第22話 イリーナとレナと紅茶の香り
「……ふう」
イリーナは1人で大衆カフェに寄ってティータイムをしていた。ここは都会なのもあってか、広く出回っている大衆茶でも故郷の紅茶より味も香りも良い。
ソルのダンジョンに挑み、勝てずに逃げ帰ってから2日。姉のレイラはまだいいとしてイリーナには一種の迷いがあった。
ダンジョンマスターなんて世界征服を企む悪の親玉だったはずなのに、ソルは随分と人間臭かった。
それに「親の仇を追う人間の気持ちはよく分かる」とまで言っていた。確かにあの目は親の仇を追っている自分たちと同じものだった。
「相席よろしいでしょうか?」
「え、ええ。構いませ……!?」
イリーナは相席をしてきた相手に目をパチクリさせる。よりによってあのダンジョンマスターの関係者だったからだ。
「貴女……確かあのダンジョンマスターのお弟子さんですよね?」
「ええそうよ、レナと呼んで。貴女は「炎拳のレイラ」の妹さんのイリーナですね? お姉さんの姿が無いけど今は1人かしら?」
「え、ええ。そうですけど……何の用ですか?」
「お話だけでもできないかな?」
「……何の話ですか?」
イリーナはいつも守ってくれる姉がいない事に加え、ダンジョンマスターの関係者が相手というのもあって何か酷い事でもされないだろうか、気が気でなかった。
身体がそわそわとしていて、落ち着かない。
「んー、別に何でもいいよ。何の話をしようかとか特に決めてないから」
「そ、そうですか……じゃあ聞きますけど、貴女は何でダンジョンマスターなんかになろうとしてるんですか?
女の私から見ても見た目がキレイだから、縁談には困らないはずなんですけど……」
「ちょっと話が長くなるけどいいかな?」
「え、ええ。構いませんよ」
レナはイリーナに「お金に困っていた頃に先生が緑マナ結晶という形で父親の治療費を渡してくれた事」を話した。
「そうですか……いい人ですね。レナさんの言う先生とやらは」
「ええそうよ。だから私なりに恩返しがしたくて今の仕事に就いたんだ」
「恩返し、ですか。お金に釣られずにダンジョンマスターに弟子入りなんて珍しいですね」
ダンジョンマスターはマナ結晶やエーテルと呼ばれる、ダンジョン内で生成される資源をカネに変えて大儲けしているため、
大抵はかなり裕福な経済事情であることが多い。国の一等地に豪邸を構えて贅沢な生活をしている者も中にはいるそうだ。
「そう言えば貴女の先生は親を魔王に殺された。とか言ってましたけど、詳しい事情は知ってますか?」
「いや、私もサラっとは聞いてるけど具体的にどの魔王に殺された、とかは聞いたことが無くて……あまり話したがらないみたいなんです」
「そうですか。いや、その気持ち分かりますよ。親が死んだ時の話なんて、出来れば思い出したくない事ですし」
「……」
そこでおしゃべりが途絶えた。
しばらくして……。
「何と言うか……私、あなたたちの事は嫌いになれないんです。
ダンジョンマスターなんて世界征服を企む悪だと聞かされて育ったんですが、あなた達を見てるとそれが崩れそうで……どうすれば良いのか分からないんです。
姉さんはその辺の悩みは無さそうなんですが、私は……」
「それでいいと思います」
「え?」
それでいい。思いもしない答えにイリーナはどう答えていいのか分からない。しばらくうつむいた後、目線を相手の方向に戻して言葉を続ける。
「それでいい……ってどういう事でしょうか?」
「元々ダンジョンマスターは弱った大地をよみがえらせるために働いているんですよ。そして大地の力を吸い取る魔王と戦っているんです。
だからダンジョンマスターを悪く思わなくても自然な事だと思いますよ」
「……ウソじゃないですよね? 貴女はウソをつくような人じゃない。っていうのはこうやってお話をして分かってますけど」
「私も先生から聞かされた時は意外、って思ったわ。お父さんもお母さんも勇者だったからダンジョンマスターは魔王と同類だ、って言い聞かされて育ちましたからね。
あー……せっかくの紅茶が冷めちゃったな。ごめんね、ついつい長話しちゃって」
レナはそう言って生ぬるくなってしまった紅茶を飲んでカフェを後にした。
夜になり姉妹は宿に戻って来た、その時だ。
「イリーナ、どうした? 嫌な事でもあったのか?」
「何でもないですよ、姉さん」
「……ならいいんだが。何だか様子がおかしいぞ? 何かあったら遠慮なく相談してくれよ。たった1人の家族なんだからな」
「うん。分かってるよ」
ダンジョンマスターの弟子と話して「彼らは悪党じゃなさそうだ」と姉に相談したところで、どうなるかはすぐわかる。
誰にも言えない事。自分の力で何とかするしかなかった。




