【連載版始めました!!】私はただの侍女ですので(大嘘) ~ひっそり暮らしたいのに公爵騎士様が逃がしてくれません~
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才能に価値なんてない。
「行き過ぎた才能は身を亡ぼすわ」
地位に優劣なんてない。
「高くとも低くとも、同じ人間の最後は決まっている……」
力に意味なんてない。
「どれだけ強くても、運命には逆らえないのね」
そう。
強く気高く美しい。
そんな女王であっても、最期の瞬間はあっけない。
私は尽くしてきた。
国のため、人々の暮らしを守るために。
悪しき王だと呼ばれても、これが私の役割だからと割り切って、最期まで悪役を演じてきた。
きっといつか、報われると信じて。
けれど結局……。
「最期まで……一人だったわね」
圧政に対する報復だ。
斬り捨てた者たちが結託し、王に牙をむいた。
そこまでは想定内だった。
想定外なのは、味方であるはずの者たちまでそれに加担していたことだ。
志を共にしたはずなのに。
結局私は、ずっと一人で頑張ってきたらしい。
燃え盛る部屋の中、薄れゆく意識で思う。
「ああ……今度は……」
もしも次の生があるのだとしたら。
私は女王になんてならない。
力はいらない。
地位もいらない。
才能なんて一つもなくていい。
どうか、どうか――
「普通に生きて、普通に……死にたい」
こうして、悪しき女王は短い生涯を終えた。
それから千年――
◇◇◇
「ちょっと、この服は交換しなさい」
「お気に召しませんでしたか?」
「ええ、まったく気分じゃないわ。別の物に変えなさい」
「かしこまりました」
朝から不機嫌なお嬢様に言われ、別のドレスに交換する。
派手目のデザインが気に入らなかったのだろうか。
少し地味なほうのドレスを用意する。
「こちらでいかがでしょうか」
「いいわけないじゃない! わかってないわねぇ、今日の私はピンクがいいのよ」
「……そうでしたか。まことに失礼いたしました。すぐに用意いたします」
「もう、今日も変わらず無能ね、この愚妹は」
用意した新しいドレスを着せ替え、お嬢様は悪態をついている。
私は最初に一度だけ謝って、それからは無言で着替えさせた。
「終わったなら出ていって」
「はい」
「呼んだらすぐに来なさい。少しでも遅れたらお仕置きよ」
「かしこまりました」
深々と頭を下げて部屋を出る。
ガチャリと扉を閉めて、周りに人の眼がないことを確認してから。
「はぁ……朝から元気いっぱいね、お姉様は」
ため息と一言。
ほぼ毎日のことだから、悲しさや怒りは感じない。
むしろ呆れているほどだ。
直接血は繋がっていないとはいえ、妹に向かってあれだけ罵声を浴びせられる。
まるでかつての自分を見ているようだ。
あのまま成長すれば、破滅の女王様になってしまいそうね。
「ま、関係ないわね」
私も早く仕度を済ませないと。
今日は侍女の仕事を早めに終わらせて、外出の準備をしないといけない。
普段よりも二時間ほど早く起きた私はせっせと働く。
午前中にやることを全て終わらせて、自室に戻って着替えをする。
棚の中には、私の数少ないドレスが用意されていた。
私はドレスに着替える。
「はぁ……面倒ね」
ドレスに自分で着替えることが、じゃない。
それはもう慣れた。
以前は侍女に着替えさせてもらっていたけど、今は私が侍女だ。
着替えくらい自分でやれなきゃ話にならない。
そうじゃなくて、これから始まるパーティーのほうが憂鬱なんだ。
どうして侍女の私が、ドレスを着てパーティーに出席しないといけないの?
理由は単純明快。
私は本当は侍女ではなく、このルストロール家の次女だから。
なんて。
「笑えないわね」
失笑。
◇◇◇
私は生まれ変わった。
死後約千年、かつての私が生まれ、命を落とした国に。
長い歴史の中で進化し、その歴史は途絶えることなく続いてきたらしい。
別に嬉しくはない。
ただ、生まれ変われたことは幸運だった。
私が生まれ直したのは、王国でも名のある貴族の一つ、ルストロール公爵家だった。
ルストロール家は代々、優秀な魔法使いを輩出している家系だ。
どうやら現代でも、魔法使いとしての力量や才能を持っていると優遇されるらしい。
貴族の地位にいる者たちは皆、何かしらの才能を持っている。
魔法であったり、剣技であったり、財力もそうだ。
力を持つ者が上に立つ。
千年前から何も変わらない。
ただあの頃と違うのは、世界は平和になったということだ。
国々の争いは減少し、国家内での争いもほとんど起きない。
小さなひずみはあるだろうけど、少なくとも表面上は平和を保っている。
凄いことだ。
私が生きた時代には考えられなかった。
そんな時代に生まれ直したことが、一つ目の幸運。
二つ目は、私が正妻の娘ではなく、妾の子として生まれたことだ。
不運?
確かに普通はそう思う。
妾の子だからという理由で迫害され、家の中では貴族らしい扱いを受けない。
お前は醜いからドレスは似合わない。
侍女の格好でもして尽くしていればいいと、実の父親に言われて、その通りに侍女の役割を担う。
誰も指摘なんてしない。
それがさも当たり前のように、私に命令して罵声を浴びせる。
最悪な環境だけど、私にとっては好都合だった。
私は地位も名誉も、力もいらない。
だから前世の記憶と共に受け継いだ魔法使いとしての力も、他人にバレぬよう隠してきた。
こうして弱者として振る舞い、いずれ放り出してくれたらいい。
一人で生きるための準備は、とっくにできている。
侍女として振る舞ったのも、生きるための技術や経験を積むためで、決して彼女たちのためではない。
私はただ、普通に生きて、普通に死にたいだけなのだ。
パーティー会場に到着する前。
馬車の中で、久しぶりにお父様と会話をした。
「イレイナ」
「はい。お父様」
名前を呼ばれるのも久しぶりな気がする。
基本的に屋敷にいても、この人は目も合わせてくれない。
この人にとって私は、かつて自分が起こした失態の象徴なのだ。
嫌なものからは目を背けたい。
それが人間の心理だと理解している。
「今宵は年に一度の大事なパーティーだ。国中から大勢の来賓がやってくる。我々もその一つ、貴族として恥のない振る舞いをしていなさい」
「はい」
よく言うわね。
屋敷の中じゃ貴族じゃなくて侍女として働かせている癖に。
まぁ別に、私も抵抗しなかったから悪いけど。
「お前は極力目立つな。私やストーナの後ろにいなさい」
「はい」
言われなくてもそうするわ。
目立つなんて一番してはいけないことだから。
私はひっそりと、ストーナお姉様の後ろに隠れているつもりよ。
「そして……絶対に私たちの邪魔をするな」
「いいわね? イレイナ」
「はい。お父様、お姉様」
要するに、何もせずただじっと黙って過ごせという意味。
お安い御用ね。
元よりこんなパーティーに参加したいとは思わない。
国中の貴族たちが集まる社交場。
当主とその跡継ぎは参加する習わしだから、私も仕方なくドレスを着て参加するだけだ。
世間的には一応、ルストロール公爵には二人の娘がいて、どちらも正妻の子ということになっている。
名のある貴族の家に、まさか平民の血が混ざったなど知られたくないからだ。
そう、私の母親は平民だったらしい。
そのことが余計に、私に辛く当たる理由になった。
母がどうなったのかは知らない。
顔も名前も知らないから、今さら何も感じない。
会いたいとも思わないわね。
そうこうしているうちに、馬車は会場に到着する。
王都でもっとも大きな建物は王城だ。
その王城の敷地内にあるパーティー用の大きな建物を貸し切って開かれる。
王族も参加者に含まれるこのパーティーは、貴族たちにとって貴重な交流の場でもある。
馬車から降りると、他の貴族たちの姿がある。
気合の入ったドレスを着た女性や、すでに緊張しているのがわかる男性陣。
彼らにとってここが、とても重要な分岐点なのだろう。
私は反対に憂鬱で仕方がない。
「王城……」
ここに来ると嫌でも思い出す。
女王として君臨し、反逆の下に命を落とした前世の記憶を。
もうあんな最期はこりごりだ。
次に死ぬならベッドの上で、大勢の友人や肉親に看取られて死にたい。
そのためにも私は、この場で空気のように振る舞おう。
「ストーナ、行くぞ」
「はい。お父様」
二人とも気合が入っている。
ストーナお姉様にとっても、この社交場は未来の夫を見つける重要な機会だった。
彼女は十九歳、私より一つ上。
そろそろ婚約者を決めなければならない年齢だが、彼女やお父様は選り好みをする。
これまでに縁談の話はあれど、すべて釣り合わないと断ってきた。
彼女たちが求めているのは、自分たちと同等以上の地位、権力、財力、才能を持つ者。
ルストロール公爵家は有名だ。
ストーナお姉様は魔法の才能にも恵まれている。
中々釣り合う相手は見つからず、今年のパーティーを逃せば、来年参加する頃にはニ十歳になっている。
貴族の女性にとって、ニ十歳は一つの節目だ。
超えるまでに婚約者がいないということは、誰も選ばなかったという意味を持つ。
行き遅れの烙印を押されてしまう。
そう、彼女たちは少し焦っていた。
「大変そうね」
ぼそりと呟く。
彼女たちには聞こえない声で。
婚約者なんていても面倒なだけよ。
前世では十人くらい婚約者がいたけど、邪魔になるだけで最期は裏切られたわ。
結局、地位や名誉で繋がった関係に、真実の愛は生まれないのよ。
定刻になり、パーティー会場が賑やかになる。
集まった貴族たちでごった返す。
さすがはこの国で一番大きな会場だ。
何百人も集まっても、人が通れるスペースは十分に確保されている。
多少の息苦しさは感じても、比較的快適だ。
「これはこれはルストロール公爵」
「ああ、貴殿か。久しいな」
「ええ。ストーナ様にイレイナ様も、変わらずお美しいですね」
「ありがとうございます」
私もストーナお姉様に合わせて頭を下げる。
お父様は王都の内外に知り合いが大勢いるらしく、代わる代わる挨拶をされる。
一瞬も心休まる時間はない。
ストーナお姉様も常に笑顔で、お父様は堂々と振る舞う。
前世で自分がやっていたことだから、その大変さは嫌というほど理解している。
楽しくもないのに笑うのは、心を擦り減らすような感覚だ。
そこは素直に同情する。
「……?」
何やら騒がしい。
人々の視線が一か所に集中している。
こそこそと、声が聞こえる。
「あれはまさか、騎士王様じゃないか」
「騎士王様がパーティーに参加されている?」
ざわつく会場。
騎士王という名前がいたるところから聞こえてくる。
お父様とストーナお姉様も反応する。
「お父様」
「ああ。珍しいこともあるようだな」
ちらりと、集まった人々の間から素顔が見える。
銀色と藍色が交じり合った独特の髪に、深い海の底のように青い瞳。
この国の騎士であり、過去五年でもっとも優れた戦績を収めた騎士に与えられる称号『騎士王』。
若干十八歳でその座に就き、以後五年間、現在に至るまで不動の成果を上げ続ける天才騎士。
幼くして亡くなった父の後を継いだ若き公爵家当主。
――騎士王、アスノト・グレーセル公爵。
「アスノト・グレーセル公爵……彼はこういったパーティーは好まないのか、これまで一度も顔を出したことがなかったはずだが」
「お父様、これは絶好の機会ではありませんか?」
「ああ。名だたる騎士王ならば文句のつけようもない」
「ええ、私も彼なら満足できます」
二人で勝手に盛り上がっている。
これから騎士王様の下へ行き、お近づきになろうという雰囲気だった。
私は面倒だから行きたくないけど、ついていないと不自然だから従うしかなかった。
こういう相手こそ、一番近づいちゃいけない。
地位も、権力もあって、おまけに武力も備えている。
争いを呼び込みそうなセットだ。
そんな相手と婚約できても、きっと面倒が増えるだけなのに……。
とか思い心の中で溜息をこぼす。
「――?」
ふと、視線が合ったような気がした。
かの騎士王と。
彼は周りに声をかけ、こちらに歩み寄ってくる。
「お父様!」
「ああ」
チャンスだと思ったのだろう。
目が合ったのも私じゃなくて、二人のうちどちらかだ。
ただ念のため、私は一歩下がる。
二人が前に出やすいように。
「こんにちは、ルストロール公爵様ですね」
「私のことをご存じでしたか」
「ええ、もちろんです。何度か騎士団に協力して頂いていますので、忘れるはずがありません」
「おお、なんと光栄なことか。かの騎士王殿にそう言っていただけるとは」
「やめてください。私はまだまだ若輩者です」
騎士王様とお父様は面識がある様子だ。
お父様は宮廷の魔法使いの資格を持っているから、その関係だろう。
やっぱり目が合ったのは気のせい。
また、目が合った気がする。
「ご機嫌よう、アスノト様」
「ん? ああ、君は確かルストロール公爵の娘さんかな」
「はい。ストーナ・ルストロールです。アスノト様とお会いできて光栄です」
「こちらこそ。噂通り綺麗な方だね」
騎士王様の素敵な言葉で、ストーナお姉様は女の子らしく嬉しそうに赤面する。
天然か、それとも教育されているのか。
さわやかな表情で自然に零れる笑顔と言葉で、大勢の女性を虜にしてきたのだろう。
ストーナお姉様も、今ので彼に心を奪われたに違いない。
また、視線が合った。
さすがに三度目は勘違いじゃない。
彼は私のことを見ている。
「そちらの方は、妹さんかな?」
「あ、はい。妹のイレイナです」
「そうか。よく似ているね。美しい瞳が特に」
「あ、ありがとうございます」
ストーナお姉様は苦笑い。
事情を知らないとはいえ、私と似ているなんて言われたくなかっただろう。
笑顔が引きつらないように頑張っているのがわかる。
ちょっと面白かった。
けど、冷静に考えてやめてほしい。
屋敷に戻ってからの当たりが強くなるから。
「初めまして、イレイナさん。よろしく」
「はい」
なんで私に握手を求めてくるのだろう。
わざわざ下がっていたのに、一歩前に近づいてまで。
断ることもできないから、とりあえず握る。
「よろしくお願いします」
「うん、綺麗な手だ。でも、それだけじゃないね」
「――!」
私は咄嗟に彼の手を離す。
なんとなく、この男は危険な香りがした。
彼は平然とニコリと笑う。
不思議な空気が流れる中、お父様が彼に尋ねる。
「しかし珍しいですね。どうしてパーティーに参加されたのですか? 貴殿はあまり、こういう場を好まないと聞きましたが」
「はい。正直あまり得意ではありません。ただ、母に言われてしまいまして。私も今年で二十三です。そろそろいい人でも見つけてきなさいと」
「そうでしたか。なら、ストーナはどうでしょう? この子は私の自慢の娘です。あまりいうと親バカになってしまいますが本当に素晴らしい子です」
「そうですね。素敵な女性だと思います」
「ではぜひ――」
「考えておきます。ではまた、他にも挨拶をしないといけない方がいますので」
ここでもう一押し、と言うところで上手く躱されてしまう。
騎士王様は軽く手を振り、挨拶をして去って行く。
去り際、また私と目を合わせた。
一体あの男は何を考えているのだろうか。
「お父様」
「……感触は悪くない。これを機に距離をつめよう」
「はい! イレイナ、あなたは邪魔しないで」
「……はい」
お姉様はご立腹だ。
私だけ握手をしたからだろうけど、それは相手に言ってほしい。
まったく困った。
間違いなく、この後は強めに当たられるだろう。
それにしても騎士王アスノト・グレーセル公爵……か。
変わった雰囲気の人だった。
前世でもあまり見かけないような、人を自然に引き込み、虜にしてしまうオーラがある。
「アスノト様、素敵な方ですね」
「ああ、実力もあり、人格者でもある」
二人もすっかり魅了されている様子だ。
もっとも私には関係ない。
このパーティーが終われば、少なくとも来年までは接点もないだろう。
そう、思っていた。
◇◇◇
「はぁ……疲れた」
私は庭のお掃除をしながらため息をこぼす。
あのパーティー以降、ストーナお姉様の当たりは強くなった。
何をやっても気に入らないと苛立って、私に暴言を吐く。
慣れているから悲しくはないけど、一々行動を否定されてとても面倒臭い。
こうなるから目立ちたくなかったのに。
「全部あの男のせいね」
次に会ったらただじゃおかないわ。
なんて、二度と会わないと理解しているから思える。
パーティーから二日が経過した今日も、お姉様とお父様は熱心にお勉強中だ。
もちろん、騎士王様のことを。
何を好み、何を望み、どうやったら堕とせるのか。
騎士王様の血が加われば、ルストロール家は今以上の地位と権力を得られる。
騎士王様と婚約すれば、お姉様も盛大に大きな顔ができる。
そんなくだらない理由で婚約を迫られるであろう騎士王様が、ほんの少しだけ気の毒だ。
「私を巻き込んだ罰ね」
そう呟き、せっせと庭の掃除をする。
この屋敷の庭は無駄に広くて掃除がとても大変だ。
王都から少し離れた場所にあって、すぐ横は広大な自然が広がる。
名のある貴族の癖に、王都の中心に屋敷を構えなかったのは、先代から守ってきた屋敷を継ぐためらしいけど、その点は非効率だ。
格式とか伝統とか、そういうものに縛られていると生活まで窮屈になる。
「はぁ、いっそ早く追い出してくれないかしら」
とか思いつつ、終わらない掃き掃除をしていると、森の方角からただならぬ気配を感じる。
「これは……魔物?」
間違いなく魔物の気配だ。
けれどおかしい。
この森は広く、魔物がいることは不思議じゃない。
ただこれまで一度も、こんな屋敷の近くまで魔物が来たことはない。
「数は……一匹ね」
群れからはぐれたのでしょう。
森から魔物が姿を現す。
「グローリーベア……割と大きいわね」
中型の魔物の中でも凶暴で、四本足での移動速度は狼と並ぶ。
強靭な爪で引き裂かれると、鉄製の鎧も簡単に剥がれる。
こんな魔物も森の中にいたのね。
少し驚いて、こちらに敵意をむき出す魔物と向かい合う。
周囲に私以外の人影はない。
逃げてもいいけど、後で大惨事になったら最初に見つけた私に責任がある。
「はぁ……仕方ないわね」
庭を血で汚されると面倒だから、優しく追い払ってあげましょう。
私は人差し指を立てる。
「風よ――踊りなさい」
周囲の気流を操作し、襲い掛かる魔物を浮かばせる。
どれだけ素早くとも、地面に足がついていなければ蹴りだせない。
あとは優しく、吹き飛ばすだけでいい。
「森へお帰り」
風に飛ばされた魔物が宙に浮かび、森の奥へと吹き飛んでいく。
青空をまるで流れ星のように下っていく様を見ながら、ちょっぴり反省する。
「やりすぎたわね」
久しぶりで感覚が鈍っている。
私は前世の記憶と一緒に、魔法使いとしての力も引き継いでいた。
それを隠して生活していたから、あまり使う場面もなかった。
おかげで久しぶりに魔法を使って、制御が乱れて予想以上に吹き飛ばしてしまったみたいだ。
けれど周りには誰もいないし、見られる心配も……。
「へぇ、すごい飛び方したな」
「――!」
気づかなかった。
声をかけられるまで。
この私が、他人の気配を、魔力を感知できなかった。
咄嗟に距離をとる。
「おっと、驚かせてしまったかな?」
「……あなたは」
騎士王アスノト・グローセル公爵。
パーティーで出会った若き貴族の当主が、なぜか私たちの家の敷地内にいる。
「なぜここにいらっしゃるのですか?」
「えっと、実はルストロール公爵に招待されていたんだけど」
「お父様に?」
「そう。で、遥々王都から来たんだけど、道に迷ってしまって……気が付いたらここにいたんだ」
そう言ってニコリと微笑む。
一体何を言っているんだこの人は……。
吐くならもう少しまともな嘘を、と思ったところで表情から察する。
本当に迷ったらしいことを。
「自分が方向音痴なことを忘れていたよ。最近は誰か常に一緒だったし、一人で行動する機会はなかったからね」
「……」
「ところで、俺からも質問していいかな?」
「……」
状況を頭の中で整理する。
最悪の現場を見られてしまったという事実は、拭えない。
彼はさわやかな笑顔を見せて言う。
「君はどうして、侍女の格好をしているのかな?」
質問していいとは答えていないのに、彼は平然と問いかける。
わかりきった質問を。
私は黙秘する。
すると彼は構わず続ける。
「ここはルストロール家で、君は令嬢だろう? そんな君がどうして侍女らしく、庭の掃除なんてしているのかな?」
「……好きなんです。掃除が」
「へぇ、それはいい心がけだね。でも服装まで合わせなくてよかったんじゃないかな? しかもその服、結構長く着ているだろう? しわの感じでわかるよ」
「……」
この男、よく見ている。
適当な言い訳は通じないぞと、忠告されている気分だ。
バレてはいけない人物に見られてしまった。
けど、問題ない。
見られたのなら記憶を消せばいいだけだ。
「申し訳ありませんが――」
「無駄だよ」
「――!」
私は魔法を発動しようとした。
腕は多少鈍っても、最近の魔法使いには負けないと自負している。
魔法を使ったことさえ気取られず、彼の記憶を塗り替えようとした。
しかし、弾かれた。
私の魔法は、見えない何かに遮断された。
「俺に干渉系の魔法は通じないよ」
「……」
稀にいる特異体質。
あらゆる魔法効果を無効化する特性を持った肉体。
この男には、記憶操作が通じない。
「驚いたのは侍女の格好をしている以上に、君の魔法だよ。さっきの、魔法陣も見せず、詠唱もかなり省略されていたね。それなのにあの威力、しかも隠していたみたいだけど、凄い魔力量だ」
「……見間違いではありませんか?」
「ははっ、ここまでハッキリ見て誤魔化せないよ」
「……はぁ、そうみたいね」
もう諦めるしかない。
この男に見られたという事実はどう足掻いても変えられないらしい。
魔法が体質に弾かれる時点で手詰まりだ。
相手が盗賊とかなら退治して終了だけど、名だたる騎士王様が相手じゃ下手なことはできない。
「いやー、凄いね君。間違いなく俺が知っている魔法使いの中では一番の腕だよ。ルストワール公爵もさぞ鼻が高い……ってわけじゃなさそうだね」
「……」
「よかったら話してもらえないかな?」
「話せばこのこと、黙っていてもらえるのかしら?」
「さぁね? それは内容と、俺の気分次第かな」
「……はぁ」
本当に面倒な相手に関わってしまった。
あのパーティーに参加したことを心から後悔する。
そして仕方なく、私は白状した。
この屋敷でどういう立場にいるのかを。
「なるほど、複雑な家庭環境だね。でもわからないな。それだけの力があれば、生まれなんて関係ない。なのにどうして隠しているんだい?」
「私がほしいのは平穏な生活なのよ。地位や名誉に興味はない。そんなものに振り回されたくないだけよ」
「それは俺も同感だね」
「騎士王様がよく言うわね」
「ははっ、君こそ俺を相手にその太々しさは清々しいな」
別に、もうどうにでもなれと思っているだけだ。
この男はたぶん、私が下手に出たところで態度を変えない。
太々しいのは騎士王様のほうだ。
私はほとんど諦めていた。
これで平穏な生活ともお別れになる。
そう思うとどっと疲れて、演技なんてできそうにない。
「――いいな、ますます気に入った」
「え?」
「君、俺の婚約者にならないか?」
「……は?」
この男は急に何を言い出すのだろう。
私は耳を疑った。
「話を聞いていなかったの? 私はこの家で家族として扱われていないわ。そんな私と婚約して何かメリットがあると思う?」
「メリットなんて考えていないよ。俺はただ、君が気に入っただけだ」
「……意味がわからないわね。魔法使いなら他にもいるでしょう?」
「そうかもな。でも、俺は別に君の魔法がほしくて言っているんじゃないぞ」
「どうだか――!」
彼は唐突に私の手を握り、自分の胸まで引き寄せる。
私が対応できないほど素早く、けれど優しく抱き寄せられた。
ほのかに、甘い香りがする。
「初めて見た時から、その眼が気になった」
「眼?」
「どこか遠いところを見ているような眼。見ていると吸い込まれる不思議な魅力が君にはある。それに俺を相手に、こんなにも堂々としていたのは君が初めてだよ」
「……」
諦めた態度が裏目に出た。
なぜか不遜な態度を気に入られてしまったらしい。
これはよくない。
非常によくない流れな気がする。
「俺は君みたいな女性に隣に立ってほしい。強く、凛々しく、頼りになる。それでいて美しい女性がいいと常々思っていたんだ」
「……それなら、私より姉のほうが適任よ」
「うーん、彼女は自分に酔っている感じがするからね。自分で自分を過大評価しすぎている。そういう女性はどうにも好まないんだ」
「……よく見ているのね」
たかが一度顔を合わせただけで、ストーナお姉様の内面を見事に当てている。
強くて特異な体質だけじゃない。
この男は、いろいろと普通の男とは違うらしい。
よくない流れ……なんて、もう手遅れだ。
「俺は君がいいんだ。ぜひ婚約しよう」
「……断ったら?」
「そうだね。残念だけど君の将来を想って、君のすばらしさをみんなに伝えて聞かせるかな?」
「――いい性格しているわね」
「褒めてくれてありがとう」
とんだ誤算だ。
騎士王様がこんなにも性格が悪いなんて。
「まさかと思うけど、さっきの魔物もあなたの仕業?」
「いやいや、気の置けない相手を危険にさらすわけないだろう? ただ……俺に怯えた魔物が、一目散に逃げだすことはあったかも、しれないけどね」
「……」
この男、最初の直感通りだ。
危険すぎる。
危ないくらいに策士で、性格が悪い。
清々しい笑顔も胡散臭く見えてくるほどに。
「俺のところにおいで。そうすれば、君に不自由はさせない。平穏な生活がお望みなら、俺が全身全霊をもって守ってみせよう」
「そこまでするほど?」
「ああ、そこまでするほどの価値があると思っている。曰く、俺の魂が言っている。この出会いは運命だと」
「運命……ねぇ」
確かにそうなのかもしれない。
だとしたら、この世界の神様は意地悪だ。
「いいわよ。婚約してあげる」
こうなったら私も腹を括るしかない。
普通に生きて普通に死ぬ。
まだ、この夢をあきらめるには早すぎる。
「ただし、ちゃんと私の生活は保障して。面倒な権力争いとか、危険な策略に巻き込まないで」
「いいとも。でもすぐには無理だよ。俺にも立場がある。この地位でやれることを全て終わらせて、何もかも自由になったら、一緒に田舎でゆっくり暮らそうじゃないか」
「――できるのね?」
「ああ。実は俺も夢だったんだ。争いもなく、縛られることもなく、ただゆったりと老いていくことが……ね」
そう言いながら彼は寂しそうな眼を見せる。
その眼が、表情が、かつての自分と重なって見えた。
やはり、これは運命なのかもしれない。
「じゃあさっそく報告しに行こうか。君の家族に」
「……後が怖いわね」
「心配ないさ。むしろどんな顔をするか楽しみじゃないのかな?」
「……少しね」
私は笑う。
いろいろと我慢していたことも多い。
それが意図せず吹っ切れて、今はほんの少しだけ、身体が軽い。
「でも、約束を違えたら逃げるわよ」
「その時は追いかけるよ。地の果てまでだってね」
「……怖い男ね」
「それだけ離したくないんだよ。君を」
こうして私は、公爵騎士様の婚約者となる。
二度目の生はどうか、安らかに過ごせますように。
【作者からのお願い】
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