23:01発
ガタンッ
という音で私は目を覚ました。ここは⋯⋯そうか、帰りの電車で眠ってしまっていたか。今日も7時間サービス残業をさせられ、ほとんど終電と変わらないような時間の電車に乗っている。
「ふあぁ⋯⋯」
けっこう寝ていた気がする。腕時計を見ると案の定、目的の駅に到着する時間を過ぎていた。
しまった、乗り過ごしたか。次の駅で降りてみるか。乗り過ごしたせいか、やたら電車のスピードを感じる。まさに移動している、走っている! というような感じだ。
「タカシー!」
誰かが私の名前を呼んだ。ただ、タカシなんてどこにでもいる名前ではあるので、私は返事をしなかった。誰も返事をしない。しかし、誰かが私のところに来るわけでもなかった。タカシという名前の相手と電話でもしていたのだろうか。
それにしても、もう23時半過ぎなのに割と混んでいるんだな、この電車は。私がいつも利用している駅を過ぎると大きな駅が1つあるのだが、そこで皆乗ったのだろうか。
『次は〜、心拍〜心拍〜』
心拍か、すごい名前の駅だな。今まで乗り過ごしたことがなかったので、この辺りの駅は初めて見るのだ。
窓の外を見ながらそんなことを考えていたのだが、ふと乗客たちの方に目をやると、皆表情がなくなり、大人しくなっていた。先程まで席に座ってスマホを操作していたサラリーマンは、スマホを仕舞い両手を膝の上に置いている。
アナウンス前まで立って談笑していたカップルは2人とも『気をつけ』の姿勢になっている。肉まんを食べていたあの子も肉まんをカバンの中に仕舞い、両手を膝の上に置いている。
『まもなく、心拍〜心拍〜』
このアナウンスが流れた瞬間、列車内にいた全員が立ち上がった。大きな駅なのだろうか。私もここで降りた方が良さげだな。
心拍駅に到着し、扉が開く。なぜか外が明るい。眩しいくらいに明るいのだ。目を閉じると瞼の裏が真っ赤に見えた。今は夜中のはずなのに。
結局目が開けられなかったので私は次の駅で降りることにした。やはり大きな駅だったようで、列車内にいるのは私1人だけになった。でも、大きな駅だったら乗ってくる人も1人くらいはいてもいいのでは? まあ夜中だしそんなもんか。
疲れすぎたのか、体が思うように動かなくなってきた。毎日何時間もサービス残業させられて、毎日上司に暴言を吐かれて、疲れないわけないよなぁ。新人だからって舐めやがって、クソ上司め。仕方ない、少しだけ寝るか⋯⋯
いや、また寝過ごすのはダメだ。車掌さんに次の駅で起こしてもらえるように頼んでみようかな。そういうのって大丈夫なのかな。
私はゆっくり立ち上がり、車掌のもとへ歩いた。体が痛い。そりゃそうだよな、めちゃくちゃ疲れてるもんなぁ。電車の先頭に着いたが、誰もいなかった。
そうだ、私は車掌さんがどこにいるかよく知らないんだった。1番後ろかな? 私はそう思い、またゆっくり歩いた。結局、1番後ろにも誰もいなかった。じゃあこの電車はどうやって動いてるの? 夜中だと自動操縦モードとかになるの?
仕方がないので私はそのまま起きていることにした。明日も早いのに、いつ家に帰れるんだか。5分が過ぎ、10分が過ぎ⋯⋯電車はずっと走っている。
また5分、10分と過ぎたが、電車はどこにも停まらない。私は少し怖くなってきた。何が怖いのかと言うと、無論上司だ。明日私が寝坊して上司にブチ切れられる想像をしてしまったのだ。
さらに5分、10分と過ぎた。私の眠気はピークに達していた。もういいや、明日は明日だ、寝てしまおう⋯⋯ぐ〜ぐ〜フガッ⋯⋯フンゴ〜フガッ⋯⋯フンガッ
フンガッ!
私は自分のいびきで目を覚ました。よくある事だ。⋯⋯あれ、目の前にカーテンがある。カーテンのある列車には乗っていなかったはずだ。
周りを見渡した私は、ここが病院のベッドの上だということを理解した。何があったのかさっぱり分からないが、だいたい想像はつく。私はあの後、過労で倒れたのだろう。毎日2人分働かされていたのだ、会社からたくさん金をふんだくってやろう。
「新川さん、目が覚めましたか! せーんせ! 新川さんが目を覚ましましたよーっ!」ドタバタドンドンバンバン!
私を一目見た看護師がどこかへ走って行った。痛てて⋯⋯頭が痛いぞ、なんだこれ。これも過労のせいか? 腕も痛い気がする。足も痛いかも。
「新川さん、はじめまして。あなたの治療をさせていただいた倉木と申します」
白衣を着た男性が丁寧に挨拶をしてくれた。倒れた拍子にいろんな所を打ったようだが、骨に異常でもあったのだろうか。
「新川さん、落ち着いて聞いてくださいね。あなたは3日前、電車の事故で大怪我を負いました。電車にはたくさんの方が乗っていたんですが、あなた以外は全員亡くなってしまいました」
それを聞いて私は思い出した。あの時、帰りの電車が脱線したのだ。この男性の言う通り、私を含め列車内にいた人々は皆大怪我をしていた。地獄のような光景だった。そうだ、私は3日間、あの日の電車の夢を見ていたんだ。
「しばらくは絶対安静ですからね、寝ててください」
そう言って先生は去っていった。テレビをつけると、例の事故のニュースがやっていた。こういう時って、テレビをつけた時にちょうどそのニュースが流れるけど、なんなんだろうか。
あの肉まんを食べていた子、談笑していたカップル、スマホを触っていたサラリーマン男性。みんな死んでいた。テレビでは私が生きていたことが奇跡だと言っている。
さて、これからどうするか。会社、行きたくないなぁ。怪我の程度からして、治ってももう今まで通りには働けないだろうし、そもそも超ブラック企業だし。思い切って辞めてしまおうか。そうだ、サービス残業さえしていなければ私がこの事故に遭うこともなかったんだ。絶対に退職してやる。
テレビ以外に娯楽がなく暇なので、私は寝ることにした。マイ枕じゃないとだいぶ寝にくいな。ここまで変わるか。足にシーツが絡まって気持ち悪い。布団がふかふか過ぎて体が沈んでいるせいで、背中が暑い。そんなことを考えているうちに私は眠っていた。
ガタンッ
という音で私は目を覚ました。ここは⋯⋯そうか、帰りの電車で眠ってしまっていたか。今日も7時間サービス残業をさせられ、ほとんど終電と変わらないような時間の電車に乗っている。
いや、違う! 私は事故に遭って3日間眠っていたんだ。これはその間に見た夢だ。しかし、なぜまたこの電車に乗っている夢を見るのだろうか。たまたまだろうか。
私が目覚めてから10分ほど経った。さっきの夢のとおりなら、そろそろ心拍駅のアナウンスが入る頃だ。
⋯⋯⋯⋯
⋯⋯アナウンスが入らない。そうかそうか、夢なんて適当でバラバラな空間なんだから、思ってた通りにならなくても変じゃないか!
そういえばこの列車、私以外誰も乗っていない。さっきの夢のこの場面ではたくさん人が乗っていたはずなのに。
あれ、そもそも夢ってこんなに『夢だ!』って認識出来るものなのか? こんなに考えたり出来るものなのか? それに、ここは一体どこなんだ?
私は怖くなった。外の景色も、明かりひとつない完全な暗闇で、この電車がどこへ向かっているのかも分からない。車掌も運転手もいない。
あれから30分ほど経っただろうか。まだ電車は走り続けている。どこにも停まらないのだろうか。あ、そうだ、前回の夢では私が眠ったことで夢から覚めたんだ。よし、寝よう。寝て病院のベッドの上に戻ろう。
どれだけ頑張っても眠れない。目がギンギンに冴えているのだ。何時間経っても眠れない。何日経っても眠れない。電車はまだまだ停まらない。私は一生この電車の中から出られないのだろうか。
それからも時間だけが過ぎていった。何ヶ月、いや、何年過ぎた頃だろうか、待ち望んでいたアナウンスが流れた。やっとだ、やっと終わる。やっと⋯⋯
『次は〜、あの世〜あの世〜』