こいつ正気か?by神道
部屋に戻ると、そこには冷えた食事が待っていた。
今日の献立は野菜炒めとおしんこ、ご飯だけだが、今日も量が多いため1人で食べるのは辛いものがある、それを2人で分けてから食事を始めた。
「にしても、寮長とあんな風に対面するとはなぁ、まぁ過激な挨拶にはなったが、別にいいかな?」
如月は傷に響いたのか痛そうな顔をしているが、のほほんとした顔でそんなことをのたまっている。
しかし、あの寮長は元軍人で、膝に矢だか魔法だかを受けて退役した超武闘派の寮長なのだ。
まぁ、噂でしかないけれども。
「おい、如月、本当に大丈夫なのかよ。」
「ん?何が?」
「寮長の事!まぁ、怪我も心配だけれども、それ以上に、明後日模擬戦闘をやることになったんだろ?殺されるって!良くてトラウマを植え付けられるって!」
今までの寮長の戦いを見たことある人は誰でも恐れおののく、というか、この寮の通過儀礼的なところがあるにはあるが、問題児の可能性がある奴、特に反抗的な奴に徹底的な教育という名の暴力を振るうのがこの模擬戦闘である。
寮長は大人げない戦いを相手に強いるところがあり、その戦いで大抵の者は精神を木っ端みじんに打ち砕かれ、再起不能にされるか、それでも立ち上がりかかっていき、ドエムの称号を得るか、その2通りだとされている。
今までに寮長に勝ったものは一人もいないという噂で、今回の餌食となるのが如月と、呼び込んだ俺、この二人である、正直詰んだ、俺の明日は真っ暗だ。
「そんなにやばい相手なのか?あの寮長は。」
「やばいなんてもんじゃないぞ!あの筋肉と無駄のない動きを見なかったのか!」
「あー、うん、確かにただものじゃないよな。」
そう言いながらのんきに食事をとっているが、正直気が気じゃない。
「まぁ、だーいじょうぶだって、俺、トラッピングには自信があるんだ。」
「如月、わかっていないな。」
俺は立ち上がって顔を近づけ威圧するが、全く効果はなく。
「うん、わかっていないよ。」
ニコニコとしながらご飯を咀嚼するのを俺は、溜息と共に椅子にどっかりと座った。
「あのな?模擬戦闘っていうのは、制裁を受ける人数、対、先生と制裁を受ける人数が一人じゃない場合そこに何人か人が入って同じ数にしてある同人数同士の戦いなんだ。
戦う場所は寮の中庭、トラップを仕掛けたりしたら反則とみなされて開始の合図と共に俺たちの敗北は目に見えているんだ。」
「どうしてだ?」
「寮長が俺たちの事を殺しにかかるからだ。」
「どんな方法で?」
そこで言葉に詰まってしまう、トラップを仕掛けていた世代は既に卒業していなくなり、もはやあるのは噂だけだからだ。
「と、とにかく!正々堂々正面から突っ込まなければいけないのが模擬戦闘なんだ。」
俺が声を荒げながら説明をするが、如月はどこ吹く風である。
「つまり、ずるはいけないと、とりあえず食事が終わったら中庭に行って戦う場所を確認しなきゃな。」
未だに事の重大さに気が付いていない如月に更に付け加える。
「とりあえず、先生は魔法を使ってくる、そして、徹底的に生徒に魔法のやばさを教え込むんだ、たとえ魔法で応戦しても、無尽蔵な魔力でぶちのめしてくる。」
それを聞いた如月はお箸でこちらを指してくる、おい、やめろ。
「魔法は周り一帯に自然があれば光魔法が、人工物があれば闇魔法が無尽蔵なのは当然の事だろ?」
「は?そうなのか?」
思わず聞き返してしまうが、それに続けて如月が更に言葉を重ねてくる。
「まぁ、周りに自然がないから、この辺りで光魔法を使うのは辛いんだけどな。」
言い終わると、また食事を再開させる。
「へぇー、そうなのか。」
俺も食事を再開させ、暫く無言になる。
「そういえば、如月って、託己って名前なんだな。」
ふと思いだしたことを言うと、目の前の彼はずっこけた。
「へっ?あ、あぁ、まだ俺の名前言っていなかったか。」
姿勢を正して咳ばらいをする。
「俺の名前は如月準、託己っていうのは偽名だ。」
「え?偽名?」
どうして偽名を使う必要があるのかがわからないから、その事を聞いてみると、こんな答えが返ってきた。
「偽名を使う理由か、一言で言えば、神の民族は今まで追われていたからな、おまけに未だに神の民族について知っているものがいる、それゆえの対策だよ。」
「だけど、どうして俺には本当の名前を教えてくれたんだ?」
聞くと、俺の左腕の水色の紋が入っている箇所を指さした。
「契約の紋が腕にあるだろ?その契約の紋を使うには該当する神の民族の本名を知っていなきゃいけないんだ。」
「真名じゃなくてか?」
「あぁ、普通に本名でいいんだ。
というか、よく真名なんて知っていたな。」
そう言われるが、俺の愛読書がオカルト雑誌で、そこに載っていたからその言葉を知っていた、とは言いだし辛い。
「いやー、その手の専門書で読んだことがあって、それでな。」
間違った事は言っていない。
「なるほどなー、勉強熱心じゃないか。」
ほめないでくれ、心が死ぬ。
「俺は大丈夫だから、お前は自分の心配をした方が良いんじゃないのか?」
「たしかにそうかもしれないけれど!そうかもしれないけれど!っつ!」
大声を出したら昨日の怪我が引きつり痛みが走った。
「だから、な?今日の所は中庭に出て確認の作業だけにとどめておくから。」
「待った、今日の所はってなんだ?」
「トラップは明日の深夜に仕掛ける。」
「だーかーらー!……はぁ、食事が終わったらこの寮の共通認識である模擬戦闘のルールを紙に書くから、もうどうにでもしてくれ。」
そのまま大人しく食事をしていたが、妙にご機嫌な如月が何を考えているのかがわからなくて、それが唯々恐ろしかった。




