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#006 女教師エレノア。

 次の日、おれたちはアリシアの支度が整うのを待って、宿舎を出た。

 寮から少し離れた場所にある院内の雑木林。その奥で魔法の練習を開始する。

 木々の隙間に標的代わりの棒を突き立て、その先端に火の付きやすい炭と籾殻もみがらが入った小さな袋をかける。


「それが試験で使う小道具か?」

「うん。魔法であの袋に火を着けることで出来たら合格なんだ」


 距離を置いた場所から昨日と同じ赤の法衣を身に着け、練習用の魔術杖を構えたアリシアが答える。

 緊張からか、杖を持った右手がブルブルと震えていた。おかげで目標に定めるべき杖の先端がフラフラしている。


「おーい。そんなにあせらなくてもいいぞ。いまはただの練習だからな」

「わ、わかってる! でも、手に何かを持つと自然と力が入って……」

「とにかく一回、魔法を使ってみろ。それで問題点が見える」


 【空中浮揚レビテーション】で近くに浮かんだおれは、気負った様子の女の子に軽く伝える。


「そ、それじゃあ、いくよ!」


 なおも声を張り詰めて、アリシアが手にした魔術杖を固く握りしめた。


「赤き火の精霊。まつらう声に応じよ。我は求める。輝き、猛り、灼熱の灯火を示せ。華扇を奉じ陣風を興し、渦巻く炎の姿と化せ、【着火エンチャント・ファイヤー】!」


 アリシアが朗々と魔法の呪文らしきものをそらんじていく。

 おれはあまりの唐突さにビックリしていた。

 よく考えれば、普通の人間は魔術を行使するために触媒か魔法陣か呪文を用いる必要があるのだった。いまのおれは存在そのものが魔力の塊なので、魔法を使うのに特別な準備は必要ない。技名を叫べば、勝手に必殺技が敵を吹き飛ばす、お気楽仕様なのだ。


 カルチャーショックを受けているおれの耳に、プスンという間の抜けた音が聞こえた。同時に目標の袋から小さな煙が立ち上り、かすかに焦げ臭い匂いが風にのって漂ってくる。


「ありゃ……」

「やっぱり、失敗だね」


 結果を見届けて、少女がガックリと肩を落とす。


「マドーさん。ぼくの魔法は何がダメなのかな?」

「え!」


 問われて返答に詰まった。正直、他人の魔法の良し悪しなんて、おれにはわからない。なんとなく感じたことは、魔力の集中が弱いということだけだ。でも、そんなのはこの学校の教師だって気づいているだろう。おそらくは散々に指導した挙げ句が現在の状況なのだ。いまさら素人のおれがとやかく言ったところで劇的に改善するはずがない。


「う、うーん。お、惜しいところまではいってると思うんだ。ここは諦めずに続けたほうがいいんじゃないか?」

「ほ、本当? 実技の先生にはいつも、”集中が欠けているから魔法が成功しない”って叱られているんだけど……」


 やっぱりそうなのかよ。

 まあ、おれなんかでも思うんだから教える側には明々白々か……。

 では、どうすればいいのかという問題なのだが。


「アリシア、次の実技試験っていつなんだ?」


 まずは時間的猶予を確かめる。残された期間の中で最善を選ぶしかないからだ。


「えっと……。明日の午前中だよ」


 一夜漬けかよ。

 もはや悪あがき程度しか時間は残されていなかった。


「わかった。とにかく、もう一回やってみろ」

「う、うん……」


 不安そうなアリシアに再度の挑戦をうながす。

 こうなれば、おれにやれることはひとつしかない。ズルは承知の”チート”だ。


「……………………【着火エンチャント・ファイヤー】!」


 呪文の詠唱に続き、女の子が杖の先を標的に向ける。

 そのタイミングに合わせて、おれは小さく魔法を発動した。


「【点火スパーキング・ボルト】……」


 着火の魔法にかぶせて、激しい火花を起こす。

 単発で炎を上げることが無理なら、さらに魔法の重ねがけで発火をうながしていくという寸法だ。


「あ……」


 棒にかけた麻袋から小さな炎が立ち上がる。見る間に火は勢いを増していき、中にある燃焼剤を巻き込んで大きくなっていった。やがて、破れた袋から燃え尽きた灰とわずかに残った中身が地面に広がる。成功だ。


「よかったな。うまくいったじゃないか」

「うそ……。いままで一度も成功したことがなかったのに」


 驚いている様子のアリシア。まあ、しょうがないか。


「すごいや、マドーさん。でも、どうして?」

「へ? あ、ああ……。そうだな、失敗を気にせずどんどんやることかな」


 口が裂けてもおれが手助けしたとは言えない。

 それでも、まずは自信を持って試験に臨んでもらいたいと考えた。

 良くないことであるのは十分、承知。でもおれは聖職者ではないので、使える手段はなんでも使うつもりだった。


「これなら明日の試験もきっと大丈夫かな?」

「う……。まあ、おれに任せておけ」

「いやだなあ、マドーさん。試験を受けるのはぼくだよ」


 そう語って屈託ない笑顔を浮かべた。罪悪感が重くのしかかる。

 いいさ。罪は自分ひとりで背負ってやる。

 そう心に決めた時。


「そこにいるのは誰ですか?」


 よく通る女性の声が林に響いた。

 こずえさえぎられ、昼でも薄暗い木々の間。

 わずかに差すスポットライトのような陽光に姿を現す若い女性。

 体にフィットした白いシャツと、その上に濃い色のローブを羽織っていた。下半身には膝上のスカートとそこから伸びた白く細い足。

 風にそよぐ長い髪を片手で抑えながら、彼女はアリシアがいる場所に近づいてくる。

 おれは大慌てで【空中浮揚レビテーション】を解除し、張り出した木の根の上に体を投げ出した。


「エ、エレノア先生、ぼくだよ」

「アリシアさん、このような場所でなにを?」


 エレノアと呼ばれた女性は、生徒の顔を確認すると不思議そうに問いかけた。


「魔法の自主練習だよ。明日の試験に備えて……」


 生徒の答えに、エレノアが離れた地点に立ててある標的の棒と地面に広がった燃え残りを見る。


「……そう。お休みなのにそれは感心ね。でも、許可なく学院内で危険な魔法を扱うことは禁止よ。なにかあったら大変ですもの」

「ご、ごめんなさい」


 素直に頭を下げた教え子に微笑みで答える。

 それから、不意に視線が地面に置かれたおれの方へ向いた。


 ドキッ!

 な、なんだよ、突然に……。

 別にいかがわしい内容が書かれているわけじゃないぞ。

 いまのおれに記されている文章なんて、あらかたが『ぼくの考えた最強魔法一覧』

である。怪しくはない。痛いだけだ。この世界でまともに魔術を修めた人間が見れば、一笑に付す内容だろう。


 ゆっくりと近づいてきて、エレノアの手がおれに触れる。

 持ち上げて静かに本の中程を開いた。白魚のような美しい指がページをめくっていく。


 あああ! み、見られていく……。

 自分の中に隠されていた秘めたる願望の証。いい年こいた大人なら、決して他人に知られてはいけないような痛々しい記述の数々。それらがいま白日のもとにさらされる。

 やだ! 恥ずかしいのに気持ちいい!

 やばい。なに、この感覚?


「アリシアさん。これはあなたの本なの?」


 本を開いたまま、エレノア先生が生徒に尋ねた。

 あ。叱られちゃうのか?

 さすがにこんな内容じゃあな。


「あ、はい。あの……参考になるかもしれないからって、お父さんが送ってきてくれました。でも魔法のことはよく知らない人だから」


 お! うまい言い方だな。

 いかにも門外漢な人物が、娘可愛さに送りつけてきたようなトンデモ本だからな。使えるのはおれだけだし。


「そう……。でも、指定された教材以外はあまり持ち込んではダメよ。いろいろと面倒だから」

「わかりました。以後、気をつけます」


 そしてページを閉じ、本をアリシアに返した。

 手が離れる一瞬、おれをリンクして自分のために用意されている”知識の雲”。

 そこに何者かがアクセスしたような感覚が走る。


 ん?

 なんだいまのは。

 実のところ、本体として存在している『魔導書』のおれには、大した情報が載っているわけではない。さっきも言ったが、この世界の人間が見れば取るに足らない技名と効果の羅列である。ちょっとお高い飲食店の意識高めなお品書きみたいなものだ。


 おいしい料理を作るには、きちんとしたレシピがいる。

 その膨大なレシピを所蔵している場所。神様から与えてもらった”知識の雲”と呼ばれる膨大な情報空間。おれは必要に応じて、そこから術式を取り出し魔法を行使している。ようするに、誰かが苦労の末に生み出した知識の糧をフリーパスで閲覧させてもらっているだけ。


 で、実は三百年の間には、ちょくちょく別の誰かの検索記録がある。

 それはもしかすると、この世界にいる別の転生者かもしれないし、あるいは高位存在と呼ばれる神様みたいな連中かもしれない。


 そしていま、おれを通じて別の誰かがその頂きに手を触れた。

 エレノアさんではない。申し訳ないが、情報体としては人間程度では”知識の雲”へ至ることは多分、適わないだろう。


 じゃあ誰が?

 考えてみるが想像もつかない。


「それでは、他の先生方に見つからないよう、気をつけてここを離れなさい。あと、明日の試験は頑張ってね」

「あ……。はい、ありがとう、エレノア先生」


 渡された本を胸にしっかりと握りしめ、アリシアは答えた。

 どうやら校則違反は見逃してもらえるようだ。

 話のわかる人でよかった。これならば生徒たちからの人気もさぞ高いのだろう。

 なんと言っても美人だしな。あと真面目な服装をしていても隠しきれないスタイルの良さとか……。


「それでは、ごきげんよう。アリシアさん」


 気さくなあいさつを残して、女教師はやって来た方角に引き返していく。

 やがて、その背中が見えなくなると、おれはようやく大きな息をひとつ吐いた。


「なんとか、うまくごまかせたな……」

「大変だったね、マドーさん」

「ページをめくられたときは冷や汗ものだった。なにせ、おれの中に書かれているのは、ロクなものじゃないからな」

「でも、もうここじゃ練習は無理か……。せっかく調子が出てきたのに」


 悔しがるアリシアに、おれは内心で笑みを禁じ得なかった。

 なんにしたって、若い子が自信を持つのはいいことだ。

 たとえそれが本当の実力でなくても、自信は確かな力となる。

 それがいつか本物に変わるさ……。

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