遠くて近いお隣さん
菜子に連れられて入ったのは、彼女の自室だ。淡い青と緑に色を絞って綺麗にまとめられた部屋はいつ入っても整然と片付いている。その部屋の真ん中に口の開いた段ボール箱がどーんと鎮座していた。
「いつも通り、個別に分けて出しておいて。ま、見ればわかると思うけど、判断に困る物も別にしてね」
「またかよ〜〜、俺も晴と同じの着たい」
「だって、朱琉、似合うんだもん」
「だもん、じゃねーし」
「需要があるんだから素直に喜んどけば?」
「喜べるかー!!」
箱から出された服は、洋装も和装もある。ひらひら、ふわふわ甘めコーデから、クールコーデまで多種多様。箱の底にはそれらに合う小物類も同封されてあった。
「あ!今日のお題は『夏の夜』だって。じゃあ、ご飯食べてから撮影だね」
「ええええ!?じいちゃん達がいるじゃん!おれ、マジでヤダ!!」
「あきらめなさーい」
「じゃあ、せめて男物だけで!」
「無理。今回も朱琉用の服はジェンダー系統しかないもん」
チクショウ、おれも男だ。
腹括れば、身内の前での撮影会も平気ではある。しかし、男だか女だかわからない服を着た上で、化粧もされる事がわかっている服は苦手だ。そして、似合ってしまうのも悔しい。「やめたい」とこぼしたところで、味方がいないのが悲しすぎる。
じいちゃんも伯父さんも晴も化粧を嫌がって暴れるのを気の毒そうに見るものの、本気で止める事は……滅多にない。なんせ、女性陣から睨まれるのを良しとしていない。
結局、ヤダヤダとごねたところで撮影会が中止になる事はないのだ。
拗ねてぶすくれたところで、根が単純‥と言われちゃうおれは、夜ご飯を前に機嫌が良くなる。食べ物を前にして怒りが持続しないところも大人にとってポイント高いらしい。
多分、チョロいとか思われてる。
仕事から帰宅したじいちゃんと伯父さん、そして子供三人の賑やかな食卓はいつも笑いが絶えない。
「そーいや、そろそろ秋祭りの話がくるぞ」
「早くない?先週、夏祭り終わったばかりじゃん」
「早くしないと忘れるだろ?」
「早く告知したって忘れる時は忘れるよー」
「違いない」
「確かに」
「カレンダーに書いとけ」
「こんばんは」
賑やかな家族団欒に来客があるのも日課だ。
そして、その顔ぶれも同じ面々で、こうなってくると客というよりも親戚に近いし、住人が玄関に出る前にさっさと家に上がり込むところはもう家族だ。
「来たよ」
「今日は遅かったね」
「美冬に捕まってた」
濃茶の髪に小麦色の肌、さらりと濃紺の着物の男と、白銀の髪に抜けるような白い肌、黄色地に赤い花が咲く着物の女…のスラリとした立ち姿が絵になる2人組。
男の名はカイドウ。女の名はソウビ。
昔からの馴染みである。
「美冬が亜毅とデートしたいってサ」
「…仲良いのはいいけど、俺らの前でそういう伝言要らない」
「仕事中だとメール返せなくて。ソウビ、すまない」
「別に構わないヨ。だってワタシは毎日アンタ達と会うんだし」
亜毅はおれの伯父さんの名前。つまり晴と菜子の父親。別居してても仲良し夫婦だ。
ソウビは伯母さんのモデル事務所で働いている。雑誌中心の人気モデルだ。同名の男性モデルもいるが、実は彼女が一人二役以上を一人でこなしている事を知っているのは、齋藤家のみ。
「さて、ご飯は終わったのかい?」
「ぼちぼち、だな。孫達は撮影会があるみたいだし」
「片付けは俺がやるから、父さんはカイドウと呑んでていいよ」
「鞍毅、ツマミは?」
「ん?冷蔵庫に浅漬けがある」
「じゃあ、ソレで」
夕食が終われば、子供達とソウビは撮影会になる。
衣装の事を思い出して苦い顔になる。逃げようとしたおれを簡単に捕まえて、一足早く晴が退室する。
準備は子供達、片付けは大人がやるのも毎回の事。そして、カイドウが来れば、じいちゃん…鞍毅…は酒盛りに転じるのも毎晩の事だ。
亜毅や鞍毅にとって、カイドウとソウビは遠くて近いお隣さん。
人と違う理を生きる、昔話の主人公みたいな存在で。
彼らの本性は永遠にも永い歳月を生きている、獣だ。
それも神に近いモノだ。
カイドウは村の守護神である、大神の弟弟子、通称『大酒飲みのイタチ』
ソウビは稲荷神社の神使を経ての『七化けキツネ』
そんな彼らが人とである齋藤家と関わりを持つのは、人ならざるモノを見る目がある齋藤家が、人と人ではないモノを区別しないで接する優しさだとか、空気感が好きだからだ。