第17話 虚無の構え
「先生。魔王討伐に参加したそうですが、そもそも魔王って何なんですか? ダンジョンマスターと同類とは聞いていますけど」
「魔王ってのは人間を辞めたダンジョンマスターのなれの果てさ。大方永遠の若さを求めて特殊な儀式をして身体の構造が変わっちまった人間なのさ」
レナにとって、というか普通の人間にとって魔王もダンジョンマスターもあまり明確な区別はついていない。どっちも同類として「ひとまとめ」にしているのが現状だ。
「魔王は永遠の若さを維持するために大地のマナエネルギーを吸い取って死の土地に変えてしまうから、まともな人間である俺達とは共存は出来ない。
どっちかが死ぬまで戦わないといけない相手だ」
「確かダンジョンには大地のエネルギーを増幅させる機能があるんですよね? それを使えば何とかなるんじゃないんですか?」
「魔王共が身体を維持するのに必要なエネルギーはダンジョンの1つや2つでは到底補いきれない。焼け石に水みたいなもんさ」
「そうなんですか……そう言えば先生は魔王を倒す復讐旅をしているとお聞きしましたけど?」
「その話か……」
レナの鋭さにはつくづく驚かされる。ダンジョンで初めて会った時に話した「とある魔王を殺す復讐旅をしている」というのを聞き逃していない。
「細かい所まで覚えてるんだな。俺は両親をとある魔王に殺されたんだ……そいつがやって来るのを待っているのさ。
この国のマナエネルギーは豊富で、魔王にとっては美味しい土地さ。実際、狙っているのとは別だけど魔王が来たからな」
「……」
会って1ヶ月かそこらでは事情の全部は教えてはくれないだろう。レナは教えてくれない事を理解しつつも、少しだけ信用していない事にスレた。
「よし、じゃあ今日から戦いに関して奥義を教えるぞ。レナ、これからコイツと1対1で戦ってくれ。その途中で俺がお前を狙うから避けてみろ」
「は、はい。分かりました」
「それとウルフェン。お前油断するなよ。彼女はこんな姿でも俺より格段に強いぞ。女相手と手を抜くと返り討ちだぜ?」
「分かりました、マスター。じゃあ嬢ちゃん、本気で行くぜ」
人狼とレナはお互いに安全な木製の武器を手にして試合を始める。
『虚無の構え』
と同時にソルは構える。と同時に彼の気配がプツリと消えた。
「ヤァッ!」
レナが2本の剣を振るい、相手のガードを揺さぶる。相手も双拳を武器とするが彼女の剣さばきについていけず、押されていく。やがて……。
「ぐっ!」
人狼のウルフェンは左腕のガードをムリヤリこじ開けられてしまう。そこへレナが一撃を入れようとした、まさにその瞬間!
ソルの木刀が彼女の首元にピタリ。と添えられた。
「せ、先生!? 何をしたんですか?」
さっきまでいなかったはず。いや正確に言えばウルフェンと言ったか?
人狼相手に1対1で戦っていた頃から彼の気配が消えていたのが引っ掛かったが、それさえ特に気にしていなかった。
「これが『虚無の構え』だ。
周りにいる人間や魔物の『認識を狂わせる』能力だ。視界に入っても見ることは出来ず、足音もするが耳に入らない、殺気や気配さえ感じなくなる。俺の知ってる中では『最強』の術さ」
「『最強』なんですか?」
師匠が『最強』の術とどこか誇らしげに言うその様にどこが強いのか気になって聞いてみることにした。
「ああ。仲間と一緒に集団戦闘しているときにはとりわけ役に立つ。
目の前の敵に集中してそっちに気が行った瞬間に、死角を突いた攻撃は魔王ですら回避不可能な上に一撃で致命傷を負わすことだっていくらでもできる。
というか俺は対魔王戦においては正面からぶつかり合うなんて到底無理で、こんな小細工でもしない限り勝ち目が無い。っていうのもあるけどな。
レナ、これからお前にはこれを教える。ついてきてくれ」
「は、はい! 分かりました!」
「返事は良いな。よしまずは……」
ソルによる指導が始まった。
それから2日後……
『虚無の構え』
レナが構えると彼女の気配が消えた。ソルですら探すのが困難だ。
「お……俺が2年かけて編み出したものを、たった2日で?」
ソルは弟子の成長ぶりに開いた口が塞がらない。
自分が編み出す際にはお手本がなかったから試行錯誤の手探りであったのに対し、レナの場合はお手本がある。
というのを勘定に入れたとしても、自分が2年かけてたどり着いた答えにたった2日であっさりと到達されてしまったからだ。




