怪しい二人
つたない文章ですがよろしくお願いします。
主人公、右帥 麻呼は、早くに母を亡くし、父に至ってはどんな人物かさえも知らない不運な少女。
彼女は、昔からおかしなものを見る力があった。
俗に言う、幽霊や妖怪と言った者達だ。
そんな事もあってか、彼女は、人を信じる事にいつからか恐怖を覚え、他人と深く関わらなくなった。
そんな彼女を今まで支えてきたのは、唯一の肉親でもある祖母の未砂だけだった。
しかし、その未砂も、2月の末に鬼籍の人となり彼女は、天涯孤独の身になってしまった。
この夏、そんな麻呼をある不思議な出会いが待ち受けていた。
それは、祖母 未砂の葬儀から5ヶ月が経とうかという頃だった。
麻呼は、高校三年生の夏休みを唯一の親友(ただの腐れ縁?)の駒井 涼子に連れられて彼女の実家で過ごす事になった。
「だいたい、何で私がこんなところに来なきゃいけないの?」
麻呼は、急な坂を睨みつけて不服そうに言った。
「だって、麻呼、言ってたじゃない夏休みは何も予定が無いって、それに、家にいてもどうせ一人でしょ?ほっといたら夏休み明けにはミイラになっていそうで怖いし…」
涼子は、息一つ乱さずに黙々と歩きながらそう言った。
「!ミ、ミイラって…それは無いんじゃない?」
麻呼は、涼子の言葉に愕然としてそう言った。
「あら、今の麻呼じゃ解らないわよ?だって、最近の麻呼って何やってても上の空だし、気を抜いてたら本当に餓死しちゃいそうなんだもの…」
涼子は、何のためらいも無く淡々とそう答える。
半ば当たっているため、強く言い返すことが出来ない。
「でも、だからって何でわざわざ麓の町から徒歩で山を越えてこないといけないわけ?」
麻呼は、不服そうに自分の前を歩く涼子に尋ねる。
「だって、山と言ったら歩くしかないでしょ?どう?いい気分転換にならない?」
涼子は、誇らしげに麻呼を振り返りながらそう言った。
「…お気遣いは嬉しいんだけど…“こんなとこ”だと余計気が滅入るんだよね…」
麻呼は、そう言って眼だけを動かしてあたりの様子を窺う。
「?…!すっかり忘れてた!確かこのあたりって昔、古戦場だったらしいこと母さんに聞いてたのにすっかり忘れてた…もしかして何かいるの?」
涼子は、罰の悪そうな顔でそう尋ねてくる。
しかし、彼女の眼だけはその表情を裏切って好奇心に満ちていた。
何しろ彼女には、霊や妖などの類を見る力など元から備わっていない。
麻呼にとっては、うらやましい限りだ。
「…言ったってしょうがないから、やめとく…とにかく今は、早くここから離れたい…」
麻呼は、げっそりと疲れた口調でそう言った。
けれど、説明しなかったのは、言ってもしかたが無いからという理由だけではなく、半端に説明しても相手を無意味に怖がらせるだけだという事がわかっていたからでもある。
それに、首の無い鎧武者がいるだの生首が血走った眼でこちらを睨んでいるだのというのはさすがに普通の人は聞きたく無いものだと思ったからだ。
「本当にごめんね、もう少しでこの坂も終わるから少し急ごうか…」
涼子は、本当にすまなそうにそう謝ってから、くるりときびすを返し歩くスピードを少し上げた。
彼女の言った通り、坂はすぐに終わり、少し開けた道に出た。
「目的地には着いたの?」
麻呼は、両手で膝を押さえながら、荒い息を懸命に抑えそう尋ねた。
「ええ、あと10分くらいで私の実家に着くわ…本当に、ごめんね、気分転換のはずが逆効果になっちゃったみたいで…」
涼子は、苦しそうに息をする麻呼を振り返りながらそう言った。
「いつもの事だから…慣れてるよ…それより急がない?私、早く休みたい…」
麻呼は、青い顔で涼子を見上げてそう言った。
本当は、休みたい訳ではないのだが、出来るだけこの坂から離れたかったのだ。
「わ、分かった、急ごう…もう少しいったとこにある広場で叔父さんが車で待ってるはずだから…」
涼子は、そう言って慌てて歩き出した。
その足元に、小さな雑鬼が涼子を転ばそうと彼女の足に追いすがっていた。
麻呼は、慌てて口内で一つの名を呼んだ。
≪明!≫と、すると、涼子の足元を一陣の風が吹き抜けた。
「?…風?」
涼子は、空を見上げて不思議そうにそう呟く。
「どうかした?」
麻呼は、何食わぬ顔で涼子の顔を覗き込む。
「う…ん、今、風が…」
涼子は、麻呼を一瞥してから再び視線を空に向ける。
「涼子にお帰りって言ったのかもよ?」
麻呼は、涼子に微笑みかけながらそう言った。
「…そうだと嬉しいな…」
涼子は、少し寂しげな笑みを浮かべてそう言った。
そして、しばらくして再び歩き出す。
「…危なかったかな?涼子、最近、勘がいいから気づかれるかと思った…」
麻呼は、再び歩き出した涼子の後ろ姿を見ながらホッと胸を撫で下ろした。
すると、彼女の横に白い物の怪がふわりと近寄ってきた。
≪いくら勘が良くても彼女には、俺たちが視えないから大丈夫だ…それよりこれ…≫
物の怪は、そう言って口にくわえていた雑鬼を麻呼に差し出した。
「ごめんね、狐の君にこんなことさせるのは気が引けるんだけど…」
麻呼は、そう言って謝りながら雑鬼を受け取った。
≪なに、気にするな、俺たちは自分の意思でここにいるのだから≫
明は、雑鬼を軽くたしなめて草陰に放してやっている麻呼の背中に優しげな微笑を向けながらそう言った。
「…ありがと…」
麻呼は、一言そう御礼を言うと涼子の後を追いかけた。
3分ほど歩くと涼子の言ったとおりの広場に出た。
そこには、40代前半くらいの男性が赤い車に寄りかかって2人を待っていた。
「叔父さん、待たせちゃいましたか?」
涼子は、急いでその男性に駆け寄りながらそう尋ねた。
「いや、今来たところだから、そう待ってないよ…」
男性は、人好きのしそうな笑みを浮かべてそう言った。
「よかった、麻呼、紹介するね、こちらは、私の叔父の駒井 正次さん」
涼子は、麻呼に向き直って男性を紹介した。
「初めまして、右帥 麻呼と言います。よろしくお願いします」
麻呼は、慣れない愛想笑いを浮かべながらそう言って頭を下げた。
「ああ、君の事は涼ちゃんから“いろいろ”と聞いてるよ、こっちこそよろしくね…麻呼さん」
正次は、優しげな笑みを浮かべながらそう言った。
「!さあ、こんなところで立ち話もなんだから、早く車に乗ろうよ」
涼子は、正次の言葉を聞くなり大慌てで麻呼を車の方に押しやる。
「ちょ、ちょっとどうしたのよ、そんなに急がなくても…」
麻呼は、車に押し込まれながら不思議そうにそう尋ねる。
「麻呼、疲れてるんでしょ?だったら、早く休まないと…」
涼子は、ぎこちなくそう言うと車に乗り込んでドアを閉めた。
「…もしかして、涼子。あなた、ご家族に私のこと…」
麻呼は、わざと声を低くして威圧的にそう言う。
すると、ぎくりと音が聞こえそうなほど涼子の肩が揺れる。
「!一体、私のことなんて話したのよ!!」
麻呼は、少し声を荒げて涼子に尋ねる。
「え、と…い、いろいろと…」
涼子は、あられもない方向を見ながら小声でそう言った。
「い、いろいろって、まさか…」
麻呼は、驚愕の顔で涼子を見る。涼子は、悪気の無い顔でエヘヘと笑った。
すると、運転席から吹き出すような微かな笑いが聞こえた。
どうやら、2人の会話が正次に丸聞こえだったようだ。
「ご、ごめん、涼ちゃんがいつも豪語してる麻呼さんだからもっと怖い人なのかと思ってた…」
正次は、笑いを堪えるような口調でそう謝った。
「い、一体どんなことを言ったのよ!涼子!」
麻呼は、さっきより声を張り上げてそう尋ねた。
「“将来有望な期待の霊感少女”“そこらのお坊さんなんかよりよっぽど頼りになる女の子”“そこいらの浮遊霊なんて赤子同然!”などなど…こんな感じかな?」
正次は、淡々といくつかの例を挙げて涼子にそう尋ねた。
「涼子!あれほど、言わないでって言ったのに!」
麻呼は、少々青ざめた顔で涼子を一喝した。
「ご、ごめん、麻呼のこと詳しく話して欲しいって頼まれて…つい、口が滑って、一つ話したら全部話しても一緒かと思って…」
涼子は、落ち込んだ声でそう言った。
「全く、涼子は、仕方ないなぁ…もういいよ、言っちゃったんなら仕方ないし…」
麻呼は、軽い溜息をついて仕方ないなぁと言う笑みを浮かべた。
「え、許してくれるの?」
涼子は、ピョコンと顔を上げて嬉しそうに言った。
「…でも、二度目は無いからね…」
麻呼は、わざと眼を細めてじろりと涼子を睨んだ。
「うん、うん、解ってるって!もう誰にも言わないから大丈夫!」
涼子は、声明るくそう言ってニカッと笑った。
「話は、ひとまとまりしたみたいだね。そうそう、近所の女の子が言ってたんだけど…2、3日前からイケ面の旅行者が旅館に滞在してるらしいよ」
正次は、ふと思い出したようにそう言った。
「叔父さん、その旅館って何処にあるやつ?」
涼子は、座席の間から体を乗り出してそう尋ねた。
「…美野屋だけど?…もしかして行きたいのかい?」
正次は、不思議そうに涼子を振り返りながら言った。
「うん、行きたいの!」
涼子は、何かを訴えるような目で正次を見る。
「でも、麻呼さんは早く休みたいんじゃないのかい?」
正次は、麻呼と涼子の2人に尋ねるようにそう言った。
すると、涼子が哀願するような眼で麻呼を振り返る。
「…私は、構いませんから、どうかその旅館に行ってあげてくれませんか?」
麻呼は、軽い溜息をつきながら優しく微笑みながらそう言った。
「やったー、ありがとう、麻呼!」
涼子は、そう言って麻呼に勢い良く抱きついた。
「それじゃあ、行き先を変更して…目的地“美野屋”!」
正次は、意気揚々とそう言って勢い良くハンドルをきった。
しばらく行くと、少し大きめの旅館が見えてきた。
涼子の話では、このあたりでは紅葉と温泉が売りらしく、冬になると、多くの観光客がこの土地を訪れるらしい。
「じゃあ、僕はここで待ってるから、二人で見ておいでよ」
正次は、旅館の駐車場に車を止めて2人を振り返る。
涼子は、一度大きく首を縦に振って車から降りて行った。
「あの、一緒に行かれないんですか?」
麻呼は、遠慮深げに正次を見てそう尋ねる。
「ああ、男の僕が男を見てもね…」
正次は、少し困ったように肩を竦めながらそう言った。
「…そうですか、分かりました、出来るだけ早く戻ってきますから…」
麻呼は、そう言って愛想笑いを浮かべながら軽く会釈をしてから、急いで涼子の後を追いかけた。
しかし、麻呼は角を曲がるとすぐに険しい顔をして足を止める。
≪麻呼…≫
低い低音の声が、何処からとも無く聴こえたかと思うと麻呼の前に白狐の明が音もなく姿を現した。
「どうかした?」
麻呼は、不思議そうに明の顔を見下ろす。
≪榮蘭が強い霊力を感じると言ってる…≫
明は、お座りの体制のまま深刻な面持ちで麻呼をついと見上げる。
「榮蘭が?解った、気をつけておくよ…明は、しばらく隠行を…」
麻呼は、真剣な顔で明を見下ろしてそう命じる。
榮蘭とは、風を操る式神である。
≪解った…≫
明は、短くそれだけ言うとまるで大気に溶けるように姿を消す。
「…」
しばらく、険しい顔で思案していた麻呼はハッとしたように顔を上げた。
涼子の、興奮した声が聞こえたからだ。
そして、麻呼は、一度軽く肩を竦めて再び歩き出した。
もう一つ角を曲がると興奮した涼子と話している2人の美青年が目に入った。
「あ、麻呼!こっち、こっち!」
涼子は、麻呼に気がつくと嬉しそうにそう言って手招きをする。
「どうしたの?」
麻呼は、何食わぬ顔で涼子にそう尋ねる。
「丁度彼女が、そこの角を曲がったところにぼくらがぶつかってしまって…」
麻呼の問いに答えたのは、涼子ではなく涼子と話していた美青年のうちの一人だった。
彼の容貌は、栗毛のショートカットに純日本人の顔立ち。
年齢はおそらく20代後半と言ったくらいだろう。
「涼子のことだから、どうせ前方不注意だったんでしょう…大丈夫ですよ」
麻呼は、そう言って栗毛の青年に愛想笑いを返した。
「麻呼!誰が、前方不注意よ!いくらなんでもひどいじゃない!」
涼子は、フグの様に頬を膨らませてそう言った。
「そうですよ、僕らの不注意でしたから」
栗毛の青年は、顔の前で手を振りながら申し訳なさそうに笑ってそう言った。
「そんな、古葉さんのせいじゃ…」
涼子は、慌てて手を振ってそう訂正する。
「?古葉さん?」
麻呼は、確認するように涼子にそう尋ねる。
「あ、こちら、古葉 鏡士郎さん」
涼子は、慌てて麻呼に栗毛の青年を紹介する。
「自己紹介が遅れました、古葉です」
鏡士郎は、ニコニコと笑いながら麻呼の前に手を差し出す。
麻呼は、口元に愛想笑いを浮かべながら古葉の手を握る。
「で、こちらが、獅莱 鷹雄さん」
涼子は、そう言ってもう一人の黒髪の少し日本人離れした顔つきの青年を紹介した。
「…」
鷹雄は、不機嫌そうな顔をして無言で麻呼を見下ろしている。
麻呼は、引きつった愛想笑いを浮かべてぺこりと会釈をした。
すると、なにやら思うところがあったらしく古葉が麻呼ににこやかな笑みを向ける。
「ごめんね、こいつ無口で…」
鏡士郎は、そう言って悪気の無い笑顔で謝る。
「いえ、そんな事は…」
麻呼は、ぎこちない笑みを浮かべながら顔の前で両手を振ってそう言った。
「君の名前は?」
鏡士郎は、爽やかに笑いながらそう尋ねる。
「私は、右帥 麻呼といいます」
麻呼は、愛想笑いを浮かべてそう答えた。
「…君たちは、このあたりの子?」
鏡士郎は、辺りを見回して再びそう尋ねてくる。
「いえ、私は、夏休みなので遊びに…彼女の出身がこのあたりなので…」
麻呼は、そう言って涼子に視線を向ける。
「へー、夏休み…高校生?」
鏡士郎は、感嘆するようにそう言って優しげな瞳でさらに続ける。
「ええ、高校三年です」
麻呼は、それでも律儀に一言一言敬語で答える。
「ところで、涼子さんは、ここの出身なんですか?」
鏡士郎は、人の良さそうな笑みを浮かべて涼子に一歩、歩み寄ってそう尋ねた。
「ええ、それが何か?」
涼子は、不思議そうに首を傾げながらそう言った。
「いや、少し聞きたい事があるんだけど…」
鏡士郎は、遠慮深げに笑いながらそう言った。
「?私に解る事でしたら…」
涼子は、不思議そうに古葉を見上げながらそう言った。
「…この近くに昼間も薄暗くて陰気なところってどこかある?」
鏡士郎は、少し困ったような顔をしてそう尋ねた。
「そうですねえ、私もここに帰ってくるのは久しぶりで…」
涼子は、思い悩むような顔をして考え込む。
「…あんたはどうだ?」
それまで、麻呼を睨むような眼で見ていた獅莱 鷹雄が突然、麻呼に話を振る。
「え、私ですか?」
麻呼は、突然話を振られて困ったように考え込む。
陰気で薄暗いところならいくらでもある。
しかも、そのうちのいくつかは麻呼が絶対に行きたくないと言いそうな所だ。
しかし、この土地に見るからに初めての人間が何処そこが陰気くさいだの気持ちが悪いなどと言うと明らかに怪しまれること必至だ。
「…さあ、ここに来るのは、初めてなので…」
麻呼は、しばらく考え込んだ後一番妥当だろうと思われる返答を返す。
「…そうか」
鷹雄は、短くそれだけ言うとふいっと麻呼から目線をずらした。
「あ、そういえば…あの、私たち麓の町から山道を通ってこの村に来たんですけど、その道の一箇所にとっても嫌な感じのする坂道があるんです…」
涼子は、言いかねている麻呼をちらりと見てからわざとらしくぽんと手を打ってそう言った。
「!その坂道の詳しい場所を教えてくれるかな?」
鏡士郎は、真剣な面持ちでそう言ってズボンのポケットからメモ帳を取り出す。
涼子も、真剣な表情で鏡士郎の質問に丁寧に答えている。
「…涼子、そろそろ戻らないと正次さんが待ちくたびれてると思うんだけど…」
しばらく、2人の様子を静かに見ていた麻呼は遠慮がちに声を掛けた。
「あ、すっかり忘れてた…」
涼子は、すっかり忘れていた様で苦虫を噛み潰した様な渋い顔でそう言った。
「全く、涼子ったら…」
麻呼は、仕方ないなあと笑いながら少々あきれた顔をする。
「それじゃあ、私たちはこれで失礼します…」
涼子は、そう言ってすばやく一礼するとくるりときびすを返して駐車場へと急いで駆けて行く。
「…では、失礼します」
麻呼は、人の良さそうな愛想笑いを浮かべながら一度会釈をして涼子の後を追いかける。
「どう思う?」
鏡士郎は、2人の姿が見えなくなるのを確認してから真剣な声で鷹雄にそう尋ねる。
「強い霊力の残滓があの2人に微かだが残っていた…どちらかが能力者なのかもしれないな…」
鷹雄は、2人の姿が見えなくなった角を睨みつけるようにしてそう言った。
「うーん、どちらもそんな素振りは見せなかったけど…」
鏡士郎は、2人の様子を思い浮かべているような口調でそう言った。
「もし、とぼけているとしたら、たいしたものだ…」
鷹雄は、ほんの少し口端を吊り上げて不敵に笑った。
「そうだね…取り敢えずこの坂に行ってみる?」
鏡士郎は、そう言って鷹雄を振り返る。
「そうだな…」
鷹雄は、短くそれだけ答える。
そして、二人はくるりときびすを返して歩き出す。
「すごい術者だったね…」
麻呼は、車の窓から外の景色を眺めながら小さな声でそう呟いた。
「え?何か言った?」
涼子は、自分に話し掛けられたのかと思い麻呼の方に顔を向けながらそう尋ねた。
「ううん、何も…」
麻呼は、涼子に屈託の無い笑みを向けながらそう言った。
すると、涼子も笑顔を返して視線を前に戻す。
≪確かに、かなりの霊力を持っていたな…≫
明は、窓の外に視線を向ける麻呼の隣にお座りの体制で腰を落としている。
「危険な人たちではなさそうだけど…」
麻呼は、先ほどよりも少し声を潜めてそう言った。
≪だからと言って、簡単に信用するなよ!≫
明は、首を麻呼の方に向けて強い口調でそう言った。
「それは、解ってる…おばあちゃんにもよく言われてたから…」
麻呼は、小声でそう言って明に笑いかける。
≪そう、“ああ言った衒いの連中が、心の中では良くない事を考えてるんだ、だから、安易に信用したり、自分から近づいて行ったりしちゃいけないんだ”って、未砂もよく言ってたっけな…≫
明は、感慨深そうにそう言ってしきりに首を縦に振っている。
「…確かに、でも、私自身、あまり関わりたくないから別にいいんだけどね」
麻呼は、窓の外に視線を戻しながらそう言って軽い溜息をついた。
「…麻呼?さっきから何一人でぶつぶつ言ってるの?」
涼子は、不思議がるように麻呼の顔を覗き込んでそう尋ねる。
「ううん、何でもないの。気にしないで…」
麻呼は、曖昧な笑いを浮かべて涼子にそう言った。
しばらく行くと一軒の大きな純日本風な家に到着した。
ここが、涼子の実家で今日からしばらくお世話になる家である。
「うわー、大きな家…」
車を降りた麻呼は、涼子の実家を見上げてその立派さに感嘆の声を上げた。
「只、大きいだけよ。中なんてとっても古いんだから…」
涼子は、家を見上げて唖然としている麻呼の隣に立って少し皮肉っぽくそう言って見せた。
「あら、いいじゃないの…素敵な家で…」
麻呼は、反論するようにそう言って素直に笑って見せた。
「さあ、入って。両親に紹介するから」
涼子は、心底嬉しそうな顔でそう言った。
麻呼は、一度、大きく頷いてから家の中へと入って行った。