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07 尾行


 翌朝、駅から学校へと続く道。

 僕とミオンは冬坂さんの後ろをこっそりと歩いていた。言い方を変えれば尾行。


 ミオンの話が本当ならば、もうすぐ冬坂さんは死ぬ運命にある。

 ミオンは自分の死を受け入れ、僕とエッチすることを望んでいる。

 だが僕は彼女の死そのものを回避させたいと思っている。

 この尾行は彼女を守るために必要な行為。

 彼女に危険が迫ったらすぐに助けに入るつもりだ。


 彼女がいつどこで、どんな風に死ぬのかさえ分かれば、こんな面倒な尾行なんてしなくて済む。

 死の瞬間だけ守れば良い話なのだから。

 しかし、残念なことにミオンはその記憶がないらしい。

 しかたないので、日常的に彼女を守ることにする。

 さすがに彼女が自宅にいる時は守れない。

 せめて登下校と学校にいる間だけは、なるべく彼女の近くに居ようと決めた。


 一番良いのは彼女の隣を歩くこと。それが一番守りやすい。

 だが、あいにくと僕と冬坂さんはほとんど話をしたことない。

 いきなり「おはよう」と声を掛けて、隣を歩くことは難しい。

 なので、こっそりと後ろを歩いているというワケだ。


「ねえ、カズキ。これじゃストーカーみたいだよ」


 ミオンが僕の隣で文句をたれる。

 ミオンは冬坂さんを助けることは無理だと、端から諦めている。

 だから僕の今の行動に不満があるようだ。


「ストーカーじゃないよ。たまたま同じ時間に登校してるだけだし」


 周りの人に変に思われない程度の声のボリュームでミオンと会話をする。


「たまたまって。ワタシに登校時間を聞いて、無理やりに合わせたんじゃん。

 それをストーカーって言うんじゃないの? ねえ? ねえ?」


 ミオンはいやらしい笑みを浮かべている。


「うるさいな。細かいことはいいだろう」


 ストーカーだと罵られようが、これは冬坂さんを守るために必要なのだ。


「まあいいけど。もう面倒くさいから、後ろから押し倒しちゃおうよ。がばっと」


 ナイスアイデアでしょ? と笑顔を浮かべるミオン。


「……バカか。朝っぱらから公共の場でそんなことできるわけないだろ。

 すぐに周りの人たちに取り押さえられてお縄だ。

 もしそうなったら君の願いも永遠に叶わなくなる。それでもいいの?」


 ミオンを手伝えるのは僕しかいない。

 そんな僕が行動不能になれば、ミオンは何もできなくなる。


「それは困る。でもカズキがソウロウならワンチャンあるかも?」

「ソウロウってなんだよ。僕は武士じゃないぞ」


 (そうろう)は、古い時代の「ですます」に相当する。

 なぜ今、彼女がそんなことを言ったのかは意味不明だ。


「…………」


 ミオンが真顔になっていた。

 僕がとんちんかんなことを言ったような雰囲気を作らないでほしい。

 先に、変なことを口走ったのは彼女だというのに……。


「急に黙ってどうしたの?」

「いや、なんでもない」


 それからミオンはおとなしくなった。

 周りに人が増え始めたので、都合が良かった。

 ミオンと会話をしていると、おかしな人だと思われてしまう。

 僕もミオンに話しかけることをやめて、冬坂さんの護衛に集中した。


 もし冬坂さんが死ぬとしたら、交通事故が一番可能性が高い思う。

 なので、とくに交差点付近は注意した。

 暴走車両がいつ突っ込んできてもいいようにと、心の準備をする。

 けれど、特に危険はなかった。


 次に危険なのは階段だ。

 階段で転倒して頭を打つのもかなり危ない。

 いつでも抱きとめられる位置をキープしつつ階段を登る。

 一度、冬坂さんが段差を踏み外しそうになったが、なんとかバランスを保って転げ落ちることはなかった。

 少しだけ焦ったが無事に冬坂さんは教室に到着した。


 いつもはなんともない朝の登校だが、誰かを護衛しながらだとかなり疲れる。

 僕は朝の時点でかなりヘロヘロになっていた。

 しかし、この疲労感は同時に充実感を僕に与えていた。



 休み時間になると、冬坂さんは教室を出て行く。

 一呼吸置いてから、僕は冬坂さんの後を追った。

 廊下を歩き、冬坂さんは女子トイレに入って行った。

 さすがに僕が女子トイレに入ることはできない。


 少し離れた位置で彼女が出てくるのを待つことにした。

 彼女がトイレの中で死ぬとは考えにく。

 先に教室に戻っても良いが、念のために。

 そんな僕の隣にはミオンがいる。


「トイレにまで付いてくるなんて、カズキは変態だね」

「中には入ってないからセーフ」


 実際に風呂やトイレに入ってきたミオンには言われたくない。


「いやいや、トイレの前で待ち伏せするのもなかなかですよ。

 むしろそっちの方が変態度は高いと思うけど?」


「どういう理屈だよ」

「ほら、そっちの方が想像力が必要でしょ? 興奮するのに」

「僕は興奮してないから、それには当てはまらないね」


 興奮していたら彼女を守るのに支障をきたしてしまう。

 なのでありえない。


「あら残念。でもトイレの中で何が起きてるのか。

 ナニをしてるのかを、ちゃんと想像しないと守れないんじゃない?」


「まあ、たしかに。そうかもだけど……」


 一理あるが、トレイは例外でいいと思う。

 ミオンが顔を近づけて、耳元でささやく。


「ほら、想像してみて、水の音が聞こえてこない?」

「聞こえない」

「あ、顔が赤くなった」

「なってない」

「勃起した」

「してない」


 ミオンのセクハラ攻撃を僕は軽く受け流す。


「カズキは変態なんだから、一緒にトイレに入ろう。

 それで個室でヤっちゃおうよ。うん、それが良い。そうしよう」


「入らない」


「えぇー。ワタシ、トイレでヤるの夢なんだよね。

 ねえ、お願い夢を叶えてあげて」


「そんな最低な夢があってたまるか」


 ミオンは僕を変態だと罵るが、明らかにミオンの方が変態だと思う。

 そんなこんなでミオンの変態トークを延々と聞かされた。

 近くに他の生徒がいると僕が反論できない。それを良い事にやりたい放題だ。

 僕は右耳から左耳へ受け流し、適当に相槌を打って時間をつぶした。


 数分後、冬坂さんがトイレから出てきた。

 そんな彼女が僕の方をちらりと見る。

 僕はドキリとした。


「今、こっちを見たね」


 ミオンが言う。ならば見間違いではない。


「個室で待ってたのに、どうして来てくれなかったの?

 一人で寂しかった。だから早く抱いて!」


 冬坂さんになりきって、変な妄想をするミオン。

 ミオンを無視して、僕は考えをめぐらせる。


「……朝から尾行してるし、怪しまれちゃったかな」


 これが一番可能性が高い気がする。

 冬坂さんには何も言わずに、僕が一方的に彼女を守っている。

 彼女からすれば、一方的に纏わりつかれている状態だ。

 不審に思われたと考えるべきだろう。


 今の状態を続けるのは、あまりよろしくない。

 それこそストーカーとして彼女に訴えられかねない。

 訴えるまではいかなくとも、友達や先生に相談されたら終わりだ。

 二度と彼女に近づくことができなくなってしまう。

 そうなっては彼女を助けられない。


「詩音は濡れてたね。もう濡れ濡れ」


 僕の心配をよそに、ミオンは楽しそうにしている。


「トイレで手を洗うし、そりゃ濡れてるでしょ」

「…………」


 僕が当たり前のツッコミをすると彼女は黙ってしまった。

 わざと黙って変な空気にするのが、彼女の中のブームなのだろう。

 何がおもしろいのか分からない。僕は首をひねりつつ教室へと戻った。


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