20
あの日以来、ぼくは久瀬さんには会ってはいない。
おばさんの発言にショックを受けたのか、あれほど執念を燃やしていた棺桶少女探しも全くのゼロになった。
いつも出掛けるときは久瀬さんがぼくの家を訪ねてきた。だからぼくは久瀬さんがどこに住んでいるのかも知らない。
恵太くんたちに聞いても、教えてはくれなかった。
あの家に行くのは危険だから、と恵太くんは言った。自宅に行けば親に会う可能性があるからって。
本気でぼくのことを心配してくれてるのがわかったので、それ以上のことは聞けなかった。
両親に聞けばわかるのかもしれない。大人のほうが地理に詳しいし、いろんな情報も持っている。
でも、それだと余計な心配をかけてしまうかもしれない。久瀬さんのお父さんにに悪い噂があることは事実のようだし、久瀬さんがその家の子供だとわかったからもう付き合うなと言われるかもしれない。
まだ夏休みは続いていて、ぼくは家にいることが多くなった。
久瀬さんのことが心配だった。家にいればいるほど、そういう気持ちは強くなった。
最初は変な女の子、という印象しかなかったけれど、久瀬さんがいなかったらぼくはこの町で普通に生活をすることもできなかったのかもしれない。棺桶少女のこともよく知らないまま、孤独な時間を過ごしていたのかもしれない。
久瀬さんの親の評判が悪いのなら、余計に気になってしまう。
盗みはしていなくても、そう思わせるようななにかはあるはず。
ぼくはこれまで久瀬さんに虐待の有無を聞いたことはなかった。あまり聞いてはいけないことだとは思っていたし、それ以上に暴力をふるわれているような傷なんかがなかったからだ。
だから、恵太くんたちの勘違いなんじゃないかとも思っていた。
でも、知らない大人からも似たような指摘をされた。
よく考えたら、ぼくは久瀬さんの全身をみたわけではない。服で隠れているところにそういうあとがあるのかもしれない。
言いにくいことだからこそ、ぼくが正面から向き合わないといけないことなのかもしれない。
とにかく町のあちこちを探してみようと思い、ぼくは部屋を出た。一階に降りて玄関に向かう廊下を歩いていたら、リビングのドアが開いていることに気づいた。
中をのぞきこんでみると、そこにはお母さんがいた。
ソファーに横になり、目を閉じている。テレビがつけっぱなしで、情報番組の音量が高めに流れている。
「お母さん?」
ぼくの声にも、お母さんは反応しない。まさか、と最悪の想像が頭をよぎる。
ぼくはソファーに近づき、お母さんの体を揺らした。激しく、何度も揺らした。
「ん、直人?」
お母さんが目を開けて、ぼくを見た。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「あ、なんでもないよ」
寝ていただけだったんだ、とぼくは胸を撫で下ろす。
お母さんの体調はまだよくはなっていない。ご飯を食べてすぐに戻すことがあるし、朝も起きられないこともある。
妊娠の影響がまだ続いている、お父さんは言っていた。
確かにお母さんの体調は劇的に悪化しているわけじゃない。
軽い風邪がずっと続いているような感じで、もしかしたらエネルギーの一部が赤ちゃんに吸いとられているだけかもしれないと思うこともある。
それでも、よくわからない不安が膨らんでいくのだけれど。
「それより、うるさくないの?」
ぼくはテレビを指差して言った。外に聞こえるくらいの音量だった。
「ああ、そうね」
お母さんはリモコンを手に取り、音量を下げた。何も聞こえなくなるまで下げて、それでもリモコンを手放すことはなかった。
「見ないなら、消したほうがいいんじゃない?」
「……そうね」
お母さんはリモコンをテーブルに置いて、また横になった。目を閉じて、眠りにつく。テレビ番組はいまも流れたままだった。
ぼくはリモコンを取り、電源ボタンを押した。
映像がなくなると、リビングが一気に落ち着いて静かになる。
やがて、お母さんの寝息が聞こえてくる。
ぼくは一度外に出かけようとした。玄関のドアノブに手をかけたとき、お母さんのうめくような声が聞こえた。
「……」
このままのお母さんを一人にするのは不安だった。今日はいつもよりも体調が悪いのかもしれない。
ぼくはドアノブから手を離した。




