第一部 灰被り魔女と初代モフモフの恋 第四章 女嫌いの少年の初恋
アルベルゲは幼い頃からその愛らしく整った顔立ちのせいで、幼女から妙齢な女性にまで、いやいやそれだけでなく少年から立派な紳士にまでいつもワサワサと纏わりつかれていた。
その上彼は頭脳明晰で大概のことは卒なくこなしてしまうので、学園に入ると周りの人間からは重宝がられ利用されまくった。
後輩、同級生、先輩、卒業生、そして教師からも。
そしてその連中は次第に、誰がアルベルゲを自分のものにできるかと争い始めた。アルベルゲ本人の気持ちなどまるでおかまいないしに。
特に高位貴族のご令嬢やご令息達は、その爵位や地位や家の繋がりを持ち出してアルベルゲに近づこうとした。
ただし侯爵家の嫡男であるアルベルゲを実際に従わせられたのは、王太子くらいだった。それとその王太子を利用するのが上手かった幼馴染みの側近達だ。
そしてその幼馴染みの彼らの存在がアルベルゲの最大の悩みの種だった。
やがて思春期になったアルベルゲは、本気で貞操が危うくなってきた。
いつ薬を飲まされるか、人攫いに遭うかわからない。このままでは自分の身が危ういと、彼は真剣に悩むようになった。
そこでとうとうアルベルゲは、当時類稀な卓越した人物だと名高かった、宰相閣下に助けを求めた。
すると何と宰相からは魔術師総長の元へ行けと言われた。
魔術師の力でも借りなければならないほど自分は危険なのかと、アルベルゲは改めて身震いしたのだった。
そんなアルベルゲが魔術師総長に面会するために魔術学校に向かったのは、十三歳の時だった。
広い敷地の中にある魔術学校には、王立学園と王立図書館と騎士学校の設備が概ね揃わっていた。
唯一この場所に足りないものがあるとすればそれは馬場だろう。そして唯一特異なものと言えば、頑強な岩石で造られた建造物があったことだろうか。
後になって馬場がないのは、魔術師達には皆空間移動能力があるので馬を必要としていないからだと知った。
そして岩石で造られた建造物は魔術練習場であることがわかった。
何でもその岩石は古城の建つ岩山から運んで来た特殊な石で、魔力を吸収する特質があるのだという。そのため、魔術を室外に漏らさずに済むのだということを知った。
魔術学校の受付に行くと、黒のローブを着た若い男性が、アルベルゲを魔術師総長室に案内してくれた。
宰相閣下が魔術師総長に面会の予約を入れてくれていたのだ。そうでもなければ国の重鎮の一人である魔術師総長に、そう簡単に会わせてもらえるわけがないのだ。
何故魔術学校に魔術師総長がいるのかと言えば、魔術師総長が魔術学校の校長も兼ねているからなのだ。
魔術学校と魔術師軍団の本部は同じ敷地内にあり、ハッキリとた区分けはされていない。
魔術学校は七歳から十八歳まで在席するのだが、何も魔術師になるのが卒業前とは限らない。能力が認められた時点で魔術師になる。
だからまだ学生であっても何か事が起きたら、魔術師として出動しなければならない。そのために明確な区分がないのだろう。
そして部屋の中でアルベルゲを迎えてくれたのは、想像よりずっと若くてまだ青年と呼べそうな立派な体格の男性だった。
彼の名前はニック=ブリンコワ。魔術師総長で魔術学校の校長だ。
そして部屋の中にはもう一人、アルベルゲと同年代と思える少女がいた。
少女は淡いグレーのストレートヘアーに、同じくグレーの大きな瞳をしていた。そしてやはりグレーの長そうなローブを羽織っていた。
アルベルゲはその少女を見て硬直し青褪めた。そんな彼の様子を見た魔術師総長は、深いため息をついた。
「なるほど。宰相閣下に話は伺っていたがこれは重症だな。
アルベルゲ君、心配することは無いよ。ここにいるカノン=ミュゼル伯爵令嬢は、君を好きになることはないから」
「えっ?」
「彼女が興味を持つのは魔術のみでね。色恋には全く関心がないんだ。だから安心して彼女に協力してもらうといいよ。その……え〜と、君の貞操の危機対策や、派閥による君の争奪戦対策を……
彼女はこの魔術学校創立以来の秀才魔術師でね、特に防衛魔術のスペシャリストなんだよ」
✽✽✽
心配することは無いとあの時魔術師総長は言った。しかしそれは間違いであった。
確かにカノンにとってアルベルゲは単なるクライアントに過ぎなかったのだが、アルベルゲの方は違ったのだ。
あれほど女性嫌いで女性恐怖症だったのに、いつしかアルベルゲはカノンに恋をしてしまっていたのだから。
最初のうちアルベルゲは、カノンとはいつも一定以上の距離を置き、どもりながら最低限の話しかしなかった。
それなのに、彼女に守って(カノンにとっては防衛魔術の実験)もらっているうち、アルベルゲは段々と彼女を好きになっていってしまったのだ。
しかし、カノンの方はアルベルゲのことをクライアントから知人、そして友人くらいまでには昇格したようなのだが、それ以上でもそれ以下でもない状態が長らく続いた。
そしてそうこうするうちに、アルベルゲは真剣にこう悩むようになった。
彼女を諦められない自分に、あのストーカー達を軽蔑する資格があるのかと。
そして彼女と知り合って四年が過ぎた頃、思わずその悩みを口にしてため息を漏らしたアルベルゲに、カノンは珍しく驚いたような表情をした。そしてこう言った。
「アルとあのストーカー女子達では全然違うでしょ。
だって彼女達は自分の思いだけをぶつけて、貴方の気持ちなんて一切考えもしないのよ。
だからそんな彼女達をアルが嫌うのはあたりまえのことだわ。
でもアルは私の嫌がることは何もしないし、私は貴方と一緒にいるのが楽しいんだから、貴方が落ち込む必要なんてないわ」
「カノンは僕といるのが楽しいの?」
「もちろんよ。貴方は私の知らないことを色々教えてくるし。優しいし。
もしそうでなければ、こうやってわざわざ二人きりでいるわけないでしょう?」
カノンの言葉でアルベルゲは初めてそのことに気が付いた。
カノンはアルベルゲがなるべく危険な目に遭わないように、具体策を提示しつつ助言をしてくれていた。
そして、アルベルゲに近寄ってくる悪意のある者、変質者、偏愛者から彼を守るために定期的に彼に防衛魔法をかけてくれていた。
そのおかげで、アルベルゲに無理に触れようとした者の額にはある決まった印が現れるようになり、それが牽制力になって、直接的な被害はかなり減った。
元々カノンはアルベルゲの助言者であり、守護者であった。だから最初のうち二人で会う時は魔術学校の面会室だけだった。
しかし時が経つと自然に食堂で一緒に食事やお茶をしたり、校庭を散策したり、魔術学校の催しを見に行ったりしていた。
そう、依頼の件とは全く関係なしに、無意識に自然に行動を共にしていた。
それがとても心地良かったから。彼女の側にいるのが楽しく、そして幸せだったから。
自分だけではなく彼女もそう思い、そう感じてくれていたということなのか?
でも、カノンは魔術にしか関心を示さないと魔術師総長は言っていたんだけど。
そうアルベルゲが言うとカノンは笑った。
「それって魔術師総長自身のことよ。あの方は本当に魔術馬鹿でね、頭の中は魔術のことばっかりなのよ。
だからもうすぐ四十だというのに未だに独身、というか初恋もまだなんじゃないかって噂されてるわ。
そんな感じの人だから、人の心の機微に疎くて、何故だか勝手に私のことを同類だと思い込んじゃってるみたいなの。いい迷惑だわ。
恐らく私が実家にあまり帰省しなかったり、お洒落に興味がなくて研究ばかりしてたからだと思うのだけれど。
確かに魔術研究は楽しいし、勉強も読書も好きだけど、普通に人間にも私は興味を持ってるわよ。友達もちゃんといるし。
だから今だから正直に言うと、貴方のアドバイザーに指名された時、本当は断りたかったのよね、私……」
最初のうちは浮かれ気分になってカノンの話を聞いていたアルベルゲだったが、最後のこの言葉にサアーッと青褪めた。
『やっぱり僕の第一印象はかなり悪かったんだ。カノンを見て僕はオドオドと震えていたし』
と……
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