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津波  作者: パプリカ
12/22

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久瀬さんからすすめられたからではないけど、ぼくたちは休日に海の方に行くことになった。


これはお父さんからの提案。せっかく海に近い町に来たのだからその風を体に浴びてみないか、みたいな感じで誘われた。


お母さんは少し考えるような間を置いたあと、いいわよと答えた。


お母さんがいいならぼくには反対する理由がない。いつかは行かなければならないとこほでもある。

ぼくたちはお父さんの運転する車で海のほうに向かい、海岸沿いにある駐車場に車を止めた。


具体的な説明はなかったので、ぼくはてっきり海沿いの道を歩くのだと思っていた。けれどもお父さんは最初から目的があったらしく、駐車場に隣接する建物のほうを見た。


「すいているようだな。これならじっくり鑑賞できるだろう」

「ここはなんの施設なの?」

「伝承館だよ」

「伝承館?」


その存在をぼくは知らなかった。お父さんによると、伝承館というのは地震の被害を後世に伝えるための施設らしい。


「こっちに来たら一度は訪れようと思っていたんだ。町に馴染むための儀式、みたいなものが必要だと思ってたんだよ」


お母さんもここに来ることは聞いていなかったらしく、しばらく無言で建物のほうを見ていた。


「いや、だったか?」


お父さんがうかがうようにして聞くと、お母さんは首を振った。


「そんなことないわ。子供の教育にとってもいいかもしれないわよね」


お母さんの微笑みがぼくへと向けられる。ぼくはうなずく。そして建物のなかへと足を進めた。

内部は主に二つののスペースにわかれていた。


ひとつは遺留品のコーナー。地震や津波で亡くなった人たちの品物が展示されている。波を被ったものが多く、どれも汚れがひどかった。


地震が起きた時刻で止まったままの時計。誰のものかもわからない、泥がついたままの財布、津波で破壊された建物の一部、避難生活で使われていたものなど、様々なものがガラスケースのなかに入れられていた。


「当時のまま保管してるわけだな。だいぶ時間がたっているはずなのに、妙に生々しい感じが残っているな」


確かに汚れてはいるけど、古くさくはなかった。人に見られるたびにその存在価値が新しく生まれ変わるのかもしれない。


ぼくはお母さんの様子を見た。何か特別な変化があるかもと思ったけれど、そんなことはなかった。いつもの目で遺留品を眺めている。 


もうひとつは写真のコーナー。当時の悲惨な状態が切り取られる形で壁に貼り付けられている。


「船なんかも陸に流されたのか。こう見ると津波の威力は確かに恐ろしく感じるが、同時に残念でもあるよな」

「なにが?」

「動画がないことがだよ。動く映像のほうがリアルじゃないか。携帯でも見ようと思えば見れはするが、それだと味気ないというか。こういうところで見ることに意味があるだろ」


言われてみると、ぼくも似たような感想を抱いていることに気づいた。さっきから何か足りないなという感じがしていたけれど、それは動画のことだった。


「ショックを受ける人がいるからでしょ。ここで倒れられたらいろいろと面倒だもの」


そこで口を開いたのがお母さん。この建物のなかに入ってはじめて口にした言葉だった。


「そうか?映画なんかで似たようなものを見ても平気だろ」

「作り物じゃないのよ。実際に人が死んでいる。その違いは大きいわ」


お母さんはとても落ち着いている。写真を見ても動揺した様子はなかった。


「でも、数十年も前の話だろ。戦争と同じじゃないか。爆弾が落ちるところを見たって普通の人はなんとも思わないだろ」


どうしてお父さんはそんなことを言うんだろう。お母さんの辛い記憶をまるで否定するかのようにもぼくには聞こえた。


「それに、こういうのはある程度の衝撃も必要だと思うんだよ。過去から教訓を得るためには、時には残酷な部分にも向き合わないといけない、違うか?」

「ここが全てじゃないのよ。教訓を学ぶ場所なら他にもある。一気に詰め込みをする必要もないのよ」


お母さんは淡々と言っている。それがかえってぼくにも不気味にも聞こえた。


「おまえはあるのか?」

「なに?」

「その日の映像、見たことはあるのか?」

「ないわよ。だって」


お母さんは写真を見ている。でも、どの写真を見ているのか、ぼくにはよくわからなかった。


「体に刻まれているもの」

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