齋藤家
生来からの気質が楽天家で大雑把。何かのハプニングに遭っても深く考えない、悩みがあってもすぐどうでも良くなってしまう。
これが周りのおれ、齋藤朱琉に対する評価だ。お世辞抜きで的確に表現されている。
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山間の小さな村、大神村は村を分断するような川が真ん中に入っていて、川の両岸に連なるように家が建っている。
おれの家は、村の一番奥の山沿いにあり、そこにじいちゃんと従兄妹の晴と菜子、父さんの弟である伯父さんと一緒に暮らしている。晴はおれと同い年、菜子は一つ下。二人の母親、つまり伯母さんは身体的な理由で別居中だ。
おれが小学校に上がる頃、買い物に出かけた両親が事故で死んだ。サイドブレーキを引き忘れた無人トラック、坂道で走り出してバス待ちの二人に突っ込んだらしい。その後、父方のじいちゃんに引き取られた。
じいちゃんは農業、伯父さんは村役場で働き、自然と家の中の仕事はおれらの役割になった。と、いってもおれ自身は不器用過ぎて、家の主な家事は、晴と菜子がやっている。
二人とも家事が嫌いではなかったようで、晴に至っては主婦顔負けの手際の良さを発揮。おれが役にたつのは精々、晴に頼まれて前庭にある家庭菜園から野菜を収穫するくらいだ。
「朱琉、野菜よろしく」
「うぃー」
ーー季節は夏。
剪定鋏を片手に家庭菜園へ。瑞々しい緑の合間に鮮やかな赤、赤、赤。パチン、パチンと鋏を入れる。太陽を浴びて温い実はずっしりと重い。
その赤にかぶりつくと、青臭さと一緒に濃厚な酸味が口中に広がる。腕に伝う汁を舌で舐めとって、それ以上垂れないように上を向いて食べる。夏の野菜は味が濃い。うまい。
トマトをペロリと食べ終わって、次は胡瓜。軸に生えるトゲに気を付けながら重たく下がるのを採っていく。葉の影に取り残しがないか確認する。……毎回確認するのに、何故か見落としが発生するのが不思議だ。
収穫した野菜は、深めのザルに入れて家の前を流れる用水路の一角に浸しておく。ザルが流れないように枠で囲まれた場所は天然の冷蔵庫。絶えず流れる水は真夏でも冷たい。
家庭菜園に舞い戻り、茄子やピーマンを収穫する。これらは冷やさず台所直行だ。足元に置いたバケツにポンポン投げ入れて、ずっしり重くなったそれを手に家へ戻る。
カラカラ…
玄関を開けるとそこは幅の狭い土間になっていて、右側奥に台所。その動線通路を抜けると裏庭に繋がる勝手口がある。
台所手前の低い洗い場に収穫した野菜を置いて、土を洗い流した。洗い場から出た汚水は土間の壁沿いに造られた小さな側溝から外に流れていく。
シンクと別に設置した洗い場は、シンクを泥で汚さないように後付けで造られた。これはじいちゃんとその息子達が亡きばあちゃんの為に自分達で作った力作で、玄人顔負けの仕上がりになっている。
「今日は何にすんの?」
「んー、お中元の素麺がまだあるからそれがメインで。揚げ浸しと…適当に肉を焼こうかな」
「肉、多めで!!」
「バーカ、わかってる」
はたから見たら親子の会話だけど、これが通常運転。会話も見た目も同い年には見えないのがおれ達だ。
晴は中学校に上がってからぐんと身長が伸びた。元々じいちゃんも伯父さんも背が高くてがっちり体型だから、その遺伝が遺憾なく発揮されたとも言える。180弱の高身長と何でも器用にこなす事もあってモテる。料理が出来るのも高得点らしい。「朱琉ちゃんも晴くんを見習いなさーい」とは村のおばちゃん連合の言。
おれ自身は小柄だったばあちゃんと父さんに似たらしく、男子としては少し低めの身長で大変遺憾に思ってる。これ以上の成長は見込めない。願った事は一度たりとも無いが、やんちゃでかわいい弟枠を獲得している。意味わからん。
「お風呂掃除終わったよ。手伝う事ある〜?」
「今は特にないかな」
「朱琉、借りてってもいい?」
「おう、いいぞ」
「手を拭いたらこっち来て。母さんから色々届いてるから」
「えー!」
菜子は背の高さを伯父さんから、受け継いだらしい。身長抜かれた時は隠れて少し、ほんの少し涙出た。気の強さは伯母さん譲りで、色んなことで勝てた試しがない。
晴と菜子の母親、つまりはおれの伯母さん…美冬さんはモデル事務所で働いていて、事務所自体は小さいものの、見映えするモデルが何人か所属している事もあり、業界ではそこそこ有名だ。
そして、使える人間は誰でも使う!という合理的人間で、自分の子供達はもちろんのこと、甥であるおれもモデル業に駆り出される事が多々ある。
伯母さんから依頼があると、急遽写真撮影が始まる。普段、食事する居間や家庭菜園、はたまた裏の山までが撮影会場に早変わりだ。その場合、カメラマンは従兄妹が交互に務める。
本来なら伯母さん自身がやるべき事なのに、彼女は重度のアレルギー体質で一年の内、春夏秋は様々な植物生える村には入れない。辛うじて冬だけが彼女の出番といったところか。