そんなあなたに100の質問
「じゃじゃん!それでは問題です!」
アマーリエはそう宣言すると、すばやくフリップを立てた。
リリスがあっけにとられた顔でつぶやいた。
「なに?なんなの?」
王立学園に通うアマーリエには、婚約者がいる。
婚約者の彼はレイモンドと言って、アマーリエの好みど真ん中の男性だ。
レイモンドは、アマーリエから見ると物凄くカッコいい男性だ。なので、アマーリエは『レイモンドに横恋慕する女子がいつか絶対に現れる』と思っていた。それはもう、婚約した当日からそんな事態を憂えていた。
アマーリエ自身は、良く言っても十人並みの容姿である。
ありふれた髪色に、なんの色気もない唇。胸も、平原ではないけれども、山岳とはとても言えない。中肉中背。祖父がひと財産を作ったけれども、大富豪と言えるほどではない。家柄は言わずもがな。
アマーリエ自身が生まれもったどれもこれも、高スペック女子が現れたら、とても太刀打ちできないことはわかりきっていた。
だからアマーリエは考えた。
先天的な、生まれつきの容姿や性質では他の女子と勝負できない。
となれば後天的、後付けの何かで他の女子を打ち負かし、押しのけ、レイモンドをひとりじめするしかない、と。
では、どれほど高スペック女子相手でも絶対に負けない、そう思えるものは何か?
アマーリエは考えた末に、ある結論にたどり着いた。
レイモンドが大好き、という気持ち。
これは誰にも負けない自信がある。
大好きなレイモンドのことは、世界で一番知っている、つもりだ。
そしてそれならば、とアマーリエは思ったのだ。
「レイモンド様が欲しいなら、私の愛を超えていくのよ。私よりもレイモンド様に詳しい人でなければ、私、負けを認めないわ!」
アマーリエはレイモンドへの愛をつめこんだ100の質問を用意し、襲いくるだろう女子たちをはねのけることにした。
そうして質問を用意してから、三年あまり。
たった今、初めてリリスという恋敵が現れたのだ。アマーリエは奮起した!
「リリス様。貴女は私がレイモンド様にふさわしくない、とおっしゃいますが、それは貴女もレイモンド様がお好きだからでしょう」
「そ、そうよ!レイモンド様は、あなたのような冴えない女が隣にいて良いかたではないのよ!」
「本当に?本気でそう思ってますか?」
「本気よ!」
「その意気やよし!貴女の本気とやらを見せてもらいましょう!」
というわけで、冒頭に戻る。
「じゃじゃん!それでは問題です!レイモンド様のフルネームを答えよ!」
突然、高らかに質問を始めたアマーリエに、リリスはしばらく無言だった。
リリスは状況が飲みこめずに戸惑っていただけだったが、アマーリエからはリリスが答えを知らないように見えた。
アマーリエは重大な疑念をこめた目でリリスを見やる。
「リリス様、もしかして1問目から難しいんですか……?そんな人にレイモンド様の婚約者の座は譲りませんが?」
はっとしたリリスが叫ぶ。
「な、なによ!レイモンド・グラントでしょう!当然知ってるわよ!」
「正解!では次の問題です!レイモンド様のご両親の名前を、フルネームで答えよ!」
「……えっと、この質問大会はけっこう時間がかかるのかしら?」
「100の質問がありますけど、そんなにかかりませんよ?」
「そう……」
「1問30秒かけてもたったの50分!」
「…………」
「リリス様、2問目でギブアップですか?」
「違うわよ!!!レイモンド様のご両親のお名前でしょ?!お父様がリチャード・グラント卿、お母様がエリザベス・グラント夫人よ!」
「正解!では次の問題です!レイモンド様の兄弟姉妹、全員をフルネームで答えよ!」
リリスがうろんな目で見つめてくるので、アマーリエは小首をかしげた。
「リリス様、何か?まだ3問目ですが……?」
「あなた、100の質問って言うけど……婚約者のあなたにしかわからない問題を出してくるんじゃないの?!そんなのフェアじゃないわよ!」
「リリス様、そこはご安心ください。最初の100問は、全部、貴族名鑑や普段見聞きする範囲で答えられる質問です」
「んん?最初の……?」
「100問すべて正解されたかたのために、こみいった100の質問上級編も用意してあります」
「そ、そう……」
「それで、3問目ですが?」
「こ、これくらい余裕よ!」
なかば自棄を起こしたようにリリスは叫ぶと、次々と質問に答えていった。
リリスが最初に詰まったのは11問目。
10問目「グラント家が持つ爵位と従属爵位すべて答えよ」、からの11問目、「エイベル伯爵グラント家の紋章を描け」だった。
アマーリエから手渡された……押しつけられたともいう……フリップとペン。
記憶を頼りにリリスが描いた紋章は、正解からはほど遠いものだった。
「うーん。これは……リリス様の画力の問題ではない、ですよね?」
うなるアマーリエに、リリスが噛みついた。
「なによ!だったら、あなたが描いてみなさいよ!」
突きかえされたフリップを受け取り、アマーリエはものの10秒で歪みひとつない紋章を描いた。そしてフッと笑ってみせた。
リリスは手を握りしめて強がった。
「ふ、ふんっ!ま、まあまあね!」
アマーリエは紋章を描いたフリップを伏せると、何事もなかったかのように再び100の質問に戻った。
「じゃじゃん!では次の問題です。エイベル伯爵グラント家の従属爵位、エイベル子爵の紋章を描け」
「…………」
「貴族名鑑にも載ってますし、レイモンド様の持ち物のうちのいくつかにも描かれてますが?」
それくらいのこともできないんですか?とは声に出さなかったけれども、リリスはそんな副音声を勝手に聞き取ったらしい。わなわなしている。
「レイモンド様のお母様のご実家、レイモンド様のお母様の旧姓は?」
「ぐぬぬ」
「20年前の貴族名鑑にはちゃんと答えが載ってますよ?」
とか、
「レイモンド様が【食べられるけど苦手な食べ物】は?」
「それは、トマトよ!」
「残念!」
「きぃーっ!嘘おっしゃい!前にレイモンド様が学院の食堂でピッツァを残したの、ちゃんとこの目で見たんだから!」
「残念!レイモンド様はピッツァの上のブラックオリーブが苦手なんです~」
とか、
「では問題です。レイモンド様は紅茶に一杯平均いくつの角砂糖を入れるでしょうか?」
「レイモンド様は物静かで大人びて見えるかただし、……ゼロ!砂糖なんて使わないでしょ!?」
「残念!リリス様、ほんとにレイモンド様のこと見てるんですか?ちょっと食後の様子見てればわかることなのに」
「むきゃーっ!」
「では次の問題です。今、何問目?」
「そんなの知らないわよっ!」
「残念!正解は~~~78問目でした!」
とか、わちゃわちゃしたあげく。
100問終わったとき、リリスは精根尽き果ててぐったりしており、アマーリエは冷たい目でリリスを見下ろしていた。
「正答数32。三割。三割ですよ?!あやうく赤点再試ですよ?!レイモンド様のこと、こんなに知らないのに、リリス様、本当にレイモンド様のことをお慕いしてるんですか?本当に?」
「……違う!違うわよ!」
悲鳴混じりにリリスが叫んだ。
「あなたなんか!冴えないくせに、次期伯爵の婚約者なんだもの!それならわたしでもなりかわれると思っただけよ!」
「…………」
「だいたい、レイモンド様なんて典型的なモブ顔じゃない!爵位がなかったら何の魅力もないのに、あんなのがいいなんて!100の質問なんて、あなたおかしいんじゃないの?!」
結局、リリスは爵位を見ていただけらしい。アマーリエはきっぱりと断言した。
「そうですか。リリス様のお考えはよくわかりました。……レイモンド様の婚約者の座、貴女のような人には譲りません!」
「なによ!わかったわよ!もうこんな面倒なこと、関わらないわよ!もう!」
悪態をついて立ち去るリリスを見送り、アマーリエはほっと息をついた。
完全勝利。
けれど、怒りとか悔しさとか、なんだか色々混ざった複雑な思いがする。
レイモンド様は物静かで大人びて見えるかもしれないけど、角砂糖は三つ入れるのよ。
会話してても楽しいけど、紅茶を飲んで、ただ黙って一緒にいるだけで素敵なのよ。
いくらアマーリエが食べ物の好き嫌いがないからって、ときどき、残したブラックオリーブをつまんで、アマーリエの口に放りこんでくるのはどうかと思うけど。
……わざとなのかうっかりなのか、そのとき唇に指が触れるのもどうかと思うけど。
「アマーリエ」
うしろから名前を呼ばれて、アマーリエはぱっと振りかえった。
「レイモンド様!」
恥ずかしそうな、そして困ったような表情をしたレイモンドが立っていて、アマーリエは笑顔になった。
アマーリエには、レイモンドがいつでもカッコよく見える。
たとえ、リリスに典型的なモブ顔とけなされても。
「アマーリエ。その、途中から聞いてたんだけど」
「あら。リリス様に出題した100の質問を、ですか?」
「うん。そう。まあその、アマーリエの愛情が重……あー知られすぎててちょっと引……んーいや、アマーリエは僕自身のことをすごく見てくれてるんだな、って思って」
そこでレイモンドは言葉を切って、少し照れたように頬を掻いた。
「僕は、アマーリエが僕のことを知ってくれてるほどには、アマーリエのことを知らないかもしれない。僕もアマーリエのこと、聞いていいかな」
「はい!いっぱい答えますよ!100の質問でもなんでもどうぞ!」
お読みいただきありがとうございました。
たぶん、10%くらい実話……w