逆らえない
「朱琉、目ぇつぶって」
「んー」
「力入れすぎ!軽く!」
目の周りを、鼻筋をくるりと筆が泳ぐ。ぽんぽんと肌の上をスポンジで叩かれ、肌の上に色とラメが乗る。
自分用に選ばれた衣装は、白地に水流と鯉が泳ぐ柄で袖は片方が長くて片方は無い。着物と切り襦袢の合いの子みたいな形。そこに黒帯と膝上までの黒のハーフレギンスを合わせる。足先は白足袋に赤い鼻緒付きの下駄。手には黒地に金の縫い取りがある手甲。手首までの長さ。
普段あちこちに跳ねさせている髪をサッと解かして、白いねじり鉢巻を被る。
「クワガタだと女の子になっちゃうから、定番にしたヨ」
「ありがと、ソウビ」
「あとは提灯持てば完成かな」
「あっかる、かーわーいーいー」
「嬉しくない」
撮影会の会場は、前庭と居間の縁側。
居間と縁側の境に簾を垂らして、ぼんやりとした明るさになっている。
おれは縁側に片膝を立てて腰をつける。立てた膝に頬寄せたポーズで一枚、二枚。片足を外に垂らしてまた一枚。
そこに金魚柄の甚平を着た幼子が加わる。髪色は白銀、七化けのソウビだ。後頭部にキツネ面をつけて、にっこり笑う。
「はああ、かわいい。朱琉、腕伸ばして。そう。ソウビ、朱琉のそばに寄って。膝枕もいいかも!」
カメラマンは菜子。テンション高い。菜子もこの後で撮影する為、キレイな格好をしている。スリットの入ったタイトなワンピース、そんなに足を広げたりしていいのか。
おれの目線に菜子が自分の足を見て、気持ち広げた足を戻す。自分でもヤバイと思ったらしい。
「あとはこっち来て。提灯持って。指先だけで持つ感じで。そう、そんな感じ。晴ー!前庭にキャンドル配置して。LEDのやつ」
菜子は兄の晴も呼び捨てにする。晴はそれを許してるし、別に気にもならない。
そして、外では何故か三人きょうだいだと思われてる節もある。その場合は、晴・菜子・おれの順番だ。
解せぬ。やっぱり身長か?
晴が菜子に指示された通り、庭にキャンドルを配置していく。草陰、岩の上、菜園のそば…不規則に置かれるソレは本物の炎のようにゆらゆら揺れる。
ぽつん、ぽつんと置かれた淡い光は、幻想的で夢の中のようだ。
庭での被写体ペアは、ソウビに代わって晴。
晴の衣装は藍色の格子柄、裾をからげて足を出している。帯の色は赤。足元は素足に黒の鼻緒付きの下駄。
背の高い晴が背後から、おれが両手で持った提灯を覗き込む。
なんだ、この図は。
菜子や伯母さんはやたらとおれと男を絡ませたがる。
「BLよー、きゃー」って。マジで笑えねー。
晴を見上げたら切れ長の目とカチ当たった。瞳の奥には諦めが見える。
「尊い…萌える…」
菜子、その呟きはどうかと思うぞ。せめて聞こえないように呟け。激しい連写もヤメロ。
途中、スイカ休憩。
何故かめちゃくちゃ撮られた…何かを食べてるシーンもやたらと撮られる。こっちは夢中で食べてるからカメラ目線にならないのに。それでも良いらしい。よくわかんねー。
最後に全員で並んだところを撮って、撮影会は終了。
あとは、データを編集して伯母さんに送信するのと、菜子が個人的にやってるSNSで選別した写真をUPするだけだ。
これがまた、公に発信するのとは別で人気があるんだとか。一部のファンに熱狂される、いわゆる「腐」系?
そっち系には非常にイイらしい。ま、好きにすれば?って思ってる。個人の好みだし。
ただ、たまにリクエストがくるのがちょっと困る。
兄弟同然で育った晴とコイビトみたいに撮られるのがお互いに「うげー」ってなる。
プロってわけじゃないから、そこまで割り切れない。
晴曰く、「特別手当でも貰わなきゃ割に合わない」
菜子曰く、「元々、朱琉は人との距離が近いんだから遠慮しなくていいのに〜」
それとこれは違うだろ!!