8.生き残り
そして俺は再びネックレスを付けた。
「キャーーー!」
「た、助けを、助けを呼べ!」
俺は表通りに出ると、とにかく必死に走った。何やら後ろが騒がしいな。まぁそれもそうだろう、道に2人の騎士の生首が転がっていれば誰でも驚く。
まさかあの騎士達があんなに弱いとは思わなかった。俺が少し本気を出しただけでこれだ。だが油断は出来ない、一瞬とはいえネックレスを外してしまった。まぁあれぐらいなら正体がバレる事はないだろうが。
このまま城に乗り込もうとも思ったが万一にも勇者が居れば魔法が使えない俺では簡単にやられる。それにティファがあそこに居るとは限らない。とりあえず今は何とかコイツらをまいて、その後に情報を集めないとな。
そして俺は再び走った。だがなぜか周りが静かだ、流石に人間達も騎士がやられて、びびって俺を追うのを辞めてしまったのだろうか。
しかし、あれはやり過ぎたな。あれでは騎士どころか勇者が増援に来るかもしれない、早めに潜伏する場所を決めないとな。
(……ねえ、聞こえる?)
? 何だ、周りには誰もいないはずなのにどこからか声が聞こえて。
(あれれ? 聞こえないのかなあ?)
これはまさか俺の頭に話しかけているのか? コネクトか? いや、まさかコネクトは人間は人間、魔物は魔物としか繋がれないはず。
だとすると...…
「誰だ! 名を名乗れ!」
(あっ。やっぱり聞こえてたんだね、今からそっちに行くから待っててね)
「だから名乗れ、でないとこちらもお前を信用でき……ッ!」
俺が話していると突然何の気配も無く、フードを被った全身コート姿の不審者が俺の腕を掴み走り出した。
「ち、ちょっと待て! 誰だお前」
「何言ってるの? さっきまで私と一緒にお話ししてたじゃない」
こいつ、さっきコネクトで喋ってた奴か! てか早過ぎだろ、今から行くって言ってから数秒しか経ってねぇぞ。
「だからお前は誰なん……ィイッテ!」
この野郎、地味に握力強いじゃねぇか、普通に腕が千切れそうだ。
だが妙だな同じ魔物のはずなのになぜかこいつからは魔力を感じられない。本当に信用していいのか?
「ごめんねぇ。話は中に入ってからするから今は人間から逃げるのに集中してね」
「中? どこに向かってんだ?」
「私の隠れ家。そこなら人間に見つかる事も無いから安全だよ」
確かにさっきまで静かだったのになぜか少しずつ周りがうるさくなってきたな。冒険者達もこりずに追って来てるのか。面倒だな。
「分かった。ひとまずその隠れ家に入ろう、お前を信用するかはそのあと……」
「着いた。今から中に入るからしっかり掴まっててね」
「いや、着いたってお前。壁しかねぇじゃねぇかどこに入口があるんだよ」
俺の目の前にはどう見ても行き止まりとしか思えない壁があった。だがこの女? は前が見えていないのか俺の腕を掴んだまま壁に向かって走り出した。
まさか……
「おい、ちょっと待て! 止まれ、止まれ、壁にぶつかるぞ。おい! お前、前見えてんのか?」
クソ! 握力強過ぎだろ。俺は必死に抵抗するがコイツの馬鹿力には勝てず。
「行くよ!」
「ま、待てぇ!」
そして俺達は壁に衝突した。
ー 「ん? 何だここ、まさか壁の中?」
「正解。ここが私の隠れ家。あっごめんね今、明かりつけるね」
そう言うとその女は手から光の塊のような物を出すと、それを近くにあったランプのような物に入れると全体が明るく照らされた。壁の中は誰かが暮らしているかのような部屋になっていた。
だが部屋が明るくなってもフードを被っているせいでこいつが誰なのか分からない。
「で、誰なんだお前。わざわざ俺をこんな所まで連れてきて何のつもりだ?」
「……フフゥッ。やっぱりそう言う偉そうなところ、変わってないんだね」
そしてその女は被っていたフードをとり、その素顔をあかした。
「久しぶり……ブロちゃん」
フードの下から現れた、金髪ツインテールに魂の抜けたような目、透き通るような白い肌。まさかコイツ……ルーシェか!
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名前 ルーシェ 性別 女
レベル 512
種族 サキュバス
幹部一員
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「ルーシェ? お、お前生きてたのか、てっきりもう勇者にやられたかと……」
すると突然ルーシェは来ていたコートを脱ぎ捨てると俺に抱きついてきた。
「私、寂しかったんだよ。偵察に行ったまま何年も帰らせてもらえなくて。そのせいで30年もブロちゃんと会えなくて……本当に寂しかったんだよ」
「そう言えばもう30年も会って無かったんだな。まぁでもお前が無事なら何よりだ」
「ブロちゃんも寂しかった?」
「ああ。寂しかった、寂しかった。だからもうそろそろ離してくれないか? ちょっと苦しい」
しかし何故かルーシェは離すどころか更に強く俺を抱きしめると、俺の服の臭いを嗅ぎこう言った。
「クンクン。ねぇブロちゃん、どんな子だったの?」
ん? 何言ってんだこいつ。質問の意味がわからない。いやそんな事より早く離してくれ、マジで苦しい。
「どんな子ってどう言う意味だよ」
「うぅーん……。ブロちゃんの服から知らない女の子の臭いがしたから、どんな子なのかなぁーって思って聞いたんだけど、もしかして答えられないの?」
「……」
そうだった、もう30年も会っていなかったせいですっかり忘れていたがルーシェは俺に一方的な好意を抱いていたんだ。そのせいで俺が他の女といると態度が急変してめっちゃ怖くなる。
「さ、さっき肩がぶつかっただけ……」
「肩じゃなくて下の方から臭いがするんだけど?」
どこの臭い嗅いでんだよこの女。てか下ってどう言う事だ? 俺はそんなところ触られた覚え……
あの性女か! まだあん時の臭いとれてないのかよ性女の臭い強過ぎだろ。
「あぁもー分かった俺が悪かったからもう離してくれそろそろまじで苦しい」
「うんうん。ブロちゃんは何も悪くないんだよ、悪いのはブロちゃんを騙したその女なの。だから……その女とちょっとお話したいから今度、紹介してくれない?」
「分かった。今度、紹介するから離せ」
何がお話だけだ、そう言ってお前は何体の女をこの世から消したと思ってんだ。まぁ今回は相手が聖女だからそう上手くはいかないと思うが。
そう言うとルーシェは抱きしめていた手を離した。本当に面倒くさい奴だな。
「はぁ……。お前、会って早々俺を殺す気か。今の俺はネックレスで弱体化してんだからもっと丁重に扱えよ」
「ごめんね。久しぶりに会ったせいでちょっと取り乱しちゃった。今度からは気おつけるね」
やっぱりルーシェはこっちの方が可愛いな、さっきのヤンデレみたいな奴は正直、怖くて苦手だ。
「でだルーシェ、今俺たちの国がどうなってるかは知ってるか?」
「うん……。この街の様子を見てれば私たちの国が滅んだって事はなんとなく分かる。2日ぐらい前まで魔王軍討伐記念みたいな祭りまでやってたから」
「そうか。なら話が早い、俺がここに来たのはティファを連れ戻す為だ。ルーシェ! お前が生きてたのは好都合だ。流石に1人だと無理がある、手伝ってくれ」
「もちろん! ブロちゃんのお願いなら何でも聞いてあげるよ。でも一つ聞きたいんだけど……そのティファちゃんとは今どんな関係なの?」
また始まった……
「どんな関係って……あいつは人間の王族だ、だから連れ戻さなきゃ行けないんだよ。分かるだろ?」
「フフッ。冗談だよ、ちゃんと分かってる。お話は連れ戻してからにするから」
ルーシェは笑みを浮かべた。連れ戻したら連れ戻したで今度はこいつからティファを守らないと行けなくなったな。
“ビンッ“
下を見るとビンのような物が転がっていた。いや違う、俺がビンの転がってきた方を見るとそこには大量の空き瓶が散乱していた。
「おい、ルーシェなんだあれは?」
「ち、違うのこれから掃除しようと思ってのだからそんなに気にしないで!」
「しかもこれ酒だよな? お前、偵察中に何酒ばっか飲んでんだよ。隠れ家って言うかただのゴミ捨て場みたいになってるぞ」
「ちゃんと片付けるから一回そこに座って! 今、お茶持ってくる」
ルーシェはそう言うと隣の部屋に入っていった。正直ここを部屋と呼んでいいのかわからないが多分部屋だ。てか、座れってどこに座ればいいんだ? 見渡す限り空き瓶だらけで座れそうな場所なんてないぞ。
俺が空き瓶を少し片付けて座っていると、一つのドアが目についた。さっきルーシェが入った部屋とは別の部屋のドアだ。なぜかあのドアからは人間の気配がするのだが気のせいだろうか?
俺はそのドアへと近づいた。もし本当に人間が隠れているのなら、ここで始末しておかなくてはならない。そして、俺はドアノブに手をかけるとゆっくりドアを開けた。
「ゔぅぅぅぅぅぅ!!」
「あああぁぁぁぁああ!!!!」
「やめろぉぉぉぉ!!!!!」
中を覗くとそこには大量の男の人間達が叫び声を上げていた。それもそうだろう、人間達は皆、いかにもな拷問器具に括り付けられ拷問されていたからだ。どうやらこの部屋は防音室なのか声は外には聞こえない。
と言うか何でこいつらはここにいるんだ? まさかルーシェが……
“ドンッ“
俺そんな事を考えていると、突然ドアが閉まった。いや戻ってきたルーシェがお茶を手にしたまま慌てて閉めた。
「もー。いくらブロちゃんでも勝手に女の子の部屋を覗いちゃダメだよ?」
あれが女の子の部屋とでも言えるのか。いやそれよりもあれは一体?
「な、なぁルーシェあの部屋にいた人間たちは一体何なんだ?」
「何って、私サキュバスだよ? まぁサキュバスって言っても他のサキュバスと違って私は男の精液じゃなくて生気、命をもらうんだけどね」
「その為にあの男達を捕まえてるわけか」
「だってそうしないと私、寿命が短くなっちゃうんだよ? だ、だから別に浮気とかじゃ無くて生きる為に必要なの信じて!」
別に何も疑ってはいないが、なぜかルーシェは慌てるように話し始めた。まぁ別に知らない人間が死のうが俺にはどうでもいい事だ。ここはルーシェの勝手にしてやろ。
俺たちは床に座ると気を取り直し、話し始めた。
「でだ、ルーシェお前は俺より長くこの街にいる。だから俺よりもこの街に詳しい、そんなお前にいくつか聞きたいことがある」
「うん、ブロちゃんの知りたいことなら何でも教えてあげるよ」
情緒不安定なのか急に機嫌を戻したルーシェが笑みを浮かべた。
「まず一つだ。今この国を治めているのは誰だ?」
普通なら王や王妃が国を治めているのだが、実はこの国にはそのどちらも既にいない。
数年前に俺がティファを誘拐しに来た時には既に両者とも何者かによって殺害されていたのだ。そしてその一人娘のティファがこの国の最後の王族なのだ。
ティファや王がいない間、誰がこの国を支配していたのか知る必要がある。
「うーーん。確かルイって言う背の低い金髪の男の子みたいな人間だった気がする」
「ほぉ。強いのか?」
「パッと見ただけだから分からないけど多分、見た目からして弱いと思う」
「お前がそう言うならそんなに警戒する必要もないな。じゃ次だ、ティファの居場所は分かるか?」
「その子なら城の中にいるって聞いた気がするよ。確かな情報かは分からないけど、可能性は高いと思う」
「やっぱりそうか。最後だ、ルーシェ7人の勇者の特徴や強さについて知ってることはあるか?」
俺がそう言うとルーシェは顔をしかめた。
「ごめんねブロちゃん。私も頑張って調べてみたんだけど、なかなかでてこなくって強さとかレベルが分からないの」
「そうか……。となると一人一人見つけて強さを確かめる必要があるかもしれないな」
「あっ! そうだブロちゃん。そう言えば明日の昼に勇者達がこの街の城に集められるって情報があったんだった」
「明日? 昨日、街を出たばっかりなのにもう戻ってくるのか?」
「街を出たって言っても周辺にいる残りの魔物達を殺しに行っただけだからね」
「周辺にいるだけで無害な魔物でも殺されるのか、もうどっちが悪魔だか分からないな」
「そうだね。一応、私も悪魔だけど不必要に人間を殺したりはしないからね。そうだ……はいお茶、渡すの忘れたせいでちょっと冷めちゃったかもだけど飲んでね」
ルーシェは手に持っていた、お茶の入ったコップを不気味な笑みを浮かべながらこちらへ手はたした。
「なぁルーシェそのこれは……」
「お茶だよ。冷めないうちに早く飲んじゃって」
なるほどこれがお茶か。俺はそう疑問に思いながらルーシェに尋ねた。
「じゃこの表面に浮いてる白い粉はなんだ?」
もうここまであからさまだと、怪しさすら消えてしまうのだが一体この白い粉のような物は何なんだ?
そしてルーシェは言った。
「元気になるお薬だよ」
笑顔は100点だった。