助けを求める声
その夜、麻呼は家に帰り着くなりそのまま敷いてあった布団の上に倒れこんで眠ってしまった。
やはり、長い間、緊張していたせいでかなり疲れてしまったらしい。
しかし、家が寝静まってしばらくした頃、時間で言えば、深夜2時位だろうか、麻呼は、いきなり眼を覚ました。
疲れきって寝てしまったはずなのにこんな時間に眼が覚めてしまうのは明らかにおかしい。
麻呼は、ゆっくりと辺りに視線を廻らす。そして、ハッと息を呑んだ。
辺りが全くの闇だったからだ。いくら電気をつけていないからといって眼が覚めてから結構立つのにこんな漆のような闇は変だ。
麻呼は、両肘を支えに上半身をゆっくりと起こす。
そして、麻呼は、再び息を呑んだ。なんと、麻呼から5mほど離れたところに5、6歳くらいの男の子が白い着物を身に纏い(マトイ)麻呼の方に悲しげな視線を向けていたのだ。
「…どうしたの?」
麻呼は、ゆっくりと立ち上がって男の子に向き合いながらそう尋ねる。
男の子は、口をパクパクと動かして懸命に何かを伝えようとしている。
だが、何故か声が聞こえない。
「ごめん、なんて言ってるのか聴こえない、待ってて今、そっちに行くから…」
麻呼は、そう言って歩きにくそうに一歩ずつゆっくりと男の子に近づいて行く。
そして、男の子の前まで来ると麻呼は、静かに腰を落として男の子の硬く握り締められた手に触れる。
その瞬間に、麻呼の頭に一つの映像が流れ込んでくる。
「…今のは…何?」
麻呼は、驚愕の顔で膝を着きながら男の子を見上げる。
≪ここに来て…お願い、早く来て…僕を…助けて≫
男の子は、哀願するような眼差しでそれだけ告げると麻呼の眼の前からふっと居なくなる。
「一体何処に来いって言うのよ…」
麻呼は、困り果てた様子で重い溜息をついた。
「もしかして、あの映像の場所?でも、あれが何処なのかもわからない…」
麻呼は、男の子の手に触れたときに流れ込んできた映像を思い出しながら再び重い溜息をつく。
しばらく片膝をついて考え込んでいた麻呼は、はっとして顔を上げる。
≪…呼!し…しろ!麻呼!眼を覚ませ!≫
何処からか、明の懸命な呼びかけが聞こえて来る。
そしてようやく、麻呼は、現実世界へと帰ってくることが出来た。
するとそこは、涼子の実家の居間にある縁側で、麻呼は、そこに片膝をつく形で座っていた。
今までのは、すべて夢だったのだ。
「明…私、一体どうしたの?」
麻呼は、怪訝そうに明を見ながらそう尋ねる。
≪そう聞きたいのはこっちだ…ぐっすり眠っているかと思いきや、いきなり起き上がってまっすぐここに歩いて来て座り込んだまま全く返事をしないから随分と心配したんだぞ…≫
明は、よほど心配していたのか大きな安堵の溜息をついた。
「…ねえ、今ここに何か居た?」
麻呼は、片膝をついて座り込んだ体制のまま自分の前の空間を睨むように見ながらそう尋ねる。
≪いや、お前と俺だけだが…≫
明は、怪訝そうに片眉を上げてそう答える。
「…ここに、微かだけど、霊力の残滓が残ってるの」
麻呼は、それまで見つめていた空間を指差しながらそう言った。
≪どれ…2、3日前のものだな…この感じではあの能力者たちではないな…≫
明は、麻呼の指し示した場所を犬のように嗅ぎ回って唸るようにそう言った。
「2、3日前の物?…という事は、もうここに来る事が出来なくなっているのかな?」
麻呼は、明の言葉に難しい顔をして何事か考えている。
≪一体、何があったんだ?≫
明は、真剣な面持ちで麻呼の隣に座ってそう尋ねる。
「実は…」
麻呼は、夢の中で見た事をすべて明に話した。
その間、明は、一言も口を挟まずにうんうんと相槌を打ちながら真剣な表情で話を聞いていた。
≪…たぶんお前の読みで間違いないだろう、明日の朝にでもこの家の連中に聞いてみるか?≫
しばらくの間、真剣な表情で何やら考えていた明は、妙に納得した口調でそう言った。
「うん、そうするよ…」
麻呼は、そう言ってもとの部屋に帰って行った。
「おはようございます…」
麻呼は、元気良くそう挨拶をしながら居間に入ってくる。
「おはよう、昨日は良く眠れたかい?」
涼子の父親は、新聞から眼を上げて優しい微笑で麻呼にそう尋ねてくる。
「ええ、一応は…」
麻呼は、複雑な笑みを浮かべて曖昧な返事をする。
「…なに?何かあったの?」
涼子は、麻呼の様子に何か感じたのか目ざとくそう尋ねてくる。
「…この辺りに過疎化が進んで捨てられてしまった村なんてありますか?…」
麻呼は、恐る恐るけして不自然に感じないようにそう尋ねてみた。
「村ですか?」
涼子の母は、そう言って難しい顔で考え込んでしまった。
「どうしたのよ、いきなり…もしかして、何か見たの?」
涼子は、初め不思議そうにしていたが、麻呼が霊感少女であったことを思い出したらしく好奇心一杯の眼で麻呼にそう尋ねてくる。
「…涼子…あなた何か知ってるわね…」
麻呼は、今までの経験でこのような反応を示す涼子は何らかの形で麻呼の知りたい事を知っていると解ってしまうのだ。
「え…と、実は、2ヵ月ぐらい前から丁度、そこの辺りに5、6歳くらいの男の子が時々、立っている事があるって…」
涼子は、初め視線を在らぬ方向に泳がして話していたが徐々に話しずらくなったのか最後には完全に俯いてしまった。
「涼子…あんたは…」
麻呼は、ふるふると拳を震わせて威圧的な眼で涼子を睨む。
「あ、でも、ここ半月ぐらいは全く出てないみたいだから…」
涼子は、取り繕うように慌ててそう弁解する。
「そう言う問題じゃない!私が、普段から幽霊や妖怪の類となるべく関わらないようにしてるの知ってるでしょう!?」
麻呼は、怒っているような悲しんでいるような複雑な顔をしてそう言った。
「…ごめんなさい…でも、麻呼なら何とかしてくれると思ったんだもの…」
涼子は、俯いたまま泣きそうな声でそう弁解する。
「…だから、私をしつこく誘ったのね…」
麻呼は、妙に納得した口調で溜め息交じりにそう言った。
「だって、麻呼、知ってたら絶対に来ないって言ったでしょう?」
涼子は、潤んだ眼で麻呼を見上げてそう尋ねる。
「……(確かに…知っていたら間違いなく来なかったわね…)」
麻呼は、複雑な表情で頭をぽりぽりと掻きながらそう思った。
「麻呼さん、涼ちゃんをそんなに怒らないで上げてください、僕からも謝りますから…」
遠慮深げにそう言って会話に入ってきたのは、涼子の叔父である正次だった。
正次は、深々と頭を下げてそう謝罪する。
「いえ、そんな…謝らないでください」
麻呼は、慌てて正次に頭を上げさせる。
「でも…」
正次は、困ったような顔で麻呼を見つめる。
「私が怒っているのは、涼子に話して貰えなかった事についてですから…」
麻呼は、自嘲気味に微笑んで正次にそう説明する。
「麻呼…ごめんねー」
涼子は、半分泣きじゃくりながら麻呼に抱きつく。
「もういいよ…涼子の気持ちも分かるから…その代わり、今度からはちゃんと前もって教えてね」
麻呼は、やさしい笑顔を涼子に向けてそう言った。
「うん…約束する」
涼子は、心底反省した顔でそう言った。
「…それで、私がお尋ねした村について何か思い出した事はありませんか?」
麻呼は、それまで心配そうに麻呼と涼子を見ていた、涼子の両親に真剣な表情でそう尋ねた。
「あ…そう言えば、この里よりももっと西の方にF村という小さな村が…」
涼子の父親は、ぽんと手を打って意気揚々とそう答える。
「F村…私、今からそこに行って見ます…詳しい道順を教えてもらえますか?」
麻呼は、しばらく俯き加減で何かを考えていたようだったが急に顔を上げて決心したようにそう言った。
「少し待ってください、今、地図を書きますから…」
涼子の両親は、そう言って慌てて紙にF村までの詳しい地図を描き始める。
「麻呼、一人で行くつもり?」
涼子は、心配そうに麻呼の横からそう声を掛けてくる。
「うん、危険だといけないから…それに、そんなに心配しなくても少し様子を見てくるだけだから日が高い内に帰ってくるよ…」
麻呼は、幼子をあやす様な口調で涼子にそう言い聞かせる。
「出来ました、これを…」
涼子の母は、そう言って麻呼に地図を手渡す。
「ありがとうございました…じゃあ、ちょっと行ってきます…」
麻呼は、笑顔でそう言って居間から出て行った。
≪本当に大丈夫なのか?札も呪具も持たなくて…≫
明は、麻呼の隣を歩きながら心配そうにそう尋ねる。
「大丈夫だよ、別に妖怪退治に行くわけじゃないんだし…何より、あの子は、悪い子じゃないと思うから…」
麻呼は、地図を見たまま何かを考えているような口調でそう言った。
≪麻呼!未砂がいつも言ってたろ?≫
明は、噛みつきそうな勢いの怒号で麻呼にそう注意する。
「解ってる、“他人を易々と信じるな!”でしょ?」
麻呼は、困ったように笑いながら明を見てそう言った。
≪…お前、そうは言うが、本当にわかっているのか?≫
明は、初め驚いたように眼を見開いていたがしばらくすると皮肉交じりで麻呼にそう尋ねてきた。
「一応、解っているつもりだけど…」
麻呼は、ちろっと明を見やってから笑いながらそう言った。
≪全く、そんな事だからお前はいつも危険な目にばかり合うんだぞ…≫
明は、不満気な表情で軽い溜息をつきながらそう言った。
「そうかな?」
麻呼は、心底不思議そうに目を泳がせて悪びれる事無くそう言った。
≪お前は、いつも物事を楽観視しすぎなんだ…≫
明は、やれやれと首を左右に振って深く重い溜め息をつきながらそう言った。
「…よーく解りました、以後、十分に気をつけます…」
麻呼は、明の言葉をものともせずにそう言って返事をした。
≪……(絶対に解ってないだろ…)≫
明は、そんな麻呼に非難の眼差しを向けながらそう思った。
2人は、そんな会話をしながら少し急ぎ足でF村を目指していた。
そして、約1時間後、2人はようやくF村に辿り着いた。
×
×
陰陽師
†助けを求める声†
「ここがF村…か…」
麻呼は、村のあまりの荒れように絶句した。
まだ人が住めそうな建物もいくつかあるがほとんどの建物は、半分以上潰れてしまっている。
草木も手入れされずに伸び放題になっている。
≪随分と寂れたところだな…本当にここなのか?≫
明は、麻呼の前に座って首だけで麻呼を見上げてそう尋ねる。
「うん、間違いない…あの子はこの村のどこかにいる…」
麻呼は、確信した口調でそうキッパリと答える。
≪…にしても、陰気癖ぇ所だな…≫
明は、不機嫌そうに舌打ちをしてそう言った。
「…そうだね…なんだか空気がよどんでる感じがする」
麻呼は、怪訝そうにそう言いながら辺りを見渡す。
≪…麻呼、気を付けろ…何かいるぞ…≫
明は、麻呼を庇うように立ちはだかりながらそう言った。
「え?」
麻呼が、明に視線を落とした。次の瞬間、建物の影から巨大な蛟がぬるりと現れたのだ。
「あれは、蛟?」
麻呼は、大蛇のような化け物を前にして怪訝そうに明に尋ねる。
≪ああ、こんな山奥の廃村で出るには、少々不釣合いな化け物だ…≫
明は、面白そうにそう言いながら余裕の笑みを浮かべた。
蛟は別名、蛟竜とも呼ばれいわゆる竜の一種とされており本来、淵(水辺)にすむという言い伝えがある。
簡単に言うと、沼地などにいる妖怪の一種である。
「…やっぱりお札持って来るべきだったかな」
麻呼は、鋭く蛟を睨みつけて身構えながらそう明に尋ねる。
≪俺もそう思う…≫
明は、溜め息をついてそういいながら麻呼に視線を送る。
麻呼は、無言で頷いて胸の前で剣印を結んだ。
「“揺るべ、揺るべ、ゆらゆらと…我、彼の者を封ずるべく風の力を賜らん…縛!”」
麻呼は、蛟を鋭く睨みつけたまま呪文を詠唱する。
しかし、蛟は、麻呼の術をものともせずに麻呼めがけて突進してくる。
≪なに!≫
明は、驚きを隠せない様子で眼を大きく見開いている。
「術が、効かない…」
麻呼は、悔しそうに舌打ちをしてすんでのところで蛟をかわし横に飛び退る。
しかし、蛟は、器用に方向転換をして再び麻呼に飛び掛ろうと機会を窺っている。
≪麻呼、縛る術じゃ駄目だ…滅却しろ!≫
明は、蛟を見据えたまま強い口調でそう言った。
「わかった…“振るべ、振るべ、揺ら揺らと…我、彼の者を滅するために風の力を賜らん…滅!”」
麻呼は、剣印を結び直して攻撃用の呪文を詠唱する。
そして、剣印を頭上に掲げて、そこから一気に振り落す。
すると、麻呼の霊力が風と共に刃となって蛟を両断する。
≪やったか!≫
明は、重い音を立てて倒れる蛟の巨体を見て感嘆の声を上げながら麻呼を振り返った。
「いや、まだだ!」
麻呼は、新たに剣印を結んで蛟を睨みつけてそう言った。
明は、麻呼の声に弾かれるように蛟に視線を戻して驚愕した。
何と、麻呼の術に両断された蛟の傷が見る見るうちに完治していくのだ。
≪超回復だと…麻呼、手加減はいらない…もっと強い攻撃術をぶち込んでやれ!≫
明は、面白そうな笑みを浮かべて麻呼を振り返ってそう言った。
「…分かった、“臨兵闘者皆陣列在前行!嗣神萄神梁神倶神倭神五つの神の名においてこの風を清めよ…”」
麻呼は、明に言われたとおりに真剣な顔で霊力を高く練り上げる。
そして、真言を詠唱しながら印を結んでいない右手を横に掲げてそこに霊力を集中させる。
しかし、術に集中しているためわずかに隙が出来てしまった。
蛟は、その隙を見逃さずに麻呼に突進してきた。
≪フッ、気づくのが遅いわ!≫
明は、皮肉な笑みを浮かべて蛟を見据えたまま笑う。
「“神よ、彼の妖異を滅するために汝らの力を我に与えん!…破!”」
現に、蛟の牙が麻呼に襲いかかる前に麻呼の術が完成した。
麻呼は、掲げていた右手で真一文字を描き蛟目掛けて霊力の刃を放つ。
麻呼から放たれた霊力の刃は神の力によって清められた風を含んで白刃の刃となり、蛟の体を真二つに両断した。
≪おーお、これで奴もお陀仏だろう…≫
明は、無残に両断された蛟を見ながら心底嬉しそうに笑ってそう言った。
「…いや、まだ見たいだよ…」
麻呼は、ごくりとつばを飲み込んで自嘲気味に笑ってそう言った。
≪何!?馬鹿な、あの術を食らっても、まだ回復するだと…≫
明は、信じられないと言う様な口調で眼を大きく見開いたままそう言った。
「…どうやら、あの大蛟は、私の術を、いや、正しくは、私の放った霊力を使って回復してるみたいだね…」
麻呼は、皮肉に笑いながら少しずつ回復していく蛟を見ていた。
≪じゃぁ、お前の術じゃ倒せないって言うのか?≫
明は、麻呼を見上げてそう尋ねる。
「いや、あいつ、霊力は吸収しちゃうけど、どうやら、神気には弱いみたいなんだ…さっき放った術には、神気も練りこんであったから…」
麻呼は、蛟の回復速度を見ながらそう言った。
≪何でそんな事が分かるんだ?≫
明は、不思議そうに麻呼を見上げてそう尋ねる。
「…あいつの回復速度が最初に比べてかなり遅くなってる…それに、私が放った霊力は消えてるけど、神気だけはまだ蛟の周りに残ってるの…」
麻呼は、確認するように蛟の周りに視線を走らせる。
≪だが、お前が神気を扱うのは少しきついんじゃないのか?≫
明は、心配そうに麻呼を見上げてそう尋ねる。
「うーん、そうだなー…」
麻呼は、間も無く完全復活する蛟に視線を走らせて困ったように呟く。
≪どうするんだ?≫
明は、蛟を鋭い眼差しで睨みつけながらそう言った。
「……?!(神気?…まさか…)」
麻呼は、微かに感じた神気の元を捜すように辺りを一通り見回す。
≪どうした?麻呼……!≫
明は、麻呼が何かを探していることに気がつき自分も辺りに視線を走らせる。
「この神気は…四神?」
麻呼は、まるで誰かに確認するようにそう尋ねる。
すると、今まで微かだった神気が急激に強くなる。
丁度そのとき、蛟の傷が完全に癒えた。
≪これは、朱雀!青龍!≫
明は、大きな声で二つ名を呼ぶ。
すると、それまで麻呼に襲い掛かろうとしていた蛟が奇声を上げて苦しみ出す。
明は、蛟に一度視線を向けただけですぐに麻呼を振り返った。
すると、麻呼の前に一組の男女が、麻呼を庇うようにして立ちはだかっていた。
2人とも古代中国風の衣装だが、どちらも動きやすそうな形の衣装だ。
2人とも20代後半か30代前半という感じの顔立ちと体躯をしている。
女性のほうは、気の強そうな真紅の眼をしており髪も同じく真っ赤だ。
胸にはルビーのように赤い石が背中には、変わった形の剣が下がっていた。
彼女が、四神の一人、火将の朱雀である。
男性のほうは、漆黒の髪と漆黒の眼をしており、かなりの長身で腰のところにサファイアよりも青い石と凄烈な気を放つ長剣を携えている。
彼が、水将の青龍である。
「朱雀、青龍…あなたたち…一体いつから…」
麻呼は、目をぱちぱちさせながらそう言って2人の男女を交互に見比べる。
≪ごめん…榮蘭から風の便りが届いて…昨日から≫
朱雀は、麻呼に向き直り申し訳なさそうにそう言った。
「…気付かれない様に距離をとって隠行してたな…」
麻呼は、不満気に眼を細めて朱雀を見上げた。
≪…ごめんね、何事も無ければそのまま帰るつもりだったから≫
朱雀は、困ったように笑いながらそう言って再び謝る。
「いいよ、心配してきてくれたんでしょ?」
麻呼は、軽い溜息をつきながらそう言って朱雀に笑って見せた。
≪お前が、苦戦するような相手がいるとは思わなかった…≫
青龍は、神気に苦しんでいる蛟を鋭く睨み付けながらそう言った。
「奴は、霊力を糧にしているようなんだ…だから、私の術が効かない…」
麻呼は、悔しそうに蛟を睨みながらそう言った。
≪なるほど…≫
青龍は、隣に並んだ麻呼にちらりと視線を送って納得したようにそう言った。
「でも、あなたたちが来てくれたおかげで奴を無理なく倒せそうだよ…」
麻呼は、そう言って無邪気に微笑んで青龍を見上げる。
≪…やっていいのか?≫
青龍は、少し驚いたようにそう言った。
どうやら、彼は、別の言葉を予想していたらしい。
「うん、お願いするよ」
麻呼は、極上の笑みを青龍に投げかけながらそう言った。
≪…分かった…≫
青龍は、少々驚いたようにしばらく眼をしばたたかせていたが、少しすると、立ち直ったのか麻呼に優しい眼差しを向けて、蛟を鋭く見据えて手を翳した。
すると、そこから、白い閃光が迸り蛟に命中する。
蛟は、絶叫とも取れる奇声を最後に灰となり崩れ落ちた。
「さすがに、十二神将の神気をぶち込まれたら普通の妖はたまったもんじゃないだろうな…」
麻呼は、崩れ落ちていく蛟を眺めながらしみじみと感心するようにそう言った。
≪あれは、普通の妖何かじゃないぞ…≫
明は、麻呼の隣に腰を下ろして飄々とした態度でそう言った。
「え?どうしてそんな事が分かるの?」
麻呼は、不思議そうに首を傾げながら明にそう尋ねる。
≪今の蛟…お前の術を食らってもびくともしなかっただろう?≫
明は、片手で灰と化した蛟の残骸を指し示してそう尋ねる。
「うん、私の霊力を吸収してたからね…」
麻呼は、不思議そうにそう答える。
≪麻呼の術を食らってなんとも無いって時点ですでに普通の妖じゃ無いね…≫
朱雀は、明の言葉に付け加えるようにそう言った。
「え?どうして?」
麻呼は、理解できないというように顔をしかめて朱雀を見上げる。
≪お前は、自覚が無いようだが、お前の放つ術は、普通の妖にとっては、十分すぎるほど脅威なんだぞ…≫
青龍は、きょとんとした麻呼に優しい微笑を向けてそう言った。
「え?じゃあ、あの蛟は一体なんだったの?」
麻呼は、とても不思議そうに首を傾げながら明にそう尋ねる。
≪どこかの術者が放った術の一種だろう…≫
明は、さほど動揺したふうも無く至って普通にそう答える。
「え…一体何ためにそんなことしたの?」
麻呼は、またの訳が分からないと言うように顔を顰めてそう尋ねる。
≪全く、お前は何ためにここに来たんだ?≫
明は、厭きれたようにそう言って器用に前足で額を押さえてわざとらしく大きな溜め息をついて見せる。
「…あの子?あの子をここに閉じ込めておく為にあの蛟を放ってあるって言うの?」
麻呼は、信じがたいというような口振りでそう言った。
≪どちらかというと、あの蛟は、その霊に呼ばれてやって来る能力者を近づけさせない様に放ってあるものだろうな…≫
明は、あまり興味の無さそうに淡々とそう説明する。
「じゃあ、この先には、もっとああいうのが放ってあるかもしれないってこと?」
麻呼は、ぞろぞろと出て来る大蛟を想像したのかとても嫌そうにそう言った。
≪多分、ほぼ100%の確率で、放ってあると考えて間違い無いだろうな…≫
明は、そんな麻呼を横目でちらりと見上げて意地悪くそう続ける。
≪…私たちが一緒なら、神気に怯えて蛟も出てこないだろうよ≫
朱雀は、そう言って意気消沈している麻呼の頭を優しく撫でる。
≪お前ら、仮にも南と東の守護を担っている神の眷族が、仕事サボっていいのかよ…≫
明は、朱雀を不満気に見上げながら皮肉たっぷりにそう言った。
≪心配するな、その分、白虎と玄武が働いてくれている≫
青龍は、不敵に笑いながら明を見下ろしてそう言った。
「…ありがとう。でも、大丈夫だよ、私には彼らがついているから…」
麻呼は、満面の笑みで朱雀と青龍に笑い掛けながらそう言った。
≪だが、あいつらは皆、まだ神気もまともに扱えぬ、未熟者ばかりだぞ…≫
青龍は、麻呼の身を心配してか不服そうにそう言った。
「そんな事は無いよ、彼らだってあなたたちに及ばないまでも確実に力をつけつつあるんだ。まだ、神力よりも霊力のほうが僅かに上だけどね」
麻呼は、嬉しそうに笑いながらそう言って青龍に説明する。
「それに、あなたたちとだと護られっぱなしになりそうだから…」
麻呼は、困ったように微笑みながらそう付け加えた。
≪…分かったわ。じゃあ、私たちは帰るけど、けして無理はしないでね…≫
朱雀は、少し寂しそうにそう言って麻呼の額にキスをする。
≪危なくなったらいつでも呼べよ…いつでも、すぐに駆けつけてやるからな…≫
青龍は、そう言って麻呼の頭を優しく撫でる。
朱雀と青龍のそんな仕草を見ていた明は、誰にも気付かれないように過保護だなぁと思いながら軽い溜め息を漏らしていた。
「うん、ありがとう…他の十二神将にもよろしくね」
麻呼は、元気に笑ってそう言った。
朱雀と青龍は、コクリと頷いてから心残りな眼差しを残して姿を消した。