第8話 お母さんへの報告
レナがダンジョン内で実戦を経験した翌日。まだ太陽が顔を出したばかりの早朝、城下町外れにある墓地に彼女の姿があった。
迷うことなく歩いてとある墓碑の前までやって来る。
「勇敢にして気高く誇りに思う冒険者たち、ここに眠る」と彫られた「合同墓」に彼女の母親であるサリサは埋葬されていた。
「お母さん、1ヶ月ぶりね。先月は特に後半は色んなことがあって、濃い1ヶ月だったわ。まずね、ソルさんっていうダンジョンマスターにお父さんの事を助けてもらったの。で、そのお礼がしたくてその人のお弟子さんになったんだ。
お父さんやお母さんからしたらダンジョンマスターって悪者だと思うけど、ソルさんは別だと思う。あの人悪い所が一切なかったの」
彼女が言う「濃い1ヶ月」だったと報告するその声は弾んでいた……報告したくてウズウズしていたのだろう。
類稀なる氷魔法の使い手で、夫のディラスと共に3体の魔王を倒し勇者となったレナの母親、サリサだったが病には勝てなかった。レナが5歳の頃に流行り病にかかって、実にあっけなく命を落としたのだ。
墓を作れるくらいの貯えはあったが、遺言で「墓はつくらずに冒険者の合同墓に入れてくれ」と言われたので、彼女の名前すら刻まれていない墓に埋葬されたのだ。
それ以来、レナには毎月の初めには墓参りをして1ヶ月の間に何が起こったかを報告する習慣が付き、今でもそれは続いている。
「お母さんに話したいことはこれ位かな。じゃあまたね」
レナが報告を終え、墓の掃除もしたとき……
「レナちゃん、今月も来たのか。うん、関心関心」
「! あ、おじいさん。1ヶ月ぶりです、お元気そうですね」
墓守の老人が「常連」に声をかけてきた。レナとはかれこれ10年以上の付き合いとなっている。
「いやぁレナちゃんキレイになったよなぁ、サリサさんに似てるよ。昔はお父さんに連れられてあんなに小さかったのにいつの間にか大きくなったなぁ」
「もう、何言ってるんですか。私はもう16歳になるんですよ? しっかりしてくださいよ」
「他人の子供はあっという間に成長するものだよ。大人になったらレナちゃんもいつかそれを分かる日が来ると思うよ」
老人は美少女に育ったレナの姿を見て頬が緩み、目じりも下がる。その顔には笑いシワとでも言うべきシワが刻まれていた。
「それにしても、レナちゃんもディラスさんも毎月必ず墓参りしているのはとても良い事だよ。
『死者への最大の敬意は忘れないこと』だよ。中には墓を作った後はほったらかしで、掃除もワシ任せにするろくでもない連中も多いし、
とても残念な事なんだが、最近そんな連中が増えてきている」
墓守は老人らしく「最近の若いもんは」とグチをこぼす。もちろんその中にレナは入っていないが。
「死んだ人間にとっては忘れられることが一番つらい事だ。家や名誉といった『死してもなお残る物』すら無に帰してしまう。
最近の若いもんの中には先祖が残した名誉を知らんものもいる。酷いもんだよ……おっと、お嬢さんに向かってついグチを言ってしまったよ。すまんな」
「良いんです。じゃあ私仕事があるので行ってきます。おじいさんも長生きしてね」
彼女は墓地からダンジョンへと歩み出した。少しして入れ替わってやってきたのは……。
「おや、ディラスさんじゃないですか。さっきレナちゃんが墓参りに来てたよ。入れ違いだねぇ」
「ああ、やっぱりそうだったんですか」
彼が朝起きたら家にレナの姿が無かったが多分墓参りに行ってるのだろう、と思って特に気にしてなかったし、その予想は当たっていた。
老人は墓参りに来た男の「いつもと違う点」に気づいて声をかける。
「そう言えばディラスさん、今日は『右手で』お供え物を持ってますね? 確か右手は使えなくなったはずでは?」
「ああ。最近治療を受け始めて、段々利くようになったんだ。完治にはまだかかるけどそのうち治るってさ」
「それは良かった。元勇者だった頃は散財してたけど少しは倹約を覚えたりはしたのかね?」
「昔の俺がいたら殴りたい位ですよ。何が「カネは天下の周り物」「カネは使わなきゃ意味が無い」だ。って言ってね」
昔のディラスは浪費家で、娘のレナが産まれても直らずにカネの使い方でサリサと揉めた時もあったのだ。
今ではその浪費癖が災いして自身のケガの治療費すら使ってしまい娘に貧乏な暮らしをさせてしまったので、さすがに懲りたとの事だが。
「レナちゃんもそろそろ『お見合い』でもした方がいいんじゃないのかい? もうそろそろ結婚も考えた方がいい年だろうし、あんな美人だ。花嫁衣装を着せないともったいないよ」
「レナを嫁に出す、か。そうだよなぁ、そういう年頃だもんなぁ」
娘を持つ父親として娘の結婚は実に大きな、そして複雑なイベントである。父親である自分よりも優先する男が出来るというのは、喜ばしい事であり同時に嫉妬する事でもある。
特に「パパと結婚する」と約束した父親ならなおさらだ。