第一部 灰被り魔女と初代モフモフの恋 第五章 世紀のカップル誕生
しかしカノンは、アルベルゲの想像とは全くかけ離れた台詞を吐いた。
「『アルベルゲ君、心配することは無いよ。ここにいるカノン=ミュゼル伯爵令嬢は、君を好きになることはないからね。
彼女が興味を持つのは魔術のみでね。色恋には全く関心がないんだ。だから安心して彼女に協力してもらうといいよ』
そう魔術師総長が言った時、私は正直無理〜って叫びたくなったわよ」
「無理? それは僕みたいな情けない男の相手をしなくちくゃいけないことに?」
「違うわよ。貴方に関心を持たずにいることが無理ってことよ。
一目貴方を見て声を聞いた瞬間に胸がときめいちゃったんだもの。だから、貴方ってきっと魅了持ちなんだと思ったわ。
だって、確かに一目惚れとか恋に墜ちるなんて言葉は知っていたけれど、まさか自分がそうなるなんて、絶対にあり得ないことだと思っていたもの。
うちって代々騎士の家系でね、みんな脳筋なの。しかも私を除いて揃いも揃って美形なのよ。
父も兄達も親族一同が美形で、青薔薇最強軍団とか恥ずかしい呼び名があるくらいなの。
まあその美貌も、アルの足元にも及ばないけど。
だから、私は美形に免疫がついていて、他人の顔の美醜に全く関心がなかったの。
もし政略結婚させられるとして、その相手がたとえトロール顔だろうが、コボルト顔だろうが、ゴブリン顔だろうが、私は話さえ合う人なら気にしないとずっと思っていたのよ。
あれ? 話がずれたかしら?
まあそれはともかく、魔術師総長がアル自身に関心を持たない人物として私をチョイスしたのなら、それは適切な判断ではないから断ろうと思ったのよ」
カノンが自分に一目惚れ? 思いもしなかったその真実に、アルベルゲは舞い上がりそうになった。
『貴方に一目惚れしました』なんて言葉はこれまでも散々言われてきた。だけど顔だけを気に入られて、一方的に気持ちを押し付けられることに自分はずっと辟易していた…はずなのに……
「そうなの、うん。だから最初は断ろうと思ったんだけど、私、それまで色々な魔術を体験していたんだけど、魅了魔法ってまだだったなとふと思ったんだよね。
それで、是非ともそれを体験したい、研究してみたいと思っちゃったんだ……」
カノンのこの言葉にアルベルゲは冷静さを取り戻した。
「カノンらしいね。
それでどうだったの? 僕には魅了の魔力があったの? てっきり火の魔力だけだと思ってたんだけど」
とアルベルゲは一応聞いてみた。答えはわかっていたけど。
何故なら自分が魅了持ちかどうかなんて、とうの昔に疑って、神殿長やそれこそ前の魔術師総長にも何度も調べてもらっていたからだ。
いっそ魅了持ちだったら良かったのにと何度思ったことか。その力を封印してもらえば済むことなのだから。
だが残念?なことに彼には魅了なんて魔力はなかった。
「うん、あった。まずいことに」
しかしカノンは珍しく困ったような顔でこう言ったので、アルベルゲは驚いた。
エッ? 自分ってやっぱり魅了持ちだったのか? だからあんなに老若男女から纏わりつかれていたのか!
するとカノンは今まで見せたことのない真っ赤な顔をして下を向き、モジモジと体を動かしながら胸の前で手を擦り合わせた。
それはまるで小動物のような仕草だった。
かわいい。かわいすぎる。
さっきまでカノンは、いつもと変わらない無表情に近い、淡々とした顔付きで自分の目の前にいたのに。
クールな天才女魔術師、いや一部の不埒な輩からは、灰被りの冷徹魔女だと評されていたカノンなのに、今アルベルゲの前に座っている少女は、まるで恋する乙女。
エッ? カノンでも恥じらうことがあるのか?
アルベルゲはとても失礼なことを一瞬思ってしまったが、次に続けられた言葉に、彼自身も恥ずかしくて居ても立っても居られなくなった。
「アルにはね、絶対に恋をしないであろう、全く恋に関心がない女の子に、恋心を抱かせるという魅了を持っているの。
しかもそれが発動するのは私限定なの。
それでね、その魅了の力を封印することは永遠にできないの……」
「それが、四年間君が研究し、実験をした結果なの?」
カノンはコクンと頷いた。
アルベルゲはスクっと立ち上がってカノンの隣に座り直すと、いきなり力一杯彼女を抱きしめた。
「天才魔術師が出した結論なら間違いないね。僕達は永遠に一緒だね。
大好きだよ、カノン……」
「私もアルが大好き……」
お互いに実るのことのない愛だと半ば諦めていたアルベルゲとカノンは、告白し合ったその日に婚約者同士になった。
どうやってそれが可能だったのかと言うと、もちろんカノンが瞬間移動でアルベルゲを連れて、家族の承認を貰いに回ったからである。
まずはカノンの父親ミュゼル伯爵と兄が駐在していた、南の国境の砦に。
次に彼女の母親のミュゼル伯爵夫人がお茶会を開いていた、自宅のサロンに。
それからアルベルゲの父親カイルド侯爵のいた、王城の総務大臣の執務室に。
最後に里帰りしていた娘達とお喋りの花を咲かせていた彼の母親のいたダイニングに。
前触れもなく突然、しかも玄関からではなく目の前に現れた二人に家族は仰天した。しかし彼らはそのマナー違反を窘めはしたが、彼らの婚約はあっさりと認めてくれた。
というより今更?とみんなは思ったくらいだ。
忙しいはずのアルベルゲがセッセと魔術学校へ通っていたことを当然家族は把握していた。しかも相手が女の子にも関わらずだ。
そして社交嫌いなカノンがアルベルゲの現れる社交の場には駆らずバートナーとして同席し、ずっとイチャイチャしていたのを家族も目にしていたのだから。
もちろん二人が守護者と保護を受ける者の関係なのは知っていたが、それだけではないのは誰の目にも明らかだった。
そして両家の家族はみんな二人の関係を容認していたのだ。
何故なら二人はそれまでずっと異性には全く関心を持たず、このままでは生涯独身だろうと、家族は半ば諦めていたのだから。
それが家格も本人達の資質もお似合いの相手を見つけてきたのだから、こんな喜ばしいことはなかった。
そう、相手が変わり者だろうがこの際どうでもいいのだ。自分の方もかなり問題があるので、と両家は思っていた。
唯一心配なことと言えば、天才魔術師と将来宰相候補の有望株の青年、この二人が力を持ちすぎると、周りから妬まれる恐れがあるくらいだろうか。しかも青年の方は絶世の美男子で社交界一の人気者だし。
反対されると思って決死の覚悟で望んでいたアルベルゲとカノンは拍子抜けをした。
ただし、ミュゼル伯爵夫人からはカノンが制服にローブ姿で現れたことを叱責された。例の舞踏会の失敗をもう忘れたのかと。
二人はそれを聞いてハッとした。二年前、二人は初めて一緒に舞踏会に参加して、散々評判を落としていたのだ。主にカノンの装いのせいで。
今回はとにかく早く婚約したいというその思いだけで頭が一杯で、服のことまで頭が回らなかった。
「これからカイルド侯爵家へ向かうのならば着替えていきなさい。うちのように、お客様がお見えになっているかも知れないでしょ。また煩い噂が立つわ。ただでさえ、大騒ぎになりそうなのに」
ミュゼル伯爵夫人は深くため息をついた。
アルベルゲは申し訳なくなって頭を下げたが、カノンは平然とこう言った。
「大丈夫よ。私達は自分自身に認識障害魔法をかけておいたから、家族以外の人達には私達の記憶が残らないわ」
さすがだとアルベルゲは思った。こんな時でも魔術師としての意識は正常に働いていたらしい。
空間移動魔術は特秘事項だから、一般人には知られてはいけないのだ。もちろん家族にはその能力は知られているが。
その後アルベルゲは自分の両親からも同様に叱責された。パートナーになってもらう女性にはそれなりのドレスや装飾品を贈れと。
いや、アレ以降はちゃんと贈っているよ。今回はテンパっていただけだよとアルベルゲは言い訳をした。
そして彼は、そのアレと言う言葉だけで周りの者達がわかる、その出来事を思い出していた。
アレの出来事は次章で明らかになります。お楽しみに。
読んで下さってありがとうございました!