ハニワと他者性
知り合いに「今度九州国立博物館のハニワ展行くんですよねー」と世間話していたら大体が「えーハニワって、あのハニワ?」といった感じの微妙な反応で、もしかしてこの世界にハニワが好きな人間は私しかいないのではないかと少し寂しくもなっていました。しかし実際に行ってみると前来たゴッホ展の時ほどではないにしてもそれなりに並んで盛況していました。来ている人たちは心なしかハニワが好きそうな雰囲気を纏っている人が多く「こんなにも頼もしい仲間がいるとは」と勝手に友情を感じてしまいました。
そういうわけで喜び勇んでエレベーターを昇り入ってみると、開幕から超有名な踊る埴輪が出迎えてくれました。THEハニワといった感じのポーズを取っているアレです。目の部分の造形に生々しくもダイナミックな指使いが感じられ中々どうして素晴らしい。なお最新の研究によるとこのハニワは踊っているのではなく馬を引いているかもしれないとのこと。あとこのハニワ60センチ以上あり思ったよりデカイです。ハニワはもっと小さいもんだと勝手に思っていましたが、他のハニワも思ったよりデカいのが多かったです。筒状のハニワや建物のハニワなんかは特にデカく、2メートルを超すような物までありました。
ハニワの起源は古墳に捧げものをする器台で、そこから発展して魔除けや境界線として古墳の周りに円筒型のハニワが並べられるようになり、さらに発展して人物や動物のハニワが作られるようになっていきます。私は何となくハニワは遺跡の副葬品だと思っていましたがそうではなく、元々ハニワは遺跡の上に見える形で並んでいたのが、長い月日で風雨にさらされバラバラになって土に埋もれてしまったという事のようです。
それにしても、ハニワというものは大王や王の権威を示す為に作られた割にあまりにもゆるすぎますね。造形がしっかりしていて表情も所作も素晴らしい挂甲の武人や、いかめしい盾持ち人ハニワ、巨大な建物ハニワ、ちょっと幾何学的な筒状ハニワなんかはギリギリ権威を示せているともいえなくもないですが、それ以外はひたすらゆるい感じがします。一応馬のハニワは武力を象徴し、笑っているハニワは魔除けの効果があるとのことですが……やはりビジュアルがゆるいと言わざるを得ない。そもそもこんなデカイ墓作ってドヤ顔でハニワまで並べるより、もっと実用的な施設を作るなり来世の為に善行を積むなり死ぬまで贅沢三昧するなりした方がずっとマシな気がするのですが、態々莫大なリソースを使って巨大な墓やハニワを作るあたり、現代人の理解を超えて権威への異常な信頼や即物的な所が見えます。それも秦の始皇帝のようにリアルな顔立ちの兵士を兵馬俑に詰め込むならまだ分からんでもないですが、あんなゆるい表情のハニワを並べるんだからよくわかりません。
また古墳は出来てしばらくは管理されたようですが、すぐに放置されて草木が生え森になりハニワも土に埋もれ、大抵が墓荒らしに副葬品を盗掘され、挙句の果てに戦国武将に城に改造されたり石室を防空壕にされたりしています。まあそうなるでしょう。王様だろうが何だろうが程度問題こそあれ死んだら平等、というのがアニミズムと仏教で培われた日本的価値観といえますが、古墳時代は文化としてまだ若く、そういう国破れて山河あり、といった無常観が全くなかったんでしょうか。歴史や教養という概念が存在せずただの丘陵と化した古墳公園で遊び回る経験をしてこなかった為に「自分は死んだ後も永遠に偉くて崇められ続ける」と本気で思っていたんでしょうか。それとも内心アホらしいと思いつつも権威の為に止む無くやっていたんでしょうか。別に荒れてても丘陵が残ってれば十分満足でしょうか。あるいは、トーテムポールのように朽ちていくことで完成されるという狙いがあったのかもしれません。まあ多分違うでしょうけど。
何にせよ仏教の伝来により古墳は廃れ、代わりに寺が作られるようになっていくというのも何だか分かるような気がします。ハニワや古墳は仏教の価値観とは対極にあり、仏教とは共存できなかったという事でしょう。そして仏教が渡来し飛鳥時代くらいになってくると、文化が成熟して現代人とも通じる所が出てきます。どうも飛鳥~現代と古墳時代の間にはとんでもない断崖がありそうです。それだけ私達が仏教から影響を受けているという事でしょう。聖徳太子は普通に話が通じそうですが、古墳を作った豪族と話しても価値観が違いすぎてついていけなくなりそうな気もします。
しかしそれだけ価値観が違うのは面白い事でもあります。価値観が違うからこそ、違和感を元にして自己の立ち位置を感じる事が出来る。価値観が違うからこそたまに見つかる共通点に強い繋がりを感じる事が出来る。悪口みたいな事も言ってしまいましたが、ハニワや古墳にも日本のルーツがあるわけですし、繋がりや人の心を感じる事があるのも確かであります。あるいは、話をちゃんと聞いてみれば彼らは彼らで今とは違う成熟した文化を持っていたのかもしれません。挂甲の武人なんかは芸術作品と言ってよく、ハニワ職人が緊張感を持って魂を込めて作っていたのが伝わってきます。「乳飲み子を抱くハニワ」なんかも肩幅が広く女性の強さが抽象的に表現されており、土偶イズムも薄っすら感じられて中々味わいがあります。ほかのゆるいハニワにしたって、作った人もゆるくて優しい人ばかりだったのかもしれません。案外話してみると仲良くなれるかも知れません。想像が膨らみます。……しかしハニワ職人に対しては魂の息吹を感じられたりするのに、埋葬されている人は大抵が誰かも分からず「なんかよくわからん王様」としか言いようがないのは歴史の皮肉という奴でしょうか。




