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#005 すぐに脱ぎたがる少女。

 入室と同時に照明が灯された室内。中には目立つ配置でふたつのベットが置かれていた。


「ここは相部屋なのか?」

「基本的に寮はふたり一部屋になってるよ。ぼくは組分けの関係でいまはひとりだけど……」

「まあ、そのほうがおれとしてもいまはありがたい」

「そ、そうだね……。とりあえず、こっちでゆっくりしてよ」


 アリシアがおれを机の上に立てて置いた。自分は使っているベットの端にちょこんと腰掛ける。


「で、さっきの金髪のお嬢さんは何者だ? 随分と強引だったが」


 落ち着いたところで気になっていたことを訊いてみる。

 胸も態度も相当に大きかった金髪の子だ。


「彼女はマリアベル・カベンティール。この国で長く、魔法技術官を務めているカベンティール家のご令嬢だよ。あの子の父親と兄も高位の魔道士として有名なんだ」

「ふうん。その魔法技術官っていうのは何をする人なんだ?」


 官僚ということは単に魔法が得意ってだけではなさそうだ。この世界の魔術の発展形式は結構、複雑だし。


「魔術の一般社会への転用を担う役職とかなんとか……。ごめんね。ぼくも良くは知らない」

「まあいいさ。要は開発した魔法をみんなの役に立つようにするって感じだろ」

「だと、思うんだけど」

「それで、マリアベルがアリシアへむきになって絡んでくる理由は?」

「し、知らないよ! いつも、ああやって口うるさく言ってくるんだ」


 頬を膨らませながら、両手に枕を抱きかかえる。その姿だけ見れば年相応に可愛らしい女の子なのだが……。


「一応は心配してくれているようだったけどな……」

「それも自分のためだよ。同じ寮の同学年から退学者が出てしまったら評判が悪くなるからね。冷たく見捨てたって」

「……うーむ」


 本当にそうなんだろうか?

 確かに彼女は自分自身でもアリシアが言うとおりに語っていた。

 それが本心であるなら、ろくでもない人物だが……。


「ん?」


 ひとり物思いに浸っていると、少女の姿が消えた。

 いつの間に?

 不思議に思って視界を巡らす。カメラを動かすように画面が動いた。

 途中で床の上に脱ぎ捨てられている赤い法衣を見つける。その手前には一組の靴下が落ちていた。

 変だなと感じてさらに視線を横に流すと、扉の前で下着姿になっている女の子がいた。


「何をしている?」

「え? 汗をかいたからシャワーでも浴びようかなと……」


 ああ、その扉の向こうがバスとトイレになっているのか。

 朝早くから出かけて、ダンジョンまで潜ってきたからな。シャワーを浴びてさっぱりしたいというわけか、無理もない。

 じゃねーよ!


「なぜ、ここで脱ぐ」

「ぼく、お部屋の中では出来るだけ身軽な格好で過ごしたいんだ」


 あっけらかんと答えて、ブラのホックに手をかけようとする。

 おい、まてまて……。


「あー。これからはおれもいるわけだし、もうちょっと他人の目を気にしような」


 やんわりと行動をたしなめる。決して、いやらしい目で見ていると思われてはいけない。セクハラ、ダメ絶対!


「でも、ぼくの体なんか見ても、別にうれしくないでしょ?」


 うれしいとかそういう話じゃねえんだよ!

 気まずいだろ、おれのほうが!

 こちとら三百年ぶりに生身の女性を見たんだぞ!  

 いやでも意識しちゃうんだよ!


「とにかく、着替えをする時はおれの目に触れない場所で行うこと。いいな?」

「えー。面倒だなあ……。お風呂から上がった後も服を着ないといけないの?」


 いままで裸だったのかよ……。ははーん。こいつ、自分が”女”だという意識がまるで芽生えていないな。これでわかった。アリシアに友達が出来ない最大の理由は、このデリカシーのなさだ。センシティブの塊みたいな思春期の女の子がたくさん集まる学び舎。そのような場所でこいつみたいに明け透けな態度と行動を示せば、まわりの人間は関わるのをためらってしまう。


「まあいいや。とりあえずシャワーで汗を落として、それから考えるね」


 そう言って、扉の向こうに消え去った。

 しばらくして小さくドアが開けられる。隙間から少女の細い手が伸び、指先につままれた上下の肌着を無造作に床へ落とす。

 だから、そういうのをやめろって言ってるんだよ!

 扉が閉められ、中からシャワーの音が聞こえてくる。


「まったく、こっちの気も知らないで……」


 さて、どうする?

 いや、無視すればいいのはわかっている。

 お、おおおおお、女の子が脱いだ、し、した、下着程度でおれ様の心が乱れることはない。

 だが、いちいち視界に入ってくると気を取られてしまうのだ……。


「ったく、しょうがないな……。【空中浮揚レビテーション】」


 おれは自分の足元に魔法の台座を作り出した。

 それに乗って机の上から移動する。

 床に到着し、気合と根性で硬い革の表紙を開き、散らかった下着を本の間に挟み込む。

 そのまま魔法の台座をコントロールして、下着をベットの上まで運んでいった。

 やってることは恐ろしく馬鹿馬鹿しいクレーンゲームである。景品が女の子の脱ぎたてパ○ツという辺りが余計に哀愁を誘う。


 何度も往復して下着類と靴下を一箇所にまとめた。上下一体の法衣は重すぎてビクともしない。諦めた瞬間、入り口のドアを叩く音が響いた。


「お! だ、誰だろ?」


 アリシアはまだ入浴中だ。当然、おれが応対するわけにはいかない。

 為すすべなく成り行きを見守っていると、扉の外側から女性の声が聞こえてきた。


「アリシア。部屋にいるのでしょう?」


 耳に聞き覚えがある。マリアベルとかいう女の子だ。


「さっきは、わたしも少しやりすぎたわ。ついむきになって……」


 申し訳なさそうに伝えてくる。


「ねえ、聞こえているのなら、扉を開けてくださらない?」


 え? いやいや、それ無理だから! 本人、いまここにいないから!


「どうしたの、アリシア? 聞こえているのでしょう」


 なぜ、そう言い切れる。状況の一方通行具合が実に子供だ。自分の想定がそのまま現実になっているのだと信じ切っている。こうなると、無視を続けるのはかえって悪手か。


「どうして答えて下さりませんの……」


 やばい。もう声が曇りだしている。

 勝手に期待をして、勝手に失望するまではあと少しだ。ここはおれがなんとかするしかない。【声帯模写ボイス・チューニング】!


「あ……。あーーー。き、聞こえているよ」


 よし、ばっちり!


「まあ、よかった! アリシア、よろしければ扉を開けて直接、お話していただけません?」

「え? えっと……。い、いま、シャワーを浴びたばっかりで、まだ濡れているから……」


 とりあえず、それっぽく答えてみる。


「あら、そうでした? まあ、さすがのあなたでも裸では人前に立てませんよね。失礼したわ。ではまた、あらためて」


 納得したように返事が聞こえてきた。

 それから遠ざかる足音と消えていく気配で対象が帰っていったのを確認する。


「ふう、やれやれ……。でも、微妙な言い方してたな。”さすがに裸は無理”ってなんだ?」

「どうかしたの、マドーさん?」


 気を抜いていたところに横から声がかけられた。多分、シャワーを浴び終えたアリシアが部屋に戻ってきたのだろう。あせって視覚を動かすが、すぐに後悔する。万が一、生まれたままの姿だったりしたらもうおしまいだ。


「だれかと話していたみたいだけど」


 視界に映った少女は体に大きなバスタオルを巻き付けていた。むき出しの肩とまだ水気の残る髪からは白い湯気が立ち上っている。最悪の展開を予想していたおれは思いがけず安堵した。冷静に考えれば、これはこれで相当に危ない状況だが、隠れていれば取りあえずセーフ。


「あー……。その、退屈だったから独り言を……」

「なんだ、マドーさんもそれするんだ。ぼくもよく、鏡に映った自分に語りかけることがあるよ」


 さり気に闇が深いことを口にしながら、タオルで頭を拭いているアリシア。

 なんとなくだが、マリアベルと会話したことは伏せておいた。この年頃の子は、親が勝手に自分の友達と話したりするのは露骨に嫌がりそうだからな。


「あれ? これって、ぼくの服……」


 ベットの上に集められた下着類を見て、不思議そうに声を上げた。


「おれが片しておいたぞ。散らかったままだったからな」

「でも、どうして下着だけ……?」


 は? なぜ、そんな疑いの眼差しを向ける……。

 う、上着は重すぎただけだぞ。


「エッチ……」


 ちがああああああう!


「まあいいや。マドーさんだって初めての女の子の部屋だからしょうがないよね」


 おい。妙な形で納得してるんじゃねえよ。

 あと、なんで”初めて”だって決めつけてるんだよ。


「ずっと、ダンジョンの片隅でじっとしていたんだから……」


 ああ、この姿になってからか……。ちょっと、安心した。


「なあ、アリシア……」


 マリアベルのことを訊こうとして呼びかける。

 あいつはお前が思っているよりもずっとマシな人間だと教えてやりたかった。

 きっと小さな行き違いが積み重なっていまの状態になってしまっただけだ。

 そんな風に語りかけようと、【空中浮揚レビテーション】で寝台のそばに近づいていく。


「ありゃ……」


 ベットをのぞき込むと、女の子は早々と小さな寝息を立てていた。


「寝てる姿は普通の女の子なんだよな」


 まあ朝早くから遠出をして、山深い場所にあるダンジョンの深層までたどり着いたのだ。

 無理もないか。

 おれは持てる力の全てを注ぎ込み、シーツの端をつかんで彼女の体にかけた。

 窓を見れば、いつの間にかゆっくりと陽は沈んでいく。

 こうして、おれの新しい生活は最初の一日がようやく終わろうとしていた。

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