第30話 戦いが終わって
ディラスがダンジョンを去った後、レナは終始虫の居所が悪かった。
何より先生を見る目が大嫌いな物、例えばゴキブリとかドブネズミを見ているかのようなものだった。
「……怒ってるのか?」
「……」
弟子は口をきいてくれない……こうなると時間がかかりそうだ。
「正直、俺には防げない事だったんだ。勇者とダンジョンマスターってのはどうしても対立するものなんだ」
「しょうがないも何もないですよ。私が嫌がるのを知っててやったんでしょ? 先生は」
ダンジョンマスターであるソルにとって勇者との戦いは避けられない物。
それでもレナにとっては「そんな事情なんてどうでもいい」事だった。
「しょうがなければお父さんと戦っても良いんですか? しょうがなければってただの言い訳じゃないですか。しょうがない、に逃げないで下さいよ」
「う……」
ソルは答えられない。
(こりゃ手こずりそうだな……)
ソルは戦いに関しては勇者とも戦える腕を持っていたが、女には弱い。特に機嫌を直すのは苦手だった。
女は全般的に好きだったが、女心って奴は理解できないモノだった。
「まぁいい。とりあえず今日の給料だ」
ソルはお金の入った袋をレナに渡すと、彼女はパッと師匠の手から奪うように受け取って何も言わずに去っていった。
ソルから緑マナ結晶を「手打ち」として受け取ったディラスは、ダンジョンを去ると家に帰るのではなく王城へと向かう。
その姿や立ち振る舞いを見るや城の門番も顔パスで通してくれ、アポなしだったためスケジュール調整で多少時間はかかったが、謁見の間で王と対面することがかなった。
「おお! お前があの『双剣のディラス』か! この国に住んでいると噂では聞いたが本当だったとは! いったい何の用だね?」
「それなんですが……」
ディラスは今置かれている自身の事情と、とある提案を王に話した。
「ふーむ。そうしてくれるのなら願ったり叶ったりだが、良いのかね?」
「構いませんよ。昔と比べて動きのキレが鈍くなって身体の衰えは感じましたし、こういう仕事に就くという形で後進に貢献できればなとは思っています」
「分かった。じゃあ早速明日から頼んだぞ」
国王とディラスはがっちりと握手した。
「……」
ディラスが自宅に帰って来ると今日の晩御飯はいつものようなレナの手料理ではなく、全部店で買ってきた総菜。それも彼の嫌いな「酢」を使ったものばかりを選んで、だ。
「……ソルのダンジョンに潜った事、怒ってるのか?」
「……」
娘は答えない。答えない、というよりは「無視をしている」といった方が正しいだろう。
「正直、レナがダンジョンマスターの弟子をやってるだなんて知らなかったんだ。俺もお前の事情を知ってたら潜らなかったんだ」
「『たら』とか『れば』なんかに逃げないでよ。私の事なんてちっとも考えてないくせに」
「……」
虫の居所の悪さに父親は困惑していた。
結局その日はそれ以降一言も言わずに眠りについた。
「「ごちそうさまでした」」
ディラスがソルのダンジョンに潜った日の翌日、レナと一緒に食事を終えた彼は再び鎧を着始めた。
「お父さん、また先生のダンジョンに行くの? 2度と行かないって約束したよね?」
「もちろんそれは分かってるさ。ダンジョンに行くわけじゃないんだ。国王陛下と相談して、兵士の指導役として雇ってくれることが決まってな。
それでこの格好をすることになったんだ。普段着じゃ本当に勇者なのか疑われるからな。まぁ見た目も大事って事さ」
「そ、そうなんだ。いってらっしゃい」
「父さんはレナとの約束はしっかりと守るからな。もうダンジョンには寄らんよ。じゃ、行って来るよ」
そう言ってディラスは家を発った。行先はダンジョンとは正反対の王城……どうやら本当らしい。
レナはダンジョンに「出勤」したら、会うやいなや先生はぺこりと頭を下げた。
「昨日はディラス、お前の父親と戦う事になったけど、お前が嫌がってたのは分かるよ。すまなかった」
「……本当にそう思ってます?」
「……ああ。思ってる」
「……」
沈黙が支配する。ぜんまい式壁掛け時計のカチカチという音だけが聞こえてくる。
「分かりました。そこまで言うのでしたら信じてみます。噓つかないで下さいよ」
「ああ、分かってるさ」
ようやく仲直りする事が出来た。




