第十話
聖女といえば、優しかったり、慈愛に満ち溢れているのではないだろうか。こんなカエルを食べて話し始めそうな「あ、あ」と言う聖女などいるだろうか。いやいない。
「性格が良くないと思います」
なので、私は率直に伝えた。
私は聖女というようなキャラではない。そんなに素晴らしい性格をしていない。ただの疲れた会社員だ。
すると、ザイラードさんは首をすこし傾けた。
「性格……か。正直に言うと、あなたとは出会ったばかりだから、それについて話ができる材料を持ってはいない」
ザイラードさんは誠実な人だな。「性格、いいじゃないですかぁ」みたいな表面を撫でていくお世辞は言わない。
出会ったばかりだから、わからないという至極まっとうな返しだ。
その通りなので、うんうんと頷くと、ザイラードさんは優しく目を細めて――
「だが、俺はあなたの性格は割と好きだ」
――まっすぐ言った。
「まず、異世界に転移したというのに、前向きだ」
「あ、……あ……」
「自分でどうしたいかを選択できるところも尊敬できる。それを俺に言う際も、迷惑をかけてしまうと伝えたり、仕事を探そうというところも」
「あ……」
「これまで一度もだれかを責めるような言葉を口にしていない。もう一人の少女は感情的だったが、あなたはそれさえも流して聞いてあげていただろう?」
「あ……あ……」
「そして、疲れていることがよく伝わってきた。それだけ、元の世界で努力していたのだと思う」
「……あ、あ……」
胸がうぐぅってなる。
エメラルドグリーンの瞳が優しすぎる問題。私を殺そうとしている。
私に金を作る能力があれば、手のひらに山盛りにして渡すだろう。そして、ザイラードさんは「欲しくない」と言いそうである。こわい。
「そもそも聖女というものに対しての認識の違いがあるかもしれない」
「……というと?」
「あなたにとって聖女というのは、性格がいいもののことなのか?」
「はい。おおらかで優しくて、慈愛に満ちて……。こう笑顔で人々を癒すようなイメージです」
「ここでは力のある女性というイメージだ。性格について特筆したものがあるわけではない」
「なるほど」
で、あるならば、このような「あ、あ」しか言えなくなる疲れた会社員だったとしても、魔物をペット化できる能力があれば聖女と言えるのかもしれない。
「あなたがレジェンドドラゴンを小型化したとき、俺は本当に殺される瞬間だった」
「なんですよね……」
話には聞いた。
ザイラードさんの言葉に右肩を引く。すると、ピィピィと聞こえて――
「モウヤラナイ。オレ、イイコ」
そうか。
「あなたが現れたおかげて、レジェンドドラゴンはブレスを吐くのをやめた。レジェンドドラゴンのブレスの直線上には村などもあっただろう。もし、ブレスが吐かれていれば、そちらにも被害があったかもしれない」
「そんな……重大なことが……」
私が「わぁドラゴン」と感嘆していたとき、大変な場面だったようだ。
「レジェンドドラゴンはあのとき、国を滅ぼそうとしていた」
「……そうなの?」
「爪、ヒッカカッタ。イラットシタ」
イラッとしたからといって国を滅亡させていいのだろうか。いやよくない。というか、普通はそんなことはできない。
「モウヤラナイ。オレ、イイコ」
……そうか。
「レジェンドドラゴンの言葉を聞いたのは俺だけだ。そして、あなたがレジェンドドラゴンを小型化した場面を見たのも俺だけだった。だから、騎士団に帰ったとき、別の少女が聖女という話になっていたのだろう」
あの美人な女子高生か。
「少女もどうやら異世界から来たことは間違いないらしい」
「はい。それについては私も彼女が異世界、しかも私と同じ国から来たのだと思います」
「同じ国?」
「彼女の着ていた服装なんですけど、あれは私の国の学生が着る服装なんです。私と彼女が同時期に同じ国から転移してきたんだとは思うんですが……」
美人な女子高生と話をしたわけではないからわからないが。
「少女は自分が祈ったために、レシェンドドラゴンが浄化され、消え去ったと思ったようだ。そして、それを見ていた騎士団や王宮軍もそう考えたのだろう」
「盛り上がってましたもんね」
「だが、あなたがシルバーフェンリルを小型化したことで、騎士団にいるものと王宮軍はあなたが聖女であると思ったはずだ」
まあ、そういう空気だった。
美人な女子高生が祈ったとき、なにも起きなかったこと。めまいがすると言って休息を希望したこと。そのとき、ちょっと「え?」って感じになったもんね。
で、私の右肩にいるドラゴンがブレスを吐いて、シルバーフェンリル? を撃退。さらに、私が二人の間に入ったとき、ポメラニアンに変化してしまったのだ。それはもう私がなにかしたんだと、はたから見てもわかるだろう。
「俺は自分が目にしたこと、起こった事実を報告書にし、すでに王宮へと届けている。が、すこし厄介でな」
「厄介とは?」
「……ここにいた無駄に派手な男がいただろう?」
「えっと、少女のそばにいた男性ですかね?」
あのきらびやかな衣装の男性だろう。
「ああ。あれはな……恥ずかしいことに、我が国の第一王子なんだ」
「……ほう」
第一王子。……え? 次期トップじゃね?
「どこに出しても恥ずかしいがな……」
ザイラードさんははぁとため息をつく。
「第一王子は少女を聖女として連れ帰った。そして、自分が聖女の力を手にしたと喧伝し始めた」
そして、頭が痛いと、手を額に置いた。
「この国は今、王位継承で揉めている。第一王子は自分が王に相応しいと考え、そのために聖女の力を利用したいようだ」






