act02 喫茶店harangue
act02 喫茶店harangue(熱弁)
場所は変わり、《オダマリ》という名の喫茶店がある。
見た目は何処にでもあるような平凡な店なのだが、
いざ店内に入ると一部の方以外は確実に引いてしまうだろう光景が広がっていた。
プロ野球チームの寅魂ジャガーズのグッズが所狭しと並べられている。
寅魂ジャガーズが試合をしているラジオが流れている。
試合が無い時は応援歌が流れるのだろうと思われる。
彼は、その喫茶店に彼女を連れて入った。
案の定、ユタカはあっけにとられ、しばらく呆然としてしまった。
ユタカは、何処かいかがわしい場所に連れ込まれるのではないかと思っていた。
自分で誘っておいてなんだが、見ず知らずのましてや名前すら知らない人間に
連れ込まれる場所のことを考えていた。
何処か怪しい路地裏やホテルに連れ込まれ『言わずもがな』状態で
何かされるのではないかと思ったのだ。
たしかに別の意味でいかがわしい場所に連れ込まれた。
いかがわしいと言うのは、寅魂ジャガーズファンの方には失礼なのかもしれない。
と思いつつ彼に導かれるまま窓際の席に着く。
窓の外は、高架の柱と道路が見えるだけで風光明媚からはほど遠かった。
だが店の中は、ファンにとっては聖地なのだろうが
それ以外の人間には、居心地場所ではない。
「何にしますか」と寅縞模様のスカーフにエプロンを着た男性が声を掛けてきた。
「えっと」ユタカは、テーブル上のメニューを探す。
メニューから何を頼むか考えていると
「なんや、こないにかわいい子ナンパでもしてきたんか」
エプロン姿の男性が彼に話し掛けていた。
「そんな良いものじゃない。つかまったんだ」と失礼なことを言っていた。
「またまた。謙遜して」軽く肘でこつく。
「店主だろ、お前は。仕事しろよ」
「つれないこと言うなよ」
「こっちだって仕方なくこの娘に付き合っているんだから」
と聞いて少し不機嫌な顔をしながら「ミックスジュースください」と言う。
「はいよ」と簡単な返事だけするとカウンターに戻っていった。
「あなたは、頼まないんですか」と尋ねると軽く頭を横に振り
「後で頼むさ」と答える。
冷たく感じる見た目は、感情が表情に出ないのと口調が静かな為だが、
実際は、そばに居るだけでほっとするような安心感がある。
本当に冷たい性格の持ち主ならば彼女に声を掛けられても無視するだろうから。
「さて、何を助けてほしいのかな」と彼は、左手でほうずえをついて尋ねる。
「はい、お待ち」と店主がミックスジュースをユタカの前に置く。
そして、彼の前にはコーヒーを置いた。
「別に頼んでないぞ」と彼は、店主に向かって文句を言うと
「売上げに協力してくれ」と一言残し店主は、カウンターに戻っていった。
「まったく」とつぶやき、しぶしぶ受け取る。
やはり、やさしい性格なのだと改めてユタカは、実感した。
「で、話の続きなんだが」
「はい。えっとですね、改めてお名前を確認させていただけませんか」
と名前すら聞いていない相手に助けてを求めるのは、
迂闊だなと思いつつユタカは彼に尋ねる。
「そういえば、言っていなかったな」
彼は、少し考え込みしばらくして
「カルウだ、カルウ=ブースって言う」
とぶっきらぼうに答える。
もう少し愛想良く言ってもいいのにと思いながら
自分が無理に相手をさせていることに気づき、ぐっとその考えを飲み込み
ユタカは、
「えっとですね、カルウさん。私と一緒にグレイブを探すのを手伝って欲しいんですけど」
改めてお願いする。
「ナタならホームセンター辺りにあるだろ」
「そんな天然ボケは要りません。別に英語で聞いているわけじゃありませんから」
さらっとツッコミを入れ、
「巷で噂ののお節介部隊グレイブのことです」スネ気味な態度で口調を強くして言う。
「ああ、あの偽善者集団のこと。でもあれは只の噂なだけでほんとはいないんじゃないの。
あんなの」
コーヒーにミルクと砂糖を入れながら言う。
「違います。ちゃんといます。父さんが依頼をしたんですよ」とさらに力説する。
「誰かにかつがれたんじゃないの。近頃流行の詐欺まがいの手口で」
コーヒーを飲みながら言うとその態度にムカついたのか、
「まじめに聞いて下さい」両手でテーブルを叩きそのまま立ち上がる。
「落ち着けよ、話が進まない。
でも、それを探してどうするんだよ」
話の腰を折っているのはどっちですか、と思いながら彼女は
「彼らに依頼はしてあるから、まだ捕まっているお父さんを助けてもらうの」
と真剣な眼差しで答える。
「でも、向こうはその依頼を受けたのか」
「それは、受けました。と思います。
でも・・・何処にいるかは、わからないんだけど」
俯きかげんになり弱気になる。
「それじゃあ、無理だ。相手がどこで待ち合わせをしているかもわからない。
ましてや、依頼を受けてくれているかもあやしいな。
つまり、どうしようもない」
というとコーヒーを一口飲む
「そんな事ない。お父さんが言ったもの。
『グレイブという名のチームの中のシグナルという人物に会え。
彼なら必ずお前を助けてくれる』って」
「そのシグナルという人は何処に」
「それを一緒に探してほしいんです。」
とテーブルを両手で叩く。その勢いでジュースとコーヒーが零れそうになる。
カルウは、慌てることなくユタカを見て
「とりあえず、落ち着こう。まずは座りな。ちなみに手がかりは」
という、カルウは至って冷静に受け応えする。
そんな態度さらに苛立ちが募ったのか
「あったらこんなに強引に手伝わせ様なんてしないよ」
彼は、『こいつは自覚してやっているのか』と思いながら
「そんな事で探せるわけないだろう。どうするんだよ」愚痴る。
「だからお願い、人助けだと思ってね」拝むように頭を下げる。
「これは人助けじゃなくて人災っていうんだよ」
彼は、愚痴ってから少し黙り込み考える。
何一つとして手がかりになりそうなものがない。
名前だけじゃどうしようもない。
いくらなんでもお手上げだ。と誰でもそう感じるだろう。
ユタカは眼を潤ませて見つめるのだが今一つ彼からの反応が無い。
中腰の姿勢から席に座り改めて考える。
『全然手伝う気が無いのだろうか』と不安に駆られながらもカルウを見つめ、
『もしだめなら、奥の手を使ってでも』と思い答えを待つ。
「やっぱ、他所を当たってくれ。手がかりは無さすぎる。」
「そんな。『それなら』」とカルウの右手を両手で握り
「お願いします」という。
『色仕掛けのつもりなのか』と不信がりつつ黙り込む。
『ダイブイン』とユタカは心の中で念じる。
すると、突然彼女の目の前が暗くなり幾つモノ光が通りすぎる。
そして、薄暗い公園に出た。
辺りには焦げ臭いと肌にまとわりつくような暑さが一面を覆い尽くしている。
『ここが、彼の心の中か』と一人ごちる。
ユタカは、ここで彼の弱みを掴んで脅してでも手伝ってもらうんだと考えていた。
そこまで追いつめられていた。手段を選んでいられないぐらいに。
泣き声がかすかに聞こえて来る。
公園のほぼ中央に位置する金属製滑り台から聞こえる。
そこをよく見ると滑り台の柱の根元辺りに誰かがうずくまっているようだ。
彼女はそこに歩み寄るとそこには体育座りをして、
ひざに顔を埋め、泣いている男の子がいた。
服装は長袖の半ズボンで服のあちこちには焼けこげたような穴と
赤黒い斑点の様なものが付いていた。
さらに右手というより右腕が赤黒く染まっていた。
彼女は、男の子に「どうしたの」と声を掛けた。
男の子は、顔を上げてこちらを見上げる。
まるでしゃっくりをするように泣きつづけ、涙と鼻水で顔がドロドロになっていた。
ユタカは男の子の前に座り、
「大丈夫だよ。誰もいじめたりしないからね」
と彼の頭をやさしくなでる。
「お姉ちゃん、誰」とえずくように男の子は尋ねた。
「私はね、ユタカって言うの。君はなんていうの」
やさしい口調であやすように話し掛ける。
「僕の名前はカルウ=ブースって言うの」
『この子がそうなんだ』と思う。
だが同時に『ここは何処なんだろう』とも思い、辺りを見回す。
深夜なんだろう真上は、暗い漆黒の闇なのだが、周辺はというと
公園の周り自体が夕方のように紅い。
何かが起きていることは間違いないのだろうがそれを探るすべがユタカには無かった。
彼に尋ねようした瞬間、ユタカの視界が真っ暗になった。
カルウは、ユタカが自分の右手を両手で握りうつむき静かになった時、
体の中に何かが入ってくるような感覚にみまわれた。
正確には心の中に入ってくるようなだが。
それは、彼女が原因だと気付くとすぐに右手を振りほどく。
するとその入り込んでくる感覚は消えた。
ユタカは、右手を振りほどかれた直後に頭をテーブルにぶつける。
「いたた・・・」自分の右手で額を押えながら起き上がると
そこには、自分に突き刺すような視線を放つカルウが視界に入った。
ユタカは、一抹の不安を感じながらも愛想笑いを浮かべる。
「こんな能力を持っているなんてね、驚いたよ」
カルウは、腕を組み尋問する様な口調で言い放つ。
『まさか、ばれてる』そう思いながらも
「なんの事を言っているんですか」と、とぼける。
「とぼけても無駄だよ。君に何かしらテレパシー系の能力があるのは、わかっている。
ちなみに俺は、そういう力を使われると直感で解る体質なもんでね」
と腕組みをして言う。
『え、完全にばれてる。どうしよう』内心焦りを感じながら
彼女の異能能力《呼び掛け》これは、人なら心に物質なら残留思念や
入り込むことができ 読み取れること。また、その隠された能力を開放、付加できる。
だが侵入された人はそのことに気づくことはほぼない。
なのに彼はこのことに気づいたのだ。
「えっと、私達知り合って間がないでしょ。
だから、より親密な関係になっておきたいな、と思いまして。はい」
自白を強要される犯人のような心境でごまかしながら答える。
「どうせ、オレの弱みでも探していたんだろ。
それをネタにして脅迫まがいの契約をさせて手伝わそうと思って・・・か」
カルウは、鋭い眼を細めてユタカを見る。
さすがに図星をつかれせいかユタカは、黙り込む。
まあ、そのつもりなのだから仕方が無いのだが。
「無言という事は、図星なわけだ。ならこれで交渉決裂だな。
まあ、交渉する気もないが」
「まって。私にはもう時間と余裕が無いんです。だから・・・」
「だから、どんな手を使ってもいいなんて理由にはならないよな」
冷たい視線を突き刺す。
視線と言葉に反論すらも無くす。
静かな沈黙が続く。はたから見ればほんの1、2分だが
当の本人には、1時間にも感じられた。
しばらくして、気まずい沈黙は終わりを次げる。
「さて、これで用件は終了だな。オレは、帰るから後は自分で何とかしな。
人を当てにして、自分で何か行動を起こせない奴を手助けするほど酔狂じゃないんでね」
席を立ちそのまま店を出た。
彼女は、その場に頭をたれたまま動かなかった。
そこへ店主が来て
「何をやってあいつの機嫌を損ねたかは知らへんけどな、変な言いがかりを付ける奴や無い。
自分が人にやったらあかん事をしたということは理解してやってくれ。
あいつは、アホみたいに不器用やさかいな。
後、ここはおごりにするさかいに心配せんでいいで」
といい、ユタカの肩をポンと軽く叩きは、離れた。
ユタカは、しばらくして席を立ち、店主に軽く会釈して店を出ようとした。
「椚探偵社にカルウ=ブースって局員がおる。
順番すっ飛ばしてお願いするんじゃなくて、筋を通してやらないと
あの頑固ものは動かへんで。」
と店主は声を掛けた。
ユタカは、一礼し「ありがとうございます」と一言いうと店を後にした。
自分がした事とこれからしなければいけない事が頭の中でぐるぐると堂々巡りしていた。
『彼に謝らないといけない』と『グレイブを早く探す』と二つの考えが
彼女の気持ちの焦りを生み、頭の中で混乱していた。
気が付くと町中に出ており、先ほどの景色が変わっていた事に気付く。
街の喧騒とネオンで彩り始めた街の中で彼女は、苦悩しながら歩いていく。
ナンパの声も聞こえないくらい考え事にふけりながら歩いていた。
ふと街に路地裏に入り込み適当なコンクリートブロックに座り込む。
ここは、肌寒く、静かな別世界のように思えた。
しばらくして「やっと見つけましたよ」と声がした。
うつむきかげんでいたユタカは、声につられて頭をあげるとそこには
昼間いた小太りの男が2人の男性を両脇に従え立っていた。