第五話 武士だって褒められたい! ~藩士満足度(ES)向上↑↑福利厚生カーニバルの巻~
栗田謙信が目安方筆頭に就任して以来、相馬中村藩には、まるで春一番のような、しかし時折、予測不能な台風の目を伴う、めまぐるしくも新しい風が吹き荒れていた。
藩主・相馬昌胤肝いりの「目安箱」は、今や領民だけでなく藩士たちからの声も集めるホットラインとなり、前代未聞の「藩士大運動会」は、長年凝り固まっていた藩士たちの心身を解きほぐし、部署間の垣根を打ち破るという奇跡的な効果を生んだ。記憶に新しい「藩内リサイクルオークション」は、わずかながらも藩庫を潤し、「もったいない精神」という新たな価値観を藩内に芽生えさせた。
そして謙信の情熱の矛先は、藩財政の根幹に巣食う「構造的問題」へと向けられ、鉄壁と謳われた勘定奉行・渋沢監物との間に、丁々発止、火花散る、しかしどこか奇妙な緊張感を伴う予算折衝が繰り広げられている真っ最中であった。
「間伐材活用プロジェクト」という、一見すると荒唐無稽な夢物語のような計画も、渋沢奉行の渋々ながらの「検討の余地なきにしもあらずんばあらず(要するに、まだ許可はしていないが、完全に却下したわけでもないという、極めて分かりにくいニュアンス)」という言質を得て、小さな、本当に小さな一歩を踏み出したばかりだ。
だが、謙信の「改革という名の大暴走」は、それで終わりではなかった。彼の信念の根底には、常に「人」がいた。前世、24時間365日営業のコンビニエンスストアという、顧客接点の最前線、いや、もはや戦場で、彼はその骨身に染みるほど叩き込まれていたのだ。「従業員のハッピーなくして、お客様のハッピーはあり得ない! スタッフの笑顔こそが、最高のサービスであり、最強の販促ツールなのだ!」と。
「渋沢奉行様との『予算獲得ネゴシエーション・セカンドシーズン』は、いわば『店舗改装のための資金調達』! ハード面の抜本的改革でございます! しかし、どんなに立派で最新鋭のハードウェア(店舗設備)を導入しても、それを情熱と誇りを持って動かす『ヒューマンウェア』、すなわち『かけがえのない人財』の質と、その『内発的動機付け(やる気スイッチ)』が伴わなければ、まさに宝の持ち腐れ、豚に真珠、猫に小判! 我が相馬中村藩の真の競争優位性は、藩士一人ひとりの『尽きせぬモチベーション』と組織への『揺るぎないエンゲージメント』、そして何よりも心身ともに健やかな『究極のウェルビーイング状態』にかかっているのでございます!」
目安方執務室(通称:イノベーション・ハブ兼メンタルヘルス・クリニック兼権左衛門の胃痛製造工場)で、謙信は、唯一無二の部下であり、最大のツッコミ役であり、そして最も信頼する(と本人は思っている)岩田権左衛門と、目安方の若手ホープ(という名の、謙信の無茶ぶりに健気に付き合う健気な子羊たち)である田中新兵衛、結城小平太を前に、いつものように目を少年漫画の主人公のごとくキラキラと、いや、もはやギラギラと輝かせながら熱弁をふるっていた。
執務室の壁には「藩士ファースト宣言!」「目指せ5つ星ホワイト藩!」「残業ゼロでも成果は無限大!」といった、およそ武家社会の執務室には似つかわしくない、斬新すぎるスローガンが、昨日よりも確実に増えている。
「また新しい、聞いたこともない横文字のオンパレードか…『えんげーじめんと』に『うぇるびーいんぐ』に『もちべーしょん』…栗田、お主の頭の中は、一体全体どうなっておるのだ。先の運動会で、確かに藩士たちが少しばかり浮かれて…いや、元気になったのは認めるが、武士たるもの、己の感情や満足度などにいちいち左右されず、黙々と日々の職務に励み、主君への忠誠を尽くすのが本分であろうが。第一、その壁の貼り紙は、日に日に増えておるが、まるで新興宗教の布教所のようではないか。気味が悪いわ」
権左衛門は、机の上に山と積まれた、謙信がまたもや徹夜で作成したと思われる「藩士ウェルビーイング向上&モチベーション最大化戦略ペーパー~目指せES(従業員満足度)ナンバーワン藩!~(全250ページ、カラー図解・感動の藩士体験談(捏造含む)・謎のポエム多数収録)」と書かれた、もはや巻物というより丸太に近い代物を前に、本日何度目か、いや、もはや数えるのも億劫になるほどの深いため息をついた。彼の胃袋は、謙信が目安方に就任して以来、常にキリキリと悲鳴を上げ続けている。
「権左衛門殿、それは『昭和…いえ、封建時代の滅私奉公型モーレツ社員的発想』でございます! 現代の…もとい、これからの先進的な、そして持続可能な組織運営においては、個々の構成員の持つ『自己実現欲求』と『成長欲求』を最大限に満たし、自律的な『キャリアパス形成』と『生涯学習』を積極的に支援し、組織全体として『心理的安全性』の極めて高い、風通しの良いオープンな職場環境を構築することが、イノベーション創出と組織のレジリエンス強化、そして最終的には藩の永続的な繁栄に、絶対不可欠なのでございます!」
「分かった、分かったからもうその長くて回りくどい、そして全く意味の分からん呪文を唱えるのはやめてくれ。胃に悪い。で、具体的に、今度は一体何をしでかすつもりだ。まさか、毎日藩士一人ひとりの悩みを聞いて回り、肩でも揉んで回るというわけにもいくまい。お主の手は二本しかないのだぞ」
「もちろんでございます! 拙者の手は二本しかございませんが、拙者には信頼できる仲間がおります! そして何よりも、先日実施いたしました『改訂版・藩士意識調査アンケート~あなたの本音が藩を変える!そして未来も変わる!~』の結果を、AI…いえ、拙者の持つ全ての分析能力を駆使して徹底的に分析し、そこから見えてきた、我が藩が抱える深刻な『構造的課題』と、藩士たちの切実なる『潜在的ニーズ』に対する、具体的かつ効果的な『ソリューション・パッケージ』を、皆様と共に、今こそ実行に移して参るのでございます!」
謙信は、自信満々に、まるで救世主のような輝かしい笑みを浮かべて胸を張った。彼の頭の中には、すでに壮大かつ奇想天外、そしておそらくは抱腹絶倒間違いなしの「藩士向け福利厚生カーニバル・シーズン2」の、詳細な実施計画とタイムスケジュール、そして期待される効果(主にポジティブなものだけを抽出)が、完璧に描き出されているのであった。
最初の重要なステップは、言うまでもなく、例の「藩士意識調査アンケート」の結果分析と、その衝撃的な内容を藩の上層部に報告することであった。謙信は、目安方の若きエース、田中新兵衛と結城小平太を「アンケート分析プロジェクト・特命チーム」に任命(もちろん謙信が勝手に)し、数日間にわたり、目安方執務室に文字通り缶詰となって集計と分析作業に没頭した。
回収されたアンケート用紙は数百枚に及び、その一枚一枚が、藩士たちの心の叫び、日頃の鬱憤、秘めたる願望、そして時折、謎のイラストや達筆すぎる和歌、あるいは単なる落書きで埋め尽くされており、まさしくカオスそのものであった。
「組長! こちらのアンケート、回答が全て『給料上げろ』の五文字で埋め尽くされております! しかも筆跡から察するに、かなりのご身分の重臣の方かと…」新兵衛が、冷や汗をかきながら報告する。
「組長! こちらには、岩田先輩の似顔絵(ただし非常に悪意に満ちたデフォルメが施されている)と共に、『毎朝の小言を半分にしてくれたら、寿命が三年は延びる』との切実な訴えが…」小平太は、権左衛門の視線を気にしながら小声で囁く。権左衛門は、背後で般若のような形相で筆を握りしめている。
謙信は、そんなカオスなアンケートの山を前に、目を輝かせた。
「素晴らしい! これぞ生の声! これぞ『リアルタイム・ビッグデータ』でございますぞ! 新兵衛君、小平太君、これらの貴重なご意見を、まずは『定量データ』と『定性データ』に分類し、自由記述欄は『キーワード頻出度分析』と『感情極性分析(ポジネガ判定)』を行うのです! そして、クロス集計によって、属性(身分、年齢、部署など)別の傾向を明らかにし、我が藩が抱える問題の『ボトルネック』と『真因』を特定するのでございます!」
新兵衛と小平太は、謙信の口から飛び出す、まるで異世界の呪文のような言葉の数々に、目を白黒させながらも、必死に食らいついていった。
彼らは、謙信の指示(という名の、前世のマーケティングリサーチ会社も真っ青な高度な無茶ぶり)に従い、算盤と指を駆使し、時には徹夜で、膨大な量のアンケート用紙と格闘した。その結果、目安方執務室の壁という壁は、分析結果を書き出した大小様々な和紙で埋め尽くされ、まるで難事件を捜査する刑事部屋、あるいは狂人のアトリエのような異様な光景を呈するに至った。
数日後、ついに完成した報告書――『相馬中村藩・藩士意識調査結果緊急報告書~藩士たちの魂の叫びと、輝けるホワイト藩へのロードマップ~』と、やたらと長くて大袈裟な副題が付いている――は、もはや巻物というより、小さな子供なら隠れられそうなほどの巨大な筒となっていた。謙信は、それを抱え、評定での発表に向け、権左衛門を相手役に、連日連夜、血の滲むような(主に権左衛門の胃から)リハーサルを繰り返した。
「権左衛門殿! ここはもっと感情を込めて! 藩士たちの悲痛な叫びが、魂の奥底から響いてくるような感じでお願いします! そう、まるで愛する我が子を失った母親のような…!」
「馬鹿者! 俺は母親ではない! それに、そんな演技がかった報告で、誰が真剣に耳を貸すというのだ! もっと淡々と、事実だけを述べろ! それと、その手に持った指し棒で、いちいち俺の額を突くのはやめろ! 痛い!」
権左衛門の容赦ないダメ出しと、時折飛んでくる的確なアドバイス(主に「その横文字は誰も理解できんからやめろ」というもの)を受けながら、謙信のプレゼンテーションスキルは、微妙に、ほんの少しだけ向上した(かもしれない)。
そして、運命の評定の日。
城の本丸大書院には、藩主・昌胤をはじめ、筆頭家老・大和田常政、勘定奉行・渋沢監物、城代家老・酒井忠助ら、藩の重臣たちが顔を揃えていた。
いつもより心なしか緊張した面持ちの彼らの前に、謙信は、例の巨大な報告書の筒をドンと置き、深々と一礼した。
「皆様、本日はお忙しい中、貴重なお時間を賜り、誠にありがとうございます! これより、目安方筆頭・栗田謙信、我が相馬中村藩の未来を左右する、極めて重大かつ衝撃的なご報告をさせていただきます!」
謙信は、まるで世紀の大発見でも発表するかのような大袈裟な口調で切り出し、家老たちの注目を一心に集めた(主に「また何か馬鹿なことを言い出すのではないか」という、訝しむような視線が多かったが)。
そして、謙信による、怒涛のアンケート結果報告が始まった。
「…というわけでございまして、アンケート結果を多角的に、かつ統計学的に(もちろんアナログ手法で)分析いたしました結果、我が藩の藩士たちが日々抱えておりまする主な『ストレス要因』と『潜在的ニーズ』、そして『藩に対する切実なる要望』は、誠に遺憾ながら、そして断腸の思いではございますが、大きく分けて以下の五つに集約されるという、衝撃的な事実が判明いたしました! 一つ、『慢性的な経済的困窮と、将来の生活設計に対する深刻な不安感の蔓延』! 二つ、『旧態依然とした封建的上下関係に起因する、著しいコミュニケーション不全と人間関係の希薄化』! 三つ、『精神論と根性論に偏重した過酷な肉体的鍛錬と、それに伴う慢性的な精神的プレッシャー及びバーンアウトの危機』! 四つ、『変化に乏しく単調な日常生活と、自己成長やリフレッシュのための娯楽・自己啓発機会の極端な不足』! そして五つ目、これが最も深刻かもしれませんが、『自身の真摯な働きや日々の貢献が、藩や上役から正当に評価・認識されていないという、根深い不公平感と諦観』! これらをこのまま放置すれば、藩士の士気は地に落ち、有能な人財は次々と藩を見限り、その結果、我が藩全体の国力…いえ、藩力、組織力、そして何よりも『幸福度』の著しい低下は、もはや火を見るよりも明らかでございます!」
謙信は、自ら作成した、巨大な絵図を次々と掲げながら熱弁した。
そこには、「藩士の悩みワースト5・円グラフ(歪んでいる)」「世代別・不満度ヒートマップ(赤と黒が多い)」「理想の上司タイプ別ランキング(第一位は『話を聞いてくれる人』、岩田権左衛門は残念ながら圏外、というかむしろ『反面教師ランキング』の上位に食い込みそうな勢い)」「希望する福利厚生ベスト3(第一位は前回同様、圧倒的大差で『給金大幅アップ!』、第二位『休日増加!』、第三位『もっと美味い昼飯!』)」などが、謙信独特のタッチのイラスト(時々劇画風)と共に、これでもかと描き込まれていた。
評定の間の家老たちは、そのあまりにも赤裸々で、耳の痛い報告内容に、ある者は顔を真っ赤にして怒りに震え、ある者は青ざめて俯き、またある者は「これは…我が藩の現実なのか…?」と呆然とし、そして筆頭家老の大和田常政は、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、顔を鬼のように紅潮させて立ち上がり、怒鳴った。
「目安方!栗田ァ!貴様、一体何を馬鹿げたことを、この神聖なる評定の場で、臆面もなく並べ立てておるのだ! 藩士たちの不平不満をわざわざ針小棒大に掘り起こし、それをこのような公の場で、面白おかしく晒し上げるとは、一体全体どういうつもりだ! これは藩の結束を著しく乱し、士気を無闇に低下させる、許されざる愚行ではないか!」
渋沢勘定奉行も、冷ややかな目で謙信を睨みつけ、「…ふん、予想通りの、くだらん結果と、取るに足りぬ分析よ。武士たるもの、不平不満を口にするなど言語道断。そのような軟弱な精神では、いざという時に国は守れんわ」と吐き捨てた。
「大和田様、渋沢様、お言葉ではございますが、これは『問題の早期発見と可視化』でございます! 腫れ物に触るように、見て見ぬふりをし、臭いものに蓋をしていては、問題は解決するどころか、ますます深刻化し、やがては取り返しのつかない事態を招くことになりかねません! これは、我が藩の『現状を映す鏡』であり、いわば『藩の総合健康診断』の結果報告書なのでございます! 早期発見、早期治療、そして何よりも『予防』こそが肝要と心得ます!」謙信は、一歩も引かずに、しかし冷静に反論した。
藩主・昌胤は、腕を組み、終始興味深そうに、時に苦笑いを浮かべながら、両者のやり取りと、謙信の示した衝撃的な絵図の数々を眺めていた。
「うーむ、確かに、なかなか辛辣な意見が多いのう。しかし、これが藩士たちの偽らざる本音か…わしも、そして皆も、少々藩士たちの心の内を慮ることを怠っておったやもしれんな。面白い。特に『殿にもっと城下町で遊んでほしい。そして美味いものを奢ってほしい』という意見は、なかなかどうして参考になるではないか。はっはっは!」などと、相変わらずどこかズレた、しかし場を和ませるようなコメントを挟み、家老たちの顔をさらに引きつらせる。
城代家老の酒井忠助が、すかさず両者の間に入り、「まあまあ、大和田殿、渋沢殿。栗田の報告は、言葉は過激かもしれませぬが、全て我が藩を思うが故のこと。まずは最後まで、その…その『そりゅーしょん』とやらを聞いてやりましょうぞ」と、巧みに取りなした。
そして、謙信は、具体的な藩士の声として、「妻の作る握り飯が、ここ数年で確実に一回り小さくなり、中身の梅干しも種だけになったのが、日々のささやかな、しかし深刻な悩みでございます(三十代・徒士)」「隣の家の飼い犬が、毎晩のように遠吠えをして全く眠れず、日中の槍の稽古にもはや身が入りませぬので、目安箱に『犬のしつけ方教室開催希望』と『岩田権左衛門殿の小言を一日三分以内にするためのストップウォッチ設置希望』の嘆願書を投函する次第でございます(二十代・足軽)」など、会場が微妙な笑いとため息に包まれるような、コミカルだがどこか切実なエピソードを、匿名性を盾に次々と紹介し、家老たちに藩の「リアルな現状」を、これでもかと突きつけたのであった。
その衝撃的な報告会の後、謙信は間髪入れずに「福利厚生カーニバル・シーズン2」の具体的な施策実行へと動き出した。
まず、「昼餉クオリティ&ボリュームアップ・ネクストステージ計画」。前回の改善で藩士たちの胃袋を掴みかけた謙信だったが、アンケート結果で「もっと!もっとだ!」という熱い声が多数寄せられたことを受け、さらなる高みを目指すことを決意したのだ。
予算については、先のオークションの売上の一部と、渋沢勘定奉行との度重なる(そして涙なしには語れない)交渉の末に、渋々ながらも認めさせた僅かな追加予算を充当することになった。
謙信はまず、城の厨房を預かる料理頭・饗庭与一の元へ、三顧の礼ならぬ三十顧の礼くらいの勢いで日参した。
「饗庭様! 本日は『戦略的栄養摂取による藩士パフォーマンス最大化と、食を通じたエンプロイー・エクスペリエンス向上』について、ぜひともご相談がございまして!」
「…またお主か、目安方の騒々しい若造め。今度は一体何じゃ。ワシは年寄りで耳が遠い上に、最近は腰も痛むんでな、あまり難しい横文字や、突拍子もない要求は勘弁願いたいぞ」饗庭は、大きなまな板の上で、山のような大根を鬼のような形相で桂剥きにしながら、チラリとも謙信に目をやらずに言い放つ。
「はっ! 単刀直入に、かつ情熱的に申し上げます! 現在大変ご好評をいただいております昼餉の献立に、さらにパワーアップした『選択制デラックスメニュー』と、毎週金曜日のお楽しみ『週替わり黄金スペシャルランチ』、そして究極の『藩士健康増進・薬膳バイキング(月一回限定)』を導入し、我が藩士たちの『食のQOL』を、天元突破する勢いで劇的に向上させたいのでございます!」
謙信が自信満々に提示したのは、「Aランチ:メガ盛り!男飯スタミナ定食NEO(特大鶏唐揚げマウンテン丼、具沢山豚汁、山盛りキャベツ、食べ放題白飯)」「Bランチ:美食同源!彩りヘルシー御膳・極(旬の焼き魚、季節の野菜を使った天ぷら盛り合わせ、豆腐とワカメと油揚げの赤だし味噌汁、彩り野菜の炊き合わせ、十五穀米ご飯)」「Cランチ:麺食い昇天!濃厚鶏白湯魚介系特製相馬藩ゴールデンラーメン(鶏ガラと豚骨と煮干しを三日三晩煮込んだ濃厚スープ、自家製炙りチャーシューと極太メンマ、味付け半熟卵乗せ、替え玉無料)」といった、およそ質素倹約を旨とする武家の昼餉とは到底思えぬ、欲望丸出しの選択肢と、「毎週金曜日は、魅惑のスパイス香る『饗庭特製・本格欧風ビーフカレー(福神漬けとらっきょう添え)』の日!(前世の海軍の伝統を、何故か陸の孤島たる相馬藩で頑なに導入)」という、もはや誰にも止められない謎の提案だった。
饗庭は、鬼の形相で剥いていた大根の桂剥きをピタリと止め、その手に持った巨大な出刃包丁を、まな板にズブリと音を立てて突き立てると、ゆっくりと、そしてギロリと、まるで獲物を仕留める前の熊のように謙信を睨みつけた。
「……栗田殿。お主、本気でワシを愚弄し、そしてこの城の厨房を、江戸の繁盛店か何かと勘違いしておるのではないか? ここは日々質素倹約を旨とする相馬中村藩の厨房じゃ。江戸の贅沢な大名屋敷の料理番でもなければ、ましてや『人気らーめん屋』や『行列のできるかれー屋』などでは断じてないぞ。第一、そのような見ているだけで胸焼けしそうな多様な献立を、この限られた予算と、ワシと数人の手伝いしかおらん人員で、毎日毎日、寸分の狂いもなく用意できると、お主、本気で、心の底からそう思っておるのか? もしそうなら、お主の頭は相当におめでたいぞ」
「もちろんでございます! 予算につきましては、先日渋沢勘定奉行様との血と汗と涙の交渉の末に、何とかご承認いただいた『藩士エンゲージメント向上特別予算(リサイクルオークション売上の一部と、涙金程度の追加予算)』を戦略的に充当いたします! 人員につきましても、目安方の若い衆や、料理に心得のある元気な藩士の奥方衆に『調理補助ボランティア・エンジェルス(仮称)』としてご協力いただくための体制を、すでに構築済みでございます! そして何よりも、饗庭様の神のごとき卓越した料理の腕と、長年の経験に裏打ちされた効率的な調理オペレーション・ノウハウ、そして熱い職人魂があれば、必ずや、いえ、絶対に実現可能と、この栗田謙信、微塵も疑っておりません!」
謙信は、饗庭の頑固な職人プライドを巧みにくすぐりつつ、具体的な(という名の、かなり無理のある希望的観測に満ちた)予算計画と人員増強計画(という名の、奥方衆への甘い言葉による強引な勧誘計画)を提示した。
数日間にわたる謙信の、まるでしつこい訪問販売員のような粘り強い交渉(と、饗庭の好物である極上の日本酒や、江戸でしか手に入らない珍しい干物などの効果的な差し入れ攻撃)の結果、鉄壁を誇った饗庭与一はついに陥落。
「…分かった、分かった、もう酒はいいから帰れ。そこまで言うなら、一度だけ、本当に一度だけ試してみようではないか。ただし、ワシの目に適わぬ料理や、手際が悪く段取りの悪い手伝いであれば、即刻中止じゃぞ。それと、その『らーめん』とかいう、得体の知れん代物は、まずお主がワシの目の前で完璧なものを作り、ワシを唸らせてみせい。話はそれからじゃ」と、渋々ながらも、しかしどこか職人としての好奇心を刺激されたような目で、承諾したのであった。
こうして、相馬中村藩の昼餉は、再び、そしてさらに驚くべき変貌を遂げることになった。
選択制デラックスランチは、特に若い藩士たちや肉体労働の多い足軽たちから、もはや宗教的なまでの熱狂的な支持を受け、毎日昼の刻限になると、厨房の前には、江戸の有名芝居小屋の初日もかくやというほどの長蛇の列ができた。
「今日はAランチの鶏カ常陸カツ丼メガ盛り(チキンカツではない、常陸鶏を使った特製カツ丼)だ!白飯お代わり三杯は固いぞ!」「いや、拙者は断然Cランチの『饗庭スペシャル・濃厚味噌バターコーンラーメン(饗庭が謙信のレシピを元に独自に魔改造したもの)』にする!あの背脂とニンニクの魔力には抗えん!」といった、武士の会話とは思えぬ、欲望に忠実な会話が飛び交い、それまで黙々と、あるいは不平を言いながら味気ない握り飯を頬張っていた殺伐とした光景は完全に一変した。
そして、藩主・昌胤の「余も何か手伝いたい!」という鶴の一声で始まった「殿様まかないランチ」は、週に一度、藩主が自ら厨房に立ち(もちろん饗庭の鬼のような厳しい指導と監視のもと)、藩士たちに特製の料理を振る舞うという、およそ日本の封建社会の常識を根底から覆すような、前代未聞のイベントとなった。昌胤は、意外にも料理の才があったのか、あるいは単に新しい物好きで楽しんでいたのか、毎回趣向を凝らした料理(時には謙信の前世の記憶にある「オムライス風卵包みご飯・デミグラスソース(味噌ベース)添え」や「ハンバーグのような巨大肉団子・和風おろしポン酢(大根おろしと醤油)がけ」なども登場し、藩士たちを驚愕させた)を見事に作り上げ、藩士たちは、恐縮のあまり震えながらも、その意外な美味さと、何よりも殿の温かい心遣いに、腹も心も満たされ、感動の涙を流す者までいたという。
この「第二次昼餉革命」は、藩士たちの胃袋を完全に鷲掴みにするだけでなく、日々のささやかな、しかし確実な楽しみとなり、彼らの士気と忠誠心を、目に見えて、そして劇的に高めることに繋がったのであった。その結果、午後の業務効率が若干上がり、訓練中の怪我が少し減り、そして何よりも、藩士たちの顔から笑顔がこぼれる時間が増えたことは、謙信にとって何よりの報酬であった。
次に謙信が、満を持して、そして並々ならる情熱を注いで本格的に取り組んだのは、「目安方お悩み駆け込み寺(メンター制度&カウンセリングセンター試行版)~あなたの心の闇に光を灯します~」の開設であった。
「藩士の皆様が日々抱える、仕事上の困難、家庭内の不和、人間関係の軋轢、将来への漠然とした不安など、あらゆる種類の『悩み』や『ストレス』を、誰にも気兼ねすることなく、安心して打ち明けられ、専門的かつ共感的な『心理的カウンセリング』と、具体的かつ実践的な『ソリューション提供』を受けられる神聖なる駆け込み寺を設けることで、彼らの『メンタルヘルス・ウェルネス』を積極的にサポートし、組織全体の『生産性』と『創造性』、そして何よりも『幸福度』を飛躍的に向上させるのでございます!」
謙信は、目安方執務室の奥にあった、以前にも増して埃っぽく、薄暗く、何やら得体の知れない気配が漂う、いわくつきの物置を、再び自ら率先して大掃除し、畳を新調し、壁には落ち着いた色合いの和紙を貼り、質素ながらも清潔で、心からリラックスできるような「癒しの相談室」へと劇的に改装した。
そこには、謙信がどこからか、それこそ執念で調達してきた、ふかふかで座り心地の良い高級座布団(実は権左衛門が長年愛用し、隠していた秘蔵の品だったりする)や、心を鎮め、精神を安定させる効果があるという香(前世のアロマテラピーの知識を中途半端に応用し、様々な薬草をブレンドして作った、効果のほどは不明だが何やら複雑で不思議な香りがするもの)まで、甲斐甲斐しく焚かれていた。
相談員は、まず謙信自身が「チーフ・カウンセリング・オフィサー(CCO)」を名乗り、その任に当たることになった。さらに、各部署から、人望が厚く、聞き上手で、口が堅く、そして何よりも「他人の不幸は蜜の味」ではなく「他人の苦しみを我がことのように感じられる」温かい心を持った中堅藩士数名が、謙信による厳正な(という名の、ほぼ独断と偏見による)審査を経て、「公認メンター」として任命された。
謙信は、彼らに対し、自らが不眠不休で書き上げた、門外不出の秘伝の書「傾聴と共感のカウンセリング虎の巻~悩める子羊を導くための七七四十九の奥義~(実践ロールプレイング用ケーススタディ集付き)」や「アドラー心理学と認知行動療法の美味しいとこ取り!問題解決のためのロジカルシンキング実践ドリル(応用編)」といった、もはや正気とは思えない資料を配布し、数日間にわたる濃厚かつ(非常に胡散臭く、かつ爆笑必至の)スパルタ研修まで実施した。
「良いですか、皆様! カウンセリングの極意は『受容』『共感』『傾聴』の三位一体! 相談者の話を途中で遮ったり、頭ごなしに否定したり、知ったかぶりをして安易なアドバイスをしたりするのは、カウンセラー失格、いや、人として失格でございます! まずは『アクティブ・リスニング(積極的傾聴)』と『ミラーリング(共感的反復)』、そして『ノンジャッジメンタル・アティチュード(無批判的態度)』を心がけ、相手の心に深く寄り添い、共に涙し、共に悩み、そして共に一筋の光明を見つけ出す『真の伴走型支援』こそが、我々が目指すべき、究極のカウンセリング道なのでございます!」
メンター役として選ばれた藩士たちは、謙信の、まるで新興宗教の教祖のような熱弁と、時折混じる意味不明の横文字の数々に、半信半疑、いや九分九厘疑いながらも、その異常なまでの真摯さと、どこか人を惹きつけるカリスマ性に、知らず知らずのうちに引き込まれ、神妙な顔で、しかし内心では「本当に大丈夫か、この目安方…」と呟きながら頷いていた。
開設当初は、「目安方などに、何を相談するというのだ、武士の恥ではないか」「弱音を吐くのは女子供のすること」「そもそも栗田殿自身が一番カウンセリングが必要なのでは…」と、多くの藩士たちから敬遠され、閑古鳥が鳴いていた「お悩み駆け込み寺」だったが、謙信が自ら積極的に藩士たち一人ひとりに声をかけ、「どんな些細なことでも結構です! あなたの悩みは、藩の悩み! 秘密は墓場まで厳守! もちろん相談料は無料ですよ! さあ、心のデトックスを始めましょう!」と、まるで街角のティッシュ配りのように熱心に、そして若干強引に宣伝して回った結果、少しずつ、本当に少しずつではあるが、勇気ある(あるいは単に好奇心旺盛な)利用者が現れ始めた。
そして、一度利用した者たちの間で、「意外と話を聞いてくれる」「何だかスッキリした」「栗田殿は変な人だが、悪い人ではないようだ」といった口コミが広まり、相談室は徐々に、しかし確実に、藩士たちの心の拠り所として認知され、利用者が後を絶たない人気施設(?)へと変貌を遂げていったのである。
具体的な相談事例は、まさに多種多様、玉石混淆、奇想天外であった。
田中新兵衛の恋愛相談・第二章~フラッシュモブ(もどき)大作戦と、その悲劇的(喜劇的?)結末~:
前回、謙信から「夕暮れの橋の上で、自作の詩を詠みながら花を捧げる」という、少女漫画も真っ青なロマンティック・アドバイスを授けられた足軽の田中新兵衛だったが、いざ実行しようにも、詩作の才能は皆皆無、花をどこで手に入れればよいかも分からず、そもそも橋の上でそんなことをする勇気もなく、途方に暮れて再び駆け込み寺の門を叩いた。
「新兵衛君、ご安心なさい! そんなこともあろうかと、さらなる秘策『サプライズ・フラッシュモブ風プロポーズ大作戦・相馬中村藩バージョン』をご用意いたしましたぞ!」と謙信は目を輝かせる。
その作戦とは、新兵衛が想いを寄せる町娘・お春ちゃん(団子屋の看板娘)が、夕刻に井戸へ水汲みに行く道すがら、突然、物陰から目安方の若い衆たちが飛び出し、手作りの楽器(太鼓、笛、かね)を打ち鳴らしながら、謙信作詞作曲の恋の歌(「♪お春ちゃん、お春ちゃん、好きだー!世界で一番好きだー!」という、あまりにもストレートすぎる歌詞)を合唱し、驚くお春ちゃんの前に、新兵衛がビシッと正装(ただし若干着崩れている)で現れ、改めて愛を告白するという、壮大かつ無謀な計画であった。
練習は困難を極めた。目安方の若い衆は皆、歌も楽器も素人同然。謙信の熱血指導(という名のスパルタ特訓)にもかかわらず、音程は外れ、リズムはずれ、歌詞はうろ覚えという惨憺たる有様。権左衛門は「やめろ…頼むからやめてくれ…こんなものを聞かされたら、お春ちゃんとやらが卒倒するぞ…いや、むしろ俺が卒倒しそうだ…」と頭を抱えていた。
そして決行の日。夕暮れ時、お春ちゃんが水桶を手に現れると、物陰から飛び出した目安方の若い衆たちが、緊張のあまり顔を引きつらせながら、予定よりも半音高く、そしてテンポもバラバラな恋の歌を絶叫し始めた。
そのあまりの異様さと破壊的な歌声に、お春ちゃんは悲鳴を上げて水桶を落とし、その場にへたり込んでしまった。そこへ、タイミング悪く(あるいは良く?)、お春ちゃんの父親で、町でも有名な頑固者で知られる大工の棟梁・源五郎が、大きな金槌を肩に担いで通りかかった。
「な、何だ貴様ら!うちの娘に何をしおるかー!」
源五郎は、娘が怪しげな連中に囲まれて歌いかけられている(ように見えた)光景に激怒し、金槌を振り上げて突進してきた。
目安方の若い衆たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、新兵衛は顔面蒼白で立ち尽くし、そして謙信は「あわわわ、これは想定外の『リスク案件発生』ですぞ!」と一人でパニックに陥り、その場は大混乱となった。
結局、作戦は大失敗に終わった。新兵衛は源五郎にこっぴどく説教され、謙信は「二度とうちの娘に近づくな!」と出入り禁止を言い渡された。
しかし、その騒動の中で、新兵衛の真面目で一途な想いと、お春ちゃんを守ろうとした(つもりの)必死の姿が、源五郎の頑なな心を少しだけ動かしたのか、後日、源五郎は新兵衛を仕事場に呼び出し、「…まあ、おめえみてえな不器用な若造でも、うちの娘がそれでいいってんなら、わしは反対はしねえ。ただし、泣かせたら承知しねえぞ」と、ぶっきらぼうながらも、二人の交際を許したという。
謙信の作戦は失敗したが、結果的に新兵衛の恋は成就した(かもしれない)という、何とも皮肉な、しかしハッピーエンド(?)な結末を迎えたのであった。謙信は「これも全て計算通り!『炎上マーケティング』ならぬ『炎上プロポーズ』の成功ですな!」と一人で悦に入っていたが、権左衛門からは「お前は少し黙ってろ」と冷たく言い放たれた。
結城小平太のキャリア相談・第二章~プレゼン大会と意外な才能開花~:
剣術には絶対の自信があるものの、現在の地味な書庫番の仕事に不満を抱き、自身の才能を活かせる場を求めていた若手武士・結城小平太。謙信は、彼のために「自己PR&キャリアデザイン・プレゼンテーション大会」という、これまた前代未聞のイベントを企画した。
その内容は、小平太が、藩主や家老たちの前で、自身の剣術の腕前を披露しつつ、それを活かせる新しい役職(例えば、藩校の武術指導補助、若君たちの護衛兼剣術指南役、あるいは新設の「特殊機動警備隊(謙信が勝手に命名)」の隊長など)を自ら提案し、その必要性と効果を熱弁するというものであった。
「小平太君、プレゼンテーションの極意は『ストーリーテリング』と『エビデンス(証拠)』、そして何よりも『パッション(情熱)』です! まずは、あなたの剣術への熱い想いと、それを藩のためにどう活かしたいかという『ビジョン』を、感動的なストーリーに乗せて語るのです! そして、実際の立ち会い(安全には最大限配慮)や、過去の武勇伝(多少盛っても可)を『エビデンス』として提示し、最後に、あなたの熱い『パッション』で、聴衆の心を鷲掴みにするのです!」
謙信は、小平太のプレゼン資料(もちろん巻物形式)の作成を全面的にバックアップ。そこには、小平太の勇姿を描いた迫力満点の絵図(謙信画伯の自信作)、彼の剣術がいかに藩の防衛力向上に貢献するかを示した分析グラフ(もちろん謙信の独自理論に基づく)、そして「相馬中村藩の未来は、我が剣と共にあり!」といった、どこかで聞いたような熱いキャッチコピーが満載されていた。
プレゼン大会当日、小平太は、ガチガチに緊張しながらも、謙信の指導(という名の洗脳)の成果か、堂々とした態度で自身の想いと提案を述べ、そして見事な剣技を披露した。その真摯な姿と確かな腕前に、藩主・昌胤はいたく感心し、「うむ、小平太の剣術、そしてその心意気、見事であった! 酒井、早速、小平太に相応しい役目を検討せよ!」と、その場で異例の指示を出した。
結果、小平太は、若君たちの剣術指南役補佐という、彼の希望に近い役職を得ることができた。さらに、このプレゼン大会がきっかけとなり、他の若手藩士たちからも「自分も特技を活かせる仕事がしたい!」という声が上がり始め、藩内に新たな「人財発掘」の機運が生まれることになった。謙信は「これぞ『タレントマネジメント』の第一歩ですな!」と、したり顔であった。
古参武士・鈴木主水の「最近、物忘れが激しくて…ボケが始まったのでは…」という切実な相談:
長年、実直に藩に仕えてきたものの、最近とみに物忘れが激しくなり、仕事でミスを繰り返すようになったと、顔を曇らせて相談に訪れたのは、還暦を過ぎた古参武士・鈴木主水であった。
「主水殿、ご心配には及びません! それは単なる『加齢に伴う認知機能の一時的な低下』、あるいは『脳の栄養不足』が原因やもしれません! 最新の脳科学…いえ、古来より伝わる健康法によれば、『脳の活性化』と『記憶力の向上』には、適度な知的刺激とバランスの取れた食事が不可欠なのでございます!」
謙信は、どこからともなく、大量の和紙に手書きで作成した「目安方特製!脳いきいき活性化ドリル~これであなたも記憶の達人!~(間違い探し、クロスワードパズル風漢字クイズ、暗算問題、なぞなぞなど)」と、「記憶力増強!秘伝の薬膳レシピ集(青魚、大豆製品、緑黄色野菜などを中心とした、効果のほどは全く不明な献立)」を取り出し、主水に手渡した。
「まずは、この脳トレドリルを毎日欠かさず行い、脳に新しい刺激を与えましょう! そして、このレシピ集を参考に、奥方様に栄養満点の食事を作っていただき、さらに、毎日の出来事を簡単な日記に書き留める『ライフログ習慣』を実践すれば、あなたの脳は必ずや若返り、記憶力も飛躍的に向上するはずです! 『継続は力なり』、でございますぞ!」
主水は、半信半疑ながらも、謙信のあまりの熱意と自信に押され、その日から真面目に脳トレドリルと日記に取り組んだ。すると、数週間後、主水は再び駆け込み寺を訪れ、「栗田殿…感謝の言葉もない…あれから毎日、お主の言う通りにしたら、何だか頭がスッキリして、物忘れも少なくなった気がする! 先日は、若い頃に妻に贈った和歌まで思い出したわい!」と、涙ながらに報告した。
それが本当に脳トレの効果だったのか、単なるプラシーボ効果だったのか、あるいは日記を書くことで意識が集中した結果なのかは不明だが、主水が元気を取り戻したのは紛れもない事実であった。謙信は「これぞ『ニューロサイエンスと行動経済学の融合』ですな!」と、またも訳の分からないことを呟いていた。
若手武士・山田権之助の「もっと給金を上げてほしいのですが、どうすれば…昇進の道も閉ざされているようで…」という、あまりにもストレートで切実な相談:
生活が苦しく、将来にも希望が持てないと、やつれた顔で相談に来たのは、まだ若いが妻子持ちの、真面目だけが取り柄の武士・山田権之助であった。
「権之助殿、そのお悩み、痛いほどお察しいたします! しかし、ただ嘆いていても何も変わりません! 自ら行動を起こし、現状を打破するのです! それはすなわち、『戦略的自己アピールによる年俸交渉術』と『積極的キャリアアップ・プランニング』でございます!」
謙信は、権之助に対し、「まずは、ご自身の持つ『スキル』とこれまでの『実績』を徹底的に棚卸しし、『客観的な市場価値(という概念はこの時代にはないが、要するに他の藩ならどれくらいの禄高かという推定)』を正確に把握するのです! そして、それを具体的な数値やエピソードを交えてアピールするための『自己PR職務経歴書(武士バージョン)』と『業務実績報告書(定量目標と達成度明記)』を作成しましょう!」と、およそ武家社会の常識からはかけ離れた、しかし前世の転職活動では常識であったアドバイスを授けた。
権之助は、謙信の指導のもと、生まれて初めて「職務経歴書」なるものを作成。そこには、「槍術:中の上(ただし実戦経験なし)」「算術:やや苦手(ただし計算ミスは少ない)」「特技:早食い(昼餉の握り飯競争では常に上位)」など、正直すぎる内容が書き連ねられていた。謙信は頭を抱えながらも、「権之助殿、もう少し…その…『盛る』というか、『ポジティブな表現』を心がけましょう!」と、必死に添削指導を行った。
そして、完成した「山田権之助・渾身の自己PR職務経歴書(大幅脚色版)」を手に、権之助は、清水の舞台から飛び降りる思いで、渋沢勘定奉行に「給金アップと昇進に関する直訴状(という名の、ほぼ転職希望届)」を提出しようとした。もちろん、その前代未聞の行動は、城内で大きな騒動となり、権之助は上役からこっぴどく叱責され、渋沢勘定奉行からは「貴様、武士の分際で銭の計算ばかりしおって!それでも武士か!」と一喝された。
しかし、その騒動が藩主・昌胤の耳に入り、「ほう、職務経歴書とな?面白いではないか。どれ、わしも見てみよう」と、昌胤が権之助の書状に目を通した結果、「ふむ、早食いが得意とな?それはなかなかの特技じゃ。よし、権之助、今度わしと大食い競争でもしてみるか。もしわしに勝てたら、禄を少しだけ上げてやらんでもないぞ」という、まさかの展開となった。権之助が本当に禄を上げてもらえたかどうかは、彼のその後の胃袋の大きさと運次第であった。
謙信は「これも『ダイレクト・ネゴシエーション』の一つの形ですな!」と、騒動を遠巻きに眺めながら満足げに頷いていたが、権左衛門からは「お前が余計な知恵を授けるから、事態がややこしくなるのだ!」と、後でこっぴどく叱られた。
岩田権左衛門の「お前(謙信)の奇行と無茶ぶりのせいで、俺の胃はとっくに限界だ!この責任、どう取ってくれるのだ!」という、もはや相談というより魂の叫びに近いクレーム:
連日の謙信の奇行と、その尻拭いに奔走させられる日々に、ついに堪忍袋の緒が切れかかった(あるいはすでに切れていた)権左衛門が、ある日、鬼のような形相で駆け込み寺に怒鳴り込んできた。
「栗田ァ!いい加減にしろ!お前のせいで、俺の胃はもうボロボロだ!毎晩うなされて眠れん!この間など、夢の中でお前に追いかけられながら、延々と『ぴーでーしーえーさいくる』を回させられたわ!この責任、どう取ってくれるつもりだ!」
「権左衛門殿、お待ちしておりましたぞ! それは典型的な『上司部下間コミュニケーション不全に起因する、重度のストレス性胃腸炎及び睡眠障害』、いわゆる『マネジメント・バーンアウト症候群』の初期症状と拝察いたします! 誠に申し訳ございません! 拙者の『部下への配慮不足』が原因でございます!」謙信は、深々と頭を下げ、心なしかしおらしい態度を見せる。
しかし、次の瞬間、彼はパッと顔を上げ、目を輝かせた。
「ですが、ご安心ください、権左衛門殿! そのような症状に特効のある、素晴らしい解決策がございます! それは…『相互理解と信頼関係再構築のための、感動のオフサイト・チームビルディング・ミーティング(という名の、二人きりの温泉旅行と腹を割っての徹底討論合宿)』と、さらに『アサーティブ・コミュニケーション&アンガーマネジメント特別集中講座』の受講でございます! これで、我々の間の『見えざる壁』は取り払われ、真の『ゴールデンコンビ』へと生まれ変われること間違いなしですぞ!」
権左衛門は、謙信の、全く悪びれる様子もなく、むしろ嬉々として提案された、さらなる苦行としか思えない解決策を聞き、ついに言葉を失い、その場にがっくりと膝をついた。
「……もう…もういい……頼むから、これ以上、俺を巻き込まないでくれ……俺はただ、静かに、平穏に暮らしたいだけなんだ……」
その日、目安方お悩み駆け込み寺には、一人の武士の、魂の奥底からの、そしてあまりにも切実な呻き声が、いつまでも響き渡っていたという。
この「お悩み駆け込み寺」は、様々な珍相談や、抱腹絶倒の奇妙な解決策(?)を生み出しながらも、藩士たちの心の拠り所、ガス抜きの場として、徐々に、しかし確実に定着しつつあった。
謙信の元には、いつしか「目安方様は、我らが心のオアシス、いや、もはや生き神様でござる」といった、少々持ち上げすぎな感謝の手紙まで、山のように届くようになったという。
そして、いよいよ、謙信が福利厚生改革の目玉として企画した、「月間MVP(Most Valuable Samurai)制度~頑張った人が報われる、夢と希望と感動の表彰式~」の、記念すべき第一回受賞者選考と表彰式が執り行われる日がやってきた。
「武士たるもの、己の働きが正当に評価され、衆人の注目の中で、それも藩主様から直々に表彰されることは、家門の誉れ、何物にも代えがたい名誉であり、明日への活力、モチベーション向上の最強特効薬! このMVP制度を通じて、我が藩全体の『ハイパフォーマンス追求意識』と、互いを認め合い、高め合う『切磋琢磨する健全な競争と共創の文化』を、この相馬中村藩に根付かせるのでございます!」
謙信が、評定の場で、涙ながらに(もちろん演技で)熱く語ったMVP制度の概要は、前回よりもさらに具体的かつ、若干複雑になっていた。
毎月末、藩への貢献度(武芸の練磨度、日々の業務改善提案とその成果、同僚への献身的サポート、領民からの感謝の声、目安箱への建設的な投書など、多角的かつ総合的な視点から評価)が、最も突出して高かったと認められる藩士一名を「月間MVP」として選出する。選考は、目安方が藩内に設置した「サンクス木簡ポスト(小さな木簡に感謝の言葉を書いて投函するシステム)」に寄せられた推薦の声(他薦)や、本人の自己PR(自薦、ただし所定のフォーマットと厳しい文字数制限あり)、及び各部署の上役からの内申書を基に、藩主・昌胤(最終決定権者)、城代家老・酒井忠助(調整役)、目安方筆頭・栗田謙信(革新性・アイデア・チャレンジ精神重視枠)、目安方次席・岩田権左衛門(実直・堅実・地道な努力重視枠)、そして何故か勘定奉行・渋沢監物(費用対効果・藩への実利貢献・無駄のなさ重視枠)と筆頭家老・大和田常政(伝統・武士の規範・家格重視枠)という、およそ水と油、月とスッポン、カレーライスとショートケーキくらい相性の悪そうなメンバーで構成される「月間MVP特別選考委員会」が、合議の上、厳正に、そして公正に行う(という建前になっている)。
受賞者には、藩主から直々に、特注の表彰状(金箔押し、藩主の御印付き)と、超豪華(と謙信が主張する)副賞が授与される。
記念すべき第一回のMVP選考は、予想通り、いや、予想を遥かに超えて難航を極めた。
まず、「サンクス木簡」制度が、謙信の予想外の方向に暴走した。「日頃の感謝の気持ちを、気軽に、そして具体的に伝え合いましょう!」という謙信の呼びかけに応じ、藩士たちは様々な木簡を投函したのだが、その内容は、「〇〇殿、先日、稽古で打ち負かされた後、そっと薬湯を差し入れてくれて感謝!惚れた!」「△△殿、いつも昼餉の握り飯を一つ余分に分けてくれてありがとう!君は天使だ!」「目安方の結城小平太殿、先日、町でチンピラに絡まれていた私を、颯爽と助けてくれてありがとうございました!抱いて!」「岩田権左衛門殿、毎朝の辻立ちでの大声の挨拶、及び長時間の説教、誠にありがとうございます。おかげで目が覚めます(色んな意味で)」など、感謝というよりはラブレターや皮肉、あるいは単なる業務連絡に近いものが多数寄せられ、集計作業にあたった目安方の若い衆は、笑いを堪えるのに必死だった。権左衛門宛ての純粋な感謝木簡は、残念ながら一枚も発見されなかった。
自己PRもまた、珍アピールのオンパレードであった。「拙者は、誰よりも大きな声で返事ができます!」「拙者は、三度の飯より掃除が好きです!城内の隅々までピカピカにしてみせます!」「拙者は、馬の気持ちが分かります!馬と会話ができます!(ただし一方的に)」など、選考委員たちを困惑させるものが続出した。
そして、選考委員会。メンバー構成からして紛糾は必至であった。
「わしは、武芸に秀で、常に自己鍛錬を怠らぬ馬廻組の若武者、鬼塚主馬を推す!彼の太刀筋は見事じゃ!」(大和田筆頭家老)
「いやいや、大和田殿。武芸だけが武士の能ではござらぬ。この勘定方の戸倉屋惣兵衛は、先のオークションでも裏方として奔走し、藩庫に少なからぬ貢献をした。実利こそ評価されるべきじゃ」(渋沢勘定奉行)
「ふむ、どちらも甲乙つけがたいのう。いっそ、先日の運動会で一番面白い仮装をした者をMVPとするのはどうじゃ?あれはなかなかの見ものであったぞ」(相馬昌胤)
「殿、それは選考基準から逸脱しております…! 拙者としましては、目安箱に最も革新的かつ実現可能な改善提案を寄せてくれた、名もなき一足軽、伊藤七郎太こそ、真のMVPに相応しいと愚考いたします!」(栗田謙信)
「栗田、お前の推す者はいつも変わり者ばかりだな!俺は、黙々と日々の警備任務をこなし、一度も遅刻も欠勤もせず、文句一つ言わずに職務を全うしている、地味だが実直な門番の爺さん、佐々木小伝次を推すぞ!彼のような者こそ、報われるべきだ!」(岩田権左衛門)
酒井忠助は、そんなカオスな議論を、頭痛をこらえながら必死にまとめようとするが、議論は平行線を辿るばかりであった。
最終的に、数日間にわたる白熱(というより迷走)した議論の末、記念すべき第一回月間MVPには、大方の予想を大きく裏切り、そして誰もが「ああ、彼ならば…」と納得する人物が選ばれることになった。
普段は物静かで目立たない存在だが、長年にわたり城内の武具の修繕や管理を、誰に褒められるでもなく、ただ黙々と、そして完璧にこなし続け、先の「納屋お片付けキャンペーン」でも、その専門知識と技術を活かして率先して働き、多くの同僚や上役から「彼がいなければ、我が藩の武具方は一日たりとも円滑に回らない」「まさに縁の下の力持ち、陰の功労者」という、心からの感謝と尊敬の念が込められた「サンクス木簡」が、山のように寄せられていた、武具方の中年職人・村田勘兵衛その人であった。
渋沢勘定奉行が「…ふん、無駄口を叩かず、黙々と己の職務を全うする者は、わしは決して嫌いではない」と、意外な援護射撃をし、大和田筆頭家老も「武士の本分は、決して目立つことではない。己の持ち場を誠実に守ることこそ肝要」と、渋々ながらも同意。最終的に藩主・昌胤が「よし、満場一致とはいかぬまでも、皆の意見は出尽くしたようじゃな。記念すべき初代月間MVPは、村田勘兵衛に決定じゃ!」と、鶴の一声で裁可を下したのであった。謙信は、その選考結果に、心からの拍手を送った。
表彰式は、藩主臨席のもと、城の大広間で、これまでにないほど厳粛かつ盛大に執り行われた。会場には、紅白幕が張り巡らされ、藩主愛用の見事な金屏風が飾られ、そして謙信が目安方の若い衆と共に、徹夜で手作りした「祝・初代月間MVP 村田勘兵衛殿」と書かれた巨大な垂れ幕と、天井から吊るされた、割ると中から大量の紙吹雪と「おめでとう!」の文字が出てくるという、これまた手作りの巨大なくす玉が、その瞬間を今や遅しと待ち構えていた。
「月間MVP! 武具方所属、村田勘兵衛! 前へ!」
藩主・昌胤の、いつもより一段と張りのある呼びかけに、勘兵衛は、生まれて初めて身を通したという、真新しい麻の裃姿で、緊張のあまり顔を真っ赤にこわばらせながらも、しかしどこか誇らしげに、ゆっくりと胸を張って進み出た。
「村田勘兵衛。そなたは、長年にわたり我が相馬中村藩の武具管理という重要任務に精励し、その誠実かつ実直な仕事ぶりは、他の全ての藩士の模範とするところである。特に先般の目安方筆頭・栗田謙信による藩内改革においては、その専門知識と卓越した技術をもって率先して協力し、藩の武具管理体制の近代化と効率化に、多大なる貢献を果たした。よって、ここにそなたを、記念すべき第一回月間MVPとして表彰し、これを授与する!」
昌胤から、金泥で「表彰状」と書かれ、藩主の立派な御印が押された巻物と、副賞の「殿との一献権」及び「江戸最新流行品お取り寄せ券(予算三両まで。ただし品物は目安方筆頭が責任を持って厳選すべし、との注釈付き)」と書かれた木札が、厳かに手渡されると、勘兵衛は、感極まったのか、その大きな武骨な両手で顔を覆い、ぶるぶると肩を震わせながら、男泣きに泣き崩れた。
「も、もったいのうござりまする…! このような…このような身に余る栄誉を賜り…拙者のような、ただの武具職人が…うっ…うっ…誠に…誠に、言葉もございませぬ…」
朴訥な勘兵衛は、言葉に詰まり、ただただ嗚咽を漏らすばかりであった。その純粋で実直な姿に、会場にいた多くの藩士たちも、思わず目頭を熱くし、温かく、そして力強い万雷の拍手が、大広間に鳴り響いた。日頃の地道な努力が、きちんと評価され、そして報われる。その当たり前のようでいて、なかなか実現されないことが、今、目の前で、一人の名もなき職人の上で起こっている。それは、藩士たちにとって、大きな希望となり、そして自らの仕事への誇りと励みになった。
後日、村田勘兵衛は、生まれて初めてとなる「殿との一献権」を行使し、ガチガチに緊張しながら、藩主・昌胤の私室へと招かれた。昌胤は、鷹揚に、そして気さくに勘兵衛を迎え、自ら酒を注ぎ、日頃の労を心からねぎらった。最初は緊張のあまり、まともに口も利けなかった勘兵衛だったが、昌胤の温かい人柄と、酒の力も手伝ってか、徐々に打ち解け、いつしか武具への熱い想い、職人としての誇り、そして家族への感謝の気持ちなどを、訥々と、しかし熱く語り始めていた。昌胤は、その言葉一つ一つに、真摯に、そして楽しそうに耳を傾けていたという。
それは、勘兵衛にとって、生涯忘れ得ぬ、夢のような一夜となった。
そして、もう一つの副賞「江戸最新流行品お取り寄せ券」で、勘兵衛は、妻に美しい江戸更紗の反物を、そして子供たちには江戸で流行っているという珍しい木製の玩具を、謙信に依頼した。謙信は、その依頼を受け、目安方のネットワーク(という名の、江戸詰めの知り合いの商人への無理なお願い)を駆使し、数日後、本当に見事な反物と、精巧で可愛らしい玩具を相馬藩まで取り寄せた。
勘兵衛の妻と子供たちは、その思いがけない素晴らしい贈り物に、飛び上がらんばかりに大喜びし、村田家には、久しぶりに明るい笑顔と笑い声が満ち溢れたと伝え聞く。謙信は、その報告を受け、「これぞ『従業員満足度向上による家庭円満効果』、そして『ワークライフハーモニーの実現』ですな!」と、一人で深く頷いていた。
この「月間MVP制度」は、その後も毎月続き、藩士たちの間に「次は自分が!」という健全な競争意識と、互いの素晴らしい働きを素直に認め合い、称え合うという、ポジティブで建設的な文化を、ゆっくりと、しかし確実に育んでいくことになるのであった。
これらの「福利厚生カーニバル」とも言うべき、謙信の次から次へと繰り出される奇想天外な施策の数々は、確実に、そして劇的に、相馬中村藩を変えつつあった。藩士たちの顔には、以前には見られなかった活気と自信が漲り、部署間の風通しも格段に良くなり、藩全体が、まるで長い冬眠から力強く目覚めた巨大な生き物のように、生き生きと、そしてダイナミックに動き始めたのだ。
しかし、謙信の「藩政改革という名の、終わりのないお祭り騒ぎ」は、まだまだ道半ば、いや、もしかしたら始まったばかりなのかもしれない。彼の頭の中には、すでに次なる、そしてさらに壮大で、困難で、そしておそらくは抱腹絶倒間違いなしの、新たなプロジェクトの構想が、いくつも、それこそ夜空の星のように、キラキラと渦巻いているのであった。
「ふふふ…藩士たちの『マズローの欲求5段階説』における『生理的欲求(美味い昼飯!)』『安全欲求(悩み相談室!)』『社会的欲求(運動会での一体感!)』そして『承認欲求(MVP制度!)』は、ある程度満たすことができましたな。
しかし、真の『働きがい改革』と『人財育成』は、まさにここからが本番! 次は、我が相馬中村藩の輝かしい未来を担う、ダイヤの原石たる子供たち、そして向上心に燃える若き藩士たちのための、画期的かつ感動的な『アクティブラーニング型・エデュケーショナル・イノベーション・プログラム』の導入ですぞ! 岩田先輩、早速ですが、藩校の現在のカリキュラムと、領内の寺子屋の運営状況に関する、詳細かつ網羅的な『現状分析レポート(As-Isモデル)』と、それに対する『抜本的改善提案(To-Beモデル)』の作成を、明朝までにお願いできますかな! もちろん、参考文献として、拙者が昨夜書き上げた『未来を切り拓く人財育成戦略~孔子もビックリ!令和最新教育メソッド~(全三百ページ)』もご活用ください!」
目安方執務室で、謙信は、新たな、そして前回よりもさらに分厚く、何やら教育論に関する小難しい横文字がびっしりと書き込まれた企画書(の束)の作成に、夜が白み始めるのも忘れ、一心不乱に没頭しながら、隣で山のような書類整理と、謙信の無茶な要求に対する反論と、そして何よりも自身の限界に達した胃痛と格闘していた権左衛門に、さらなる、そしてもはや人間業とは思えぬ無茶ぶりを、満面の、そして一点の曇りもない、純粋な笑顔で言い放つ。
権左衛門は、その言葉を聞いた瞬間、握っていた筆をポトリと床に落とし、白目を剥き、カクンと机に突っ伏し、そしてそのまま動かなくなった。
「……もう…好きにしてくれ……どうせ俺は、お前の手のひらの上で、永遠に踊り続ける、哀れな孫悟空なんだ……はは…ははは……」
その口元には、諦観と疲労と、そしてほんの少しの、いや、かなりの狂気が入り混じった、乾いた笑いが浮かんでいた。その呟きが、興奮状態で企画書作成に没頭する謙信に聞こえたかどうかは、定かではない。
相馬中村藩の、賑やかで、波乱に満ちた、そしてどこか希望に溢れた、予測不能な日々は、まだまだ、どこまでも続いていくのであった。
ブクマと評価を頂けると作者が喜びます。本当に喜びます。




