第一部 灰被り魔女と初代モフモフの恋 第六章 魔力持ちベイビーの誕生
二人の婚約前のおもしろエピソードです!
十三歳の時にカノンに守護者になってもらってから、アルベルゲは大分安全に暮らせるようになっていた。
しかし手紙を毎日のように送ってきたり、しつこく話しかけてきたり、周り囲うように纏わりついてくることは、それ自体罪ではないので対処に困っていた。
やがてアルベルゲは十五歳になると、少しずつ父親の代理として社交の場に参加せざるを得なくなった。
これは嫡男として将来を見据えた人脈作りのためだ。そして魑魅魍魎の社交界に徐々になれていくための下準備だ。
そういう社交の場に参加する際、普通まだ学生の場合は姉や従兄妹などの身内の女性にパートナーになってもらうのが通例だ。
しかしアルベルゲは、身内から彼のパートナーになるのを避けられてしまっていた。
無駄に目立って噂を立てられたり、妬まれたりするのが嫌だからだろう。
そのため、アルベルゲの初めての社交界デビューは女性に囲まれて身動きができずに散々だった。
しかしそれ以降はアルベルゲがそんな目に遭うことはなかった。というのも、その話を聞いたカノンが、アルベルゲが人の集まる場所に参加しなくてはならない時には、可能な限り同伴してくれるようになったからだ。
つまりカノンが恋人の振りをしてくれるようになったのだ。アルベルゲに女性達がむやみに近づいてこなくなるように。
しかし、カノンがパートナーになってくれたのは良かったのだが、その二人揃っての初めて社交が、まあ、その後も語り継がれるほど目立つものとなったのだ。もちろん悪い意味で。
『社交界のアレ』で通じるくらいに……
初めてアルベルゲがカノンを伴って王城の大広間に現れた時、大広間は大騒動となった。
突然見知らぬ若い女性があのアルベルゲにエスコートされて現れたかと思うと、いかにも自分は特別な存在とばかりに彼にぴったり張り付いていたのだから。
しかも二人はその親密さをアピールするかのように顔を近付けてずっと語り合っていた。
……恋人? まさか違うわよね、あんなダサい娘。
……それにしても地味……いえ、暗いわね。灰色の髪に暗い色のドレス……まるで喪服みたいだわ。まるで魔女みたい。
……いつの時代のデザインのドレスを着ているのかしら?
……あの二人全然釣り合わないわ、あれじゃまるで天使と悪魔、いいえ、女神と魔女よ。
……あの方、あれでも貴族令嬢なの?
……一体どこのご令嬢なのかしら?
カノンに対する聞こえよがしの侮蔑の言葉に、アルベルゲはカッとして言い返そうとしたが、それをカノンが止めた。
「あんなのただ無視していればいいのよ」
「君は腹が立たないのか? あんなことを言われて」
「何故怒るの? 本当のことなのに。でもごめんね。服装に関心がなかったら気付かなかったけど、確かにこれじゃ喪服だわね。
ん? あれ?
これ、本当に喪服だったわ……」
「えっ? このドレス喪服なの?」
「ごめん。半年前に祖父の葬式に着たヤツだった。
普段制服しか着ないから、着られるドレスってこれしかなかったんだけど、喪服だって忘れてたわ」
「・・・・・」
「さすがにこれはまずかったわね。もっと配慮すべきだったわ。まさかこんなに悪目立ちするほど酷いとは思わなかったわ」
珍しくカノンが反省する弁を述べたことに、アルベルゲは驚いた。もっとも、彼女は悪口など気にしている風もなかったが。
「謝るのは僕の方だよ。僕の付き合いで参加してもらうのだから、君のドレスは僕の方が用意すべきだった。すまなかった。
君はどんなドレスが好きなの? 色の好みは?」
「ドレスはうちで作るから心配ないわよ。別にうちは金に困ってないし。パーティーに出るから作ってと言ったら大喜びで作ってくれるわ」
「もしかして今日パーティーに出ることをミュゼル伯爵家の方へは話していないの?」
アルベルゲは真っ青になってカノンに尋ねた。
そもそもアルベルゲはその日のパーティーに参加する話はしていたが、カノンにパートナーのお願いはしていなかった。カノンが社交の場に参加するとはとても思えなかったからだ。
だからもちろんアルベルゲには何の落ち度もないのだが、カノンが家にも報告せずパーティーに参加し、笑い者になったのを知ったら、伯爵家は激怒するに違いない。
「話してるわけないじゃない。魔術学校の寄宿舎に入ってから、家に戻ったのは祖父の葬式くらいだもの。
葬式後も終わったらそのまま寄宿舎に戻ったくらいだし。だからこの服があったわけよ」
カノンはグレーのドレスの裾を摘んで言った。
「君のところは家族仲が悪いの?」
「悪くなんかないわよ。ただうちって母の方もなんだけど、代々騎士を排出している家柄でね、みんな脳筋なの。
だから私は家族と話が全く合わないだけよ。それでも、家族は私を誇りに思ってくれているし、私も家族を自慢に思ってるわよ。
ただ互いに忙しくてなかなか会えないだけ。
あっ、家にはあまり帰らないけど、父や兄の遠征先には何度か会いに行ったことはあるわよ。誕生日を祝うために」
「もしかして瞬間移動したの?」
「そうよ」
「その瞬間移動ができるなら、ご実家に連絡を入れれば良かったのに」
「忘れてたのよ。丁度研究が佳境に入っていて」
「えっ? 忙しいのにこんなところに来てていいの?」
「大丈夫よ。一応目処はついたから」
「今度はどんな研究?」
「うふふ、あのね……」
カノンはニヤニヤしながらアルベルゲの右肩に両手を当てて背伸びをすると、彼の耳元に口を近付いてこう囁いた。
「雑音をメロディーに変換する魔術なの。いつもの防衛魔術の膜にプラスするだけなんだけどね、直接体に受ける実質的な危険だけでなくて、本人が不快だと感じる音や言葉だけをシャットアウトしてくれる魔術なの。
まあ、不快と思う音や声は人様々だと思うから、それは個々に設定しないといけないんだけどね。
今の段階だと、若い女性の甲高い声とか、子供の騒ぐの声、お年寄りの繰り返される愚痴や思い出話、人の言い争う声とかを想定しているんだけど」
「それ凄いね。僕は是非ともその若い女性の甲高い声と、言い争う声をシャットアウトしてもらいな……」
今度はアルベルゲが軽く膝を曲げて、カノンの耳元に唇を寄せるとこう言った。
するといつもは無表情な顔をしているカノンが愉快そうにクスクスと笑った。
そうなのだ。二人としては決してイチャついていたわけではなく、あくまでも守護者と保護対象者として接しているつもりだったのだ。
だが、周りには熱烈な恋人同士に映った。そして実際にその通りだったのだが、それを本人達だけが気付かなかったというオチだった。
しかし、アルベルゲとカノンの関係に本人達以外にも、 最後まで気付かなかった人物が一人だけいた。それが二人を引き合わた張本人だったのだから笑える話だ。
婚約した翌日にアルベルゲとカノンがその報告をしに行った時、ニック=ブリンコワ魔術師総長はその場に棒立ちになり、衝撃のあまり、ポケラと間抜け顔を晒していた。
それを見ていた魔術学校の関係者達は思った。こんな人の心の機微に鈍い人に校長を任せていて大丈夫なのかと。
しかし恋愛関係以外はまあ、それほど酷くはないからまあいいか、という結論に達して、彼はそのままその地位に就いていた。
魔術師としては超一流で世間的には尊敬されていたし、直接生徒を指導するわけじゃないからと。
読んで下さってありがとうございました!