第三話 目安方、藩政に斬り込む! ~怒涛の社内改革と汗と涙の大運動会の巻~
磐城平藩との境界線問題を、前代未聞の「おもてなし交渉術」という名の奇策で(ある意味)丸く収め、目安方筆頭としての初仕事を鮮やかに飾った栗田謙信。その名は、良くも悪くも相馬中村藩内に急速に広まりつつあった。
「栗田よ、此度は大手柄であったな! まさかあの磐城平の郡奉行、片桐主膳を手玉に取るとは、お主、見かけによらず食えん男よのう!」
藩主・相馬昌胤は、謙信の報告を終始楽しげに聞き、最後には腹を抱えて笑い転げた。隣に控える城代家老の酒井忠助も、苦笑いを浮かべつつも、謙信の得体の知れない能力に改めて舌を巻いていた。謙信の外交デビューは、まさに衝撃的だったのである。
「ははーっ! 身に余るお言葉、恐悦至極に存じます! 全ては殿のご威光、そして岩田先輩の的確な『リスクマネジメント』と『ロジスティクス・サポート』の賜物と心得ます!」
謙信は深々と頭を下げる。その隣で、岩田権左衛門は「俺はただお前の奇行に肝を冷やし、道中の荷物持ちをしていただけだ」と顔を引きつらせていたが、その声は昌胤の豪快な笑い声にかき消された。
かくして、謙信の「目安方」としての立場は、ある意味で磐石なものとなった。少なくとも、藩主が面白がっているうちは、多少の無茶は許されるだろうという空気が醸成されたのだ。
明くる日。
「目安方筆頭、栗田謙信、ただいまより本格的に執務を開始いたします! 皆様、よろしくご指導ご鞭撻のほど、お願い申し上げます! 本日より、当藩の『顧客満足度(CS)向上』と『業務効率化』のため、全身全霊をもって邁進いたします! 目指すは『日本一お客様(領民と藩士)を大切にし、かつ生産性の高い、輝けるリーディング藩』でございます!」
城の一角に与えられた、元は物置だったという質素な「目安方執務室」――謙信は「目安方サテライトオフィス兼イノベーションハブ」と呼称している――で、謙信は唯一の部下(という名の常勤ツッコミ兼お目付け役)となった岩田権左衛門を前に、高らかに所信表明を行った。障子には、謙信自筆の「CS向上5つの誓い!」「KAIZENは1日にして成らず!」「PDCAを回せ!」といったスローガンが墨痕鮮やかに(本人はそう思っている)貼り出されている。
「……栗田。その壁の貼り紙は一体何だ。新手の呪詛か何かか? 『ぴーでーしーえーをまわせ』とは、回すと何が起こるのだ。それと『りーでぃんぐはん』とは、何かを読んで聞かせる役職でも目指しているのか。良いか、お前に与えられた職務は、あくまで目安箱の管理と領民の声の吸い上げ、そして藩政への具申だ。それ以上でもそれ以下でもない。先日の磐城平の一件で調子に乗っていると、足元を掬われるぞ」
権左衛門は、新しい肩書――目安方次席(という名の苦労人代表)――が書かれた木札を、まるで重い十字架でも見るような目つきで眺めながら、釘を刺す。
「権左衛門殿、これは『ミッション・ステートメント』及び『行動指針』でございます! 我々『目安方』が目指すべき高みを常に意識することで、日々の業務にも『コミットメント』と『パッション』が生まれるのでございます! さて、まずは『現状分析』から始めさせていただきます!」
謙信はどこからともなく、大量の反故紙の裏(エコとコスト削減意識の現れである)と真新しい筆を取り出し、目を少年漫画の主人公のようにキラキラと輝かせた。時折混じる謎の外国語は、前世でコンビニに来た外国人客とのコミュニケーションで覚えた断片らしいが、本人もあまり意味を理解していない。
「具体的には、藩の財政状況、各部署の業務フロー、人員配置、リソース配分、そして何より『藩士及び領民の皆様の潜在的ニーズと期待値ギャップ』を徹底的に調査いたします! そのための『包括的ヒアリングシートVer.2.1』と『業務プロセス可視化&棚卸リスト・アドバンスド』のフォーマットを昨夜、徹夜で作成いたしました!」
差し出された、前回よりもさらに分厚くなった紙束を見て、権左衛門は早くも立ちくらみを覚えた。そこには、大手コンサルティング会社の調査報告書もかくやと思わせる(ただし全て手書きで、時々誤字脱字と謎のイラストが混じる)、常軌を逸した細かすぎる質問項目とチェックリストがびっしりと書き連ねられていたのだ。「(例)上司との1on1ミーティングの頻度と満足度は?」「(例)槍術指南役の指導方法における改善提案(具体的に)」「(例)もしあなたが藩主なら、最初に行う改革は何か?(三千字以内で述べよ)」など、足軽上がりの若造が古参の武士たちに突きつけるには、あまりにも挑戦的な内容ばかりである。
「……栗田、貴様、本気でこれを各部署の責任者に配布するつもりか? 勘定奉行や普請奉行クラスの年寄りが、血圧を上げて卒倒する姿が目に浮かぶぞ。下手すれば手打ちだ」
「ご心配には及びません! 今回は事前に酒井忠助様のご許可と、藩主様のご内諾(という名の『面白そうだからやってみよ』というお言葉)も頂いております! まずは各部署の若手・中堅クラスの方々にご協力いただき、徐々に『ボトムアップ型』で全藩的な『意識改革』を促していく『スパイラルアップ・アプローチ』を取りますので! 『心理的安全性』を確保しつつ、『建設的フィードバック』を引き出すことが肝要かと!」
権左衛門は、もはやツッコむ気力も失せ、ただただ「……その『すぱいらるあっぷ』とやらが、お前の首を絞める螺旋にならないことを祈るばかりだ…」と遠い目をして呟くしかなかった。
最初のターゲットは、やはりというか当然というか、藩の財政であった。磐城平藩との一件で外交ポイントを稼いだ(と本人は思っている)謙信だったが、真の改革はまず足元から、と息巻いていたのだ。「聖域なき構造改革!」が最近の口癖である。
勘定方の古株で、帳簿の鬼、歩くソロバン、藩財政の最後の砦と恐れられる(あるいは単にケチで頑固と煙たがられている)勘定組頭・戸倉屋惣兵衛の元へ、謙信は権左衛門を「交渉時の緩衝材兼壁役」として伴い、日参を開始した。
「戸倉屋様、いつも藩の財政維持にご尽力いただき、誠に頭が下がります! こちら、拙者が昨夜丹精込めて握りました『必勝祈願!梅干し入り玄米おにぎり』と、自家製『疲労回復!生姜蜂蜜湯』でございます! これでスタミナをつけ、今日も一日、藩のためバリバリ働きましょうぞ!」
「……栗田殿。毎日毎日、その手作り弁当のようなものは一体何なのだ。わしは昼餉は家から持参しておる。それと、お主は目安方であろう。なぜ勘定方の仕事場に入り浸っておるのだ。職務怠慢ではないか?」
戸倉屋は、眉間に刻まれた皺をさらに深くし、謙信の差し出す素朴すぎる差し入れ(もちろん自腹。前世の食費節約術と健康オタクぶりが融合している)には一切手を付けず、値踏みするような鋭い視線を向ける。
「これはこれは大変失礼を! この差し入れは、戸倉屋様の日頃のご苦労を少しでも癒せればという、拙者の純粋な『感謝のしるし(お近づきのしるしとも言う)』でございます! さて、本日は『減価償却の概念と固定資産台帳の整備』について、そして『予算実績差異分析(バリアンス分析)の手法』につきまして、戸倉屋様のご高説を拝聴できればと……」
謙信は、どこで覚えたのか「減価償却」などという言葉を繰り出しながら、全く悪びれる様子もなく畳み掛ける。その鉄面皮なまでのポジティブさと、一見トンチンカンだが時折核心を突く質問、そして何より毎日飽きもせずやってくるその根気に、戸倉屋も最初は「若造が何を生意気な! 塩を撒け!」と門前払いしていたものの、次第に(その熱意に若干気圧され、かつ追い返すのも面倒くさくなり)帳簿の一部を渋々ながら閲覧することを許可し始めた。
「むむむ……やはり! この『武器弾薬購入費』の項目! ここ数年、大きな戦もなく、大規模な軍事演習も行われていないにも関わらず、毎年寸分違わぬ量の矢束、鉄砲玉、火薬を購入し、その大半が検品もされずに納屋の奥で静かに劣化しておられる! これは典型的な『過剰在庫』であり、かつ『機会費用』の損失! 我が藩の貴重な『キャッシュフロー』を著しく圧迫しておりますぞ!」
帳簿の数字を丹念に拾い上げ、独自に集計した「在庫回転日数(推定)」や「保管コスト(推定)」といった資料(もちろん全て手計算と手書きグラフ)を広げながら、謙信は戸倉屋の前で憤然と叫んだ。
「馬鹿者! 何度言ったら分かるのだ! 武具は武士の魂! いつ何時、幕府から出兵の命が下るやもしれんのだ! それに、購入量は先代藩主様がお決めになられた慣例じゃ! それを覆すなど、不忠であろうが!」戸倉屋は、声を荒げながらも、謙信の示した「データ」から目を逸らせない。
「もちろん『有事への備え(BCP:事業継続計画)』は国家…いえ、藩の存立に関わる最重要課題です! しかし、戸倉屋様! 使われぬ矢は矢羽が虫に食われ、鉄砲玉は湿気で錆つき、火薬は品質が劣化し、いざという時に使い物にならない可能性がございます! それこそ本末転倒! まさに『安物買いの銭失い』ならぬ『無駄買いの銭失い』! 定期的な『棚卸』と『実需に基づいた発注サイクルの見直し』、そして『適切な品質管理体制の構築(5Sの徹底と温湿度管理)』こそが、真の『リスクマネジメント』であり、かつ『戦略的コスト最適化』に繋がるのでございます!」
「ご、ごえす…? びーしーぴー…? すとらてじっくこすとおぷてぃまいぜーしょん…?」
戸倉屋は、謙信の口からマシンガンのように繰り出される、意味不明だが何やら重要そうな呪文の前に、もはや反論する気力さえ失いかけていた。しかし、長年勘定方を務めてきた経験から、謙信の指摘する「無駄」の存在は、薄々感じていたことでもあった。ただ、それを指摘し、慣例を変える勇気と手段がなかっただけなのだ。
「さらに、こちらの城壁や藩士の長屋の『修繕費』! ご覧ください、この過去5年間の推移グラフ! 明らかに年々増加傾向にあり、しかもその多くが『緊急修繕』による割増料金の支払いです! これは典型的な『事後保全』の弊害! 定期的な『予防保全計画』を策定し、専門の職人チームによる『巡回点検と計画的修繕』を実施すれば、突発的な大規模修繕を未然に防ぎ、結果としてトータルコストを大幅に削減できるはず! まさに『転ばぬ先の杖』、いえ、『壊れる前に直す(プロアクティブ・メンテナンス&リペア)』の精神でございます!」
謙信は、懐からおもむろに取り出した自作のフリップ(木の板に和紙を貼り、墨と朱で色分けされたもの)に描いた「修繕費推移グラフ(もちろん手描きで、何故か棒グラフが斜めになっている)」と「理想的な戦略的メンテナンスサイクル図(円グラフの中に謎の矢印が飛び交っている)」を使い、身振り手振りを交え、まるでテレビショッピングの敏腕司会者のように熱弁をふるう。その迫力と、妙な説得力に、戸倉屋はただただ圧倒されるばかりだった。
数週間にわたる謙信の猛烈なアタック(と、日替わりで提供される健康志向の強すぎる手作り差し入れの数々)の結果、鉄壁を誇った戸倉屋惣兵衛はついに陥落。「…分かった、分かったからもうあんぱんは持ってくるな。栗田殿の言うことにも、まあ、聞くべき点がないでもない。一度、武具方や普請方の者共と、今後の武具購入量と修繕計画について、真剣に協議の場を設けてみようではないか…」と、観念したように呟いたのだった。
謙信の「藩財政健全化プロジェクト・フェーズ1」は、大きな、そして確実な一歩を踏み出した瞬間であった。権左衛門は、その光景を見ながら、「あいつはもはや、言葉の魔術師か何かかもしれん…」と、ある種の畏敬の念すら抱き始めていた。
次に謙信が目を付けたのは、城内の各部署の「業務効率」という、これまた武家社会には馴染みの薄い概念であった。特に、武具や食料、その他の備品が、まるでカオス理論を体現したかのように雑然と置かれている各所の納屋の状況は、前世でコンビニのバックヤード整理に命を懸けていた謙信にとって、生理的に許せないものであった。
「権左衛門殿! この納屋の惨状をしかとご覧下さい! まさに『機会損失のブラックホール』! 『デッドスペースと不良在庫のテーマパーク』! 『探す時間という名の無形固定費の垂れ流し地獄』でございますぞ!」
薄暗く埃っぽく、何やら得体の知れない獣の気配すらする納屋の中で、謙信はまるで世界の終わりでも見たかのように顔を青くし、憤慨していた。伝え聞くところによれば、どこに何があるか分からず、必要な物を探し出すのに半日、場合によっては数日を要することもあるという。
「栗田よ、お前は目安方筆頭であって、納屋の掃除番ではないはずだ。そんなことまで首を突っ込んでいたら、本務がおろそかになるのではないか?」権左衛門は、埃を避けながら顔をしかめる。
「いいえ、権左衛門殿! これぞ目安方の本懐にして天命! 『整理・整頓・清掃・清潔・躾』の5Sを徹底し、業務プロセス全体の『見える化』と『標準化』を進めることで、無駄な時間と労力を徹底的に削減し、藩全体の『生産性向上』と『ワークライフバランスの実現』に繋げるのでございます! まずは『3定(定位・定品・定量)』の概念を導入し、全ての物品に『ロケーション管理システム(手書き台帳と札による)』を構築します! そして不要品は『断捨離』です!」
謙信は、数名の若い足軽たち(主に謙信の奇行とカリスマ性に興味津々の者、あるいは単に暇を持て余していた者たち)を半ば強引に動員し、「納屋お片付け維新!~目指せピカピカ城内環境~」と銘打ったキャンペーンを開始した。
「皆の者、これはただの掃除ではない! 我が相馬中村藩の輝かしい未来を創造するための『構造改革』であり、己の心をも磨き上げる『精神修養』である! ゴミは分別してゴミ捨て場へ! 不要品は『メルカリ…もとい、再利用可能なものは修繕して再活用、売却可能なものは城下の古物商へ!』 そして使えるものは徹底的に磨き上げて定位置管理だ!」
謙信は自ら手ぬぐいで頬被りをし、率先して埃まみれになりながら、山積みになった錆びた槍、破れた陣羽織、ひび割れた茶碗、虫食いだらけの古文書、そして何故か大量にある干瓢などを、驚くべき手際で仕分けしていく。その常軌を逸した熱気と、「これは『リーン生産方式』の実践です!」などと叫ぶ謎の指導に当てられ、足軽たちも最初は「また栗田殿の酔狂が始まった…」と戸惑いながらも、次第にそのペースに巻き込まれ、作業に没頭し始めた。
数日間にわたる死闘の末、納屋という納屋は見違えるように整理整頓された。どこに何が、どれだけあるか一目で分かり、物品の出し入れにかかる時間は劇的に短縮された。さらに、仕分けの過程で、長年行方不明になっていた古文書(実は藩の歴史に関する超一級の重要資料だったことが後に判明)、先々代藩主が愛用したとされる名刀(錆びていたが磨けば光る逸品)、そして何故か大量の松茸の塩漬け(保存状態は奇跡的に良好)まで発見されるという、思わぬ副産物まであった。
「素晴らしい! これぞ『KAIZEN(改善)活動』の賜物! この成功体験を各部署に『水平展開(ベストプラクティス共有)』し、藩全体の『業務標準化マニュアル』を作成し、『ナレッジマネジメントシステム』を構築しましょう!」
謙信の目は、次なる「改善」のターゲットを見据えて、獲物を狙う鷹のように爛々と輝いていた。権左衛門は、そのうち謙信が「城内全藩士対象・業務改善提案コンテスト開催!優勝者には豪華賞品!」とか言い出さないかと、本気で戦々恐々とし始めていた。
藩財政と業務効率にメスを入れた謙信が、次に着目したのは「藩の収益力向上」という、これまた藩の根幹に関わる重要課題であった。支出を抑え、効率を上げたとしても、収入が増えなければジリ貧は免れない、と考えたのだ。「守りだけでなく攻めの経営戦略も必要です!」と彼は常々語っていた。
「我が相馬中村藩の『コア・コンピタンス(中核的競争力)』とは一体何でしょう? それを最大限に活かした『新規事業開発』または『既存事業の戦略的バリューアップ』が、今まさに求められているのです!」
謙信は、藩の主だった産物である「相馬焼」に再び目を付けた。第1話の隣藩との交渉で、手土産として持参した相馬焼が意外にも好評だった(と謙信は解釈している)ことが、彼の背中を押した。素朴で力強い味わいのある焼き物だが、いかんせんデザインが古風で地味、販路もごく限られているのが現状だった。
「この隠れた逸品、相馬焼を、江戸、いや日の本全土で大ヒットさせましょう! 『戦略的マーケティング』と『エモーショナル・ブランディング』で、新たな価値と感動を創造するのです!」
謙信は、相馬焼の窯元を訪ね、頑固一徹で知られる古老の陶工・源右衛門に、前回にも増して熱く、そして具体的に語りかけた。
「源右衛門殿! あなたの作る相馬焼の品質は、まさに『ワールドクラス』です! しかし、その魅力をより多くの『お客様』に届けるためには、現代の『ライフスタイル』に合わせた『訴求ポイント』の明確化が必要です! 例えば、この伝統的な馬の絵付け! これは素晴らしい! これを『疾走する馬=立身出世、目標達成のシンボル』として、『ビジネスマン向け開運デスク周りグッズ』として、筆立てや小物入れをシリーズ展開するのです! キャッチコピーは『相馬焼~その魂が、あなたの夢を加速させる~』! どうです、痺れるほどにクールでしょう!」
源右衛門は、前回同様、目を白黒させて謙信の言葉の奔流に耐えている。
「さらに、形状の『イノベーション』も不可欠です! この伝統的な湯呑み、少しデザインをモダナイズし、取っ手をつければ、なんと『スタイリッシュ・マグカップ』に早変わり! 江戸の南蛮かぶれの富裕層や、長崎出島の異人さんにも爆発的に売れるかもしれませんぞ! また、女性向けには、パステルカラーの釉薬を使った『和モダン小皿コレクション』なども展開し、アフタヌーンティーセットとして提案するのはいかがでしょう! 『ターゲット顧客層のセグメンテーションとペルソナ設定』こそ、現代マーケティング戦略の要諦!」
「す、すたいりっしゅ…まぐかっぷ…? あふたぬーんてぃー…せっと…?」源右衛門は、もはや思考が追いつかず、軽いめまいを覚えていた。
「そして、藩主様にも、前回以上に本格的にご協力いただきましょう! 『藩主・相馬昌胤プロデュース! 新生SOMA-YAKIブランド発表会&江戸NIGHTお披露目パーティー』を江戸の有力者を集めて開催し、大々的な『メディア戦略(口コミと瓦版)』を仕掛けるのです! うまくいけば、藩主様が『ライフスタイルプロデューサー』として、江戸の文化人サロンの寵児となるやもしれませんぞ!」
「殿を…またしても道化師か何かにする気か、この大たわけ者が…!」さすがの温厚な(?)権左衛門も、このあまりにも突飛で、かつ藩主の威厳を著しく損ねかねない提案には、血管を浮き上がらせて怒鳴った。
しかし、意外や意外、藩主・昌胤はこのぶっ飛んだ提案に、前回以上に目を輝かせた。
「ふむ、実に面白いではないか! わしが『らいふすたいるぷろでゅーさー』とな? なんとも響きが良いではないか! よし、栗田、その計画、詳細を詰めてみよ。ただし、くれぐれもわしの威厳を損なうような、ふざけた真似だけは許さんぞ。あと、その『あふたぬーんてぃー』とやらは、わしも一度食してみたいものだ」
こうして、「新生・相馬焼ブランド戦略プロジェクト~江戸攻略編~」が、謙信の奇抜すぎるアイデアと、藩主の意外なノリの良さによって、本格的に始動することになった。源右衛門は、頭痛と胃痛を抱えながらも、謙信が目を輝かせて持ってきた「新しい釉薬の調合サンプル(前世の化学知識の断片とおぼしきメモを元に、薬草師に無理やり作らせたもの)」や「人間工学と黄金比に基づいた究極の持ちやすい湯呑みのデザイン案(なぜかCAD図面のような精密さで描かれている)」に、知らず知らずのうちに、職人としての好奇心と創作意欲を刺激され始めていたのだった。
藩のハード面(財政、業務効率、産業振興)の改革と並行して、謙信はソフト面、すなわち「藩士たちの働く環境と心のあり方」にも、より深く切り込んでいた。
「どんな素晴らしい戦略計画も、それを実行する『人財』の質と量が伴わなければ、まさに絵に描いた餅、豚に真珠、猫に小判! 藩士の皆様一人ひとりの『モチベーション向上』と組織全体の『エンゲージメント強化』こそが、我が相馬中村藩の持続可能な成長と発展の絶対的基盤なのでございます!」
謙信はまず、前回よりもさらに項目を増やし、記述欄を拡大した「改訂版・藩士意識調査アンケート~あなたの本音が藩を変える!~(匿名厳守・自己啓発度診断付き)」と銘打った質問状を作成し、全藩士に配布した。内容は、「日々の業務における具体的な困りごとと改善提案」「藩の将来ビジョンに対する共感度」「上司・同僚・部下とのコミュニケーション円滑度(360度評価もどき)」「自身のキャリアパスに関する希望と不安」「ワークライフバランス満足度」「最近感動したこと(業務外可)」など、よりパーソナルで内面的な部分に踏み込んだものだった。
「栗田、こんなものを配って、藩士たちのプライベートにまで踏み込む気か。武士たるもの、私情は仕事に持ち込まぬのが嗜みであろう」酒井忠助が、眉をひそめながらも、どこか興味深そうにアンケート用紙を眺めている。
「いいえ、酒井様! これは『ウェルビーイング経営』の一環でございます! 藩士の皆様が心身ともに健康で、幸福感を持って日々の業務に取り組める環境を整備することこそ、組織全体の生産性と創造性を飛躍的に高めるのです! そして、匿名性を厳守し、正直な意見を表明しやすい『心理的アリーナ』を確保することで、より本質的な『組織課題の抽出』と『改善機会の発見』に繋がるのです!」
集まったアンケート結果は、前回以上に生々しく、そして切実なものだった。
「昼餉の質は上がったが、量がまだ足りぬ。育ち盛りなので!」
「槍の稽古だけでなく、戦略や戦術を学ぶ座学も増やしてほしい」
「岩田権左衛門殿の小言は相変わらずだが、最近少しだけ優しくなった気がする(気のせいか?)」
「上司がコロコロと指示を変えるので、部下はたまったものではない。もっと明確な指示を!」
「給金はまだ厳しいが、最近妻が少し優しくなった。これも目安方様のおかげか?」
「武士として立身出世したいが、何をどう頑張れば評価されるのか基準が不明瞭」
などなど、日頃の鬱憤や悩み、そして微かな希望が入り混じった意見が多数寄せられた。謙信はそれらを一枚一枚、まるでラブレターでも読むかのように丁寧に読み込み、内容をキーワードで分類し、傾向をマトリックス図で分析した(もちろん全て不眠不休の手作業である)。
「ふむふむ……皆様、様々な『ペインポイント』と同時に、変化への『期待感』も抱えていらっしゃるようですな。これはまさに改革の好機! 早急かつ具体的な『ソリューション・パッケージ』を提示し、組織全体の『変革モメンタム』を加速させる必要があります!」
謙信は、アンケート結果を基に、いくつかの「藩士エンパワーメント&ウェルビーイング向上プラン」を藩主に具申した。
一つは「昼餉クオリティ&ボリュームアップ・ネクストステージ」。厨房責任者と再度交渉し(「成長期藩士のタンパク質摂取量の重要性」や「血糖値コントロールと業務効率の関係」などを、自作の栄養学解説図解を手に熱弁)、米の量を増やし、汁物と香の物に加え、魚か野菜の煮物などの「もう一品」を付けることに成功した。
一つは「目安方お悩み駆け込み寺(メンター制度試行版)」の拡充。謙信自身に加え、各部署の比較的話しやすい中堅藩士を「メンター役」として任命し、若手藩士の相談に乗りやすい体制を構築。プライバシーに配慮した相談部屋(物置のさらなる奥を改造)も確保した。
そして、目玉企画中の目玉企画が、「月間MVP(Most Valuable Samurai)制度」の本格運用と、それに連動した一大イベントの開催であった。
「毎月、最も藩に貢献し、かつ同僚からの『サンクスポイント』を多く集めた藩士を『月間MVP』として選出し、藩主様から直々に表彰状と『超豪華副賞』を授与するのでございます! 副賞は例えば、『殿とのマンツーマン戦略会議参加権』『秘蔵の名刀拝観&試し斬り権(藁人形限定)』『江戸最新流行品お取り寄せ券(予算上限あり)』などでいかがでしょう!」
この提案は、古参の家老たちからは「武士の誉れと貢献を、まるで子供の遊びのように扱うとは何事か!」「サンクスポイントとは下らん!」と、前回以上の猛反発と嘲笑を浴びたが、若い藩士たちからは「面白そうだ!」「今度こそMVP獲ってやる!」「江戸の流行品欲しい!」と、熱狂的な支持を得た。特に「殿との戦略会議参加権」は、自らの知謀を藩政に活かしたいと考える野心的な若者たちの競争心を激しく煽った。
そして、謙信の「藩士モチベーション向上と組織活性化プロジェクト」の集大成ともいうべき、空前絶後の一大スペクタクルイベントが、ついに実行に移される日が近づいていた。その名も……
「皆様、刮目してご覧あれ! これより、藩士の団結と心身の鍛錬、そして日頃の鬱憤を正々堂々晴らす場として、『相馬中村藩・第一回藩士団結祈願! 天下泰平春祭り! 炎の体育会系大運動会~汗と涙と友情のワンチームカーニバル~』を開催いたします!」
この運動会は、謙信が「藩士間のコミュニケーション円滑化」「部署横断的な連携強化」「心身の健康増進とストレスの健全な発散」「組織全体の士気高揚と一体感の醸成」という、およそ武家社会の行事とは思えぬ目的を山ほど掲げて企画したものだった。
企画会議の段階で、古参の家老衆からは「武士のやることではない!」「ふざけるにも程がある!」「藩の威信に関わる!」と、怒号と罵倒の嵐が吹き荒れた。しかし謙信は、
「これは単なる遊びではございません! 近代的な軍事教練の一環であり、有事の際の迅速かつ的確な集団行動能力、及び個々のフィジカル・アセスメント能力向上のための、極めて合理的な訓練プログラムなのでございます! さらに、部署間の風通しを良くし、風通しの良い組織文化を醸成することで、不正の防止や業務効率の向上にも繋がる、一石五鳥の戦略的施策なのです!」
と、お得意のハッタリと横文字と謎理論で応戦。さらに藩主・昌胤が、
「まあ、固いこと申すな。たまにはそのような息抜きも良いではないか。余も若い頃は相撲や流鏑馬で汗を流したものだ。それに、栗田の申す『ふぃじかる・あせすめんと』とやらで、藩士たちの体力レベルを把握しておくのも、藩の防衛を考える上で無駄ではあるまい。余もぜひ見物したいものだ」
という、鶴の一声ならぬ「殿の道楽許可」が出たことで、強引に開催へとこぎつけたのであった。
運営委員長にはもちろん栗田謙信。副委員長には、不承不承ながらも「お前一人の暴走を止めるためだ」と岩田権左衛門が就任。各部署から、比較的話の分かる若手や、体力自慢の者が実行委員として駆り出された。
運動会の準備期間は、まさに波乱万丈、七転八倒の連続であった。
まず、競技場の設営。城の練兵場を主会場とすることになったが、日頃の馬術訓練で地面はデコボコ。謙信の号令一下、実行委員と有志の藩士たちが、鍬や鋤で地面を均し、石を取り除き、コースロープ(荒縄を赤白に染めたもの)を張り巡らせた。入場門や各組の応援席、スローガン看板(「目指せ総合優勝!」「打倒〇〇組!」)なども、全て手作りである。観客席には、近隣の村々から借り集めた筵が何百枚と敷き詰められた。
次に、備品調達と製作。借り物競争のお題カード(短冊に墨で手書き)、障害物競走の障害物(丸太運び、古畳の山、水たまり掘削と防水用の油紙貼り、麻袋の縫製)、綱引き用の巨大な大綱(漁師町から特別に購入)、リレーのバトン(木の棒に各組の色の布を巻き付けたもの)、玉入れの玉(布製の袋に砂を詰めたもの)と籠(竹で編んだ特大サイズ)、各組のハチマキやゼッケン(白い布に組名と番号を手書き)など、必要なものは山ほどあった。これらも、藩内の職人や、手先の器用な藩士、さらにはその家族までもが総出で製作にあたった。
参加者集めとチーム編成も難航した。いくら藩主の許可が出たとはいえ、「武士が運動会など…」と参加を渋る者も少なくなかった。謙信は、各部署を回り、「これは業務命令です!(真っ赤な嘘)」「参加者には、昼餉に特製『カツ(活を入れる)弁当』が出ます!」「優勝チームには、藩主様より金一封が下賜されるやもしれませんぞ!(これも願望)」などと、アメとムチ(主にアメ)を使い分けて参加を促した。チームは、勘定方、普請方、武具方といった文官チーム、馬廻組、徒士組といった武官チーム、そして足軽組と、おおむね部署や身分で分けられたが、人数の少ない部署は合同チームとなるなど、編成にも苦労した。
練習風景もまた、珍事の連続であった。綱引きの練習では、掛け声が揃わず、力を入れるタイミングもバラバラで、腰を痛める者が続出。リレーのバトンパスの練習では、バトンを落とす者、次の走者を見失う者、勢い余ってバトンで前の走者の頭を叩いてしまう者など、珍プレーが頻発。障害物競走の予行演習では、泥水に顔から突っ込む者、丸太を越えられず泣き出す若侍、麻袋で転んで身動きが取れなくなる古参武士など、阿鼻叫喚の図と化した。謙信は、そんなカオスな状況の中をメガホン片手に走り回り、「腰を落として!」「バトンは下から!」「お客様(自分自身)の限界を超えるのです!」などと、前世の体育の授業で聞きかじった知識と、お得意の精神論を織り交ぜて、熱血指導(という名の火に油を注ぐ行為)を繰り広げていた。
岩田権左衛門は、そんな光景を眺めながら、「本当に…本当にこんなもので藩士の士気が上がるのか…? むしろトラウマになるのではないか…?」と、本気で胃薬の追加購入を検討していた。
そして、ついに運動会当日。
五月晴れの空の下、相馬中村藩の練兵場には、手作りの万国旗(というより各組の旗指物)が勇ましくはためき、入場門には「第一回相馬中村藩大運動会 祝・開催! 目指せ健康優良藩!」という、謙信直筆の(あまり上手くない)看板が掲げられている。藩士たちは、それぞれの組の色に染められたハチマキを締め、手書きのゼッケンを付け、緊張と興奮が入り混じった面持ちで整列している。観客席には、藩主・昌胤、若君の徳胤と季胤、城代家老の酒井忠助ら重臣たちに加え、噂を聞きつけた多くの領民たちも詰めかけ、朝から大変な賑わいを見せていた。
開会式では、まず運営委員長の栗田謙信が、メガホンを手に高らかに開会を宣言。
「皆様、おはようございます! 本日はお日柄もよく、まさに運動会日和! 『相馬中村藩・第一回藩士団結祈願! 天下泰平春祭り! 炎の体育会系大運動会~汗と涙と友情のワンチームカーニバル~』の開催を、ここに高らかに宣言いたします!」
続いて、藩主・相馬昌胤が、日の丸の扇子を片手に、にこやかに挨拶に立った。
「皆の者、本日は存分に楽しむが良い! 日頃の鬱憤を晴らし、部署や身分の垣根を越え、共に汗を流し、友情を育む。それもまた、武士としての、いや、人としての大きな糧となろう。勝敗も重要だが、それ以上に、この場を皆で盛り上げ、良き思い出とすることを期待する。ただし! 怪我だけは絶対にするなよ!藩医の手配はしてあるが、出番がないことを祈る! はっはっは!」
昌胤のユーモラスな挨拶に、場内は和やかな笑いに包まれた。
選手宣誓では、各組の代表者が前に進み出て、代表として足軽組の田中新兵衛が、謙信が前夜に書き上げたという巻物を高らかに読み上げた。
「宣誓! 我々選手一同は、スポーツマンシップ…いえ、武士道精神にのっとり、正々堂々最後まで戦い抜くことを誓います! 一つ! 我々は、日頃の鍛錬の成果を遺憾なく発揮し、己の限界に挑戦します! 一つ! 我々は、ライバルを尊敬し、仲間を信じ、ワンチームとなって勝利を目指します! 一つ! 我々は、たとえ泥にまみれようとも、決して笑顔を忘れず、観客の皆様に感動と勇気を与えることを誓います! 令和…じゃなかった、元禄XX年5月吉日、選手代表、足軽組、田中新兵衛!」
所々、謙信の趣味が丸出しの宣誓文だったが、新兵衛の真剣な声と態度に、場内からは大きな拍手が送られた。
そして、準備体操。謙信が前に出て、「皆様、怪我の防止とパフォーマンス向上のため、入念な準備体操を行います! 私の動きに合わせて! イーチ、ニー、サーン、シー!」と、前世の記憶にあるラジオ体操第一をアレンジした、奇妙な準備体操を始めた。手足を伸ばし、体をひねり、ジャンプするその動きは、武士たちの行う準備運動とは似ても似つかず、皆、戸惑いながらも、見よう見まねでぎこちなく体を動かしていた。そのシュールな光景に、観客席からはクスクスという笑い声が漏れた。
最初の競技は「天下分け目の借り物競争~お題は運否天賦~」。
選手たちは、スタートの合図と共に、練兵場の中央に置かれたお題の書かれた短冊めがけて殺到。お題を引いては、場内を右往左往する。
「『殿の愛用している扇子』だなんて、恐れ多くて頼めるか!」
「『岩田権左衛門殿の一番怖い顔』…って、いつも怖いじゃないですか!」
「『酒井忠助様が若い頃に書いた恋文(現存すれば)』…あるわけないだろそんなもん!」
「『本日一番大きな大根』…八百屋まで走るしかないのか!?」
「『藩で一番歌が上手い町娘の鼻歌(三フレーズ以上)』…誰だそれは!?」
珍妙なお題に、選手たちは頭を抱えたり、顔を真っ赤にしたり、必死の形相で走り回ったりと、早くも大混乱。
特に難題だったのは、やはり「岩田権左衛門殿の笑顔」。若い足軽が、恐る恐る鬼の形相で競技の進行を睨んでいた権左衛門に近づき、「せ、先輩…何卒…何卒、お笑いくだされ…!」と土下座せんばかりに懇願。権左衛門は「たわけ者! 貴様、勤務中に遊んでいるのか!」と一喝したが、その足軽のあまりの必死さと、周囲の「笑え!笑え!」というヤジに、ついに観念したのか、苦虫を百匹ほど噛み潰したような顔で、口の端をほんのわずか、0.5ミリほど引きつらせた。それを見逃さなかった謙信が、「はい! ただいま岩田先輩の『苦渋の微笑み』、確認いたしました! 見事クリアでございます!」とメガホンで高らかに宣言し、場内は割れんばかりの爆笑と拍手に包まれた。権左衛門は、顔を真っ赤にしてうつむいていた。
続く「波乱万丈!障害物競走~武士の意地と根性ものがたり~」では、さらにカオスな光景が展開された。
第一関門の「丸太地獄」では、軽々と飛び越える者もいれば、丸太に足を引っかけて派手に転倒する者も。第二関門の「蜘蛛の巣地獄」(地面に低く張られた荒縄)では、匍匐前進で進むものの、途中でゼッケンが引っかかり身動きが取れなくなる者が続出。第三関門の「泥沼渡り(深さ30センチほどの水たまり)」では、多くの武士が泥まみれになりながらも必死の形相で進む。第四関門の「麻袋ホッピング」では、袋に入ってピョンピョン跳ねる武士たちの姿が何ともユーモラスで、観客席からは「頑張れー!」「うさぎさんみたいー!」といった声援が飛ぶ。そして第五関門の「顔面白粉・干し芋探し」では、大きな桶に入れられた白粉の中に顔を突っ込み、口だけで干し芋を探し出すという過酷な(?)試練。武士たちは、顔を真っ白にしながら干し芋に食らいつき、その姿はまるで幽霊か雪男のようであった。最終関門の「板壁越え」では、力を振り絞って壁を乗り越え、ゴールテープへと飛び込んでいく。泥と汗と白粉にまみれた選手たちの姿は、武士の威厳とはかけ離れていたが、その必死さと滑稽さに、場内は終始笑いと声援に包まれていた。
そして、午後の部のメインイベントの一つ、「部署対抗・百人天下取り綱引き~引いて引かれて男意気~」。
勘定方「ソロバンズ」、普請方「トンカチーズ」、武具方「アイアンズ」、馬廻組「ホワイトホース」、徒士組「ウォーリアーズ」、そして足軽組「ストロングス」といった、謙信が半ば勝手に命名したチーム名のプラカードを先頭に、各組の選手たちが勇ましく入場。応援団も、太鼓や法螺貝を鳴らし、手作りの幟旗を振りかざし、自軍の士気を高める。
試合はトーナメント方式で行われた。普段は筆と算盤しか持たない勘定方の役人たちが、意外な粘り強さで武具方を破る番狂わせが起きたり、力自慢の足軽組が圧倒的なパワーで他を寄せ付けなかったりと、手に汗握る熱戦が続いた。決勝戦は、優勝候補の足軽組と、ダークホースの馬廻組の対戦となった。両軍一歩も譲らぬ力比べに、応援の声も最高潮に達し、ついに足軽組がじりじりと綱を引き寄せ、勝利を掴んだ。その瞬間、足軽組の選手たちは抱き合って喜びを爆発させ、応援席からも大きな歓声が上がった。
最終競技は、運動会の華、「藩士団結リレー~バトンに込めた我らが魂~」。
各組から選抜された俊足の選手たちが、木の棒に各組の色の布を巻いた手作りのバトンを握りしめ、スタートラインに並ぶ。号砲一発、第一走者たちが一斉に飛び出した。抜きつ抜かれつのデッドヒート、緊張感あふれるバトンパス。観客席の興奮も最高潮に達する。アンカー勝負にもつれ込み、最終走者として登場した謙信(足軽組の助っ人として強引に出場)は、トップと僅差の二位でバトンを受け取ると、前世の陸上部の記憶(断片的)を呼び覚まし、驚異的な追い上げを見せる。そして、ゴール寸前、トップを走る馬廻組のアンカーと並んだ瞬間――謙信は、見事に石につまずき、派手に顔から転倒した。
場内は一瞬静まり返ったが、謙信はすぐに泥だらけの顔を上げ、歯を食いしばって立ち上がり、再び走り出した。その姿に、観客席からは「行けー!栗田ー!」「諦めるなー!」という、これまでで一番大きな声援が送られた。結局、謙信は二位でゴールしたが、その最後まで諦めない姿は、多くの藩士や領民に強い感動を与えた。
全ての競技が終了し、閉会式。
各種目の入賞者や、総合優勝に輝いた足軽組に、藩主・昌胤から賞状と豪華賞品(米一俵、酒樽、近隣の温泉宿の湯治券、そして何故か謙信が提案した「最新式そろばん(戸倉屋用)」など)が笑顔で手渡された。
そして、この日最も輝き、観客を沸かせた藩士に贈られる「大運動会MVP」には、借り物競争で権左衛門を笑わせ(?)、障害物競走で泥まみれになりながらも一位を獲得し、リレーでも力走を見せた、謙信の転倒で惜しくも優勝を逃した(が、謙信の頑張りを称えていた)馬廻組の若い武士、結城小平太が選ばれた。小平太は、感激の面持ちで賞品(名馬の描かれた掛け軸と金一分)を受け取り、「本日は、このような晴れがましい場に立たせていただき、身に余る光栄に存じます! 栗田殿の企画されたこの催しのおかげで、日頃話すこともなかった他部署の方々とも打ち解け、共に汗を流すことができました。この経験を糧に、今後ますます藩のために尽くして参る所存です!」と、立派な挨拶を述べ、場内は温かい拍手に包まれた。
最後に、運営委員長として栗田謙信が挨拶に立った。泥と汗で汚れた顔だったが、その表情は達成感と喜びに満ち溢れていた。
「皆様、本日は誠に、誠に、お疲れ様でございました! そして、ありがとうございました! この大運動会を通じて、我々相馬中村藩の藩士一同は、多くの『かけがえのない宝物』を手にすることができたと、拙者は確信しております! それは、部署や身分の垣根を越えて生まれた熱い『チームワーク』! 目標に向かって仲間と共に汗を流し、困難を乗り越えた時の、何物にも代えがたい『達成感』! そして何よりも、皆で一つのことを本気で楽しみ、笑い、感動を分かち合うことの『素晴らしさ』でございます! この貴重な経験と、ここで生まれた絆を胸に、明日からの日々の藩務に、そして人生に、より一層情熱を持って励んでまいりましょうではございませんか! 我らが相馬中村藩の未来は、本日ここに集った皆様一人ひとりの手の中にあります! その未来は、必ずや、明るく輝かしいものになると、拙者は信じて疑いません! 本日は、誠に、誠に、ありがとうございました!」
謙信の心のこもった言葉に、万雷の拍手が送られた。その顔には、疲労の色と共に、深い満足感が浮かんでいた。
岩田権左衛門は、そんな謙信の姿を、少し離れた場所から腕を組んで眺めていた。その顔には、いつものような苦虫を噛み潰した表情はなく、ほんのわずかではあったが、穏やかな、そしてどこか誇らしげな笑みが浮かんでいた。
「……やれやれ。本当に、とんでもない奴を部下(上司か?)に持ってしまったもんだ。だが……まあ、たまにはこういうのも、悪くないのかもしれんな……」
この「第一回藩士大運動会」は、その後も長く、相馬中村藩の歴史に語り継がれる伝説のイベントとなった。
最初は「武士の沽券に関わる」「馬鹿げた遊び」と冷ややかに見ていた者、あるいは反対していた者たちも、実際に参加し、あるいはその熱気を目の当たりにすることで、その真の意義と効果を肌で感じ、理解し始めたのだ。
運動会後、藩士たちの間の風通しは格段に良くなり、これまでほとんど交流のなかった部署間の連携もスムーズになった。武士たちの顔からは硬さが取れ、以前よりも表情が明るくなり、日々の業務にも活気が生まれたという。そして何より、藩全体に、これまでにはなかった「明るさ」「楽しさ」、そして「一体感」が確かに生まれたことは、藩主から一介の領民に至るまで、誰の目にも明らかだった。
栗田謙信の「おもてなし藩政改革」は、また一つ、大きな、そして何よりも人々の心に響く成果を上げたのである。
そして彼の頭の中では、すでに次なる「お客様(藩士と領民)満足度超絶向上プラン」が、いくつも、まるで雨後の筍のように、ニョキニョキと芽生え始めていたのだった。相馬中村藩の明日はどっちだ。
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