おばちゃん、食器返してくれ。
「食堂はここか?」
「あぁ、ここだ。」
1階にある食堂にやってきた、俺たちは2人とも透明化の魔法を使って周りから見えないようになっている、言ってしまえば昨日の朝と同じ状態だ。
「調理場へは扉はあるけれども、簡単に入ることはできる状態にある、だけど、扉を開くとベルが鳴ってすぐに食堂のおばちゃんに気づかれる可能性がある。」
如月にそれを伝えると、短く「わかった」とだけ答えてきた。
「どうやって取り返すか考えているのか?」
「いや?全然。」
駄目だこりゃ、心の底からそう思った。
「正直、正面突破よりも普通に聞いて手に入れた方が早い気がする。」
その言葉のニュアンスの中にはどうしてこんな面倒くさいことになったのか、そのまま聞きに行けばいいじゃないかという気持ちが入っているように感じる。
その顔に対し、俺は考えていたことを話した。
「正直な話、確かに正面突破よりも食堂のおばちゃんに言った方がなんだかんだ早いと思う。」
俺が頷きながらいうと、如月は「それじゃあ」というが、それを遮って続ける。
「だけど、ステルスごっこ、やってみたかったんだよ。」
「馬鹿かお前、いや、ばかなんだな。」
眉間に皺を寄せた如月にそう言われるのを更に遮って続ける。
「他にも理由はあるぞ、この寮、基本的に関係者以外立ち入り禁止っていう面倒な寮でな?あとは犬や猫といった動物の持ち込みも不可なんだ。」
「どうしてその最後のやつを付け足した、お前の中での俺は犬や猫か。」
「違うのか?」
茶化しながら聞いてみたら、いきなり姿が半透明から完全に見えるようになった。
「「「「えっ」」」」
周りの奴らが驚いた顔をしているのが分かる。
「ちょっ如月!どうして透明化の魔法を解いたんだ!?」
人は少ないがざわめく食堂の入り口付近で透明化の魔法を解いた如月はフンッと鼻息を一つだした。
「失礼なことをいうからだ、それに俺はもうすぐで、っとこれは秘密の方がいいか。」
そう言った後如月は食堂のおばちゃんに話をつけに行った。
「ちょ!おまえ、なんだよそれ!」
「お前はないだろお前は、あ、すいませーん。」
如月が食堂のおばちゃんに声をかけるとおばちゃんが食堂の奥からやってきた。
「あれ?あんた、見ない顔だね。」
「昨晩、部屋番号405号室の人の部屋の前に出されていた食器の中で、見慣れない器がありませんでしたか?」
「まぁ、確かにあったけれど、あんた、誰だい?」
「私は如月託己です、来週の月曜日からこの寮に入ることになっているので、その下見に来ました。」
俺が時間を見ると、既に8時15分を回っていて、流石に通用しないんじゃないのかと思っていると。
「寮長から人が新しく入るとは聞いていたけれども、下見の方は聞いていないねぇ。」
新しく人入るんだ、というか、やっぱり効いていないみたいなんだが!
だからといって、俺が出ていくわけにもいかず、暫く見守っていると、どうやら如月はなんとか言いくるめたらしく、おばちゃんから例の器と歪な箸を貰っていた。
「さて、戻って食事にするか!」
さわやかな笑顔で如月は戻ってきたが、正直疑問しか残らない。
「おまっどうやって!」
「説明面倒、ギルド秘密で。」
「いや、ギルド秘密って、意味わかんねぇから!」
そんな事を言いあいながら俺たちは部屋に戻ろうとした、ら。
「おい、そこの坊主、見かけない顔だなぁ。」
寮長に見つかったのだった。
「あ、えっと、これは、その……」
俺が挙動不審になっている横で、如月が堂々とした態度でいる。
「初めまして、寮長さん、お……私はシルフィード先生からの紹介でこの寮に入ることになっ、りました如月託己です、今日は少し見学をしにやってきました。」
如月、お前託己って名前だったんだな。
じゃなくって!ここの寮長すっごく怖いんだぞ!?
言葉には出さないが、俺の狼狽えを如月は気が付いていないのか、ニコニコとした表情で寮長と対峙している。
「貴様が新しく寮に入ることになった如月か、クソ坊主な顔をしているな。」
がっしりとした体格の寮長は、どこぞの重戦士かと思うくらいには威圧感たっぷりな体格をしている。
その反面、如月は洋服を着ているから分からないが、その肌の白さから恐らくひょろいんじゃないのかという想像がつく。
「と、いうか、どこから入ったんだ?あぁん?」
「ひぃっ!」
俺が震えあがっている横で如月はどこ吹く風といった具合で即答する。
「当然、堂々と正面から入りましたよ?」
それに怒っているといった表情をした寮長が応戦する。
「どうしてそう言いきれる、第一、俺はずっと寮長室いたんだぞ。」
「玄関じゃない時点で私を見逃す確率は高いのでは?」
「ほう、その理由を説明してみろ。」
そう寮長が聞いてみると、いい笑顔で「はい」と言った後に如月がぼそぼそと呟き、かすみのように消えた。
「ほう。」
そして、寮長が感心したように呟いたと同時に如月は後ろから寮長の首に片手をあてた状態で現れた。
「見えましたか?」
「いんや?見えなかった。」
「私の手にかかれば、このまま貴方の頭を吹き飛ばすことも可能ですよ?」
そこまで如月が言った所で、寮長が笑い始めた。
「えっえぇ?!」
狼狽えるばかりの俺は、正直見ている事しか出来ない。
「俺の事を、いきなり魔法を使ってここまで茶化すのはお前が初めてだ!」
「それはそれは、光栄なことですね。」
いいながら手を下げる如月の手を取り、寮長は思いっきり背負い投げをかけた。
「がっは!」
「だけどなぁ、この寮内では魔法は禁止だ!わかったかぁ!」
「きっ如月!」
とっさに如月に駆け寄る俺、それに対して寮長が更に畳み掛けるかのように俺の首根っこを掴んだ。
「ひぃ!」
「神道!お前が呼び込んだのか!」
無理矢理、寮長と顔を合わせさせられる。
「そ、それは……」
寮長の目を直視できなくて、目をそらしてしまう。
「おい、なんとか言えやぁ!」
「ご、ごめんなさいぃ!」
それだけしか言わなかったが、何故か首根っこを離される。
「え?」
「明後日、日曜日に模擬戦闘を行う、お前は新入生と組め、いいな!」
あ、これ、殺されるやつだ。
「は、はひぃ!」
それだけしか言えなかったが、寮長はそれだけを言うと、食堂内に入っていった。
「いたた……」
「如月、大丈夫か?」
「まぁ、大丈夫だ。」
痛そうに立ち上がる如月の手の中には例の歪な箸がしっかりと握りしめていた、器は少し離れたところに転がっていた。
「やれやれ、災難な目にあったな、それじゃ、部屋に戻って食事にするか!」
背中をさすりながら歩き出す如月の後を俺は、ついて行くことにした。




