夜の散歩
その日の夜。
「あの、お風呂先にいただきました…」
麻呼は、遠慮がちにそう言って居間に入ってくる。
「はい、お風呂上りの一杯…」
涼子が、そう言って麻呼に手渡したのは良く冷えたオレンジジュースだった。
「ありがとう…」
麻呼は、はにかんだ笑みを浮かべながら涼子からそっとコップを受け取る。
「今日は、慣れない山歩きをして疲れたでしょう?お布団敷いておきましたよ」
とても優しく笑ってそう言った女性は、涼子の母親だ。
「もう寝る?」
涼子は、母親の話を聞いて麻呼を気遣うようにそう尋ねてくる。
「ううん、少し夜風に当たって来ようかと思ってる…」
麻呼は、コップを口に運びながらそう言った。
「そう、じゃあ、これ渡しとく…」
涼子は、そう言ってピンクの鈴がついた鍵を麻呼に手渡した。
「何、この鍵…」
麻呼は、受け取った鍵をまじまじと眺めながらそう尋ねた。
「家の鍵よ。ウチ、いつも10時には鍵が閉まるのだから、それ以降の帰宅には鍵がないと…」
涼子は、申し訳なさそうに笑いながらそう言った。
「なるほど、もう10時になるから…か」
麻呼は、腕時計に眼をやって妙に納得した様子でそう言った。
「そう言う事、ゆっくりして来て良いわよ、私、12時までは起きてるから」
涼子は、ソファーに深く座りながらそう言った。
「うん、じゃあ、行ってくる…」
麻呼は、そう言って居間から出て行った。
「…少し、寒いかな?」
麻呼は、腕を手でさすりながら誰かに尋ねるようにそう言った。
≪そうだな、夏と言ってもこんな山の中じゃなあ…大丈夫か?≫
明は、まるで何かを確かめるように辺りを見渡す。
「うん、大丈夫」
麻呼は、元気な笑顔を明に向けながらそう言った。
そして、ゆっくりと空を見上げる。
≪どうだ?≫
明は、麻呼の隣に静かに腰を下ろして麻呼の様子を窺う。
「…昨日と星の位置が違う…」
麻呼は、怪訝そうに空を見上げたままそう答える。
≪…どう出てる?≫
明は、わずかに片眉を動かしただけであまり驚いた様子も無くそう尋ねる。
「…この地で…いや、この地に来た事で私の定めが変わる…」
麻呼は、険しく真剣な顔でそう言った。
≪どういう意味だ?≫
明は、怪訝そうに眉を顰めてそう尋ねる。
「詳しくは、解らないけど…近い内に何かが起こりそうってことは間違い無いかな…」
麻呼は、空を睨むような顔でそう言い切った。
≪…では、気をつけることに越したことは無いな…早目に戻った方がいいだろう…≫
明は、心配そうに麻呼を見てそう言った。
「うん、そうだね…」
麻呼は、薄く笑いながら明に視線を落として言った。
そこに、少し強めの風が吹いた。
麻呼は、ぶるっと身震いをする。
≪やはり寒いのか?≫
明は、心配そうに麻呼を見上げながらそう尋ねる。
「うん、少し…」
麻呼は、明に優しく微笑んでそう言ってから腕を抱える。
≪これを…≫
何処からとも無く見目まだ幼い少年が麻呼の前に現れる。
その手には、とても美しい布が持たれていた。
少年の風貌は、薄くぼやけた黒色の髪に漆黒の瞳、まだ、7、8歳ほどの体躯と顔立ちに古代中国風の衣装。
そして、胸の中央を飾るみごとな海よりも深い青い色をした石。
「…鴻劉、ありがとう…」
麻呼は、突如現れた少年に驚く事も無く、逆に優しく笑い掛けながら少年の手から布を受け取る。
≪…寒くない?麻呼、もう大丈夫?≫
鴻劉は、つぶらな瞳で麻呼を心配そうに見上げながらそう尋ねる。
「ああ、鴻劉がくれた布のおかげでもう大丈夫だよ」
麻呼が、そう言ってお礼を言うと鴻劉は、嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべた。
≪…鴻劉、お前一人で来たのか?≫
明は、鴻劉を見上げる形でそう尋ねる。
≪ううん、璃笙と薇黎も一緒だよ≫
鴻劉は、口元に笑みを浮かべて明にそう言った。
「…璃笙、薇黎、出ておいで」
麻呼が、そう言うと一組の男女が麻呼の前に膝をつく形で現れる。
その2人も鴻劉と同じ古代中国風の衣装を身にまとっており、年齢は十代前半ほどの顔立ちと体躯をしている。
それぞれ、青年の方は薄い茶髪のショートカットに胸の中央を飾る濃緑色の石を少女は、ストレートのセミロングに薄い金とも銀ともつかない髪の色。
そして、黄金色の石を髪止めにしていた。
「どうかしたのか?」
麻呼は、2人を見下ろして不思議そうにそう尋ねる。
≪いえ、昼間の事が気になり、主が星見に出掛けられると聞き及びまして…≫
璃笙は、頭を垂れたまま律儀に敬語で答える。
「案じて来てくれたのか?」
麻呼は、確認するような口調でそう尋ねる。
≪御意…≫
璃笙は、硬い声で頭を下げたままそう答えた。
「そんなに、かしこまらなくても…ありがとう…」
麻呼は、複雑な笑みを浮かべてそう言った。
≪いえ、我らが勝手にやった事、主からそのような言葉を頂くなど…≫
璃笙は、より深く頭を下げてかしこまった態度でそう言葉を返した。
≪全く、どうしてお前はいつもそうなんだ?若いくせに何でそんなに堅物で爺癖ぇ話し方なんだよ…≫
明は、璃笙と薇黎の後ろであきれた口調でそう言って重い溜息をつく。
≪…これが、本来あるべき、主への態度だ…≫
璃笙は、明の態度に不服そうに顔をしかめてそう言った。
「…取り敢えず、立ってくれないか?それと、会う度にやるそれは出来れば止めてくれ…私はそんなに偉くないから…」
麻呼は、そう言って2人を立たせようとする。
≪!そのような事はありません!!≫
璃笙は、慌てて麻呼を見上げて力強くそう反論する。
≪麻呼様、璃笙…その言い合いは少しお休みになられて…少しここを離れましょう≫
薇黎は、穏やかな微笑を浮かべて2人の長く続きそうな会話に割り込む。
「薇黎?どうして?」
麻呼は、不思議そうに首を傾げてそう尋ねる。
≪昼間の術者たちが此方に向かっています…≫
薇黎は、優雅な物腰ですいと右手を上げて麻呼たちが歩いてきたほうを指差す。
「解った…少し離れよう」
麻呼は、真剣な表情で頷いてその場から離れて行く。
しばらくすると今まで麻呼たちが立って居た所に、鏡士郎たちが話しながら歩いて来た。
「それにしてもすごかったなあ、あの坂…あそこまで凄まじいなんて思わなかったよ…」
鏡士郎は、心底驚いた様にそう言いながら軽い溜息を漏らす。
「…そうだな…」
鷹雄は、抑揚の無い声でそう相槌を打つ。
「あれ?鷹はそう思わなかったのか?返事に気持ちがこもっていないぞ」
鏡士郎は、不思議そうに鷹雄を振り返ってそう尋ねる。
「鏡士郎…」
鷹雄は、真剣な面持ちで鏡士郎の名を呼んで急に立ち止まる。
「?鷹?急にどうしたんだ?」
鏡士郎は、急に立ち止まった鷹雄を怪訝そうに振り返りながらそう尋ねる。
「…霊力の残滓が残っている…」
鷹雄は、真剣な表情で地面を見つめてそう言った。
「何?本当か?」
鏡士郎は、鷹雄の言葉を聞いて急に表情を引き締める。
「…こっちだ…行くか?」
鷹雄は、鋭い眼差しを麻呼たちの歩いて行った方向に向けてそう尋ねる。
「…行ってみよう…」
鏡士郎は、コクリと頷いて麻呼たちの居る方向に歩き始める。
≪…麻呼様≫
先ほど居たところから200mほど離れたところで薇黎が、真剣な表情で、麻呼を呼び止めた。
「どうした?」
麻呼は、立ち止まり不思議そうに薇黎を振り返ってそう尋ねる。
≪あの術者たちが追って参ります…≫
薇黎は、腰を落として地面に片手を着いて真剣な顔でそう言った。
「何だって…どうして…」
麻呼は、驚きを隠せずに困惑する。
≪…どうやら、我らの残した微かな霊力の残滓を追って来ているようです…≫
薇黎は、目を閉じて何かを感じているかのような口調でそう言った。
「じゃあ、逃げ回っていても埒が明かないな…取り敢えず、皆、隠行を…」
麻呼は、難しい顔で考え込む、そして、明たちに短くそう命令する。
≪承知…≫
明たちが、そう言って頭を垂れると4人の姿が次第に薄くなって消えていった。
麻呼は、4人の姿が見えなくなったのを確認すると軽い溜め息をついて近くにあった手ごろな石に腰掛けた。
しばらくすると、視界の端に鏡士郎と鷹雄が此方に走ってくるのが見えた。
しかし、麻呼は、2人の姿が見えても身じろき一つすること無く向かいの道端を眺めていた。
すると、時折その道端に松明の火のような灯りが踊る。俗に言う百鬼夜行というものだろう。
鏡士郎たちは、麻呼の存在に気がつくと足を止め呼吸を整える。
「…ここで途切れている…」
鷹雄は、鏡士郎にだけ聴こえるように小声でそう言った。
「…麻呼さん、こんな所でどうしたんですか?」
鏡士郎は、大きく一度だけ深呼吸をして麻呼に話しかける。
「古葉さん!あなた方こそどうなさったんですか?」
麻呼は、心底驚いたような口調でそう尋ねる。
「僕たちは、昼間君たちに教えてもらった坂に行って来たんです」
鏡士郎は、なんのためらいも無くそう答える。
「そうでしたか…私は、夜風に誘われて散歩に出てきたんです…」
麻呼も、にっこりと笑いながら飄々とそう答える。
「…お前一人か?」
鷹雄は、鋭い目つきで麻呼にそう詰問する。
「…先ほどまでもう一人、女の方が一緒でしたけど…?」
麻呼は、鷹雄の視線をものともせずに飄々そう答えた。
「その女性は?」
鏡士郎は、真剣な表情で麻呼に詰め寄りながらそう尋ねる。
「あちらの方へ歩いて行かれましたけど…」
麻呼は、そう言って鏡士郎たちが歩いてきた方とは正反対の道を指差した。
「ありがとう、鷹!」
鏡士郎は、麻呼にお礼を言って真剣な顔で鷹雄を振り返る。
「…お前一人で行け…俺は残る…」
鷹雄は、抑揚の無い声で短くそう答えて手をひらひらと振る。
「な…わかった、すぐに戻るから…」
鏡士郎は、始め鷹雄の態度に物言いたげな視線を向けていたがしばらく考えた後に何とか納得したようにそう言った。
そして、麻呼が指し示したほうに勢い良く駆け出した。
「…」
鷹雄は、無言で鏡士郎の背中が見えなくなるまで見つめていた。
「…あの、行かなくて良かったんですか?」
麻呼は、恐る恐る鷹雄にそう尋ねる。
「いいんだ…」
鷹雄は、抑揚の無い声で短くそう答える。
「…そうですか…」
麻呼も短くそれだけ言うと特に話すことも無いので元の位置に視線を戻す。
しばらくの間、2人の間に気まずい沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは、以外にも鷹雄のほうだった。
「…家族は?」
鷹雄は、前を向いたまま唐突にそう尋ねる。
「え…私ですか?」
麻呼は、急に話し掛けられてしまったのでついついそう尋ね返してしまった。
「他に、誰が居る…」
鷹雄は、瞳をわずかに動かして麻呼を見てそう尋ねる。
「…5ヶ月前までは祖母が居ましたけど、今は一人です…」
麻呼は、少し寂しそうに笑ってそう言った。
「その人の名は?」
鷹雄は、ほとんど返事が返って来るのと同時にそう尋ねる。
「…未砂です、未来の未に砂と書いて未砂…」
麻呼は、とても嬉しそうに笑ってそう答える。
「そうか…お前、妖怪や幽霊なんかを信じるか?」
鷹雄は、少しだけ口調を緩めて再び麻呼に質問する。
「…そうですねえ、私自身は、見えないものは信じないタイプです」
麻呼は、口元に無邪気な笑みを浮かべてそう答える。
「…答えになってないぞ…」
鷹雄は、わずかに眼を眇めて抑揚の無い声でそう言った。
そんな取り止めの無い話をしていた2人は、自分たちを取り巻く空気がわずかに変わったことに気がついた。
「…」
麻呼は、わざと気づかぬ振りをして辺りに視線だけを向ける。
「…何か来るな…」
鷹雄は、真剣な表情で先ほど自分と鏡士郎が歩いてきた道の方を見据えた。
「どうかしましたか?」
麻呼は、あまりに真剣な顔の鷹雄に恐る恐る声を掛ける。
「静かに…」
鷹雄は、そう言ってしばらく闇の中を見つめていたが急にハッとした面持ちで麻呼の背後に回りこんで静かに膝を落とす。
「一体どうしたんですか?」
鷹雄の行動に張り詰めたものを感じた麻呼は、鷹雄を見上げながら尋ねる。
「しっ、黙ってろ!」
明らかに状況が把握しきれていないように見える麻呼を一喝して鷹雄は静かに眼を閉じて胸の前で印を組む。
「(隠行の結界だな…私まで囲まなくても大丈夫なんだけど…でも、そんな事言えないしなあ…一つの結界で、2人分の空間を隠行するのは結構きついんだけどなあ…)」
麻呼は、感心するように鷹雄を見上げてそう思った。
なぜなら、彼女にも隠行の術は使えるのだ。
それに、もし彼女が隠行しなくても彼女を守る式神たちが危険だと判断すれば彼らの力で麻呼の姿は隠行されるのだ。
麻呼が、そんな事をいろいろと考えていると何かが闇の中を徐々に近づいてくるのが感じられた。
麻呼は、鷹雄に気づかれないようにそっと闇の中に眼を凝らした。
すると、近づいて来るのは他愛ない雑鬼たちが織り成す百鬼夜行だった。
「(…この子達、さっき向こうの道を歩いてた子達だな)」
麻呼は、そんな取り止めの無い事を考えながら夜行が通り過ぎていくのを見ていた。
5分後、百鬼夜行の最後尾の一匹が闇の中に消えて行った。
すると、麻呼の背後から重い溜め息が漏れた。
「…あの、大丈夫ですか?」
麻呼は、心配そうに鷹雄を見上げてそう尋ねる。
「…ああ、問題ない」
鷹雄は、不機嫌そうに短くそれだけ言うと、それっきり口を閉ざしてしまった。
「…そうですか」
麻呼は、力なくそう言って微かに笑った。
そして、視線を前に戻して、黙り込んでしまう。
再び2人の間に、緊張した雰囲気の沈黙が訪れる。
「(…そろそろ戻らないと涼子が心配するかな?)」
麻呼は、少し困ったような顔で空を見上げてそう思った。
「…あの、私そろそろ帰ります…」
麻呼は、勢い良く立ち上がって鷹雄にぎこちなく笑ってそう言った。
「では、送って行こう…」
鷹雄は、抑揚の無い声でそう言って組んでいた腕を解く。
「いえ、大丈夫です…それに古葉さんがまだ帰って来ていませんし、ここで待っててあげてください…それじゃ」
麻呼は、それだけ言うと鷹雄の返事も待たずにくるりときびすを返して走り出す。
「…」
鷹雄は、走り去って行く麻呼を無言で見送っていた。
「…少しぎこちなかったかな?」
麻呼は、鷹雄の姿が見えなくなったのを確認してから重い溜め息と共にそう尋ねる。
≪あんなものだと思うが…気になるのか?≫
明は、麻呼の隣を歩きながら心配そうに麻呼を見上げる。
「…思ってた以上の術者だったから驚いてるだけ…」
麻呼は、皮肉っぽく笑いながらそう言って明を一瞥する。
≪大丈夫?≫
明の反対側を歩いていた鴻劉は、心配そうに麻呼を見上げてそう尋ねてくる。
その後ろでは、璃笙と薇黎が気遣わしげに麻呼を見つめていた。
「…大丈夫、少し疲れただけだから…」
麻呼は、口元に薄く笑みを浮かべて鴻劉にそう言い聞かせる。
≪しかし、顔色が芳しくありません…≫
薇黎は、鴻劉の隣に並びながら心配そうに麻呼の顔を覗き込んでくる。
「じゃあ、早く帰って休むとするよ…」
麻呼は、力なく笑いながらそう言って鴻劉の手を引いて再び歩き始める。
≪大丈夫でしょうか…≫
薇黎は、遠退いて行く麻呼の後ろ姿を心配そうな面持ちで見つめながらそう言った。
≪…思っていた以上に疲労が激しいな≫
明は、薇黎の隣に腰を下ろして心配そうにそう言った。
≪よほど気を張り詰めていたのだろう…≫
璃笙は、まるで疼く傷の痛みを堪えるようなつらそうな面持ちで麻呼の後ろ姿を見送っていた。
≪そうだな…≫
明は、地面に視線を落として軽い溜め息をつきながら自嘲地味にそう言った。
≪…璃笙、風将であるお前に頼みたい事がある≫
明は、急に顔を上げて何かを決意したような顔で璃笙を見上げる。
≪何だ?≫
璃笙は、不思議そうに明を見下ろしてそう尋ねる。
≪風であの術者たちの動きを見張ってほしい…そして、万が一、麻呼に危害が加わるようならば、俺に教えてくれ…≫
明は、真剣な表情で璃笙を見上げたまま微動だにしない。
≪それは、構わないが…もし、あいつらが主に危害を加えようとしていたらどうするつもりだ?≫
璃笙は、怪訝そうにそう尋ねて明を見る。
≪…その時は、俺が命に代えても阻止する…≫
明は、真剣な表情でまっすぐ璃笙を見つめ返してキッパリとそう答えた。
≪…解った、引き受けよう≫
璃笙は、そう言って一度だけ頷いて姿を消す。
≪…明殿、主はなぜ最強の十二神将ではなく、我らを式として側に置いているのでしょうか…≫
薇黎は、璃笙の気配が完全に消えるのを確認してから真剣な面持ちで明にそう尋ねる。
≪…随分と唐突な質問だな…≫
明は、怪訝そうに眉を顰めて薇黎を見上げる。
≪いえ、主が我らを式にと定めたときよりこの胸に抱いていた疑問です…≫
薇黎は、真剣な表情で間髪入れずにそう切り返す。
≪…あいつはな…未砂が生前に将来は十二神将を自分に譲ると言われたときに未砂に面と向かってこう言ったんだ…“初めから最強の十二神将に護ってもらっては、自分が全く成長できない!だから、まだ成長途中のお前らと一緒のほうが自分もお前らも成長できる!”ってな、だからあいつは、次代十二神将のお前たちを自分の式神にと望んだんだ…≫
明は、わずかに眼を細めて真剣な表情で静かにそう言った。
≪しかし、我らは、皆、所詮は、十二神将の眷属に過ぎません…けれど、我らは皆、この命を盾にしてでも主を護る所存です…≫
薇黎は、真剣な瞳で明を見下ろしてそう言った。
≪そういうことは、けしてあれの前で言うなよ…絶対に嫌がるから…≫
明は、ほんのりと薄笑いを浮かべてそう言った。
≪解っています…≫
薇黎もやさしげな微笑を口元に浮かべてそう答える。
≪それから、今の話…俺がしたなんて絶対に言うなよ、あいつに嫌われるのだけはごめんだ…≫
明は、苦笑いを浮かべながら半ば冗談のようにそう言った。
≪解りました…明殿、もう一つお伺いしてもよろしいでしょうか…≫
薇黎は、遠慮深げにそう言って明を見る。
≪何だ?≫
明は、首だけを動かして薇黎を見上げながら不思議そうにそう尋ねる。
≪あなたは、なぜ、主に仕えているのですか?≫
薇黎は、心底不思議そうに軽く首を傾げてそう尋ねる。
≪…昔、死に掛けていた時に俺はあいつに救われた、そして、あいつは、俺に居場所まで与えてくれた…だから、俺は、あいつを護っていく事を決めたんだ、例えどんな事があろうとも俺はあいつが望む事を必ず成し遂げさせてやると心に決めたんだ…≫
明は、そう言って空を見上げながら思い出を懐かしむように笑った。