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津波  作者: パプリカ
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長い夏休みが終わり、学校が再開した。


数日が経っても、久瀬さんは登校していないようだった。


担任の先生に聞くと、体調不良で休んでいるらしい。

お母さんも久瀬さんも体調がよくない。そして実はぼく自身も体のどこかがおかしいと感じている。


最近はよくめまい、に襲われる。


突然世界がグラグラと揺れるようになり、自分がいまどこにいるのかもわからなくなることがある。視界の一部が崩れて、別世界の欠片が混ざるような、そんな感じがした。


両親にはこのことを伝えてはいない。


お父さんとお母さんの心の負担をこれ以上は重くはしたくないから。

ご飯は食べられるし、十分な睡眠時間も取ることができる。熱だってない。他にはどこも悪いところはないようなので、しばらくすれば治ると考えていた。


めまいが始まってからは、ぼくは外出することが怖くなった。外にいるときのほうがめまいがひどくなるからだ。


だから休日は家にじっとしている。最低限の外出しかしないようにしている。久瀬さんからの誘いもないし、恵太くんたちはぼくの異変を知っている。


ずうっと外にいると、時々世界がもう壊れているんじゃないかって不安に襲われることがある。慌てて窓から外を眺めて、そこに見なれた建物を確認するとホッとする。そんな繰り返しを続けていた。


その日の夜、ぼくはふいに目を覚ました。


揺れを感じたからだ。


それほど大きな地震ではないように思った。


目覚めたときにはもう静かになっていたので、そんなに長い時間揺れていたわけでもなさそう。本棚なんかを確かめてみても、何も落ちてはいなかった。


外も静かだったので、ぼくはベッドに入り直そうとしたけれど、おしっこが急にしたくなったので、部屋を出ることにした。


下に降りたとき、妙なことに気づいた。玄関のドアが開いていたのだ。


鍵をかけ忘れたのかな、と思って玄関まで行くと、いつもより靴が少ないことがわかった。お母さんとお父さんの靴がなくなっている。


ぼくはトイレを済ませ、両親の部屋まで行った。ドアは開いていたのでそのまま中に入る。


ベッドには誰も寝てはいなかった。


「お父さん、お母さん?」


試しに呼び掛けてみる。どこからも反応は返ってこない。


外に出た?

こんな時間に?


ぼくは自分の靴を履いて、外に出た。人影はどこにもなかった。


めまい、を感じた。いつもよりも激しいものだった。

かといって、家に戻るわけにもいかない。両親の姿を探さないといけない。


ぼくは頭を激しく振り、自分の頬を手でぶった。

不安と焦りがぼくを襲っていた。早く二人を見つけないといけない。めまいはただのめまいでしかない。体のほうは問題はない。


ぼくは走った。夜の町を、一人で駆け続けた。どこに向かうかなんて決めていなかったけれど、その足はなぜか海のほうを目指していた。


夜に見上げる堤防は何もしゃべらない怪物のようだった。ぼくはその階段をのぼり、砂浜を見下ろした。


そこに、両親はいた。波打ち際に二人は立っていた。


「おい、どうしたんだ、そっちは海しかないんだぞ」

「戻るのよ、わたしは海に戻るの」


海の方向に歩いて行こうとするお母さんと、それを止めようとしているお父さんの姿がぼくの目に映った。


「何を言っているんだ。正気になるんだ!」

「わたし、思い出したの、遠い昔のこと。わたしが生きるべき場所はここじゃないって、そう過去の自分が言ってるの」

「聞こえてるのか、なあ、おれの声が聞こえてるのか!」

「あなたには聞こえないの?ほら、わたしを呼ぶ声がこんなにも聞こえるのよ」


お母さんは止まらない。お父さんが前に立ちふさがるようにしても、強引に押し退けていく。


「海なんかに入ったら、死んでしまうだろ」


困惑するお父さんの声。それでもお母さんの腕は掴んだまま。お母さんの足は海の中へと入り、そのとたんに動きが止まった。


「ほら、この感じ、忘れてない。わたしの体には海の一部が刻まれているの」

「子供はどうするんだ」


お母さんはそこではじめて後ろの方を振り向いた。


「お前の体はお前だけのものじゃないだろ。自分の腹を見てみるんだ。そこに宿った命も捨てるって言うのか」


お母さんの自分の体を見下ろすようにした。


「なあ、わかるだろ。おれたちの子供なんだよ。その子はなんて言ってる?生きたいって言ってるんじゃないのか?」

「でも、でも」


お母さんはその場に座り込んだ。


「わたしはここじゃ、生きてはいけないの」


お母さんが泣いている。ぼくには砂浜に落ちる涙がここからでも見えるようだった。


「大丈夫だよ、おれと二人の子供がいるだろ。お前が何に悩んでいるかはわからないけど、家族全員で考えればきっと乗り越えられるはずだよ」


そう言って、お父さんはお母さんの体を抱き締めた。


夜の波が、二人のところまで完全に届いた。ぼくはその波が両親をさらってしまうんじゃないかと一瞬、不安になった。


それでも、両親はそこにいた。波が体を濡らしても、いつまでも抱き合っていた。

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