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友達がいないと困るのが休み時間の過ごし方だった。
他のみんなは校庭なんかでサッカーとかやってるけど、ぼくは当然のように誘われることがない。
ぼくが棺桶少女に会ったという噂はみんなに広まっているから、誰も近づいて来ようとはしない。
気のせいかもしれないけれど、先生の方もあえて授業ではぼくを指命しないようにも思う。
とくにお昼休みは長いので、ただ席に座っているわけにもいかない。なんだか気まずいし、ただすわっているだけだとやけに時間の流れが遅くも感じる。
そこでぼくは図書室へと向かうことにした。元々読書は好きなので、時間を潰すのには最適だと思った。
そうして廊下を歩いていたとき、
「佐伯くん、待って」
とぼくを呼び止める声が背中の方から聞こえた。
振り向くと、そこには恵太くんと里英ちゃんが立っていた。
「どこに行くの?」
そう聞かれて、ぼくは見える範囲にある図書室のドアを指差した。
「図書室だけど」
「久瀬に会いにいくわけじゃないの?」
「久瀬って、久瀬美月さんのこと?」
恵太くんが頷く。
「あいつ、いつも図書室にいるから会いに行くのかなって思ったんだけど」
ぼくはつい、図書室のドアに目をやった。図書室を利用するのはこれが初めてなので、久瀬さんがそこにいるかどうかは把握していなかった。
「そういうわけじゃないけど、どうしてそんな風に思うの?」
「この前の休み、二人で歩いているところを、クラスの子が見たって言ってるんだ。それって本当のことなの?」
あの洋館に行ったときのことだ。そう言えば道を歩いているときにやけに視線を感じるときがあったけど、あれがそうだったのかな。
「うん」
とぼくは認めた。隠すようなことでもなかったし、久瀬さんとの関係も隠す必要がない。
「山の洋館に向かったって聞いたんだけど」
そこまで見られていたとは思わないけれど、たぶん行き先からそう判断したんだと思う。
「そうだよ。久瀬さんが案内してくれたんだ」
ここまでの会話で、久瀬美月という女子が周囲からどのように思われているのか、だいだいわかった。きっとぼくと同じようにいつも一人でいるタイプなのだろうと。
「やめた方がいいと思う。久瀬と付き合うのは」
でもそれは、どうやらただ友達が少ないとかいうものでもないみたいだった。恵太くんの口調はなんだか、怪談でも語るみたいに暗かったから。
「あいつには色々と、悪い噂があるんだよ」
「悪い噂?」
ぼくはそう聞き返した。久瀬さんはちょっと変な女の子ではあっけれど、悪い噂という表現は何か似合わない気がした。
「うん。君は引っ越してきたばかりだから知らないのは当然だと思うけど」
「どんな噂なの?」
「それは」
恵太くんはちょっと躊躇う様子を見せながらも言葉を続けた。
「あいつ、虐待されてるらしいんだ」
「……虐待」
「うん。あいつの父親はひどいやつだってみんな知ってるんだ」
このとき、ぼくの頭にはこの前の発言と虐待という言葉が一瞬で繋がった。
久瀬さんは人魚になりたいと言っていた。地上から逃れて、海で暮らしたいって。その理由がこれなのかもしれない。虐待から逃れるための人魚。
「この辺りじゃ有名なんだよ。近所に住んでる友達なんかは女の子の悲鳴を何度も聞いたって言ってるし」
それにしても、恵太くんの言っていることは妙だった。だっていまの話には久瀬さんの悪い部分が一切ない。久瀬さんが誰かをいじめているのならともかく、逆の立場なら同情するべきなのに。
「それが久瀬さんに近づいてはいけない理由なの?おかしくない?だってそれが事実なら、久瀬さんは被害者だよね」
「それはそうだけど」
「どうして嫌うの?助けてあげなきゃダメなんじゃないの?」
「う、うん」
恵太くんは口ごもっている。
「警察とかには言ってないの?」
恵太くんはぼくのその質問には、直接は答えなかった。
「あいつの父親、この辺りじゃ評判が悪いんだ。昼間から家にいて何をやってるかわからないし、悪そうな人間ともよく一緒に歩いているらしいんだ。だからその、犯人かもしれないって言われてるんだ」
「犯人?」
「この町ではさ、たまに失踪する人がいるんだ。その犯人が、久瀬の父親じゃないかって、みんな言ってるんだ」
それは久瀬さんも言っていた。この町では失踪する人が多いって。
でもそれは、あくまでも棺桶少女に殺された人たちのことのはずだけど、恵太くんはそうは思ってはいないらしい。
「だからさ、あいつに近づくと、君もそうなるんじゃないかって思うんだ」
「殺されるかもしれないってこと?」
「……まあ、うん」
そんなことあり得るのかな、という疑問は強かった。もしそれが本当なら、警察は連続殺人を見逃していることになる。
まあ、棺桶で死んでしまっているというのもおかしな話ではあるのだけれど。
「心配してくれてるんだ」
ぼくはそう言いながら、ここで棺桶少女について伝えるべきかどうか悩んだ。
棺桶少女の存在はもちろん恵太くんも知っているわけだから、彼女の可能性もあるんじゃないかって指摘すれば納得するかもしれない。
何も言わない方がいいのかもしれない。どうせ恵太くんは困るだけだし。
少なくとも恵太くんたちはぼくのことを嫌っているわけじゃないというのが知れて安心した。こうしてわざわざ忠告してくれる。ということは、まだぼくたちの関係は完全には切れていないということだと思う。
「ありがとう。一応、注意しておくから」
「う、うん、それじゃあ」
二人は廊下を駆け足で立ち去った。




