第一部 灰被り魔女と初代モフモフの恋 第三章 宰相閣下の恨み節
宰相の婚約者であったカノンは、魔術師軍団の優秀な魔術師だった。そして彼女が古城の整備推進派だった。
そのために彼女が適任だという命令され、二年前に古城の管理者に任命された。
推進派のメンバーはなにも彼女だけではなかったというのに。
その辞令が下りた翌日、アルベルゲは婚約者のカノンと籍を入れて正式な夫婦になった。
そしてそのわずか一週間後に、新妻は単身で国境の古城へと旅立ったのだ。
こうしてカイルド侯爵夫妻は予定していた結婚式も挙げられず、その上別居婚を強いられという苛めというか、嫌がらせを国王にされたのだ。
二人が熱烈に愛し合っていたことは世間でも有名な話だった。それなのに、生木を裂くかのごとく無理矢理に引き離されてしまったのだ。まだ二十歳という若い夫婦が……
二年も経ってからそんな言い訳を聞かされても、宰相が国王を許せるはずもなかった。
とっとも、国王にそんな命令を下させたのが、側近のあの馬鹿七人組の妻達だということは当初からわかってはいたが。
何せ彼女達は子供時代からのアルベルゲの追っかけ、つまりストーカーだったのだから。
彼女達の執拗さは異常なほどだった。なにせ彼女達自身が結婚した後も、アルベルゲが婚約をしてからも相変わらずだったのだから。
アルベルゲとカノンの仲を裂こうと、鬱陶しいくらいに彼女達は邪魔ばかりしてきた。
暴力行為に及んでくれればむしろ法律的に処罰ができるのにと、彼はずっと歯痒い思いをしていた。
別居結婚が始まってからというもの、アルベルゲは、国王と顔を合わせる度に、暗い顔でネチネチと恨み言を呟いていた。
側近以外の周りの者達も皆、若い宰相に同情していて、それを窘める者もいなかったので、国王はいつも針のむしろ状態だった。
だがしかし、実を言うとそれは彼の演技であった。
というのも、アルベルゲとカノンにとって国王の辞令は渡りに船だったからである。
何故なら、これで堂々と古城の修理ができるし、首都機能の移転を密かに押し進めることができるのだから。
それに侯爵夫人になってもカノンは嫌いな社交界に出ずに済むし、令嬢達からの嫌がらせを受けることもなくなる。
しかもアルベルゲが宰相を辞すると表明し、それを懇願されて留まらざるを得なくなったことで、彼は国王達に恩を着せることができた。そして、今のようにチクチク皮肉も言える。
まさに良いこと尽く目だったのだ。
そもそもカノンは瞬間移動魔術で、古城と王都のアルベルゲの元を自由に行き来ができるのだから、二人は寂しくも辛くもなかったのだ。
何故その事につい国王が気付かないのか不思議だが、国の要の魔術について真面目に学ばなかったのだろう……
瞬間移動魔術のことは国の秘密事項だったので、側近連中が知らなかったのは当然なのだが……
とは言え、あの時のことに全く不満がなかったと言えばそれは嘘になる。
アルベルゲは家族や友人知人の前で結婚式を挙げられなかったことが、子供が生まれた今でも、未だに悔しくて仕方がなかったのだ。
彼は自分の愛する妻のカノンをみんなに紹介して、自慢しまくりたかったからだ。
ただし、妻の方はイベント事にはあまり関心がなかったので、そのことについては全く気にしてはいなかったのだが。
アルベルゲは国王に文句を言いながら、これまでの経緯を連連と思い返していた。
すると次第に愛する妻への国王達の酷い仕打ちの数々が蘇ってきて、本気で腹が立ってきた。
「私は陛下の命令で妻とは別居結婚となり、今でも簡単に会いにくことはできません。
その上、双子が生まれたというのに、妻は夫も乳母も侍女も無しで、ほぼ一人でずっと子育てをしないといけませんでした。
周りにいるのは魔術師や騎士達ばかりですからね。これって酷い話だとは思われませんか?」
「すまん。できるだけ奥方の手助けができるように手伝いの者を王城から派遣しよう」
「今更で遅すぎると思いますけどね。
使用人が山程いる貴方達でさえこうしてお手上げ状態なのに、妻はずっと一人で双子の子育てをしていたのですよ。
しかも王命の仕事をしながらです。
それなのに今度は我が子の他に、王子殿下を含めた総勢十人のお子様の面倒を妻に見ろとおっしゃっているのですよね?
それって随分と鬼畜な話ですよね」
「ウーッ、すまん。本当に申し訳ない!
しかし頼む! 必要な人員はそなたの言う通りに揃えるし、そなたの望みは可能な限り叶えよう。
だから古城で我が子を含め、その他の七貴族の子供達を面倒をみてくれ! 後生だから……」
なんと国王は大勢の家臣の前で頭を下げた。
そうなのだ。
アルベルゲと国王は、今までの会話を王の執務室などではなく、王城の月に一度の定例会議の場で繰り広げていたのである。
何故そうなったかと言えば、アルベルゲが国王と二人きりなるのを極力避けまくっていたため、国王には彼を捕まえてお願いするチャンスがこれまでなかったのだ。
しかしもう側近達だけでなく、国王自身も子供の攻撃に耐えられなくなってきていて、時と場所を選ぶ余裕がなくなっていたのだ。
アルベルゲは仕方ないですね、と深いため息をつくと、嫌嫌、うんざり、いかにも厭っているのだという表情を浮べて徐にこう言った。
「私の要求を本当に叶えてくれるのなら了承しましょう。でも口約束は信用できませんから書面でそれを要求します。
そしてきちんとその契約書にサインをして頂けたら、お子様達をお預かりしましょう。
もちろん魔法契約ですよ。違反すれば契約不履行で罰則を与えます。
もし、それでよければお引き受けします。もちろん、常識内の要求しか致しませんから安心して下さい。
他の方々も個別に要求します。それでよろしいですか?」
無礼と言われようが、幼馴染みだろうとか言われようが、王族や貴族の口約束ほど信用できないものは無い。それは身に沁みていた。
そう。アルベルゲが人を信頼できなくなったのは全てあいつらのせいなのだから。
こちらは嘘は一切ついていないし、無理な事を要求しているつもりもない。
ただ、あいつらがこの契約を守れないだろうことは予測できた。あいつらは人の常識が通じない輩なのだから。
いつまでも素直でかわいい、騙されやすくて便利なアルベルゲちゃんだと思うなよ。
大体そんなに簡単に騙される奴が宰相じゃ困るでしょ?
あの偉大なる前宰相に指名されたんだよ、僕は。わかってるのかなぁ?
金色のウェーブヘアーと髭で顔全体を覆われている宰相のアルベルゲ=カイルド侯爵は、唯一覗かせているスカイブルーの大きな瞳で国王を睥睨したのだった。
この会議の参加者のほとんどは男性だったが、彼らはまるで金色の毛玉のような宰相のことをうっとりと見つめていた。
なぜなら、そのフサフサの髭を全部剃り落としさえすれせば、そこにはまるで天使か女神のような美しい顔が現れて、それを拝むことができる。そのことを皆が知っていたからだ。
アルベルゲは結婚後に顔全体に長い髭をはやすようになった。別居結婚のため、女除け、男好き男除けのためだと思われているが、理由はそれだけではない。
そもそもあまり人除けの意味を成してはいなかったし。
結局その髭は、単なる彼の妻の好みだった。
そう、カイルド侯爵夫人はモフモフ、フワフワなものが大好きだったのだ。
しかし夫の体はスレンダー。痩せマッチョで柔らかいところなどありはしない。
唯一柔らかだったのがウェーブのかかった豊かな髪だった。そこで妻が魔法で夫の髭を伸してみたら、それはもう彼女好みのモフモフ、フワフワだったのだ。
カノンはアルベルゲと一緒にソファに並んで座り、彼の顔を両手で抱き締めて、そこに自分の顔をスリスリするのが一番の癒やしだった。
そして夫のアルベルゲの方も、妻のフワフワの胸に顔を埋めるのが最高の癒やしだった。
カノンもアルベルゲ同様にスレンダーだったが、意外と飽満で柔らかな胸をしていたからだった。
ようやく一人目のモフモフが登場しました。話の最初に出てきたモフモフとは別人です。
不器用な恋人とのエピソードは今後の展開で出て来るので、楽しみにして頂けると嬉しいです。
読んで下さってありがとうございました
m(_ _)m