act48 愚か者たちへのguidance
act48 愚か者たちへのguidance(指導)
早坂カヨコは怒っていた。
カナメに対してである。
確かに納期間近の仕事も大事だ、でも自身が拾ってきた人間をほったらかしにしておく理由にはならない。
セーレン・シュヴァルツという女性が、今一つなじめないのは確実にカナメに責任がある。
更にそれだけじゃない。
その現場にいた二名も共犯だ。もう一人現場にいたが、新人もいい所だ。それは除外するしかない。
なら、ベテランの二人がフォローできていないことも問題である。
カルウ・ブースとペルボ・ケットだ。
二人は二人なりにフォローはしているようだが、もっと踏み込んで行動してほしいと感じる。
不満はまだある。
前回の宗教団体襲撃の件だ。
あの時は、本来もっと行動しないといけない者がいた。
それが、ペルボ・ケットだ。
本来なら彼が拾ってきた時岡ナズナために行動すべきだ。
それも彼女の琴線触れたのだ。
早坂カヨコは怒っていた。
とてもご立腹である。
笑顔を浮かべ、あまり変わりないように感じるのだが、
その奥から湧き出る圧力が凄まじいものがある。
最早、冷気をまとっているのではないかと思うほどである。
「じゃあ、三人ともいらっしゃい。一度指導しなおしてあげるわ」
早坂カヨコは、冷ややかに言う。
冷凍庫にいるのか、と思うほどの寒気が三人を襲う。
「そやかて、オレは関係ないやろ」
空気を読まずペルボが反論する。
それを、早坂カヨコが許さない。
「じゃあ、カナメちゃん、カルウちゃん。そこのバカを連れて道場まで行きましょうか。ああ、ついでにセーレンちゃんも来てね」
突然名前を呼ばれたセーレンも身構える。
強者の二人がまるで新兵にように言うことを聞いている。
その人に逆らえるわけもなく「はい」と景気よく返事をする。
反論したペルボは。カナメとカルウにそれぞれ片腕を抑えられ、引きずられていく。
いろいろと喚いているが、忠実な新兵と化した二人に抵抗できわけもなく連行されていく。
引きずっていく二人にも理解はできていた。
これから向かう先は、最も過酷な戦場だ。
しかも逃げることも許されない、と言うかできない。
許されているのは、ただその場所に向けて歩みを進めることだけである。
場所は、道場に移る。
道場の看板には、古流「楠木流」と書かれている。
戦場で作られた武術。効率よく確実に相手を無力化又は殺すための武術である。
その当主であり、カルウたちの師匠である早坂カヨコに弟子である三人が逆らえるなんてない。
早坂カヨコが道場に立ち、脇にはカナメとペルボ、セーレンは正座で座る。
彼女と対峙するのはカルウである。
「じゃあ、指導をはじめますよ。かかっていらっしゃい」
と手招きしてくる。
注意すべきは、彼女はもう還暦を過ぎていること、そして女性であること。
そんな彼女に向けてカルウは手加減無用の本気の右ストレートを打ち込む。
その速さは、普通の、訓練を受けた兵士でもよけることはできないのだが、
なぜかカルウが、吹き飛ばされた。
攻撃を仕掛けた方が吹き飛ばされたのだ。
カルウは手加減無用の本気の右ストレートを打ち込んだ瞬間、
早坂カヨコは、それを左手で受け、その勢いを利用して体を駒のように回し、その威力に回転を上乗せして
カルウに掌底突きを叩き込む。
はたから見れば、攻撃をしかけたのに逆に吹き飛ばされたように見えるのだ。
カウンターである。
カルウが受けたダメージは、カウンター攻撃により3倍ほどになっていた。
カルウは、それでも立ち上がり前を向くと、そこにはカヨコがいた。
カヨコは、カルウの懐に入り込み背負い投げをする。
なすすべなくカルウは投げ飛ばされる。
カルウとて戦場において向かうところ敵なしになっていた。
いたのだが、そんなカルウでもカヨコにはかなわない。
カルウの動きもなかなか洗練されているのだが、カヨコは自然体そのものである。
攻撃を受け流すのも攻撃に入るのもまるでそれが自然なことのようにしてくる。
セーレンが見ても勝てる要素が見当たらない。
それほど凄まじいものがある。
カルウが攻撃するたびにその力と勢いを利用され吹き飛ばされるを繰り返す。
そんなやり取りが6回ほど繰り返され、カルウはとうとう力尽きた。
それを見て満足したのか、カヨコは次の相手を指名してきた。
「カルウちゃんはここまでね、じゃあ次はカナメちゃんね。準備しなさい、せっかく拾ってきた可愛い子をほったらかしにしたんだから
やいと(関西弁でお灸のこと)も込めてあげるわ。」
「それは、すいませんって。じいさんたちにも絞られたんですよ、ばあさんにも絞られるとは思わなかったけど」
渋々カナメが立ち上がり、カヨコの前に立つ。
「あの子たち新人は最初にどこから研修を開始するか考えれば私がどういう風に感じるかわかるでしょうが」
両手を腰においてふんぞり返るカヨコ。
まだまだヤル気満々である。
「そういえばそうでした。二次審査も兼ねてたんだよね、あの研修。忘れていたよ」
と頭を垂れる。
この村での一次審査が会社での役員の面談、二次審査が研修での人となりを見る為のものなのだ。
ココで老人方や子供たちが審査員になる。
これが、なかなか厳しいものなのだ。
三次審査が、カルウやペルボたちになる。
今回は、その三次審査を受け持つ人間達が拾ってきた人間なのであまり厳しめに見られていないのだ。
それでも、セーレンはいい子なので余計である。
それをほったらかしにしたカナメのことをカヨコは許せないのだ。
その為に今回のお灸(関西弁では、やいと)をすえることにしたのだ。
「ほんとに、考え方までなまったんじゃないの。海外に出過ぎるのも問題だわ、しつけしなおさないといけないもの」
と困った風の仕草をする。
口元は笑っているのだが、目が・・・醸し出す雰囲気が笑っていない。
それが、カナメをどす黒く威圧してきている。
それに歴戦の兵士であるカナメが威圧されていた。
もちろんセーレンも同じである。
どんな戦場でもここまでの威圧感を感じたことがなかったからだ。
「では、躾けられなおされる筋合いがないことを証明しないといけないワケですね」
とカナメの目に信念が宿る。
目の前に広がるどす黒く威圧に立ち向かうための・・・少し及び腰であるが・・・。
「いい覚悟だわ、なら証明しなさいな。カナメちゃん、かわいい子をほったらかしにして仕事優先にするなんてことの正当性を。
昭和の高度成長期じゃあるまいし、時代錯誤な考え方を正してあげるわ」
「では、いきます」
カナメの一言が二人の模擬戦の開戦の狼煙となった。
カナメの踏み込みが鋭くまるで瞬間移動したように見える。
そのままカヨコの腹部にこぶしを打ち込む。
それは、確実に当たるはずだった。
だが、それはカヨコの左手に当たり・・・というか受けられその瞬間吹き飛んだのはカナメになる。
カヨコは、左手で攻撃を受けた瞬間に今度はカナメの腹部に掌底突きを叩き込んだのだ。
「っが!」
うめき声をあげ吹き飛ばされるカナメ。
綺麗にカヨコの掌底突きが突き刺さったため受け身も取れない。
最大ダメージを受けたのだ。
普通なら立ち上がることもままならないだろう。
だが、腹部を抑え苦悶を浮かべながらもカナメは立ち上がり、カヨコの前に出る。
「あら、割と元気ね。キチンと基礎をしているようね、感心感心」
と柔らかな笑顔を浮かべる。
「そりゃね、でもこの威力は基礎トレだけでは何ともならんと思いますがね」
「どう判断するか、本人次第でしょ。それによけなさい、まともに受けてどうするの。油断し過ぎよ」
「油断とか関係ないと思いますが・・・・ね」
「そう、じゃあ。まだできる?」
「や、やりますよ。いい加減一本くらいとりたいんで」
と言いながら構えをとる。
「いいわね、さすが男の子。じゃあ、頑張りなさい」
と言ったタイミングでカナメが踏み込む。
今度は蹴りだ。
斜め上から下にけり落とす。
避けることがしにくく防御の取りにくい蹴り方なのだが、カヨコは逆に避けずに踏み込む。
ハイキックは、威力と速さはあるのだが防御が出来ない。
つまり踏み込まれれば無防備となるのだ。
カナメは、カヨコに組み付かれ投げ飛ばされる。
柔道で言う、体落としをされる。
もちろん、受け身をとれるわけもなく大ダメージを追う羽目になる。
普通ならこの状態でKO扱いになるのだが、カナメの不屈の精神力がそれをさせない。
再び立ち上がる。
しかし、足は小刻みに震えていた。
目はまだヤル気に満ちているが、いかんせん体がついて行っていない。
それに対してカヨコは、まだ消耗率3割と言ったところである。
もう力の差は歴然である。
カヨコは大の大人を二人相手にしてもまだ涼やかな表情を見せている。
セーレンは目の前で起きていることに未だに信じられないという顔だ。
カナメは簡単にあしらわれているが、歴戦のエースでもある。
それを涼やかな顔であしらうカヨコの強さは異常すぎるのだ。
カヨコは軽く嘆息し
「その根性は認めてあげるけど・・・引き際も見極めないといけないわよ。
キミが頑張れても周囲がそうじゃないかもしれないからね」
「そうですね。でも今はオレだけですし、どうせなら限界がどこまでかを確認したいからやりますよ」
肩で息をしながら強気に言い返す。
「そう、でもね・・・」
と言うとカヨコは素早くカナメの懐に踏み込み、両手でカナメの顎と腹部に掌底を叩き込む。
叩き込まれたカナメは道場の壁まで吹き飛び、そのまま壁をすべるように座り込む。
そのままKOとなった。
もう容赦ない。
「いい加減に寝てなさい。あなたは脳筋すぎるのよ、お説教の方がいのかしらね。ほんとに」
困ったわみたいな感じで話すカヨコは、近所のおばさんに見える。
近所のおばさんは簡単に男性を吹き飛ばしたりしないが・・・。
「じゃあ、次はペルボちゃん。来なさい」
と視線をペルボに向ける。
「オレ頭脳労働なんやけど・・・」
「それでもいざという時のためには武術は必要でしょうが、御託はいいから来なさい」
「はあ、オレに拒否権はないんですね」
「あるわけないでしょ。はい、さっさと来る」
大きくため息をついてペルボは立ち上がり、カヨコの前に立つ。
両腕を伸ばし対角になるように構える。
そして、
「ほな、行くわ」
と言うと、両腕を振る。
それは、人間竹とんぼである。
腕を竹とんぼの羽のように振り回す。
その攻撃に対してカヨコは距離を置き、攻め込まない。
ペルボの攻撃は子供パンチにも見えるが違う。
腕自体をしなやかな竹の棒に見た立てている。
又は、鞭である。
それが自信を中心に駒のように動き、
その動きも横だけでなく縦や斜めも入るのだ。
しかも目標に当たれば壁に当たり跳ね返るボールのように腕が跳ね、こんどは反対から腕が迫る円の動きをする。
攻撃の連続性もある厄介な動きである。
だが、
「あいかわらずねえ、それ以外も覚えないとしんどいことになるって言わなかったけ」
「そやかて、これでなんとかなるやさかいに問題ないやろ」
「それは、初見殺しが出来た場合。できないと後が続かないよ、教えたよね」
「オレは頭脳労働や。逃げる為だけに必要なモンあればいいんや」
「もう、この子たちはそれぞれ偏った攻撃ばかりになったわね」
と言うと攻撃の合間を縫って踏み込む。
技の特性上、当たれば跳ね返るような攻撃をするので
跳ね返る瞬間にスキが生まれる。
僅かなのだが、それを見逃すほどカヨコは優しくない。
間隙の合間に両手でペルボの腹部に掌底を叩き込む。
避けることもできないまま吹き飛ばされ、KOの憂き目にあう。
倒れた三人を見てカヨコは小さく嘆息し、あきれる。
「アンタたち、鈍りすぎだ。基礎を教え直さないといけないかね」
と意識のない者たちに追い打ちをかける言葉を放つ。
それを見たセーレンは苦笑いしか出なかった。