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05 運命


「よろしくねカズキ。

 それと、なるべく早く詩音を抱いてあげてね。

 あんまり時間はないと思うから」


 平然と言う彼女に、僕は慌てて口を挟む。


「ちょっと待って。

 僕は冬坂さんと、そいうことをするつもりはないよ」


「ええー、どうして? 

 ワタシが成仏するのを手伝ってくれるんじゃないの?」


「手伝うとは言ったけど。そういうことはしない。

 お互いの気持ちもあるし」


「……そっか。カズキは詩音を好きじゃないんだね。

 たしかに愛のあるセックスが一番だけど。

 詩音は好きな人に抱かれて嬉しいと思う。

 カズキさえ我慢してくれれば、解決する問題だよ?」


 彼女の言い分は理解できる。

 しかし、それは最終手段だ。

 まだ打つ手が残っている状態では、その選択をしたくない。


「それ以上に良い解決方法がある」

「なに?」


 彼女は怪訝な瞳で聞き返す。


「未来を変える。冬坂さんが死ぬ未来を、死なない未来に変える。

 冬坂さんが死ななければミオン、君は存在しなくなる。

 成仏するよりも、その方が良いと思うんだ。

 僕だってクラスメイトが死ぬと分かっていながら、何もしないのは気が引ける。

 助けられるなら、助けたい」


「…………」


 我ながら妙案だと思う。だがミオンの反応は悪い。


「冬坂さんが、いつどこで死ぬのか。

 詳しい状況さえ分かれば、簡単に死ぬのを回避できると思う。

 ミオンなら分かるよね? だって本人なんだし」


 普通は未来の出来事を知ることできない。

 しかし、未来から来たミオンならば知っている。

 彼女にとっては、過去なのだから。


「……それ無理」


 ミオンはあっさりと否定した。


「どうして?」


 納得できる理由を求む。


「だってワタシ。自分がいつどこで、どんな風に死んだのか覚えてないんだもん。

 死んだってことは覚えてるけど。詳しい状況は覚えてない。

 だから助けるのは無理。

 冬坂詩音の死は、絶対に避けられない」


 ミオンは運命を変えることを諦めていた。

 せっかく過去へ来たというのに。

 運命を変えるチャンスがあるのに、どうして始めから無理だと思うのか。

 なぜだか無性に腹が立った。


「いや、きっと回避できる。僕が君を助けるから」


 そう思った時には、口にしていた。

 確証はない。けれど彼女を否定しなければいけないと思った。


「ふーん。カッコイイこと言うじゃん。

 それならお手並み拝見といきましょう。

 でも無理だと思って諦めたら、その時は詩音とセックスしてね。約束だよ」


 まんざらでもない笑みをミオンは浮かべた。

 これで後には引けなくなった。

 なんとしても冬坂詩音の死を回避させる。

 だけど、その前に、


「あのー、ずっと気になってたんだけど。

 セ、セックスって生々しいから止めてもらえるかな?」


 彼女の直接的過ぎる表現が気になってしかたがなかった。

 あえて下品な物言いをして、僕をけしかけているのかもしれない。

 だが僕の場合は逆効果。反対に冷めてしまう。


「あ、そう? じゃあエッチなら良い?」

「……うん、そうだね。まだそっちの方が」


 セックスは性交そのもの。

 だけどエッチはもっと幅広く軽い感じ。まだマシだ。


「意外とカズキはウブなんだね。もっとクールなんだと思ってた。

 セックスだろうとエッチだろうと、ヤってることは変わらないんだけどね」


 あっけらかんに笑うミオン。

 これがあの冬坂詩音だと思うと、なんだか面白かった。


「僕も、冬坂さんはもっとおしとやかな人だと。

 こんなにズバズバものを言う人だとは思ってなかったよ。

 中身が別人だと思うぐらいに、全然違うんだね」


「冬坂詩音のことが嫌いになった?」


 ミオンは急に不安げな瞳を向ける。


「いや、意外な一面が見れて興味深かっただけ。

 嫌いにはなってないよ」


 好きや嫌いという感情を抱くには、まず対象に興味を向ける必要がある。

 そもそも興味がないものに対しては、嫌いになりようがない。

 ミオンと出会うことで、少しだけ冬坂さんに興味が沸いた。

 今は好きも嫌いもないけれど、これからは変わるかもしれない。


「そ、良かった。もし嫌われて。

 抱いてもらえなくなったらどうしうようって、心配しちゃった」


 ミオンの言葉に、僕は苦笑いを返した。

 彼女の頭はそればっかりだ。


 その時、廊下から上履きを擦る音が聞こえた。

 僕は廊下に振り返る。

 誰かが去っていく足元だけがちらりと見えた。だが男か女かさえも分からない。

 僕はミオンに訊ねる。


「今、誰かいたよね? 廊下に」


「ワタシとの会話を聞かれちゃったかもね。

 まあワタシの声は聞こえてないと思うから。

 カズキが一人きりの教室で気持ち悪い独り言をぶつぶつと言ってた。

 そう思われたでしょうね、きっと」


 ミオンは他人事のように笑う。

 もし僕が頭のおかしいヤツだと思われて、精神病院にでも入れられたら。

 彼女の目的は達成できなくなるというのに。

 僕はため息混じりにつぶやく。


「今日の授業でやらかしてるから。変な噂がたたないといいけど……」

「やらかしたって、なにしたの?」


 興味津々と彼女は目を輝かせた。

 大した話じゃないと、前置きをしてから彼女に説明をする。


「授業中に窓の外を落下する君を見た。

 それを先生やみんなに言って授業を中断させた。

 念のために先生が下を確認したけど、何もなかった。

 僕が寝ぼけて、変なことを口走ったみたいになったんだよ」


「あー、そうなんだ。なんかごめんね」


 彼女は悪びれることなく謝った。


「なんで、あんなことをしたの?」


「うーん、ヒマだったから?

 だって誰もワタシのこと見えないし。やることなかったし。

 あと幽霊だから平気かなと思って。それに実際、平気だった。

 一瞬、地面にめり込んだけど、ポヨンって感じで着地した。意外と楽しかったよ」


「やっぱり、幽霊なんだ」


 改めてミオンは幽霊なんだと思った。

 話をしているだけだと、まるで幽霊っぽさは感じない。

 あいかわらずに存在感は薄いけれど……。


「そうよ、ワタシは幽霊。――こんな感じに!」


 彼女は立ち上がって、僕に抱きつく。

 僕は驚いて体を硬直させた。

 だが体が触れ合うことはなく、彼女は僕の体をすり抜けていた。


「どう? びっくりした? じゃあ、行きましょう」


 彼女はイタズラっぽく笑うと、背中を向けて歩き始める。


「行くってどこに?」


 僕は鞄を掴み慌てて彼女を追いかけた。


「カズキの家にだけど?」

「え? ウチにくるの?」


「当たり前でしょ? だってワタシはカズキに取り()いたんだもの。

 これからは、ずっと一緒よ。うふふ……」


 なんだか寒気を感じた。


「ミオンってさ。悪霊じゃないよね?」


「失礼ね。ワタシは善霊(ぜんりょう)

 愛の伝道師。いやエロスの伝道師かしら?」


「なにそれ」


 思わず笑ってしまった。

 エッチなことばかり言う彼女にはぴったりの称号だ。

 そして、僕は未来からきた冬坂詩音の幽霊――ミオンと一緒に帰宅した。


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