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滅びた民族と俺の話  作者: 春川 歩
模擬戦闘の足音が聞こえる
52/66

ケビンの小さな復讐

「いたい、いたいよ……」

「ぐぅぅぅぅうう……」

「ヒュー……ヒュー……」

随分と地獄絵図にはなっているが、正直、自業自得だと見ることも出来る。

それを見ながらケビンの事を見ると、何やら泣きそうな顔をしていた。

「どうしたケビン、こいつらが憎いのか?」

心配した俺がそれを聞くと、ケビンは首を振る。

「確かに、ひどい目にはあったわ、だけど、今まで酷いことをされなかったのも事実。

それに、どういった理由であれ、相手を傷つけたら後が怖いもの。」

そうは言うが、ケビンの目には涙が浮かんでいる。

「本当にそれだけか?」

俺はつい、確かめたくなって、聞いてしまう。

「どうしてそう思うのかしら。」

こちらに目をやりながらケビンは聞いてくる。

「いや、なんとなくそれ以外にも理由がありそうだから……聞いちゃダメか?」

少ししょんぼりしながら聞くと、ケビンは少しだけ笑う。

「いいえ、確かに多少の建前があるのは認めるわ。

あたし、暴力ごとが嫌いだって言ったわよね、それは、人が苦しがっているのを見るのが苦手なの。

確かに、完璧な悪人に同情はいらない、だけどね、それでも、相手の事をボコボコにしたいと思っても、殺したいと思っても、そこまでの苛立ちを持っても、最終的には全部許しちゃうの。

それがあたしの弱みでもあるんだけどね?」

ケビンがそう言いながら靴を脱いで部屋の中に入る。

「なにより、今まであたしに優しくしてくれていた、それが嘘だったとしても、あたしに良くしてくれていた事実は変わらない。

だから、たとえいじめてきた相手に対しても慈悲の心を掛けてあげる、それが、あたしにとっての美徳なの。」

そして、床に転がっている奴らの事を無視して自分の机にまで歩いて行き、机の中を探り出す。

「だけれど、完全な慈悲の心は持ち合わせていない、それも事実だし、何よりも、ここにいるこいつらには制裁を加えなければならない。」

そして、机の中からお財布と、何やらお香が出てきた。

「ねぇ神道ちゃん、一つ質問なんだけど、いいかしら?」

ケビンがこちらを振り向きながら聞いてくるのに、「なんだ?」と返す。

「魔力って、回復するのにどれくらいかかるのかしら?」

「大体今からだと。明日の今頃くらいは掛かるんじゃないのか?」

記憶の中から情報を引っ張り出すと、ケビンはニッコリと笑って、お香をたき始める。

そのお香の香りは、今まで嗅いだことがなかったが、とても心が安らぐような香りがした上に、どことなく体内に何か良いものが吸収されていく感覚がする。

「ケビン、それは?」

「これは魔力回復香。

これを使うと、意外と早くに体力とか魔力が回復するの、みんなが早くに回復するようにね。」

そう言いながら、机の上にお香を置く。

「燃えないか?」

俺が疑問を投げかけると、こちらに優しい笑みをよこしながら答える。

「大丈夫、低温のお香だから、さて、確か魔力が回復するときに、酷い痛みが伴うって、如月ちゃんが言っていたわよね?」

良い笑顔でケビンがこちらに問いかけてくる。

「あ、あぁ。」

「それに、急速に魔力が回復する力を持ったお香がたかれたら、どうなるのかしら。」

それに、俺は察する。

これ、気絶できないけれども、酷い痛みに苛まれながら半日を過ごすというか、一夜を過ごす系の仕返しなのではと。

「あー、うん、確かに悪いことをしている訳じゃないよな、うん。

治療が多少荒かったとしても、治りが速いのは良い事だよな。」

ほとんど絶叫に近い声が部屋を満たすであろう予感に、俺は心の中で合掌する。

「さて、お香も焚いたことですし、如月ちゃんの居る部屋の前に行きましょうか。」

そう言って、ケビンが肩掛けカバンの中にお財布を入れてこちらまで歩いてくる、その足取りは心なしか踊っており、あぁ、結構怒っていたんだなという事がその足取りからも分かる程度には軽かった。

「そうだな、鍵は持ったか?」

「えぇ、あるわよ。」

こちらに鍵を見せてきたのを確認してから玄関を開ける。

「それじゃ行こうか。」

俺が外に出て、ケビンも出ると直ぐに扉に鍵をかける。

「如月、探し物見つかったかなぁ。」

俺が呟くと、ケビンは頭にはてなを浮かべる。

「やりたいことって、探し物だったの?」

「恐らく、だけどな。」

俺が答えると、たった一言、「そう。」とだけ言って、俺たちは俺の部屋の前に来る、そのまま無言で3分程だろうか、意外と早くに如月が出てきた。

「2人ともお待たせ!結構待った?」

「いや、大丈夫だ。」

如月の待ったか?という問いにそう答えて、俺たち三人は歩き出した。

「夜だし、あんまり遠くには行けないよなぁ、どこに行くか……」

俺がうんうんと唸っていると、ケビンから提案があった。

「学校近くにある食堂に行きましょう?あそこはお値段もそれほど高くないし、知り合いもいるかもしれないわ。」

ケビンの提案は確かにいいが、ただ……

「ケビン、俺はカツアゲされやすい体質なんだ、あんまりそういった所に行ったら確実にカツアゲされるからあんまり行きたくないんだが……」

そういうと、そういえばそうだったなといった顔をした。

「ごめんなさい、悪気があって言ったわけじゃないの、安めのお店がこの辺りには少ないから……。」

学校近くの安いお店は軒並みこの学校の生徒が使用している、だから、あんまり行きたくないのだ。

「そういえば神道、お前、今カツアゲされやすいって言ったよな。」

如月が完全な疑問形でこちらに問いかけてきた、それにお腹の底がぐるりと動き、怒りがこみあげてくるがグッと抑える。

「確かにカツアゲされやすいが、人に言われると、多少怒りが込み上げるな。」

それにまぁまぁまぁ、と困った顔をしながら手で制される。

「一旦その怒りが置いておいて、さ、どういった事でカツアゲの対象にされるか分からないか?」

「カツアゲの対象にされる理由か?」

考えた事はあるが、変わらないであろう現状に諦めはあったところであった。

というか、それほど深く考えた事がなかったかもしれない。

「えっとー、俺の顔を覚えられていて、髪の色も特殊だからか?」

「そうだな、確かに特殊だな。」

「それが何かあるのか?」

髪の毛の色は正直どうにもならないと思っている、何せ、髪の毛を染めてはいけないという校則があるためだ。

「一時的に髪の毛の色を普通の色に変えるのはどうだろうか、食事する短時間だけでもいいから。」

ケビンがそれに反応する。

「それは、ウィッグっていうことかしら?」

それを、如月が否定する。

「一時的に魔法で変装するんだ、できなくはないぞ?」

そう言って、歩きながら長いサイドの髪の毛を掴み、色を黒から金色に変える。

「あら、便利ね。」

ケビンが興味津々で前のめりになりながら如月の髪の毛に興味を示す。

「意外と簡単にできるから、属性適正さえ合えば出来るぞ。」

「ぞくせいてきせい?」

ケビンが疑問形で如月に問いかける、それに如月は頷きながら答える、おーい、俺の事忘れていないかー?

「あぁ、属性適正だ。

この魔法自体は木属性の力を使っているんだが、人にやってもらうと、一回シャンプーしただけで落ちてしまうようなそんな染色魔法なんだ。」

「せんしょくまほう、体に害はないのかしら。」

「それは知らんな、とりあえず、今やっているけれども、髪の毛が痛んだり、枝毛が出来たりとかはないな。」

そう言って、如月は金から黒に色を戻した。

「ただ、元の色に戻す前に他の色にすると、多少髪の毛にダメージが入るから、注意が必要かな。」

気が付くと、俺たちはエレベーターで一階にまで来ていた。

「さて、と、寮の中で魔法はいけないとは言われているけれども、少し透明化の魔法で消えるから、外に出てくれ、その後ろをついて行くから。」

そう言うと、如月の姿がかき消えた。

「如月ちゃんって、不思議な殿方よねぇ~」

「俺もそれ思うわ。」

そんな軽口を叩きながら、寮長室にまで行く、現在時刻が6時30分、休日という事だから門限が緩くなっているというのはあるが、明日が模擬戦闘である生徒の事を寮長が外に出してくれるのかという疑問が残る。

しかし、その疑問は直ぐに払しょくされる。

「あら、寮長が居ないわね。」

寮長室に寮長が居なくて、その代わりに外出許可の紙とペンが置いてあった。

「ラッキー、今日は楽だな。」

外出許可の紙を二枚取り、ケビンにも渡す、そして、外出理由と名前、部屋番号、何時までに戻るかを書いて寮長室の前に置いてある小さい郵便ポストのような木箱に入れてから、俺たちは外に出た。

暫く歩いて後ろを振り向くと、そこには如月が居て、結構驚いた。

「いつの間に姿を現したんだ!?」

「ついさっきだね、で?どこのお店に行くんだい?」

如月がいかにも興味津々といった具合で聞いてきたから、とりあえずまだどこに行こうかという事を決めかねている状態だと告げた。

「とりあえず、神道、お前の髪の色を変えるか。」

そう言った如月がこちらに手を差し出してくる、それをケビンが見ている、どうすればいいか困っていると、如月が苦笑しながら俺の頭に手を当ててきた。

「何色になりたい?」

その問いに、少し考えた後。

「それじゃ、黒で。」

と答えると、「了解、それじゃやってみるか。」という声かけのあと、如月が目を30秒伏せた、そして。

「よし、終わったぞ。」

という言葉とともに、如月が目を開けるのを見たが、何が変わったのかわからない、とりあえず髪の毛を持って見てみると、いつもの赤毛が黒く染まっていた。

「おぉ、すごいな。」

俺が感嘆の声をあげると、如月が念を押してきた。

「雨に濡れたり、お風呂に入ると、直ぐに色が抜けるから、気をつけろよ。」

かなり、使い勝手がいい魔法じゃないのかコレ。

ケビンも羨ましそうな顔でこちらを見ている。

「いいわねー、すっごく地味だけど、おしゃれにとってもいい魔法じゃない!」

ケビンのほめ言葉に肩を竦めながら如月は答える。

「そりゃどうも、それじゃ、食事に行こうか。」

ということで、俺たちは食事をしに、学生街道まで歩いて行くことにした。

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