表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

拝啓、刑務所暮らしのパパへ

 窓から差しこんだ朝日が眩しくて、岡田は目を覚ました。今は何時だろう、寝ぼけた頭でぼんやりと考えた。扉の方にゆるりと顔を向ける。

 その視線がぴたりと一点に留まった。鉄格子のついた扉の前に、白い封筒が落ちている。

 独房の外は静まり返っていて、半身を起こした岡田の顔の上で光の粒がきらきらと踊っている。

 岡田はベッドから飛び出し、封筒に飛びつく。

 半年間、その封筒を待っていた。差出人も分かっている。妻からだ。

 宛名の欄に妻の名を確認すると、岡田は手を震わせながら慎重に封を切った。よれた便箋と写真が同封されていた。

 便箋に目を通す。一枚の厚紙の表面を妻が、裏面を息子が書いたらしい。

 「息子は毎日泣いていますよ」

 表面は簡素な一文のみだった。ところどころ水か何かで滲んだ箇所がある。

 私は涙をこらえる。密輸の容疑で逮捕されてからすでに半年を獄中で過ごしていた。便箋をひっくり返す。

 「ぱぱ 早く帰ってきてね」

 裏面一杯に大きな文字がクレヨンで殴り書きされていた。文字の間には星やらハートマークやらが躍動している。

 見れば見るほど涙があふれてきた。今すぐに二人を抱きしめてやれないことをもどかしく思った。息子にも妻にも寂しい思いをさせてしまっている。

 だが、頬を伝った涙は温かかった。

 写真を見る。つい最近六歳になった息子の写真。仏頂面でぴかぴかの赤いランドセルを背負っている。目元には泣きはらしたような跡があった。毎日泣いているというのは本当なのだろう。

 そうか、あの子が。もう小学生になるのか。

 一年前、余命半年を宣告されたあの子が。

 本当に良かった。あふれる喜びで胸が満たされていく。

 薬は効いたのだ。

 私が命懸けで密輸した、あの薬は。

 まだ試験段階のものだったらしいが、確かにあの薬は本物だった。息子は今も元気に生きている。そう、私の不在を泣いて悲しむことができるくらいには、元気に生きている。

 あの薬は間違いなく、息子を救ったのだ。

 鉄格子の隙間から独房に朝日が差しこんでいる。光はベッドの下で跪いた岡田の背中をじんわりと温めていく。

 岡田は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をシャツで拭った。何度も何度も便箋を読み返す。強く握りしめたせいで便箋はぐちゃぐちゃになっている。

 起床のベルがけたたましく鳴り響いた。刑務所中がざわめきだす。隣人の不平不満や刑務官の足音が聞こえてくる。それは刑務所の一日が始まる合図だった。

 床で便箋と写真を抱きながら、岡田はその音を天使のラッパのようだと思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 未来屋 環さんのレビューから来ました! 密輸したのもこの子の為...。 そう思うと、凄く考え深いですね。
[一言] 思いがけない結末にはっとさせられました。 これは名作ですね……! 刑務所を描いたとは思えないラストの一文がとても好きです。 淡々とした描写の先にあるドラマが素晴らしいと思いました。 よるのと…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ