩紀が即答する。

「それならうちのワゴンは七人乗りだから全員乗れるわね」

それから誰が何処に乗るかを決めて女性と工藤は車に術を施し安全を確保してから皆を車に乗り込ませた。

浩紀が先攻して前を走り後ろから佐伯達の乗る車が追いかける形で付いて行く。浩紀の隣にはナビ代わりに恭介が座り、後部には女性と純也が座った。位置情報をこまめに確認しながら恭介が浩紀に指示を出す。そしてその場所まで来ると一旦、車を停めて辺りに神社らしきものが無いか目視で確認した。

「この辺りの筈なんだがな‥」

恭介は辺りを見回し鳥居を探すがそれらしい物が見当たらない。人家はまばらで起伏が激しい山間の為に見通しも悪いので余計にそういった物が分かり難かった。恭介はすぐに天宮に連絡して近くまで来ているのに鳥居が分からないと話す。

『其処からならもう少し先に進むと左に神社の駐車場が有るから其処に車停めて‥その向かいに石段が有るから其処を登れば鳥居が見えるよ』

「分かった」

天宮の言う通りに行くと神社の駐車場が在り向かいに石段があった。

「此処だ!」

恭介が言うと浩紀はその駐車場に車を入れて工藤もそれに続く。10台ほどしか停められない駐車場で浩紀達が入ると満車になった。

「何だか残っている場所を占領してしまったみたいで申し訳無いですね」

工藤が車から降りてこちらへやって来るとそう呟く。皆もその状況に少し申し訳なく感じた。

「此処ももう神域に入っているみたいね‥皆、車から降りても大丈夫よ」

かなり具合が悪いのか女性はまだ青い顔のままそんな事にも気が回らずそう言うと工藤に支えられながら車を降りる。

そして皆で揃って石段を上がって行く。道路からだと木に隠れていて見難かったが石段まで来ると階段の上に鳥居が見えてようやくちょっとだけ安心した。二十段ほど緩やかな石段を上ると結構広い敷地で参道の両サイドに二階建ての建物が在り、50mほど奥に本殿らしき建物がドンと見える。

「あ、こっちこっち!」

何処が詰所だろうかと二つの建物を見ると右側の手水屋の奥の方の建物から天宮が顔を出した。恭介は笑顔で手を上げてそれに答え、皆に付いて来るよう視線で促し先へ行く。

「悪いな‥無理言って‥」

「別に良いよ‥さ、上がって‥」

恭介が少し申し訳無さそうに言うと天宮は笑顔で答え、皆を招き入れた。

「こっちは僕と先生とお爺ちゃんしか入って来ないから気兼ねしないで大丈夫だよ

お客さんは社務所の方しか使わないから‥それにお爺ちゃんは今、向こうで接客中だから殆どこっちに戻って来ないしゆっくりしてくれて良いからね」

そう案内する天宮に続いて建物に入るといかにも寺社の建物という感じの広い上がり框に大きな下駄箱が在り、開け放たれたガラスの引き違い戸の向こうはこれまた広い廊下になっていて右側手前に襖で仕切られた座敷が見えた。廊下を挟んで反対側にはドアが二つほど有り廊下のドン付きにはまたドアが有る。天宮はその右側の広い座敷に皆を招き入れた。すると女性は座敷に入るなり緊張の糸が切れたのか気を失ってしまう。

「先生!」

工藤が慌てて言いながら女性の身体を支えた。

「婆ちゃん!」

佐伯もすぐに駆け寄って女性に呼び掛けるがグッタリと返事は無い。

「ちょっと待ってて!

今、布団敷くから!」

天宮はそう言うと奥にある押入れを空けて布団を取り出す。純也もそれを見て慌てて手伝った。

「廊下の向こうの手前側のドア開けてくれる?

其処が小さい座敷になってるんだよ」

布団を抱える天宮に言われると純也はドアを開ける。ドアの前は板の間で奥が畳敷きの部屋になっていて全体で8畳ほど有った。天宮は布団を抱えて其処へ入ると窓際へそれを敷き、女性は工藤に抱えられ、佐伯と共に後から入って来ると敷かれた布団の上に女性を横たえる。

「よっぽど疲れちゃったんだね‥でも此処に居ればすぐに元気になるよ」

そう言いながら天宮は女性に掛布団をかけてカーテンを閉めた。

「今はそっと寝かせておいてあげよう」

天宮は心配そうに女性を眺める工藤と佐伯に微笑んで部屋を出るように促す。そして皆で広間まで戻ると天宮は純也達に手伝うように言って押し入れから座布団を人数分出した。

「此処に居ればきっと神社の神様が守ってくれるから好きなだけ居ると良いよ

玄関横にトイレと洗面所で奥にキッチンとかあるから適当に有る物を飲み食いしてくれて良いから‥二階は僕達の部屋だから勝手に上がんないでよ

僕はまだ向こうの手伝いが有るからもう行くけど何か用事が有ったら電話してくれたら戻って来るからね」

「ありがとう‥ってか、こんだけ迷惑かけてんのに突っ込んで聞かないんだな‥」

天宮がざっくり説明すると恭介が少し呆れたように返す。

「連れが困ってんのにほっとけないじゃん?

それに呪いや祟りを信じて無かったら僕はこうなって無いだろうしね」

苦笑しながらそれに応えると手を振りながら天宮は去って行った。それを聞くと純也達はなるほどと内心納得する。

「めちゃくちゃ美人だな‥彼女?」

天宮の姿が見えなくなると佐伯が少し遠慮気味に恭介に聞く。

「あー‥あいつ‥あれで男なんだよ‥」

「「「えーーーーーっ!?」」」

恭介が言い難そうにそう答えると佐伯達は同時にハモった。予想通りの反応に純也達も乾いた笑みを浮かべる。

「マジか‥」

「すっぴんなのにめちゃくちゃ肌が綺麗だった‥」

「もしかして今流行りのジェンダー的な?」

佐々木と一之瀬が呟くように言うと小田が言い難そうに聞いた。

「まぁ、俺等もこの間の同窓会で再会するまでずっと女だと思ってたんだけどな‥」

恭介はそう言うと天宮と再会した経緯を説明して仲は良かったが小学校以来会っていなかったと話す。

「男が短命だから女として育てるとか漫画の中の設定かよ‥」

佐伯は乾いた笑みを浮かべながら感想を述べた。

「だろ?俺等も始めは違和感しか無かったけどな‥

でも話してる内にやっぱ昔のままのあいつでさ‥そんな事どうでもよくなっちまったんだよな」

恭介は答えて純也達に同意を求めるように視線を向けると苦笑交じりに頷く。

「寧ろ小学校ん時はちょっと好きだったし‥」

浩紀が今更白状すると実は自分もと皆続けた。

「あれだけ可愛かったらそうだろうな‥」

小田も同意しながら苦笑する。

「何だか安心したらお腹減っちゃった」

何だか天宮のお陰で場が和むと足立が少し困ったように微笑んでそう言った。

「そう言えば愛璃は帰ってきてすぐ此処に来たからお昼食べて無いよね?」

「工藤さんもお昼まだなんじゃないっすか?」

一之瀬と佐伯が二人にそう聞く。

「そう言えばそれ処では無かったので食べて無いですね」

工藤は返しながら時計を見るともうすぐ3時になろうかという所だった。

「じゃぁ、俺が何か買って来てやるよ」

純也はそう言いながら立ち上がる。

「いえ、貴方達は今、神域の外に出ない方が良いでしょう

私が行って来ますから皆さんは此処に居て下さい」

工藤はそう返しながら立ち上がった。

「でもどっちみち行くなら晩の分も買って来た方が良いだろ?

俺達も行って少し多めにいろいろ調達してこようぜ」

浩紀もそう言って立ち上がる。

「それならキッチン借りて何か作らせて貰おうよ

昨日から出来合いの物ばかりだしその方が安上がりでしょ?」

一之瀬が三人にそう提案した。そして適当に材料を一之瀬と足立から聞くと純也はメモをして三人で出かけて行く。井上も行くと言ったが何かあった時に出られるように待機する事になった。

そして三人は近くのスーパーを探して一通り買い揃えると戻って来る。工藤と足立は夕食までの繋ぎとして軽食だけ取った。そうしている内に女性が起きて来て純也達はとりあえず聞いてきた話をし、もう一度、夜に出直して関係者に話を聞きに行く事を伝える。

「ではその時には私も連れて行って頂戴

直接話を聞きたいしついでにそのスポットにも行ってみないといけないからね」

女性はだいぶ回復したのかしっかりした口調でそう返した。

「そろそろ出た方が良いかも‥此処から2時間弱くらいかかるし‥」

浩紀が時計を見ながら言う。もう4時半を回っていた。そんな話をしていると玄関が開く音がして天宮が戻って来る。

「ただいま‥って、あれ、買い出しに行ったの?

キッチンにある物使えば良いのに‥」

座敷に入って来ると天宮が座卓の上を見てそう言った。

「いや、流石にそれは悪いし‥それよりキッチン貸して貰っても良いか?」

「それは構わないよ

ってか神田達はどっか行くの?」

恭介が言うと立っている四人を見てそう聞く。

「ん?ああ、ちょっとな‥」

純也は返してから簡単に恭介が天宮にザックリ話した件の呪いを解くヒントを探しに行くと答えた。

「へえ、面白そう、一緒に行っても良い?」

「遊びに行くんじゃねぇんだって‥それに人数増えると守るのも大変だろうしさ」

「良いじゃん、僕だってこれから宮司になってそういう相談受けたら何かの役に立つかもしれないんだし迷惑はかけないよ」

天宮がワクワクしながら言うと浩紀は困ったように返すが全く動じずに答える。

「お世話になっているのだし良いんじゃないの?

一人くらい増えても私なら大丈夫よ」

女性はそう言って微笑む。そう言われると純也達は仕方ないなと溜息を吐いた。話が決まった所へまた玄関の開く音がして見慣れぬ青年が入って来る。

「五月、もう向こうは良いからこっちに居ろって爺さんが言ってたぞ

‥って何処か行くのか?」

「あ、先生、僕ちょっと出掛けて来るよ」

青年が言うと天宮はニコニコとそう答えた。

「晩飯はどうすんだ?」

「多分、遅くなるから外で食べて来る

恭介達がご飯作ってくれるらしいから先生もお相伴にあずかりなよ」

「え?ああ、お世話になってるんで是非‥」

青年が聞くと天宮に話をフラれて慌てながら恭介が答える。

「ありがたいが俺は向こうで食う事になってる

お前が要らないなら別にこっちは構わなくて良いからな」

「そう?あ、一応、紹介しとくね

永藤征嗣ながふじまさつぐ先生って言って此処の宮司になる為の勉強を僕に教えてくれてる先生だよ

僕が居ない間に何かあったら先生に言って‥先生、今日はこっちに戻って来るよね?」

「ああ‥食事付き合ったらもうこっちに戻って来るよ」

「先生にも紹介しとくね

こっちは前に話した小学校の時の友達で恭介と井上と新田と神田だよ」

「そういやなんで恭介だけ名前読み?」

永藤と天宮が話していると純也は疑問に思い口を挟む。

「住んでた所が近くて何時も一緒に行き帰りしてたからだよ‥それでも名前読みになったのは最後の方ちょっとだけだよな?」

「そうだね‥最後の一週間くらいかも‥」

恭介が説明すると天宮も続けた。

「それで今更なんだけどそっちの人達は?」

天宮が佐伯達を見て言うと恭介は皆を紹介する。

「私は光弘の祖母で白石川濤子しらいしかわなみこ‥占いを生業にしております

こちらは助手の工藤です」

恭介が皆の紹介を終えて視線を送ると白石川は自己紹介した。佐伯達もそれに続いて自己紹介する。

「今更だけど皆、初めましてだね

僕は恭介達の昔馴染みでこの神社の跡取り修行中の天宮五月です

‥って事で後は宜しくね先生、じゃぁ、行こうか‥」

ザックリした紹介を終えると天宮はいそいそと玄関の方へ皆と向かいそれを見て永藤は溜息を吐く。

「とりあえずあと二時間程で戻って来るが何かあったら向かいにある建物の一階で誰かに声をかけて俺を呼んでくれ」

「分かりました‥あの、キッチンお借りします」

「ああ、好きに使ってくれて良い

氏子達も行事の時は好きに使う場所だから遠慮はいらない」

恭介が念の為、確認を取るとそう言い置いて永藤は去って行った。


それから純也達は工藤の運転するバンでもう一度店へ向かう。

「本当に貴方のお陰で助かったわ

かなり力の有る神様をお祭りしている神社なのね」

車内で白石川は天宮に礼を言う。

「僕はそういうのよく分からないんだけど一応、主神は此代栢斗鬼媛このしろのかやときひめって言う神様です

あと、龍神様とかも祭っててまだ勉強を始めたばっかりだから其処まで詳しく無くて‥」

天宮は誤魔化すように笑いながら返した。

「そんなんで後継ぎになれんのかよ」

純也は揶揄うように笑う。

「だってついこの間、戻って来たばかりなんだから仕方ないじゃないか

小さい時は遊びに来るくらいだったからそんな話もしなかったしさ‥」

少し膨れながら天宮が返した。

「そういやお前って零感なのに宮司なんか務まるのか?」

浩紀も茶化しながら笑う。

「失礼な!これでもちょっとは気の流れとか分かるようになったんだからね!

二人だって鈍感な癖によく言うよ」

もう一段膨れながらまたそう返す天宮に純也と浩紀は何だか気持ちがホッとした。

「きっと修行すれば貴方は凄い能力者になると思うわよ

それくらいオーラが力強くて大きいもの」

「そうかな‥えへへへ‥」

白石川が微笑んでそう言うと天宮は照れ笑いする。そんな感じで和気藹々と話し、今回の一件を天宮にも詳しく説明しながら近くまで戻って来ると時間調整をしてピッタリに戻った。

それから整備工場でまた少し話を聞いてはみたが余り詳しい事までは分からずに一行は途中で食事をしてから例の心霊スポットへと向かう。そして現場に着くと皆で車を降りて道路から建物を眺めた。

「此処があいつらと来た心霊スポットです

此処からだと分かり難いんですけど奥に結構デカい建物が在って建物の奥が事故のあったテラスの在るレストランになってるんです」

純也は持って来た懐中電灯でぼんやり見える建物を指しながら白石川に説明する。すると白石川は目を閉じて意識を集中した。

「やはり余り強い霊は感じないわね‥確かに雑多な自殺者の霊や死んだ木下一郎という子はいるみたいだけど人を呪い殺せるほどの力は無いわ

貴方や前に生き残った子が助かったのは恐らく本来の椅子取りゲームのように一人あぶれるんじゃ無く一人しか座れない椅子と言うのを暗示していたのだと思うけれどそれも象徴みたいなものでしかないの

何かもっと別の要素がこの土地自体に在るのかもしれない」

暫く辺りを探り、目を開けてそう言うと白石川は敷地内に入るべく歩み出す。

「入って大丈夫なんっすか?」

「ええ‥今、雑多な霊は抑えているから‥それより少し気になる気配があるのよ

とりあえず貴方達がどういう感じで建物の中を周ったか教えて頂戴」

浩紀が慌てて聞くと白石川は返して付いて来るように促した。天宮は黙って一番後ろから付いて行く。純也は建物に入ると当時、皆で周った状況を説明しながら案内した。

「音楽が聞こえてきたのはどの辺りから?」

「それが何時から聞こえてたのかまでは分からなくて‥俺が気付いたのはこの先のレストランに入る手前くらいからっすね

他の面子の中には建物に入ってすぐぐらいからって言ってる奴もいましたし‥」

歩きながら白石川が聞くと純也は戸惑いながら答える。時折、白石川は質問したり足を止めてじっと何処か違う空間を見るような仕草をしながら全体を周って行った。

「音楽なんか何も聞こえなかったな‥」

最後に問題のレストランまで戻って来ると浩紀が溜息交じりにそう言った。

「そうね‥やはり多少の障りはあっても然程、力の有る霊とも思えないものばかりね

でも片付けておいた方が良いわ」

白石川はそう言うと工藤に目配せして持って来たろうそくや線香等を近場のテーブルにセットさせる。簡単ではあるが祭壇めいた物が準備されると白石川は手を合わせて目を閉じ、微動だにしなくなった。工藤もその少し後方で目を閉じて手を合わせる。

「除霊って意外と地味なんだね‥もっと叫びながら派手にするのかと思った」

少し離れてそれを見ていた三人だったが天宮がヒソッと純也達にそう言った。二人もそうだなと返しながらそれを見守る。30分ほどそうしていた白石川が長い溜息を吐きながら目を開けると三人を振り返って微笑んだ。

「終わったわよ」

それを聞くと純也と浩紀は顔を見合わせてホッとしたような表情を浮かべる。工藤も少し溜息を吐いてから広げた祭壇を片付けた。

「一応、望む者は浄霊して拒む者は除霊したから此処にはもう戻って来ない筈よ

ただ、あの問題の子が上がる前に奇妙な事を言っていたの‥気を付けてって‥」

白石川が表情を曇らせてそう呟く。

「でももう完全に終わったんですよね?」

純也が戸惑いながら聞くと白石川は微妙な表情になった。

「その筈なんだけど正直、何だか違和感が抜けないのよ

全ての霊は処置をしたし溜まっていた悪い気も浄化したのに‥」

もどかしいと言った感じで白石川が辺りを見回すと奥に見える扉に目を留める。

「あの扉の向こうは?

さっきは行かなかったけれど‥」

「ああ、あの扉は外に出る扉でテラス向こうの沢に出られるようになってるみたいっす

前は開けてみただけで出なかったんで今回は行かなかったんですよ」

白石川の質問に純也が答えると白石川はそちらへ歩いて行った。皆はとりあえず白石川に付いて行く。白石川は扉を開けて外に出ると沢の方へどんどん歩いて行くので純也は出来るだけ傍を歩いて足元を照らした。そして沢の手前まで来ると立ち止まり建物と反対側をジッと見た後にそちらへと進路を変える。すると茂みの合間に小さな祠があった。扉が開け放たれていて少し荒らされたような跡がある。

「どうやら肝試しに来た誰かが荒らしたようね‥はっきり分からないけれど良くないモノが放たれた気配が残っているわ

とてもいけないモノよ」

白石川は祠を厳しい表情で眺めながらそう言った。

「って、どういう事っすか?」

浩紀が焦りながら聞くと白石川は少し先程のように暫く目を閉じて集中すると皆の方を振り返り少し視線を逸らせる。

「恐らく此処に閉じ込められていたモノは力を蓄えて自由になってしまったの

もう少し早ければまだ此処に縛られていただろうから何か対処出来たかもしれないけれどこうなってしまってはもう私に出来る手立てはないわ

此処に残された気配から見ても差し違える程の力が私には足りないの」

苦虫を噛み潰したような表情で白石川が言うと純也達だけじゃなく工藤も呆然となった。

「とにかく戻って皆に話すわ」

力無くそう言うと白石川は歩み出し、皆に車に戻ろうと促す。車に乗り込み走り出すが行きと違って皆は無言で暗い顔になった。

「工藤、神社に戻る前に家に寄って頂戴」

白石川が言うと工藤は進路を変え、白石川の自宅へ向かう。

「悪いけど皆は少し此処で待っていて頂戴

工藤、皆さんにお茶と茶菓子を出してあげて」

自宅に着くと白石川はそう言って皆をリビングに通し自分は自室へ向かった。暫くすると工藤がお茶と茶菓子を持って戻って来るが誰も手を付けない。

「何か方法は無いのかな‥」

出された茶を眺めながらぼんやり純也が呟く。

「恐らく先生はまだ何かを考えてらっしゃると思います‥その証拠にダメだとは断言されませんでしたから‥

でも非常に厳しい事は確かであると思います

私は先生があそこまで追い詰められたのを見た事が有りませんから‥」

工藤はそれに答えるとお茶に口を付けた。

「じゃぁ、まだ何とかなる可能性が有るという事ですか?」

「其処までは分かりませんが先生の事ですからこのまま光弘君達を見殺しにするような事は無いと思います」

浩紀が少し食い気味に聞くと工藤は返すが少し浮かない顔をしている。そうして小一時間ほどすると白石川が戻って来た。

「待たせてごめんなさいね‥戻りましょうか」

白石川がそう言って少し力無く微笑むと皆は席を立ってまた車に乗り込み神社へ戻って行く。


神社に戻って来たのはもうすぐ0時を回ろうかという時間だった。

「お帰り!どうだった?」

玄関を開けるなり佐伯達が飛び出して来て純也達に聞く。

「その事で皆に大事な話があるの‥順を追って説明するからまずは座らせてくれるかしら‥」

白石川が佐伯に少し微笑んで言うと皆でぞろぞろ座敷に戻った。

「先生は?」

「戻って来てすぐに二階に上がったよ」

天宮が聞くと恭介は返す。それを聞くと天宮は宙を見上げた後に皆と一緒に座敷に入った。

「結論から言うと皆が言っていた心霊スポットに居る霊は全部処置をしてスポット自体も浄化出来たわ」

皆が座って注目が集まるとまず白石川はそう説明する。すると皆の顔が見る間に明るくなった。

「じゃぁ、俺達助かったんだな!

ありがとう婆ちゃん!」

「本題は此処からよ!

皆、心して聞きなさい‥そしてもう二度と危ない場所には近付かないと今、此処で誓って頂戴」

佐伯は嬉しそうに身を乗り出してそう言ったが表情を厳しくした白石川が制す。

「も‥勿論、もう危ない事はしないってば‥どうしたんだよ婆ちゃんそんな怖い顔して‥」

戸惑いながら佐伯が返した。

「雑多な霊は全て処理して場の浄化もしたわ‥でも貴方達を呪った相手は他に居たのよ

貴方達は騙されていたの‥私も含めてね

あの場所に行って死んだ人達は呪い殺されていたんじゃ無く喰われていたのよ」

白石川は更に悲痛な表情でそう言うと少し視線を下げて言葉を切る。

「喰われてたって‥いったい何にだよ?

皆、呪われて事故や心臓発作で死んだんだろ?」

呆然としながら佐伯が言うとその場に居た全員が凍り付いた。

「鬼よ

鬼を封じた祠の封印を誰かが肝試しの時に壊してしまったの‥恐らくもう劣化して悪戯しなくても封が解けるのは時間の問題だったのかもしれないけれどそれを速めたのは貴方達のように肝試しであそこに入り込んだ人達‥

鬼はいろいろなタイプが居て喰らうのは魂だけだったり肉体ごとだったり様々らしいわ‥恐らくあそこに封じられていた鬼は魂を喰うタイプだったのね

その鬼は封印の効力で自由に動けなかったからあそこに居た霊を利用して貴方達のような肝試しに来た人達の恐怖心に付け込み印をつけて自由になる為に喰い回っていたのよ

全ての謎が解けた今なら貴方達につけられた印が分かる‥今からそれをこの身代わりに移していきます

私がその身代わりを使って鬼を騙せればもしかしたら貴方達は助かるかもしれない

でももし失敗したら貴方達はお山に行きなさい‥一生お山から出られないかもしれないけれど命までは取られないから‥

工藤、もし私が失敗してしまったらこの子達を連れてお山に行って‥それとこれを佐々ささら様に渡して頂戴

連絡を入れてあるのできっと辿り着けるようにご加護が頂ける筈だから‥」

白石川は説明しながら人型を人数分出し最後にいかめしい昔の果たし状のような手紙を工藤に差し出す。

「ちょ‥ちょっと待って‥そんな事して婆ちゃんはどうなるんだよ?」

佐伯はようやく我に返ってそう聞いた。

「私はね‥この仕事をすると決めた時から安寧な死は諦めてきたのよ」

「そんなのダメだよ婆ちゃん!

俺がバカやったのに婆ちゃんが死ぬなんて俺‥」

「そうです、俺等の問題っすよ!」

「そんな身代わりなら俺等、潔く死にますって!」

白石川が答えると佐伯を始め関わった皆が口を挟む。

「しっかりなさい光弘!貴方達もよ!

別に貴方達でなくても私はきっと誰かの身代わりとして死ぬ未来しかなかったの‥性分だからね

それでもこの年まで生きられたんだからもう充分よ

お母さんにはちゃんと連絡を入れておいたから明日、夜が明けたら電話をして謝りなさい

工藤、もし失敗した時はこの子達の親にちゃんと説明してあげて頂戴ね」

白石川は檄を飛ばすと最後に優しく皆に微笑んだ。

「じゃぁ、身代わりを作っていくから順番に手を出して頂戴」

それを聞くと皆はボロボロ泣きながら白石川の言うようにする。そうして全員の身代わり人形を作ると次にまた新しい紙を出し自分の身代わり人形を作った。

「これは私の身代わり人形よ‥もし失敗したらこれが真っ黒に変色するかボロボロに崩れ落ちるからそうなった時はお山に手筈通り非難をして頂戴

私はこれからあの場所へ戻ってこの身代わり人形で鬼を誘き出して皆が死んだように見せかけてみるから‥申し訳無いけれどその間だけ貴方の所でもう少しこの子達を頼めるかしら?」

白石川は最後に天宮を見て微笑んで聞く。

「構わないですよ」

天宮は優しく微笑みそれに応えた。

「工藤、ずっと振り回して申し訳無いけれどもう一度あそこまで私を運んで頂戴

そして私を降ろして此処へ戻ったら電話をくれるかしら?」

「承知しました」

白石川が立ち上がりながらそう言うと工藤も立ち上がり返す。皆は何とも言えない表情で二人を見送った。

「悪いけど僕は明日も手伝いが有るからもう休ませて貰うね

皆も適当に布団敷いて休んで良いからさ‥」

「ああ、何かいろいろ巻き込んでしまって悪かったな‥」

天宮が呆然とする皆に言うと恭介は躊躇いがちにそう返す。天宮は少し微笑んで座敷を出ると奥のドアへと姿を消した。

「巻き込んじまってあいつには本当に申し訳ないな‥俺等なんか一ミリも関係無いのに‥」

佐伯がそう言うと他の者も少し視線を下げる。

「昔からああいう奴なんだよな‥

もし俺がダメだったらお前等あいつにちゃんと俺達の分まで恩返ししてやってくれな‥」

恭介は躊躇いがちに微笑んで純也達にそう言った。その言葉に純也は何か言いかけて唇を嚙んだ。恐らく浩紀や井上もそうだったのだろう、皆は少し視線を外して俯きながら頷く。


張り詰めた空気の中、沈黙したまま小一時間ほどした時に玄関が開く音がした。工藤が戻って来るには早過ぎるし天宮も永藤も今は二階で休んでいる筈でいったい誰だろうかと皆の注目はそちらに向かう。

「ああ、お邪魔してごめんね

五月君に少し用があって来たんだけど‥もう休んでるかな?」

座敷の襖を開けて外人と思しき綺麗な青銀髪の青年が流暢な日本語で皆にそう話しかけてきた。

「えっと‥天宮なら上に居ると思いますけど‥呼びましょうか?」

ちょっと驚きながら恭介が立ち上がる。

「悪いけど頼んで良い?」

青年にそう言われると恭介はスマホを手に奥へ行きながら天宮に電話をかけた。上がっても部屋が分からないので手っ取り早く下から電話をしたのである。そして電話で降りて来るように言ってキッチン横の階段下で待った。

「どうかした?」

「何か銀髪の外人がお前の事訊ねて来てるんだけど‥」

階段を降りて来ながら天宮が聞くと恭介が返す。それを聞くと天宮は慌てて駆け出した。

琴吹ことぶき様!どうされたんですか?」

「ああ、榊さんが呑み過ぎて倒れちゃったんだよ

悪いけど二日酔いの薬ないかな?

明日、起きたら飲ませるからさ‥」

「もー‥またお爺ちゃんは調子に乗ってぇ‥直ぐ届けるんで琴吹様は戻られて下さい!」

「悪いけど頼んだよ」

そう言い置いて青年が去って行くと二階から永藤も降りてくる。

「今、琴吹様の声がしたみたいだったが?」

「お爺ちゃん達また呑んだくれて榊さんが潰れたんだって‥だからあれほど気を付けなって言ったのに‥先生、悪いけど様子見て来てくれる?

僕、薬と毛布持ってくから‥」

「ああ、分かった‥」

二人はそう会話をすると永藤は玄関へ行き、天宮はキッチンにある薬箱に薬を取りに行った。

「何か騒がしくてごめんね

僕、ちょっと向こうの様子見に行ってるからまた何かあったら連絡して‥」

「ああ、迷惑かけてるのはこっちだし俺達の事は気にすんなよ」

天宮がそう言いながら押し入れから毛布を一枚出すと恭介は返し、そのまま天宮は慌しく出て行く。

「やっぱりどう見ても女子だよなぁ」

その後姿を見送ると小田がポツリと溢した。


その頃、白石川と工藤は無言で廃墟への道行きを進んでいた。

「貴方にもいろいろと世話になったわね

後の事は優里に任せてあるから貴方も好い加減、独立なさい」

あと数分の距離まで来ると窓の外を眺めながら白石川がそう言う。

「私の方こそ何もご恩返しが出来なくて申し訳ありませんでした

本来なら私が身代わりにならなければならない案件です」

チラッと白石川を見てから工藤が答えた。

「ふふ‥それは始めに禁じたでしょ?

本当に律儀な子ね‥もう十分、付き人として尽くして貰ったわ

今まで本当にありがとう‥どうか孫を宜しく頼むわね」

「命に代えても佐々良様の元にお連れします」

少し笑って白石川が言うと工藤は答えながら涙を一筋流す。そして廃墟まで来ると白石川は車を降り、工藤は少し頭を下げてから車を出して神社へ急いだ。

 〈さて‥今はこの身に張った結界で勘付かれてはいないだろうけれど此処に居ては人の目に触れてしまうわね〉

白石川は辺りを見回しそう思うと廃墟の方へ歩き出す。まだ夏休み前の平日なので肝試しも来ないだろうと一旦、其処へ身を寄せる事にした。廃墟に入ると手提げの中から先程と同じようにろうそくと線香を出して焚く。

 〈これも少しくらいは目晦ましになるかしらね‥〉

そう考えながら手にした塩の袋を開けて辺りに撒いた。あれこれ思い付く準備をして工藤からの連絡を待つ。


どれほど時間が経ったのか少し緊張が切れかけそうになっている所へ工藤からの電話が鳴った。

『ただいま神社に戻ってきました』

「そう‥じゃぁ、手筈通り私の身代わりに変化が有れば日の出と同時に佐々良様の所へ向かって頂戴

自由に動けるようになったと言っても明るい間はまだ動きが鈍いだろうから‥確率は少ないけれどもし無事ならば連絡を入れるわね‥さようなら」

工藤が言うと白石川はそれだけ言って電話を切る。それから身代わりの紙人形を出すとその上に手を置いた。すると佐伯達の幻が目の前に現れ白石川はその場に倒れ込んだ。そして皆と同じように霊体となり結界を解く。

「見つけ‥た‥見、つけた‥美味そう‥な、匂い‥が、する‥」

そう言いながら奇怪な生物とも言えない異形の鬼が床から這い上がるように姿を現した。

「やっぱりまだ近くに居たのね」

白石川はそう言ってから祓えの言葉を唱えるが鬼は全く動じずに幻の一つを手に取り口の中へ入れる。すると幻は消え人型が燃え消えた。まるでスカを食らったような感覚に鬼は戸惑いながら自分の手を眺めたりキョロキョロする。

「だ‥まされた‥騙され‥た?

も‥っと食おう‥ぜ、んぶ‥喰おう」

居なくなってしまった人間に戸惑った後、そう言って次の幻を口にするが同じ事になり、また同じ言葉を繰り返す。何度も同じ事を繰り返す鬼に白石川は思いつく限りの攻撃を試みていたがどれも全く利かなかった。そして身代わり人形が消える度に白石川自身がダメージを追っていく。

 〈やはり私の力では敵わなかったわね〉

最後の一人に手をかけた鬼を見ながら白石川は死を覚悟した。抜け出た霊体は既に幻よりも薄くなっている。恐らく最後の一人を喰われれば魂はもう身体に戻れないだろう。鬼が幻を口に運んだ刹那、白石川は目を見開き固まった。鬼の首が胴体から転げ落ちたのだ。鬼は身代わりを掴んだままその場に倒れ込み白石川は訳が分からず呆然となったがテラスの向こうから差し込む月明かりに照らされ佇む人影に目が釘付けになる。

白髪の鬼に抱えられた見覚えのある少女のような青年。

「良かった間に合って‥」

天宮はそう言うとスタンと地面に降りる。その手には鬼の血に染まった日本刀が握られていた。

「天宮‥君?」

消えそうな霊体のまま白石川は呆然と呟く。

「本当は手出ししちゃいけない決まりなんだけどやっと許可が下りたから特別ね

それより早く身体に戻った方が良いよ

まぁ、もう戻ってもその状態じゃ、そう長くは生きられないだろうけど‥でも皆が帰りを待っているだろうから少しでも安心させてあげて‥」

天宮が言うと白石川は言われたように身体に戻る。何とか上体を起こすがもう僅かな生命力しか残っていないせいか酷く身体が重く感じた。

「貴方は一体‥」

少し咽てから呼吸を整え白石川が聞く。

「僕は鬼を狩る家に生まれた鬼狩なんだ

この鬼は僕の盾だから心配しないで‥それと僕が此処に来た事やこの事は皆には言わないでね

まぁ、言おうとしても怖い人達に口を塞がれるだろうけれど‥」

そう言うと天宮は鬼に目配せして白石川を連れて来るように促した。鬼は白石川を優しく抱き上げると天宮に付いて行く。空が少し白んでいてもうすぐ朝だと分かった。天宮は建物入り口の道路から少し陰になる部分のゴミを払い、綺麗にしてから其処に白石川を降ろすよう鬼に合図する。

「僕達はもう行くけど自分で助けを呼べそう?」

「ええ、工藤に電話をかけるわ」

天宮が聞くと白石川は微笑んで返した。それを見ると天宮は昨日のようににっこり人懐っこい笑顔で微笑み白石川を置いて去って行く。白石川はそれを見送ると工藤に電話をかけた。


純也達は一睡もせずにいて白石川からの電話で安心し、皆は戻って来るのを待つ。日が昇り始めた頃にようやく工藤が瀕死の白石川を連れて戻って来た。

「良かった‥婆ちゃん‥生きてて良かった‥」

佐伯は白石川の顔を見るとそう言って泣き崩れる。

「無事に終わったわ‥此処の神様が助けて下さったのよ」

白石川は皆にそう言って微笑んだ後に気を失うように眠ってしまった。佐伯と工藤は一瞬、慌てたが眠っているだけだと気付くと布団をそのままにしてある小部屋の方へ白石川を連れて行き寝かせる。

「皆、おはよう、向こうで余分に作って貰ったからこれ食べて!」

玄関が開くと同時に天宮が大声で言うのを聞いて恭介達が慌てて廊下に出る。

「すまん、気を使わせてばかりだな‥」

「良―よ‥それより白石川さん戻って来たの?」

恭介が言うと天宮は両手に持った籠を置いてそう返した。

「婆ちゃん無事に戻って来たよ‥ありがとう‥」

佐伯はそう言うとまたボロボロ男泣きする。

「そ、じゃぁ、もう安心なんだね

だったらこれ食べて寝てから帰れば良いよ

向こうの部屋からずっと明かりが見えてたし昨日は一睡もしてないでしょ?」

「そうさして貰えると助かるよ」

天宮が言うと純也も申し訳なさげに微笑んで返す。

「僕、今日も向こうの手伝い有るからこっちへはそんなに戻って来れないし適当に片して帰ってくれて良いからね

急用の時はまた電話して‥じゃ!」

そう言い置くとまた社務所の方へ戻って行った。純也達は籠に入った出来立ての食事の香りに生唾を飲んだ。昨日は一睡もしていない上に夕食以来、何も食べていなかったから尚更に空腹が際立っている。皆はいそいそとそれを座敷に持ち込むと食べた。そして食べ終わると片付けは後回しにして座卓を寄せ、急いで布団を敷いて皆で雑魚寝をする。殆ど皆、横になるなり眠りに落ちた。


天宮は詰め所を出ると社務所の方へ向かい本殿の方を見て頭を下げる。其処には昨日の琴吹様と言われていた青年が立っていた。琴吹はそんな天宮を手招きする。それに応えて駆けて行くとその傍でまた深くお辞儀をした。

「この度は私事に許可を下さりありがとうございました」

頭を下げたまま天宮が丁寧に礼を言う。

「まぁ、低級でも鬼は鬼だしほっておく方が問題だからね

それに新人鬼狩である君の事は唯天いそらから宜しく言われてるから多少の事は大目に見るよ

でも今後は一般人に狩る姿を晒しちゃいけないよ?」

「はい、肝に銘じておきます」

苦笑しながら琴吹が言うと更に深く頭を下げて天宮は返した。

「大事な友達ならあの子達にはもう少し釘を刺しておきなね‥俺みたいに失くす事になる前にさ‥」

琴吹はそう言い置くと本殿の奥へと入って行く。完全に姿が見えなくなるとようやく天宮は頭を上げて長い溜息を吐いた。


夕暮れまではまだ時間がある午後の事、純也達は表が少し騒がしいので目を覚まし座敷の障子を開けて広縁越しに表を見ると人が何やら右往左往している。

「あ、起きたの?」

こちらを見ている純也達に気付くと荷物を運んでいた天宮が荷物を持ったまま近付いて来て純也は広縁のガラス戸を開けた。

「ゆっくり休めた?」

「ああ、何か大変そうだな‥俺達も手伝おうか?」

天宮が微笑んで言うと恭介は返す。

「大丈夫、もう終わりだから‥」

「五月、こちらはもう良いですからご友人の所へ戻って上げなさい」

天宮が答えるとその後ろから身なりの良い青年がそう言いながら通り過ぎた。

「大丈夫です!‥じゃ、また後でね」

天宮は急いで返し慌てて荷物を運ぶ。何となくその様子を眺めつつもガラス戸を閉じ、そのまま外の様子を見ていると社務所から昨日の外人が数人を引き連れて出て来て前を通り過ぎる時に純也達に気付き笑顔で少し手を振ってきた。純也達も少し微笑むと皆それぞれに会釈する。

「お客さんってあの人の事なのかな?」

「そうなんじゃね?

何かめっちゃいっぱいSPみたいな人連れてるし‥」

「それにしても綺麗な人だったね‥あんな見事な銀髪って憧れちゃうなぁ‥」

純也と浩紀が言うと雅は見惚れるようにそう続けつつ後姿を見送った。そして姿が鳥居の向こうに消えると障子を閉める。

「それよかあいつが戻ってくる前に片付けようぜ‥」

恭介は朝食を食べてそのままになっている寄せられた座卓の上を見ながら言う。皆はそれに気付くとそうだったと布団を片付け、洗い物をキッチンに運んで片付けていった。そして片付けが終わる頃に天宮が戻って来る。

「あ、綺麗に片してくれたんだね‥ありがとう」

「こっちこそいろいろ世話になってサンキュな‥」

天宮が座敷に入って来て言うと恭介が返した。

「昨日、此処に来たイケメンの外人さんが客だったのか?

もしかして何かの撮影とか?」

「ああ、琴吹様はハーフだけどれっきとした日本人だよ

此処にお祭りしてる龍神様を拝みに来て下さるんだ‥すっごい偉い人だからなかなか会えないんだけど今回はゆっくり滞在して下さったからいっぱい話せて感動しちゃった」

純也が聞くと天宮は感動しながら胸に手を置く。

「へぇ‥日本語上手いと思ったらハーフだったんだ」

「何かそんな大事な時に邪魔して悪かったな‥」

小田と佐伯も続けた。

「別に良いよ、琴吹様も皆の話をしたら面白がってくれたし‥それよりお婆さんは大丈夫そう?」

「うん、お陰様でさっき目が覚めたみたいで工藤さんが様子見てる

起きられそうならそろそろお暇させて貰うよ」

天宮が聞くと佐伯は少し申し訳無さそうに返す。そうして話していると白石川が工藤に支えられながら座敷に戻って来た。

「婆ちゃん大丈夫?」

「ええ、もう平気よ」

佐伯が気遣うように言うと白石川は微笑んで答える。

「んじゃ、俺達そろそろ行くよ

また改めて礼に来るから‥」

恭介がそう言いながら立ち上がると皆もそれぞれ立ち上がった。

「別にそれは良いってば‥それよりもう危ない事しちゃダメだよ」

天宮は苦笑しながらそう返す。

「本当にありがとうございました」

「お大事にして下さいね」

白石川が礼を言うと天宮は笑顔で答えた。本当はもっと感謝の言葉を述べたかったのだが言葉にしようとしても声にならない事に気付いて白石川は困ったように微笑むしか出来ない。それを察して居るのか天宮はにっこり微笑んだ。それから皆はぞろぞろと駐車場の方へ向かうと天宮は手を振って見送る。石段の手前で駐車場の方から戻って来た永藤と顔を合わせると皆は口々にお邪魔しましたと挨拶しながら丁寧に礼を言う。

「気を付けて帰れよ」

そう言って永藤はその横を通り過ぎるが白石川は嗅いだ覚えのある匂いに慌てて振り返った。

「どうかしましたか?」

身体を支えていた工藤がそう聞くと白石川は遠くなるその後姿を見て微笑むとまた視線を戻して歩き出す。

「何でも無いわ」

返して微笑むと心の中で一言、ありがとうございましたと呟いた。


皆が自宅に戻る頃、富沢や美濃の葬儀の連絡が入り、また皆は一緒にそれらに参加する。結局、純也の休みはこうしてバタバタした状態で過ぎ、碌に実家でのんびり過ごす事は出来なかった。自宅へ帰る時も戻って来ても出歩くばかりでちっとも実家に居なかったと両親に嫌味を言われる始末である。

それから自宅に帰って何時もの生活に戻り、休んでいた分の課題に追われつつも何とか無事に夏休みを迎えると純也はまた実家に戻って来た。あの後、純也は浩紀だけで無く恭介達とも頻繁に電話する仲に戻り、佐伯達ともよく連絡を取り合うようになった。そして純也が実家に戻って来たタイミングで皆は集まる事にした。皆で天宮の所へ礼を言いに行く為である。

「そっか‥お婆さん亡くなったのか‥」

皆で集まると佐伯が先日、白石川が亡くなったと報告したので皆はしんみりなる。

「でも婆ちゃん‥最後は穏やかだったよ

皆と充分な別れが出来て最後まで笑顔だったし‥俺達のせいで寿命は縮んだかもしれないけどこんなに穏やかに逝けるのも俺達のお陰だって言ってた

自分の分まで天宮にお礼言ってくれってさ‥」

佐伯は少し涙目だったが笑顔で皆にそう言った。そして皆で手土産を買いに行き神社へ向かう。

「いらっしゃい!

どうしたの皆揃って‥」

社務所の売店に居る天宮を見つけて皆で顔を出すと驚きながら天宮は身を乗り出す。

「遅くなったけどこの間の礼を言いに来たんだよ

これ、皆で食べてくれよ」

恭介が返しながら両手に持った紙袋を差し出した。

「わぁ、めっちゃ高級なヤツばっかりじゃん!

良いのこんなに?」

天宮は受け取って中を覗きながら嬉しそうに言う。

「五月、こっちは良いから‥」

「ありがとう先生、じゃぁ、ちょっとだけ休憩して来るね」

暖簾の奥から顔を出して永藤が言うと天宮は返して皆を連れて詰め所の方へ移動した。

「何かお前の神主姿って違和感しか無いな‥」

全身をまじまじと見ながら恭介が言うと皆も同意するように頷く。

「何だよ!七五三みたいとか言いたいの?」

「そうじゃ無くて何って言うか‥巫女装束のが似合うんじゃね?」

ちょっと膨れながら天宮が返すと純也が苦笑しながら続けた。

「それ‥氏子さんにも言われるんだよね

まぁ、僕自身も巫女装束の方が好きだけどさ」

脱力しながら天宮が返しつつ詰め所の玄関を開けて中に入る。そして座敷でお茶を飲みながら談笑した。

「そっか‥お婆さん亡くなったんだね」

天宮も訃報を聞いて少ししんみりする。佐伯は純也達に言った事を天宮にも話した。

「穏やかな最後なのはちょっと安心した

でも忘れないで‥お婆さんは君達の為に命を懸けたんだよ

それを肝に銘じて金輪際、自分から危ない所には近付かないでね」

天宮はそう釘を刺すと少し微笑んでお茶をすする。

「うん‥分かってるよ」

佐伯も答えてお茶をすすった。それから少しだけ話して皆は天宮の神社を後にする。天宮は石段の上から手を振りながらそれを見送った。小さくなる皆の後姿の手前にぼんやり影が浮かんで人形に容を成すとその人影は天宮に深く頭を下げる。

「お役目お疲れ様でした」

その影に労いの言葉をかけて微笑むと天宮は社務所へと戻って行った。






                 おわり



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